ヴィラン襲来から一日休校を挟んでの登校日。
全身を包帯に包まれたミイラ男が1年A組の教壇に立っていた。相澤消太である。
その痛々しい姿にみょうじは思わず目を逸らしたくなる。二日前の惨事を思い出してしまいそうになる生徒達の不安を取り去るように、次いで担任の口から告げられたのは二週間後に迫った雄英体育祭のことだった。
*
机に広げた弁当を早々に掻き込んで仕舞うと、みょうじは鞄からスケッチブックと筆記用具を取り出す。
白いページにさらさらと黒鉛が撒かれてゆく様を、彼女の前に座る八百万は興味深げに眺めていた。
「みょうじさんは絵が上手ですわね」
たった今みょうじの手から描かれていくのは離れた席で惣菜パンを齧るクラスメイトの尾白の姿であった。
「ありがとう」
そう言いつつ、彼女の顔はどこか沈んでいる。
みょうじの個性で他人の姿を模すには視覚情報を要するのだ。
スニーク活動には適した個性であるが、みょうじは小学生で一度使った以来他人の姿を借りることはしていなかった。
子供というのは残酷なまでに純粋で、それ故に正義を盾に暴力を振るってしまうことがある。
一度、遊びで同級生の姿を模したのが災いしてみょうじは仲間外れにあったことがある。
そんな素振りは全くしなかったのに悪事を働く気だと湾曲して捉えられてしまったのだ。
それからみょうじは、闇雲に他人の形を模すことをやめた。
そんな昔の苦い思い出を振り返りつつ、けれど同じ目標を志す者として嘘をつくのは心苦しくて、みょうじは八百万に本来の意味を教えることにした。
「私の個性、視覚情報を基にしてるから」
二週間後に迫った体育祭で、もしかしたらこれが役に立つかもしれない。そんな思惑でみょうじはクラスメイト達を一人一人描き写していたのだ。
しかしそれを聞いた八百万の反応はといえば、その瞳はなぜか嬉しそうに揺れているではないか。
呆れられてしまうかもしれない、避けられてしまうかもしれないと腹を括っていたみょうじはつい面食らう。
私の創造も知識を基にしていますから、そう前置きをして八百万ははにかんだ笑顔をみょうじに向けた。
「私たち、すこし似てますわ」
そんな好意的なことを言われることなど予想していなかったみょうじは、その瞬間じんわりと心の緊張が解れてゆくのを感じる。
「八百万さん。百ちゃんて呼んでいい?」
「もちろんです」
ほんの少しみょうじと打ち解けた八百万は、スケッチブックを押さえている左手の下に隠れている、つまり今彼女が描いている隣のページに視線を落とした。
「それは…」
彼女の視線に気が付いてみょうじがその手を退けると、そこにはモノクロ写真と遜色ない完成度で描かれたある人物がいた。
モデルはもちろんその画の構図や表情には、八百万にも見覚えがある。
「爆豪さん?」
「あ、その……」
みょうじはきょろきょろと教室内を見渡して本人がいないことを確認すると、心なしか声を顰めて八百万に事情を話す。
「爆豪くん、有名人だから…写真が手に入りやすいというか」
「あぁ、なるほどですわ」
ヘドロ事件の被害者として、長時間ヴィランに抵抗し続けた爆豪はインターネットで検索すればインタビュー時の写真が出てくる。
八百万の記憶に残っていたそれと合致して、彼女は納得した。
「ばれたら怖いから内緒にしてね…」
描いて記憶することが目的であるから、別に残しておく必要はまったくないのだが、半ば描くことが趣味であった為にそのままにしてある。
爆豪の怒りを買うことを想像して身震いしたみょうじは、そそくさとスケッチブックを閉じた。
そろそろ予鈴が鳴る頃だ。
*
ある日の休憩時間、峰田実が鼻息荒くして上鳴の席にやってきた。そこには既に瀬呂と尾白も集まっていて、昨日のテレビ番組などについて談笑していた。
「どうした峰田。悪ぃもんでも食った?」
そんな峰田の不自然な様子に気が付いた瀬呂が何とはなしに声を掛けると、当の本人は興奮した様子で口を開く。
「オイラさ……なんか最近」
三人の視線が峰田に集まったまま、次いで彼の口から発される言葉を待つ。
「みょうじに視姦されてる…!」
「「は?」」
「…しかん?」
峰田の口から発せられた言葉に眉を顰める瀬呂と上鳴であったが、聴き慣れない単語に首を傾げたのは尾白だ。
あまりに突拍子もない話に呆れたというふうな顔で、二人は彼の告白を一蹴する。
「大丈夫か、おめー」
「妄想と現実をごっちゃにすんじゃねぇ」
揃ってその言葉を戯言として聞き流す瀬呂と上鳴の反応に、しかし峰田は自信ありげに含み笑いをする。
彼とて、なんの確証もないのにみょうじから辱めを受けていると主張しているわけではないらしい。
「見てみろよ、あの熱い視線を…!」
そう言いながら得意げな峰田が指したのは、最後列のみょうじの席だ。三人が視線を送ってみると、確かに彼女はこちらを見ていた。
目が合ってきょとんとした顔を浮かべると、数秒の後に顔を赤くして慌て始めるではないか。
これは、まさか。
「…嘘だろ?峰田だぞ?」
今見たものが信じられないとばかりに頭を抱える上鳴に、そういえば、と記憶を探りながら尾白は口を開いた。
「この間、俺もみょうじさんから見られてるような感じしたよ」
昼休憩の間であったことを思い出しながら発せられた尾白の言葉に、しかし峰田はまだその自信を突き崩されはしない。それなりの証拠があるらしかった。
「オイラはもうここ数日、ずっとみょうじからの視線を感じているんだぜ…!?時には悩ましげに眉根を寄せて…間違いねえ。あいつはオイラに惚れてる!」
「そんな言うならよー」
自信たっぷりに言い切った峰田であったが、対して瀬呂はこともなげにある一つの提案をしてみせた。
「みょうじに聞いてみよーぜ」
「俺もそれがいいと思う」
「やめとけお前ら!万が一ってことがあるかもしれねーじゃんか!」
瀬呂と尾白の提案に当の峰田は名案と言いたげに頷いていたが、もしも峰田の証言が正しかった場合途轍もない敗北感を感じざるを得ない上鳴は猛反対した。
まさか性欲の権化である峰田のことを好く女子がいるなど、万が一、いや億が一にでもあり得ないと言いたいが、他人の心は計り知れないものである。
結局話がまとまる前に休憩時間の終了を告げる予鈴が鳴り、各々自分の席へと散って行った。
昼休憩に入ってすぐ、弁当を鞄から取り出したみょうじの前にやって来たのは瀬呂であった。
自らもその手に弁当袋を掲げながら、彼は白い歯を見せて言う。
「みょうじ、一緒に飯食わね?」
その後ろには難しい顔をした上鳴と、何故か得意げな顔を浮かべた峰田、そして尾白がいる。
唐突の誘いと普段よく話をするでもない珍しい面子に小首を傾げる彼女であったが、そういえば先の休憩時間に目が合ったことを思い出して応の返事をした。
「うん、いいよ」
*
五人がやって来たのは中庭だ。
敷地を囲むように植えられたソメイヨシノの樹は、入学後間もない頃の満開だった姿とは違いすっかり青葉が生い茂っていた。
公園と言われれば納得してしまいそうなほど広大な芝生に点々と設置された、木の材質そのままなテーブルは6人掛けで、みょうじの隣に峰田がやって来ると、その向かいに瀬呂、尾白、上鳴の順で座った。
「私、中庭初めて来た」
ちらほらと他学科、他学年の生徒の姿も見受けられ、強すぎない陽射しに照らされた芝生が青く光っていた。
みょうじが開けた弁当の中身を覗き込んだ瀬呂は、思わず声を上げた。
「みょうじの弁当それ美味そうだな」
「ありがとう、自分で作ってるんだ」
「へぇ、すごいな」
女子にしては少し大きめな二段弁当の下段がおかずのようで、鯖の照り焼き、唐揚げ、ほうれん草が混ぜ込まれた卵焼き、マカロニサラダが綺麗に詰め込まれている。
瀬呂の言葉につられて視線を向けた尾白が感嘆の声を上げた。
「実は俺も自分で作ってんだよね、コレが」
「じゃあ、仲間だね」
毎日じゃねぇけど、そう補足しながらも、瀬呂はまだ箸をつける前に自分の弁当から卵焼きをひとつみょうじの白米の上に乗せた。
「交換しようぜ」
その言葉にみょうじは笑って頷くと、ほうれん草入りの卵焼きをひとつ瀬呂へと譲渡した。
それがまるで付き合いたてほやほやの彼氏彼女のやり取りのようで、隣で見ていた峰田と上鳴は耐え切れず声を荒げる。
「人前でいちゃついてんじゃねぇーぞコラァ!」
「ランチ楽しむのもいいけども!本題そこじゃねぇだろ!?」
二人の剣幕に訳もわからずつい顎を引いたみょうじに、尾白が申し訳なさそうにそれを諌めに入った。
「みょうじさん驚いてるだろ」
「あーそういえば…ってコレうめーな!」
言いながらみょうじの卵焼きをぱくりと口に放り込んだ瀬呂は、思わず感想を漏らした。
「ありがとう。瀬呂くんのも甘くて美味しいね」
「みょうじおめーこのビッチめ!!」
「えぇ…なにが?」
主語から"卵焼き"を抜かした彼女の言葉を耳にした途端物凄い形相で喚く峰田にみょうじは若干引いてしまう。
あまつさえ尻軽呼ばわりまでされたのだ、ベンチの端まで寄って彼女は峰田から距離を取った。
「みょうじ、悪いことは言わねえ…峰田だけはやめとけ!!な!?」
テーブルに身を乗り出してみょうじに詰め寄る上鳴に、みょうじは一体何のことだろうかと首を傾げる。
ただ一つだけ思い当たる節があって、みょうじはおずおずと口を開いた。
「やめとけ、って……デッサンのこと?」
*
食べかけの焼きそばパンを残したまま、峰田はベンチの隅で一人ぶつぶつと呟いていた。
その向かいに座る上鳴は、それまで全く昼食に口を付けられずにいたのが嘘のように、購買で購入した弁当を平らげてしまっている。
「なんだよもうビビって損したわ」
「最初からんなことだろうと思ってたぜ、俺は」
「ごめんね、勝手にみんなのこと観察して」
みょうじは空になった弁当箱を包み直しながら、非礼を詫びる。
「いいよ全然!むしろおっけー」
峰田の勘違いであることを確認した上鳴は上機嫌を隠そうともせず、当の峰田は未だいじけていた。
尾白はそんな彼を慰める。
「峰田元気だしなって」
「べつに落ち込んでねーよ!」
「でも最近ずっと峰田くんのこと見てたのは本当だよ」
「…し、視姦はされていた…!?」
「姦はしてねえ」
みょうじの言葉に再度興奮を顕にする峰田の頭を瀬呂が小突く。
「うん。峰田くんだけなんか、難しくて」
「いくらでも見ていいんだぜぇ…なんならオイラがすげぇの見せてやんよ…」
「え、要らない……」
背筋に虫が這うような不快感を感じ全身が粟立って、みょうじは更に峰田と距離を取ろうとベンチから腰を上げた。
結局その後、みょうじはこれ以上関わってはいけないような気がして峰田を描き写すのを諦めることにしたのだった。
全身を包帯に包まれたミイラ男が1年A組の教壇に立っていた。相澤消太である。
その痛々しい姿にみょうじは思わず目を逸らしたくなる。二日前の惨事を思い出してしまいそうになる生徒達の不安を取り去るように、次いで担任の口から告げられたのは二週間後に迫った雄英体育祭のことだった。
*
机に広げた弁当を早々に掻き込んで仕舞うと、みょうじは鞄からスケッチブックと筆記用具を取り出す。
白いページにさらさらと黒鉛が撒かれてゆく様を、彼女の前に座る八百万は興味深げに眺めていた。
「みょうじさんは絵が上手ですわね」
たった今みょうじの手から描かれていくのは離れた席で惣菜パンを齧るクラスメイトの尾白の姿であった。
「ありがとう」
そう言いつつ、彼女の顔はどこか沈んでいる。
みょうじの個性で他人の姿を模すには視覚情報を要するのだ。
スニーク活動には適した個性であるが、みょうじは小学生で一度使った以来他人の姿を借りることはしていなかった。
子供というのは残酷なまでに純粋で、それ故に正義を盾に暴力を振るってしまうことがある。
一度、遊びで同級生の姿を模したのが災いしてみょうじは仲間外れにあったことがある。
そんな素振りは全くしなかったのに悪事を働く気だと湾曲して捉えられてしまったのだ。
それからみょうじは、闇雲に他人の形を模すことをやめた。
そんな昔の苦い思い出を振り返りつつ、けれど同じ目標を志す者として嘘をつくのは心苦しくて、みょうじは八百万に本来の意味を教えることにした。
「私の個性、視覚情報を基にしてるから」
二週間後に迫った体育祭で、もしかしたらこれが役に立つかもしれない。そんな思惑でみょうじはクラスメイト達を一人一人描き写していたのだ。
しかしそれを聞いた八百万の反応はといえば、その瞳はなぜか嬉しそうに揺れているではないか。
呆れられてしまうかもしれない、避けられてしまうかもしれないと腹を括っていたみょうじはつい面食らう。
私の創造も知識を基にしていますから、そう前置きをして八百万ははにかんだ笑顔をみょうじに向けた。
「私たち、すこし似てますわ」
そんな好意的なことを言われることなど予想していなかったみょうじは、その瞬間じんわりと心の緊張が解れてゆくのを感じる。
「八百万さん。百ちゃんて呼んでいい?」
「もちろんです」
ほんの少しみょうじと打ち解けた八百万は、スケッチブックを押さえている左手の下に隠れている、つまり今彼女が描いている隣のページに視線を落とした。
「それは…」
彼女の視線に気が付いてみょうじがその手を退けると、そこにはモノクロ写真と遜色ない完成度で描かれたある人物がいた。
モデルはもちろんその画の構図や表情には、八百万にも見覚えがある。
「爆豪さん?」
「あ、その……」
みょうじはきょろきょろと教室内を見渡して本人がいないことを確認すると、心なしか声を顰めて八百万に事情を話す。
「爆豪くん、有名人だから…写真が手に入りやすいというか」
「あぁ、なるほどですわ」
ヘドロ事件の被害者として、長時間ヴィランに抵抗し続けた爆豪はインターネットで検索すればインタビュー時の写真が出てくる。
八百万の記憶に残っていたそれと合致して、彼女は納得した。
「ばれたら怖いから内緒にしてね…」
描いて記憶することが目的であるから、別に残しておく必要はまったくないのだが、半ば描くことが趣味であった為にそのままにしてある。
爆豪の怒りを買うことを想像して身震いしたみょうじは、そそくさとスケッチブックを閉じた。
そろそろ予鈴が鳴る頃だ。
*
ある日の休憩時間、峰田実が鼻息荒くして上鳴の席にやってきた。そこには既に瀬呂と尾白も集まっていて、昨日のテレビ番組などについて談笑していた。
「どうした峰田。悪ぃもんでも食った?」
そんな峰田の不自然な様子に気が付いた瀬呂が何とはなしに声を掛けると、当の本人は興奮した様子で口を開く。
「オイラさ……なんか最近」
三人の視線が峰田に集まったまま、次いで彼の口から発される言葉を待つ。
「みょうじに視姦されてる…!」
「「は?」」
「…しかん?」
峰田の口から発せられた言葉に眉を顰める瀬呂と上鳴であったが、聴き慣れない単語に首を傾げたのは尾白だ。
あまりに突拍子もない話に呆れたというふうな顔で、二人は彼の告白を一蹴する。
「大丈夫か、おめー」
「妄想と現実をごっちゃにすんじゃねぇ」
揃ってその言葉を戯言として聞き流す瀬呂と上鳴の反応に、しかし峰田は自信ありげに含み笑いをする。
彼とて、なんの確証もないのにみょうじから辱めを受けていると主張しているわけではないらしい。
「見てみろよ、あの熱い視線を…!」
そう言いながら得意げな峰田が指したのは、最後列のみょうじの席だ。三人が視線を送ってみると、確かに彼女はこちらを見ていた。
目が合ってきょとんとした顔を浮かべると、数秒の後に顔を赤くして慌て始めるではないか。
これは、まさか。
「…嘘だろ?峰田だぞ?」
今見たものが信じられないとばかりに頭を抱える上鳴に、そういえば、と記憶を探りながら尾白は口を開いた。
「この間、俺もみょうじさんから見られてるような感じしたよ」
昼休憩の間であったことを思い出しながら発せられた尾白の言葉に、しかし峰田はまだその自信を突き崩されはしない。それなりの証拠があるらしかった。
「オイラはもうここ数日、ずっとみょうじからの視線を感じているんだぜ…!?時には悩ましげに眉根を寄せて…間違いねえ。あいつはオイラに惚れてる!」
「そんな言うならよー」
自信たっぷりに言い切った峰田であったが、対して瀬呂はこともなげにある一つの提案をしてみせた。
「みょうじに聞いてみよーぜ」
「俺もそれがいいと思う」
「やめとけお前ら!万が一ってことがあるかもしれねーじゃんか!」
瀬呂と尾白の提案に当の峰田は名案と言いたげに頷いていたが、もしも峰田の証言が正しかった場合途轍もない敗北感を感じざるを得ない上鳴は猛反対した。
まさか性欲の権化である峰田のことを好く女子がいるなど、万が一、いや億が一にでもあり得ないと言いたいが、他人の心は計り知れないものである。
結局話がまとまる前に休憩時間の終了を告げる予鈴が鳴り、各々自分の席へと散って行った。
昼休憩に入ってすぐ、弁当を鞄から取り出したみょうじの前にやって来たのは瀬呂であった。
自らもその手に弁当袋を掲げながら、彼は白い歯を見せて言う。
「みょうじ、一緒に飯食わね?」
その後ろには難しい顔をした上鳴と、何故か得意げな顔を浮かべた峰田、そして尾白がいる。
唐突の誘いと普段よく話をするでもない珍しい面子に小首を傾げる彼女であったが、そういえば先の休憩時間に目が合ったことを思い出して応の返事をした。
「うん、いいよ」
*
五人がやって来たのは中庭だ。
敷地を囲むように植えられたソメイヨシノの樹は、入学後間もない頃の満開だった姿とは違いすっかり青葉が生い茂っていた。
公園と言われれば納得してしまいそうなほど広大な芝生に点々と設置された、木の材質そのままなテーブルは6人掛けで、みょうじの隣に峰田がやって来ると、その向かいに瀬呂、尾白、上鳴の順で座った。
「私、中庭初めて来た」
ちらほらと他学科、他学年の生徒の姿も見受けられ、強すぎない陽射しに照らされた芝生が青く光っていた。
みょうじが開けた弁当の中身を覗き込んだ瀬呂は、思わず声を上げた。
「みょうじの弁当それ美味そうだな」
「ありがとう、自分で作ってるんだ」
「へぇ、すごいな」
女子にしては少し大きめな二段弁当の下段がおかずのようで、鯖の照り焼き、唐揚げ、ほうれん草が混ぜ込まれた卵焼き、マカロニサラダが綺麗に詰め込まれている。
瀬呂の言葉につられて視線を向けた尾白が感嘆の声を上げた。
「実は俺も自分で作ってんだよね、コレが」
「じゃあ、仲間だね」
毎日じゃねぇけど、そう補足しながらも、瀬呂はまだ箸をつける前に自分の弁当から卵焼きをひとつみょうじの白米の上に乗せた。
「交換しようぜ」
その言葉にみょうじは笑って頷くと、ほうれん草入りの卵焼きをひとつ瀬呂へと譲渡した。
それがまるで付き合いたてほやほやの彼氏彼女のやり取りのようで、隣で見ていた峰田と上鳴は耐え切れず声を荒げる。
「人前でいちゃついてんじゃねぇーぞコラァ!」
「ランチ楽しむのもいいけども!本題そこじゃねぇだろ!?」
二人の剣幕に訳もわからずつい顎を引いたみょうじに、尾白が申し訳なさそうにそれを諌めに入った。
「みょうじさん驚いてるだろ」
「あーそういえば…ってコレうめーな!」
言いながらみょうじの卵焼きをぱくりと口に放り込んだ瀬呂は、思わず感想を漏らした。
「ありがとう。瀬呂くんのも甘くて美味しいね」
「みょうじおめーこのビッチめ!!」
「えぇ…なにが?」
主語から"卵焼き"を抜かした彼女の言葉を耳にした途端物凄い形相で喚く峰田にみょうじは若干引いてしまう。
あまつさえ尻軽呼ばわりまでされたのだ、ベンチの端まで寄って彼女は峰田から距離を取った。
「みょうじ、悪いことは言わねえ…峰田だけはやめとけ!!な!?」
テーブルに身を乗り出してみょうじに詰め寄る上鳴に、みょうじは一体何のことだろうかと首を傾げる。
ただ一つだけ思い当たる節があって、みょうじはおずおずと口を開いた。
「やめとけ、って……デッサンのこと?」
*
食べかけの焼きそばパンを残したまま、峰田はベンチの隅で一人ぶつぶつと呟いていた。
その向かいに座る上鳴は、それまで全く昼食に口を付けられずにいたのが嘘のように、購買で購入した弁当を平らげてしまっている。
「なんだよもうビビって損したわ」
「最初からんなことだろうと思ってたぜ、俺は」
「ごめんね、勝手にみんなのこと観察して」
みょうじは空になった弁当箱を包み直しながら、非礼を詫びる。
「いいよ全然!むしろおっけー」
峰田の勘違いであることを確認した上鳴は上機嫌を隠そうともせず、当の峰田は未だいじけていた。
尾白はそんな彼を慰める。
「峰田元気だしなって」
「べつに落ち込んでねーよ!」
「でも最近ずっと峰田くんのこと見てたのは本当だよ」
「…し、視姦はされていた…!?」
「姦はしてねえ」
みょうじの言葉に再度興奮を顕にする峰田の頭を瀬呂が小突く。
「うん。峰田くんだけなんか、難しくて」
「いくらでも見ていいんだぜぇ…なんならオイラがすげぇの見せてやんよ…」
「え、要らない……」
背筋に虫が這うような不快感を感じ全身が粟立って、みょうじは更に峰田と距離を取ろうとベンチから腰を上げた。
結局その後、みょうじはこれ以上関わってはいけないような気がして峰田を描き写すのを諦めることにしたのだった。
すけっち