(1/1)




「レンさまって何であんなにモテるんだろう」
「は?」

昼休み、彼女は女子の群れに囲まれるレンを見てため息混じりに呟いた。

「何でって女ったらしだからに決まってんだろ」
「そうなんだけどさ、それだけじゃないでしょ。ただ女ったらしってだけならモテない人もたくさんいる」

視線を彼へ戻し、彼女は言う。彼は牛乳をストローで懸命に吸い上げていた。何だか思わず笑ってしまいそうだが、ここで笑えば確実に激怒されるだろう。緩む口元をきゅっと締め、また思いついたように彼女は呟く。

「…スタイルもいいよね、レンさま」
「おい、俺様を見ながら言ってんじゃねえよ」

主に身長のことを言っていることがバレたのか、彼はぴくっと眉を吊り上げた。結局このあと説教が続いて昼休みが終わってしまうのだろう。これからの展開が読めて、彼女はますます口元を緩めた。




(( 将来の王子様 ))




「あいつ覚えてろよ…将来は2メートルを超す大男になってやる…」

昼休みが終わり、Aクラスの彼女は自分の教室に戻り、Sクラスの彼もまた自分の教室へ戻る。彼が教室へ入るとレンは相変わらず女子に囲まれていた。それを妬むようにじとっと眺めると、トキヤがそっと後ろから声をかけてくる。

「…どうしたのです、翔」
「あ、トキヤ。…んー、なんかな、レンが何でモテんのかって名前が言っててさ、やっぱ身長かな?」
「それだけではないと思いますが、確かにレンはスタイルが良いですね」
「…なぁ、トキヤは何センチ?」
「はい?」
「トキヤは何センチあんだよ」

トキヤを見上げる彼の目は不安の色がちらついていて、いつもの自信が感じられない。余程彼女が言ったことが気になるらしい。トキヤはため息をつくと、静かに腕を組んだ。

「いい加減になさい、翔。嫉妬とは子供がすることですよ」
「、うるせぇな」
「身長はどうにもなりませんが、それ以外の長所を伸ばせば良いでしょう。それに、翔はレンのようにモテたいのですか?そうではないのでしょう?」

こうなればトキヤも説教モードになって面倒だ。彼はハッとし、小さく拳を握る。そうだ、俺様だけにしかない魅力を伸ばそう、と彼は思った。刹那。

「おやおチビちゃん、また身長のことで悩んでいるのかい?」

何と言うタイミングだろうとトキヤは軽く頭を押さえる。いつもひょっこり現れて彼をからかっていくのだ。毎度のことながら、彼もまたそれにノッてしまう。

「またとか言ってんじゃねえ!」
「そうだよなぁ、こんなおチビちゃんじゃあ龍也さんのようにかっこよくレディーを救えないだろうよ」
「くっ…」

たった今身長以外を伸ばそうと思えた彼に刺さる言葉だ。自分の尊敬している人物を出され、彼はますます怒りをあらわにする。

「う…るせぇな、俺様は身長なんかなくたって他に魅力がありまくるからいいんだよ!」
「へぇ。その魅力って何なんだい?乙女心を理解しているわけでもないし、積極的にリードするタイプだとも思えない。俺なら身長以外にもそれを兼ね備えてるけどね」
「うるせぇ!レンのばか!」

打たれ弱い彼は既に涙目だが、レンは構わずずけずけと物を言う。こういうからかいが大好きだからだ。いつもは喧嘩になればトキヤが止めるのだが、トキヤは静かにため息をつくだけで何も言わない。結局チャイムが鳴っても言い合いは終わらず、教室に龍也先生が入ってくるまで騒いでいた。




次の休み時間、彼女はわざわざSクラスを覗きにきた。気にしすぎだとは思ったが彼の前で身長の話はタブーなのにあんなにストレートに出してしまったのだ、もしかしたら落ち込んでいるかもしれない。ドアからチラッと顔を出すと、彼はすぐに気づいてこちらにくる。

「名前、どうしたんだ?」
「翔ちゃん…」
「…何だよ、その顔」

彼女の顔は申し訳なさそうに眉が下がり、彼の顔色を窺うような目をしていた。彼はぴくっと眉を動かし、彼女の頬を優しく摘む。

「哀れんだ顔してんじゃねえ。身長なんかこれから伸びりゃいいんだよ」
「まだ何も言ってないのに……やっぱり気にしてた?」
「べ、別に気にしてねぇよ!」
「翔ちゃん、ごめんね」

心底申し訳なさそうに謝られるが逆効果。彼の怒りを逆撫でするだけだ。彼は苛々と彼女から手を離し、彼女を睨む。

「うるせぇな!どうせ俺は女が何考えてるか分かんねえし、リードも何もできねえ!レンがいいならレンのとこ行けよ!」

何のことかさっぱり分からない彼女を置いて、彼は席へ戻ってしまう。完全に八つ当たりだ。彼女は彼を目で追うが機嫌を直させる言葉も見つからず、静かにAクラスへ帰っていった。




放課後、練習までかなり時間はあるが、彼女はまたSクラスへ顔を出した。彼の機嫌が直っているとは考えにくかったがとりあえずは話したかった。それなのに彼の姿は見えない。

「あれー?おかしいな」

廊下でも会わなかったのに、と彼女はSクラスへ入っていく。真面目な彼が練習を放棄して帰るはずもなく、やはり鞄は残っている。小首を傾げる彼女に上から声が降ってきた。

「やぁレディー」
「あら。レンさま」

後ろを振り向くと長身のレンが立っていた。レンは彼女ににっこり微笑む。

「おいおい、レンさまって。レンでいいよ」
「だってレンさま〜って騒がれてるじゃん。それより、翔ちゃん知らない?」
「知らないなぁ。午後はずっと苛々していたみたいだけど」
「…そう」

俺のせいで、とレンは心の中で呟くが、面白そうなので黙っている。彼女は不安げに視線を下に落とした。

「…どうしよう…」
「レディー?」

私のせいだ、とぼそりと呟かれる。レンは予想通りの反応に口元を緩めそうになるが、ポーカーフェイスで彼女の顔を覗き込んだ。彼女は本当に落ち込んでいる。

「翔ちゃん、気にしてるの知ってたのに…私ほんとばか。どうしよう…嫌われたかなぁ…」

このまま放っておくと泣き出しそうなレベルだ。レンは優しく微笑むと彼女の顎に細長い指を絡ませ、持ち上げる。優しい瞳と目が合い、彼女はどきっと胸が鳴った。

「顔を上げて。レディーにそんな顔似合わないよ」
「レンさま、」
「レン。俺の名前はレンだ。いいかいレディー、君にそんな顔をさせるおチビちゃんより、俺にしといた方がいいと思うよ」

顎に指を添えられて至近距離で言われた言葉に彼女は目を丸くする。それはまるで好意を寄せているとでも言うような台詞。彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。

「え、あ、あの…」
「どうだい?悪い話じゃないだろ?」

ここでパチンとウインクを1つ。慣れた行動だが彼女はますます顔を赤らめた。が、次の瞬間に現実に引き戻される。

「何やってんだよレン!」

ぐいっと彼女の手首が引かれる。そちらに視線を向けると愛しい彼が激怒していた。そんな姿も愛しいが、今はそんなこと言っていられない。彼はレンをキッと睨みつけたまま、それ以上は何も言わずに「ちょっと来い!」と乱暴に彼女の手を引っ張って教室を飛び出していった。
それから廊下、階段、中庭、ずっと無言で歩かれて彼女はびくびくしていた。やはり嫌われたのだろうかと思うと怖くて話し掛けることもできない。やっと隅の倉庫まで来ると彼は立ち止まり、彼女をその中へ押し入れた。

「…しょうちゃ、」

睨まれている状況からして彼がご立腹なのは嫌でも分かる。彼女は恐る恐る彼の顔を覗き込んだ。すると、彼がやっと重い口を開く。

「俺はどうせ子供だ」
「え、」
「嫉妬、した」

口調はきついが彼女を優しく抱きしめた。強制的に肩に顔を押し付けてしまうほど強い力で抱きしめられ、彼女はどきりと心臓を跳ねさせる。怒っている理由が嫉妬だと分かれば愛しさも溢れ出てきて。

「しょうちゃん、」
「お前はさ、」

ほぼ同時の発言。彼は腕の中へおさめていた彼女の体をゆっくり離し、少し照れ臭そうに目を伏せる顔を見せた。

「お前は俺様の家来だろ?レンのものになったら許さねえ」
「家来、」
「だから命令だ、ぜってー俺様から離れんなよ!」

いつもは愛しいと思える彼の姿だが、彼女はふと眉を顰めた。今まで彼に好きだと言われたのは最初の告白のただ1回だけ。恋愛禁止の校則がある故に恋人らしい行為はしていなかったからますます彼女に不安を与えたのか、彼女は恋人だと言えるのかと心配になった。実際彼は今でも自分のことを家来だと言うし、自分への独占欲は家来が取られると誤解しての独占欲かもしれない、と彼女は思う。彼女は寂しげに笑うと、彼のシャツを少しだけ握った。

「翔ちゃんは、私のことどう思ってるの?」
「は?」
「私は…もう、翔ちゃんの家来、やめたいよ」

家来ではなく恋人がいい、という意味合いで言ったのだが、彼は何を勘違いしたのかますます眉を吊り上げて彼女の手首を乱暴に握る。

「やめさせねぇ」
「やだ、」
「お前は一生俺様のモンでいいんだよ!」

強く室内に響く声。あまり大きい声を出すとシャイニーに見つかり、誤解されたら退学だって有り得る。彼女は少しだけ冷や汗をかき、思わず距離を取ろうと後ずさった。

「もうやめよう、翔ちゃん、こんなの、」
「っ、逃げんな!」

距離を取った分だけ距離を詰められ、それどころかあっという間に彼の腕の中にいた。再び繰り返される苦しい程の抱擁。彼女は身を捩るが、細いとは言え男である彼には無意味な行為に等しい。

「しょう、」
「誰にもやんねえ、っ」

刹那、耳元で絞り出されたような熱い声に彼女はハッとする。声が震えている。言葉こそは強気だが、彼は不安でいっぱいであった。彼女はもう1度寂しげに笑うと、彼を抱きしめ返した。

「翔ちゃん、もっかい言うね。家来やめたい、から」
「っ名前…」
「翔ちゃん王子の、お姫様にしてほしい」

彼の一言に愛が感じられた彼女は勇気を振り絞り、そう返す。家来としての独占欲ではないという確信はないが、愛を感じられたのは嘘ではない。耳元で彼の息を飲む音が聞こえた。

「…俺、本当にだめだな、お前の不安も分かってやれねえ」
「え?」
「乙女心なんか、やっぱ分かんねえよ…」

今度ははぁと熱いため息。熱が篭るそれに彼女の顔も火照りそうだ。翔ちゃん?、と不安げに呼ぶと彼は乾いた笑い声を漏らした。


(  )

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -