自宅マンションの一室へ帰宅した豊満は、灯りも点けず薄暗いリビングのソファに項垂れた。夕飯に購入したジャンクフードに手を付ける気には到底なれそうもない。

明日からみょうじがインターンに復帰するという。
みょうじが事件に遭ってから、豊満は彼女の意識が戻った時のことが頭から離れずにいる。
誰を責めるでもなく自分が弱かったからだと言ったみょうじの、たった一言が忘れられない。

ファットのこと考えたから、最後まで立ち向かおうと思ったの。

澄んだ声色に、真っ直ぐな瞳。それは悪気ひとつない素直な言葉であっただろう。
一語一句その抑揚までもが豊満の記憶に鮮明に焼き付いて、まるで呪詛となって付き纏う。
彼女が命を燃やす、そのきっかけが自分だと言うのなら。

そんな俺なら要らんやろ。

ぽつりと溢れた呟きは誰に掬い上げられることもなく、薄暗闇の深層へと落ちていった。



久々に訪れる事務所は、少々緊張した。
事件から二週間ぶりくらいだろうか。
豊満と最後に顔を合わせたのも同じくらいだがやけに長く、ひと月は顔を見ていないような感覚だった。
みょうじはひとつ深呼吸すると事務所の扉をノックする。
内側から返事が返ってきて、ノブを捻る。

「本日よりメルティジェン復帰です」
「おう、気張ってこーや」

みょうじの姿を認めた豊満は、手元の書類に視線を落として言った。その声は少しばかり気が沈んでいるような気がする。
天喰は関東から来ているのでいつも一時間ほど後に到着するのだ。
到着早々更衣室へと消えていったみょうじは10分足らずで戻って来た。
コスチュームに着替えたその姿に何か違和感を感じて、豊満は思わずじっと考え込んでしまう。

「なに?」
「や、なんやろ。………あ」

はたと視線が彼女の首元に行った時、その違和感の正体が明らかになった。
以前はなかった、強度の高そうなプロテクターがつけられている。

「これね。急所は守らなきゃと思って」

事件を省みてこれからに活かそうとする、どこにでもあるよくあることだが、豊満には態々見せつけられているかのように思えて仕方なかった。
只でさえ忘れられないというのに、忘れることなどまるで許してはくれないかのように。
余裕のない心がぎゅうと握り潰されてしまうのではないかと思うほど痛く、軋んだ。

「パトロール行ってくるわ。なまえは…留守番頼む」

何かを誤魔化すかのように唐突に事務所を出て行く豊満の背を見送る。
みょうじは自分が居なかった二週間で起きた事件の報告書を遡り、その中でいくつか大雑把なものに目を落とした。
おそらく豊満がまとめたものだろう。自分が入院して数日は天喰も居らず一人で対処していたのであろうことを考えて、その忙しさを感じていた。

豊満が巡回へ出てから、間もなく一時間が経過しようとしていた。
事務所の扉を控えめにノックする音が響いて、直感的に天喰であろうとみょうじは推測する。
返事をすれば探るように開かれる扉の向こうにいたのはやはり天喰で、実に二週間ぶりに見る顔に安堵を覚えた。

「環くん久しぶり」
「なまえ、もう大丈夫なのか」

今日から復帰することは聞いていたが、見舞いに行ったきり見なかった顔に天喰は心配していた。
そんな天喰に笑ってひらひらと手を振るみょうじであったが、その後ろから見慣れない赤髪の少年が顔を覗かせているのを見て声を掛ける。
雄英高校の制服を着ているが、よく見れば体育祭で見覚えのある顔だ。

「あ!体育祭見たよ。一年のえっと…」
「切島鋭児郎っす」

インターン生としてファットガム事務所を紹介して欲しいと天喰に頼み込んだらしい。
今年の雄英高校一年生は事あるごとに事件に巻き込まれ、例年よりもずっと早いペースで経験を積んでいる。
仮免試験もその一つで、そういえば肉倉が切島や爆豪にやられたと聞いたことを思い出した。

「仮免試験でさ、士傑の細目のに絡まれなかった?」

目尻を吊り上げるジェスチャーをすれば、切島は「あー、」とどこか心憶えがあるような反応を見せる。

「あの肉の人?っすかね」
「そう!ごめんねー」

後輩が迷惑をかけました。と言いながら頭を下げるみょうじに、切島は慌てる。それから後輩、という単語に気が付いて口を開いた。

「先輩は士傑なんすね」
「うん、三年のみょうじ なまえ。よろしくね」

軽い挨拶を交わして握手をした所で、事務所の扉が開いた。その向こうから姿を現したのは先程パトロールへ行っていた豊満だ。
例のごとく頂き物であろうたこ焼きを頬張っている。

「戻ったでー」
「あ、おかえりファット」

気分転換を兼ねたパトロールから戻るとみょうじの笑顔が真っ先に視界に飛び込んで、胸はきりきりと痛むのに反してなぜか頬が緩む。
それから次に白く華奢な手を握る無骨な手に視線が行ってその主を見遣った。
緊張したような顔でびくりと肩を震わす。反射的に手がみょうじから離れたのを見届けてから豊満は切島に声を掛けた。

「環から聞いとるで、切島くんやな」

瞬間豊満の雰囲気がころりと変化したのに気が付きながら、切島は挨拶をした。

深深

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