※ドラマCD(2nd 8巻)ネタ


みょうじは茫然と立ち尽くしていた。
といっても、ただ理由もなく其処に立っていたわけではなく、正確に言えば目の前の光景に言葉を失ったというのが正しい。

「離れろ半分野郎!」
「んなこと言ったって…」

人通りの少ないトンネルの向こうで何やら聴き覚えのある声がして見てみると、そこにはいがみ合いながらも離れようとしない二人の人影があったのだ。
よく見れば、その声の主はクラスメイトの爆豪と轟である。

みょうじはたった今、昨日祖母の見舞いで赴いた関西から新幹線で帰ってきた所だった。
昨夜は一睡も出来ず頭が働いていなかった。自分が白昼夢でも見ているのだろうかと疑って数分間そこで様子を伺っていたが、何度目を擦ってみてもあの二人は爆豪と轟であるし、どうしてそんな事になっているのか理解も出来なかった。

「えっと、なにしてるの…?」

普段なら聞いていいものなのかどうか考えていただろうが、この時彼女は意味を深く考えられる程の余裕もなかったのだ。
下瞼に落ちた濃い隈と渇いた眼を掲げてそう問えば、二人が焦ったようにこちらを向く。

「みょうじ!」
「見りゃ解んだろクソが!!」

みょうじの顔を見て緊張を解いた轟に、怒声を上げる爆豪。
見ても解らないから聞いているのに。
そう口にしようとして、はたと二人の傍に見知らぬ男が立っているのに気が付いた。
にやにやと下卑た笑いを浮かべながら彼らを横目に、男はみょうじに耳打ちする。

「真昼間から公衆の面前で…まったく嫌ですねぇ」
「みょうじそいつの言うことに耳貸すな!ヴィランだ!」
「おいガキ女!はよその変態野郎の目ェ潰しやがれ!!」
「え、なに…?ヴィラン…?」

一気に色々と言われてみょうじの頭の中はぐちゃぐちゃだった。
辛うじて聴き取れた轟の"ヴィラン"という単語に反応して男を見ると、男はやはり眼前の二人を見ながら口を開いた。

「恥辱 まみれと申します。訳あってお二人を血祭りにあげなければならないもので」
「はぁ……痴情もつれ?変な名前…」

耳まで馬鹿になっているみょうじの言葉に、恥辱と名乗るヴィランは語気を荒げた。

「恥辱 まみれです!!人の名を間違うなんて………あなたよく見たら雄英生じゃないですか。丁度いい…言葉通りにしてあげますよ!」
「わっ!」

爆豪と轟の動きが解けたのも束の間。そこへ突き飛ばされたみょうじが加わる形で再度、恥辱の個性が発動される。

「おいくっ付くなクソアマ!!」
「えっ何…離れない…!」
「あいつの個性だ」

対象を見つめている間、体の触れ合った部分が離れない。無理に抵抗しようとすれば更に引き合う。それが恥辱の個性であると轟が説明する。

「それだけ…?」
「…だけじゃねぇ」

言った轟の視線の先では、恥辱がカメラを構えていた。それを見たみょうじは、瞬時に理解する。先程までは回らなかった頭が、自ら犠牲になってみるとよく回転した。
写真をひとたびインターネットにアップロードされてしまえば、残らず根絶させるのは不可能な時代。
今の状況は非常にまずいのだ。
男子二人が女子を襲っているようにも見える絵面に、みょうじは恥辱がシャッターを切る前に個性を発動した。

「っと…とりあえず!」
「おや。思っていた絵面とは違いますが…まぁこれはこれで有りですね」

構わずシャッターを切る恥辱に、みょうじは首を傾げた。
男の姿になったのに。実際、胸はきちんと真っ平らになっているし視線も少し高くなったくらいで、年齢や性別でおかしなところはないはず。
男二人でくっ付き合っているのは言い逃れられないが、男三人であればじゃれ合っているくらいに見えるだろう。

「こンのクソポンコツ野郎殺したろかァ!」
「みょうじ」

更に激昂する爆豪が噛み付かんばかりにみょうじを怒鳴りつける。轟が下を見ろと促すので下を見れば、あぁそうだったとみょうじは項を垂れた。
彼女は今日スカートを履いていたのだ。
女装した男子を二人で襲っているような状況。変身しているみょうじには害がないが、轟と爆豪にとっては女子を襲うよりも印象が悪化してしまった。

「ごっ、ごめん!そんなつもりじゃなかった!!」
「いや、…巻き込んじまったのは俺らだ」
「この変態野郎片付けたらてめぇも殺してやるから覚悟しとけよ…!!」

数分経った頃、みょうじの変身は解けたが依然ヴィランは写真を撮り続けている。寧ろシャッターの勢いが増しているようだ。
煽るようにもっと嫌がれと笑うヴィランに怒りを露わにする爆豪であるが、反対に轟は黙り込んでいた。

「轟くん…?」
「……奴の個性は見えなきゃ解ける。まだ足はくっ付いちゃいねぇし行けるかもしれねぇ」

トンネルの突き当たりはT字路になっているので、素早く身を隠せば恥辱の個性は解けると踏んだ。
三人がカウントと共に動き出すと、見計らったように恥辱はみょうじの足を引っ掛けた。

「痛っ…てか重っ」

二人の体重がみょうじにのし掛かっているのだから、当然といえば当然である。
が、事態は更に悪化する。
見事に転び、みょうじを下敷きに轟と爆豪が倒れこむような形であるが、それだけではなかった。

「不純異性交遊じゃありませんか?これ。いいんですかねぇ…」
「あ、いや……え、…え?」
「「…………」」

みょうじは確実な違和感を覚えていた。
左胸をがっしりと鷲掴みされるような感触と、太腿の間に割り込んだ脚が鼠蹊部に当たる感覚。心なしか太腿の付け根が肌寒く、恐らくスカートがめくれ上がっていることだろう。

「てめぇがコケさえしなけりゃよ…」
「無理言うな。…悪ぃ、ほんとに」

ぎりぎり三人とも頭はくっ付いて居なかったが、みょうじの首に爆豪の鼻息が掛かり、轟が喋るたび耳朶を吐息が掠める。
ぞわぞわと感じたことのないような感覚に襲われ、思わず目を瞑る。みょうじの顔はみるみるうちに赤くなっていった。

「ひぅ、っ……っやだ喋んないで…!」
「妙な声出すんじゃねぇッ」
「や、めてって……!」

火が付いたようにシャッターを切る恥辱を、しかし轟だけは冷静に見据えて居た。

「みょうじ、悪ぃがちょっとだけ我慢してくれ」

みょうじの耳元で囁く声は、爆豪にもぎりぎり聴き取れる音量だった。
しかしすぐ側で鼓膜を震わせる低音に、みょうじの心臓はばくんばくんと脈を打つ。

「写真を撮って、その後はどうするんだ。殴るか、蹴るか」
「まさか。私血は苦手ですから…」
「そうか。それなら、好きなだけ撮ればいい。何かリクエストがあれば応えるが」

手のひらを返したように恥辱の要望に応えようとする轟に、みょうじはしかしそれどころではなかった。
恥辱のほうへ顔を向けようとした轟の脚につられてみょうじの足も微かに動く。
轟の膝が静かに腿の付け根を押し込んでぐり、と刺激した。
ふるふると震えるみょうじの目には涙が溜まっている。声は堪えたが、きゅんと内側が疼くのを感じてみょうじは羞恥心で一杯になった。

その時だ。それまで愉悦に顔を歪めて居た恥辱が急に叫びだした。

「嫌がってくれないと困るんです!もっと嫌がって…!!」
「爆豪、歯ァ食いしばれ」

取り乱した恥辱に、指し示したように轟が頭を振りかぶる。
その額が思い切りぶつかった先は爆豪の額だ。瞬間、そこから血が滲み出してみょうじは血の気が引いていくのを感じた。

「ぎゃぁあ!血が……!!」

血が苦手だと言った恥辱は、子供のように目を覆い隠してしゃがみこむ。
それと同時に個性が解け体が自由になると、爆豪が指の関節を鳴らしながら恥辱へ近付く。
個性を使用しなければ法には触れない。
ヴィランをぼろ雑巾のようにしていく爆豪を尻目に、先にみょうじの上から退いていた轟が彼女に手を差し出す。
手を取るが立ち上がれそうになく、みょうじは爆豪の様子を暫し眺めていた。
恥辱の手からカメラを奪い取り、爆発させた。あれが無ければ犯行の証拠が残らないのでは、と思ったが、みょうじにとっても轟にとっても、警察にすら見られたくない代物であることは事実だった。

「警察、呼ばなきゃね」
「そうだな」

解放されたことで気が緩んだのか、はたまた寝不足か、貧血か。
みょうじの意識はふっとそこで途切れた。

もつれるかみ

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