うつら、うつら。まるい小さな頭が睡眠欲に抗うのを見つけて、対面に座っていた人物は手にしていたシャープペンシルをテーブルに置く。こくりと頷くように意識の狭間で行ったり来たりしている少女の頭を撫でると、面白いほどすんなりと彼女は欲に抵抗するのを止めた。
テーブルの上にゆっくりと落ちていく頭をまたひとつ撫でつければ、すぅ、と静かな寝息を立て始めた。ソファの高さが合わないからと、ソファとテーブルの間に挟まって床に座っていた小さな身体は、今にもふらりと崩れ落ちてしまいそうだ。
取り敢えずそのままにしては置けないと、切島は大きさの割に中身の詰まった身体を抱き上げる。
重さはあるが、鍛えている男の腕力なら難なく持ち上げられる程度だった。
ふと、先程まで珈琲を淹れに行っていた男が戻ってきた。眠りに落ちたみょうじの姿を見ると不服そうに眉を吊り上げ、ひとつ舌を打つ。

「クソガキが……」
「まぁそう怒るなって。自由に個性解けねぇから疲れんだろ」

先程まで爆豪から勉強を教わっていた二人であったが、もう大方試験範囲は片が付いていた。
しかし納得がいかないらしい爆豪は腹いせにと、すやすやと気持ちよさそうに眠るみょうじの鼻をつまんでやる。
う、と小さな呻きをあげて眉を顰めるが、まったく起きそうにない彼女を見て再度舌打ちした。

「試験範囲ちょうど終わったしよ、もう解散すっか」

みょうじも寝ちまったし。そんな切島の提案に、爆豪は短く同意を示すと先程淹れたばかりの珈琲を片手に男子寮へ戻って行った。

さて、どうしたものか。多少の躊躇いはあったものの、みょうじを部屋に戻さないわけにはいかない。これほど健やかな寝顔を見ていると起こすのも偲びない。
やはり、連れて行くしかないだろう。数秒の葛藤ののち切島は女子寮へと向かうエレベーターに乗り込んだ。2Fを肘で押すとたった一階分の高さだというのにやけに長く感じて焦れた。
軽快な音と共に開いた扉を出ると、一番奥にみょうじの部屋は位置していた。この階には他に誰も居ないらしく、ひっそりとしている。

ドアノブに手を掛ければすんなりと回って、いくらなんでも無用心すぎるだろ、と思わず溢れた。恐る恐る足を踏み入れれば、白を基調としたシンプルな内装で少し安心した。
ベッドの上にこの小さな身体を横たえてやれば任務遂行。なんて呑気に考えていると、腕に違和感を感じた。先程まで小さかった身体が、どんどん大きくなっていく。重みこそ変化しないし、女子の部屋に入っている時点で不味い状況に変わりなかったが、みょうじの個性が解けることは切島にとって重大な事件であった。
机の上に置いてあった時計は深夜0時ぴったりを差している。
俺としたことが時間のことがすっかり頭から抜け落ちていた。こんなことなら起こしておけば良かったと後悔しても、腕の中には年相応の姿に戻ったみょうじが寝息を立てていた。
とにかく、ベッドへ寝かせなければ。そう思い立って彼女の身体を横たえると、先程までワンピースのように着ていたTシャツの裾から伸びた太腿に目が釘付けられて、どくんどくんと心臓が脈を打つ。
枕の上に頭を置いて、しかし膝の裏に回した手を抜くことが出来ない。まだもう少し、柔らかな肌に触れていたかった。
その引き締まった細くしなやかな脚と滑らかな肌は女性特有のもので、切島は息を飲む。
あまりにも無防備に眠るみょうじは起きる気配ひとつ無く、切島の頭には邪な考えが浮かんだ。が、やはり漢らしくないと自らに言い聞かせ頭をぶんぶんと振る。
膝の裏から引き抜いた手の指先が太腿を擦り上げて、みょうじの口から短く音が漏れた。
そのまま壁側に寝返りを打って、履いていたらしいホットパンツが姿を見せる。Tシャツの裾がめくれて背中が微かに見えてしまった瞬間、切島の理性がぷつりと音を立てて切れた。

狭いシングルベッドの上に片膝を着けば、申し訳程度の警鐘を鳴らすようにスプリングが軋む。
未だ夢の中にいるみょうじの表情はどこまでも穏やかで、けれど呼吸するたびに上下する胸に生唾を飲む。
壁側を向く横顔を覗き見ると、長くまっすぐに伸びた睫毛に目を奪われた。
そっと頬に手を添えてこちらを向かせ、自然な赤を帯びた半開きの唇に自分の其れを重ね合わせた。
途端に早鐘を打つように鼓動する心臓が煩く感じて、切島は一瞬閉じた目を開ける。

心臓が止まった。

今しがた開いたばかりの重たそうな瞼の向こうから覗く、鼈甲色をしたふたつの瞳と目が合った。
瞬間血の気が引いていく。冷や汗がどっと噴き出して、咄嗟に身を引くことも出来ずに何秒間か切島とみょうじは見つめ合っていた。
ぼんやりと切島を眺めていたみょうじはやがてへにゃりと笑うと、柔らかな赤髪を撫でた。

「…だめだよコタロー」

どうやら寝惚けているらしいみょうじの唇から漏れたのは知らぬ名で、切島は間一髪危機を脱したにも関わらず言い知れぬ衝撃を受けていた。
優しく梳かれる髪の感覚がその時は何故だか無性に苦しくて、切島は逃げるように部屋を後にした。



「爆豪くんおはよう、昨日は寝ちゃってごめん」
「てめえ…」

朝早くに1階ロビーのソファに腰掛けている爆豪と、その横に立つみょうじの姿がそこにはあった。
昨夜勉強の最中に寝てしまったみょうじに、爆豪は鋭い視線をぶつける。そんな彼の面相はいつもの事であるが、みょうじはもう一度謝ると話を続けた。

「部屋運んでくれたのって切島くん?」

簡単に肯定する爆豪にみょうじは1階を見渡すが、目当ての人物はまだ起きていないらしい。それから5分程して降りて来た切島の姿を見とめると、みょうじは挨拶を交えて駆け寄った。
心なしかその表情が曇っている気がして、みょうじは問い掛ける。

「どこか悪いの?」

切島は視線を落として暫く唸っていたが、大丈夫だと笑うのでみょうじも大して気に留めないことにしたのだった。

「昨日はありがとう、重かったよね」
「いや、ぜんぜん…」

ごめんと謝るみょうじに、謝らなくてはいけないのは自分のほうだと思ったが、切島には本当のことを言う勇気が持てなかった。
衝動を抑えきれず、軽はずみな行動を取ってしまった。あろうことか大切な人が居るのであろうみょうじに。
昨晩自分が寝ている間に唇を奪われたなどとは夢にも思っていないみょうじがいつになく機嫌がよさそうに見えて、切島は誤魔化すように尋ねた。

「なんかいい事でもあったのか?」

普段はあまり見せない、子供のように嬉しそうな顔。もしかして、例の"彼"のことだろうか。やはり聞かなければよかったかもしれない。そんなふうに考えていると、みょうじは口を開いた。

「いい夢見たんだ」

あぁ、やっぱりそうか。自嘲気味に痛む胸を自覚しつつ、次にみょうじが発した言葉は、しかし切島の予想を裏切った。

「昔飼ってた犬とたくさん遊んだの。おばあちゃんにしか懐かない子だったから嬉しくて…女の子なのにコタローなんて名前なんだよ」

嬉々として昔話をするみょうじに、切島は自分の思い違いで良かったと思うのと同時に、羞恥心で胸がいっぱいになった。

俺、犬と間違えられたのか……。

そんな切島の呟きは彼の口の中で静かに消化されていった。

おおかみさん

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