何処までも鉛色をした暗い空の下を、豊満と切島は歩いていた。
時刻はもう18時を回っているというのに、夏の日の長さは夜を快く出迎えてはくれないらしい。
にも関わらず見上げれば曇天。じめじめとした空気が肺に流れ込んでくると、どうにも息苦しくて敵わない。
どうせ暗いのならさっさと夜を迎えてくれれば良いものを。そんなことを考えながら、豊満は新しくインターン生として迎えた切島とパトロールをしていた。

ここのところ、妙に胸騒ぎがする。
それは前々からであったような気もするし、最近始まったような気もする。
どちらが正しいのか最早区別のつかない豊満は一度肺に取り込んだ湿度を吐き出した。

湿気の多い日は、みょうじの機嫌が良くなる。
本人曰く、空気が乾燥する冬は憂鬱な気分になるのだと言う。逆に湿度の高い春から夏にかけては気分が良く、特別なにか良いことがあるわけでもなくにこにこしているのだ。
そんな彼女を見ていると豊満の鬱屈した気分も吹き飛んでくれるのだが、この数日に限りそうではなかった。

面倒見の良いみょうじは自校の後輩達からもよく慕われていて、以前より豊満も色々と話を聞かされていた。
兄弟がいない為に歳下に世話を焼くのが好きなのだという。
それは隣を歩く切島も例に漏れず、彼女は惜しみなく切島にも親切を分ける。
その厚遇は天喰の目にも留まり、彼が悪いわけではないのだが時折壁に向かって自らを卑下すれば、みょうじが返事を飛ばす。

だって、可愛いんだもん。

たった二つしか歳の変わらない、自分より背も体格も大きな少年を指してそんなことを言うみょうじを見るのが好きではなかった。
切島のことは嫌いではないし、むしろやる気に満ちていて評価している。けれどみょうじと切島が並ぶのを見るのは、胸がちくりと痛んだ。

そういえば週末台風が迫っているとニュース番組で気象予報士が言っていたのを思い出して、豊満はまた静かに溜息を吐いた。

「ファット」

下方から飛んできた呼びかけに、豊満は半ば反射で返事を返す。
先程お裾分けして貰ったたこ焼きを作業的に口に運びながらその実、味なんてよく分からなかった。

「俺、正直最初ファットのこと怖い人かと思ったんす」

急な告白に足を止めた豊満に合わせるように切島もそれに倣う。

「でけぇからビビったとかじゃなくて…なんつーか」

なにか適当な言葉が見当たらないらしく、腕を組みながら思案する切島に、豊満は思わず窓硝子に映り込んだ自分の顔を見つめた。
確かに目つきはあまり良いとは言えないが、だから基本笑顔を見せるように心掛けている。
そしてこれはもはや性分というか、わざわざ意識してやっているわけではないが、愛想も人より振り撒いているほうだと自覚もしていた。
その甲斐あってか、この数年怖いなどという感想を述べられることがめっきり減っていたのだが。
まさか切島からそう言われるとは思っておらず、豊満はその先の言葉を待った。
暫く自分の足元から1メートルほど先の地面をじっと見つめていた切島が口を開く。

「…俺の勘違いだったらすんませんけど」

上背のある豊満の顔を徐ろに見上げて、切島は不発弾をぶつけた。

「みょうじ先輩とファットって付き合ってるんすよね」

思いもよらぬ言葉が投下され、豊満の頭は真っ白になった。
先まで天気にあてられ鬱々としていた気分も、手に持っていたフードパックの存在も、今がパトロール中であるという事実も。
音もなく爆発して、すべて吹き飛ばされてしまった。
思考回路が故障して、壊れた人形のように切島の言葉だけが頭の中で何度も繰り返される。
理解力を失った脳が意味もなくその音をなぞって、漸く頭が本来の機能を取り戻してきた頃に、勝手に口が開いた。

「………….いや、ないやろ。ないない」

独り言を言うように言葉を反芻するが、なぜかそれに説得力はない。
それは切島の問いに対する答えではなかった。
最近の自分の不調の原因にある一つの仮説を立てて、しかしそのあまりに愚か過ぎる思考を否定したのだ。

俺がなまえを好きなわけ。

心の中で否定すればするほど、"好き"という言葉が妙な現実感を持って心の奥に沈む。
まるでそれはずっと前から其処にあったかのように、鎮座して動かなかった。

「え……」

わざわざ勘違いかもしれないと前置きをしておきながら、切島の口から出たのは驚きだった。
まるで確信を持って尋ねたかのような素振りが、豊満には何か引っかかる。
そういえば、切島はなんと言ったか。
そうだ、豊満とみょうじが"付き合っている"と言ったのだ。
まるで二人が好き合っているかのような言い方をした。その事実に気が付いて、豊満は顔を歪める。
絶対にあるわけがないのだ。彼女が自分に好意を寄せるなど。

「冗談キツイで、切島くん」

空空

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