ふたりでいつかひとになろう cours2(1)




序章 オープニング・クレジット

朝と夜の恒例行事になった、ラジオ放送。毎朝山姥切は五時に起きて、軽い身支度をしてから見張り櫓に設置されたスタジオに入る。その段階で、まだ、だいたい五時半だ。残りの三十分は、何を話そうかと、思案する。その時間が、少しだけ楽しくもある。

時間になった。思案する時間は楽しいのだが、しかし、思案した内容をほんとうに話せるかというと、そうでもない。マイクのスイッチに指をあてた瞬間に、それらは泡沫のように、消えてしまう。

「……おはよう。今日も朝が来た。……これから、第二十九回、本丸ラジオをはじめる。パーソナリティは山姥切国広。……本丸ラジオ、という名称は、俺が深く考えずにつけた仮の名前だったが、もうこれが本当の名前になりつつある。……それでいいなら、まあ、いいんだが……。それから、昨晩の繰り返しになってしまうが、一応伝えておこう。鶴丸と大倶利伽羅のもとにも、ラジオが支給された。これからはこの本丸全体の連絡等にも、このラジオを使用することにする」

ラジオの件は、大倶利伽羅はともかく、鶴丸がねだったのだ。利便性を高めるのは大切だ、どうせなら有効活用しよう、と、山のような理由をつけては山姥切を困らせた。幸いラジオ自体はそんなに高価なものではない。古い機種でも、鶴丸が改造を加えればどうとでもなる。

「今日の近侍は俺、山姥切国広。……これは、言う必要があるのか……?いや、今の発言は傲慢というものだ。忘れてくれ。そして内番だが、まだ数が揃わないので、手合わせという名目で、稽古。今日の稽古は午前のみ……。鶴丸、大倶利伽羅、山姥切国広で行う。つまり全員だ。朝食は七時。九時までには支度を済ませ、道場に集合。それから、これは審神者への連絡事項だが、午後は鶴丸と町へ行って欲しい。諸々の生活用品と、あとは鶴丸が買い物をしたいらしい。……直接言えばいいんじゃないか?鶴丸……。連絡事項は、以上だ」

連絡事項もなにも、この本丸はまだ刀剣が少ないのだから、口頭で済む話だ。鶴丸曰く「数が増えたときのために練習しておけ」とのことだったが、山姥切はあまり納得していない。数を増やすのが問題だからだ。いや、しかし、それは避けられないことでもある。そこはちゃんと、わかっている。

「……ここからは、フリートーク。……?いや、手紙が来ている。ラジオネーム、と言うのだろうか……『びっくりするほどゴールデン』さん……から。いや、これはもう明らかだろう。今度から本名制の導入を検討したいところだ。あー……内容は『切国の好きな色を教えてくれ』……?この質問に、なんの意味があるのか……。まあ、いい。しかし好きな色か……。あまり、思いつかない、が……」

山姥切は少しだけ考えて、ぱっと、審神者の髪と目の色を思い起こした。

「強いて言えば、黒、だな。強いて、言えば、だが。それからもう一通……こっちは『ダイナミック太閤検地』さんから。……ちょっとまて鶴丸。お前は豊臣家には縁がないだろう!……お前が最近やっているレトロゲームだかなんだかのアレコレは知らないが、そのゲームには織田信長もいるはずだ!使うならそっちを使ってやれ!……すまない、声を張ってしまった。……で、内容は……『豊臣秀吉はな!専用武器で仲間である竹中半兵衛を鷲掴みにして敵に投げつけられるんだ!味方を投げつけるとか驚きだろう!?驚いたか?お前のコメントなんかお見通しだ!で、本題はここからなんだが、切国の好きな香りと花を教えてくれ!』……すまない審神者……ほとんど内容がわからなかったろう……前半の内容は鶴丸が今やっているレトロゲームの話だ。たしか二千年代初頭の……いや、現世もまだ二千年代初頭と言えば初頭、か。まぁだいたい二百年前のゲームだ。名前は忘れたが……歴史上の人物を戦わせて遊ぶような、そんなゲームだな。目からビームが出たりするが……で、本題が……好きな、香りと花……?……この質問になんの意味がある……。しかし当番となっている以上、答える義務がある、のか。……そうだな……甘い匂いは、少し苦手だ。強いて言えば柑橘系の、すっきりしたにおいが好きだ。檸檬……は、違うな。グレープフルーツあたり、だろうか。好きな花、は……」

山姥切は少し逡巡した。しかし、どうせ、わかるまいと、口にする。

「好きな花は千日紅」

そうこうしている間に、三十分が過ぎようとしていた。山姥切は急ぎ、終わり用に用意されたテンプレートに目をやる。

「……手紙の返事に時間を割いてしまった。そろそろ終わりの時間だな。目は、覚めただろうか。今日があんたにとって……じゃ、ないな。この本丸すべての者にとってよい日になるよう、願っている。……今日はいい天気になるらしい。久々の『外』だ。楽しんできてくれ。……これで第二十九回、本丸ラジオを終わる。以上、山姥切国広が、お送りした」

山姥切はそう言って、カチリとマイクのスイッチを切った。今日も、一日が始まる。


一章 カーテンコールはまだ遠い 午前一部

政府から久々に書状が届いた。審神者の怪我は肩以外はほぼ治り、一週間ほど前からひとりでも歩けるくらいには回復した。風呂はまだ介助が必要だったが。審神者の風呂の介助は大倶利伽羅がやっている、と、山姥切は聞いている。いいのだろうか、と、思わなくはないが、本人がいいと承諾しているらしいので、問題ないのだろう。そもそもが人と、刀の神。問題がある方が不思議、なのかもしれない。しかし山姥切はどうして自分ではないのだろうか、と、思わなくもない。

「どうした切国。スケベ心か?」
「……なんの話だ」

話しかけてきたのは鶴丸だった。呼んでもいないのに、政府から何かしらが届くと、こうして審神者の部屋にひょこひょこと顔を出す。審神者は今、巫女装束の白衣のみを着ていた。制服は、怪我の折に鶴丸が裂いてしまっていたし、肩の怪我の都合でそれ以外着られる服が無いのだった。足首まで裾のあるタイプの白衣であるため、袴を着る必要がないのは便利だがしかし、町へ行くには袴も着ねばなるまい。

山姥切が気を取り直して政府からの書状に目を通すと、それは平たく言って「二週間後に学力試験を行う」というものだった。範囲も事細かに記されており、科目は主要五科目である、国語、数学、理科、社会、英語と、保健体育、家庭科、技術、音楽、美術だ。山姥切は人の子はこんなに沢山の科目を履修しているのか、と、気が遠くなったし、この本丸に来て審神者が審神者として以外の勉強をしている姿を一度として見ていない。範囲から察するに、これは中学一年の半年ぶんの量ではないのか。少なくとも二カ月は現世の学校で勉強した記憶があるとして、しかし少なからず忘れているだろうし、なによりも問題は、肩の、怪我。

「二週間で、筆が持てるように、なる、だろうか……」
「八割の確率で、ならんだろうな」
「……政府に事情を話すべきか」
「またお前の回収要請……おっと口が滑った。まぁ、そんなのが来るだけで試験の日取りは変わらんさ」

二人の不穏そうな会話が気にかかったのか、審神者はするりと、山姥切から書状を抜いて、目を通した。わからないだろうと思った山姥切は「簡単に言えば、『二週間後にテストをするから勉強しておけ』という内容だ」と説明をする。そうして、「すまない」と言った。審神者は、首を横に振って、久々に、紙と筆を取りだす。そうして筆を左手に持ち、さらさらと、慣れた様子で字を書いた。

『問題ないから、大丈夫』

その字は、整っていた。これには鶴丸も驚いたようで、「きみ両方の手で字が書けるのか!」と感嘆している。筆は少し扱い辛いようではあったが、審神者はもう少し、文字を綴った。

『もともとわたしは左利きで、それをきょうせいして、右も使えるように。大昔の分化だけれど、左利きは、父親だったから』

鶴丸は「ん?現世では父親が左利き?」と疑問符を頭に浮かべたが(実際疑問を抱いているのかはわからない)、山姥切だけはその意味がわかった。審神者は、『血の繋がっている方の父親が左利きだった』と、言いたいのだ。現世で、無理やりの利き手矯正は廃れた文化だ。それこそ何百年も前に。それでも遺伝の問題か、利便性の問題か、右利きが多数ではあるが。

『それから、試験はCBT方式』
「……?」
「んーと、あ、あれだ、現世で一番普及してる形式のテストか!タブレットでやるやつ」
「たぶれっと……?」
「んーあー調べてみりゃわかるが、もともとはパソコンってやつでやってたのを、より簡単にってタブレットでやるようになったんだ。指でタッチして、答えを選ぶだけでいい。まあ指で空欄に書いたりもするし、算術とかはさすがに紙に書いて計算しなきゃならんから、左利きであったのは不幸中の幸いだな!」

山姥切はすっと目を閉じて、その情報を探った。そうして、「今はそんな形式で試験を行うのか」と。これでは不正もできまい、と、山姥切は感嘆してしまう。そして書く分の問題は解決したとしても、問題はまだ山積みだ。科目が多すぎるうえ、範囲が広すぎる。

「試験を受けるにあたっての問題はないだろうがしかし、問題はどれだけの結果が残せるか、だろう。今日の午後の外出は先延ばしにして、勉強をするのがいいかと俺は思うが」

山姥切がそう言うと、審神者は『何点とればいいの?』と、書いた。

「……書状には書いて、いないな……」

山姥切は審神者から書状を受け取り、もう一度目を通したが、例によって合格基準は書いていない。

「んー……現世で、中学生、なら、三十点未満が赤点というやつだな。義務教育だから落第はしないが、……政府の基準で不可ってやつだ。で、ここからは平均点と比べての算出になるからなんとも言えんが、だいたい五、六十点以上で可、七十五点以上で優、九十点以上で秀、だろうな」
『わたしは、どれくらいまでなら、点をとっても、怒られない?』
「ん?妙な質問をするな!とれるだけとっていいに決まっているだろう!百点満点なら百点を目指す!千点満点なら千点を目指す!それがテストじゃあないのか?」
「俺もそう思うが……しかし三十点でも、厳しい…だろう、多分。だが政府からの……その、心象というものを考えるに、各科目六十点はとるべきだ。だから時間はかなりないと思うんだが……」

審神者は少し考えてから、本棚を指さした。そうして、紙に『数学、56ページ、発展問題4の問題文を、読んで』と書いた。言われるがまま、山姥切が教科書を取り出し、指定された問題文を読む。そこまでは折り目がついていた。

「……えーと……『濃度のわからない食塩水が200gある。ここに10%の食塩水を300g混ぜたら8%の食塩水ができたとする。はじめにあった食塩水の濃度は何%か求めよ』」

すると審神者は一瞬で、紙に『5%』と、書いた。山姥切は解答を見てから、「……当たって、いるが、しかし、ちょっと待て。この問題、そんなに簡単か?解説が結構長いんだが」と困惑した顔になる。審神者はさらさらと、解説らしきものも、綴る。

『はじめにあった200gの食塩水の濃度をx%とする
x%の食塩水200gに含まれる食塩は200×x/100=2x
10%の食塩水300gに含まれる食塩は300×10/100=30
200gと300gを混ぜるのでできた8%の食塩水は500g
8%の食塩水500gに含まれる食塩は 500×8/100=40
混ぜる前の食塩の質量と混ぜた後の食塩の質量が等しいので
2x + 30 = 40
x=5
よって、答えは5%』

山姥切は審神者の書いたそれと、解説のところにあるそれとを見比べて、全く同じであることに、言葉を失った。すると鶴丸が少し考えてから、数字と問題文を少しいじったものを、審神者に出題する。審神者は今度、先ほどより少し考えたのち、正解を紙に書いた。

思うところがあるらしい鶴丸は開かれた痕跡のある国語の教科書をひっぱりだして、「156ページ、四行目から、一文」と言う。審神者は『それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫であったにもかかわらず、私がすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人を伴れていたからである』と、さらさら、至極当たり前のように、書いた。一言一句違わず、その通りだった。

「ど、どうしてわかる……!?おかしいだろう!……霊力で……?」

困惑する山姥切をよそに、鶴丸は少し考えたのち、こう言った。

「なあきみ、きみの小学校の時のテスト結果の記録、政府のデータベースにあるはずだ。それ、見せてくれ」

審神者は支給されてはいたが、一度も手をつけていなかったタブレット端末を起動し、そこから自分のデータを開いた。これは電波でなく、固定回線のようなものなので、本丸内であれば情報の制限はあるが、政府のデータベースに接続できる。主に審神者の記録を視るための機能だ。鶴丸はそれを見て、少し考え込むような顔になった。

「ふむ……きみの最終の……全国一斉学力テスト記録は国語56点、算数55点、社会52点、理科58点、英語51点、か。で、偏差値は51。はー……なるほど、……きみ、これはわざととった点数だな?」

審神者は少し迷ったあとに、『平均点以上をとると、いい点数になるし、平均点以下をとると悪い点数になる』と書いた。山姥切にはうまく状況が呑み込めない。鶴丸は端末をすこし操作して、一年前の同じ名目のテストの全国平均も山姥切に見せる。するとどうだ、それは審神者のとった点数と全く同じではないか。山姥切はさらに、わからなくなった。

「どうしてこんなことをした?いや、それ以前にできるのか?無理だろう、普通。平均点を狙って取るなんて……」
「その年に受けるテストの平均点を狙って、必ずとることは無理だが、前年の平均点なら、狙えば確実にとれるぞ。そのテストで百点がとれる奴なら、誰でも、な。問題文に配点が書いてあるだろうから、計算して、ぴったりその点数になる組み合わせで問題の正解を選べばいいだけじゃないか」
「いや、だからそれが無理だろう!百点をとれるなら百点をとるだろう!それに普通は百点をとること自体が難しい!」
「この審神者には、百点をとることなんて、簡単なんだ。さっきのやりとりでわからなかったのか?数学なら公式も、問題を解く手順も、全部頭に入ってる。なんなら四則計算のだいたいのパターンの答えも。いや、正しくは記憶している。国語なら教科書に載ってる文章を全部覚えている。漢字もそのままに。社会も、理科も、英語だってそうなんだろう。超記憶症候群か、瞬間記憶能力……に、近いものがあるんじゃあないかと俺は踏んだ。要するに、めちゃくちゃ記憶力がいいってことだ。なあきみ、教科書を何回読んだら、内容を丸暗記できる?」

審神者は指を一本、立てた。

「んー……じゃあ、一年前の八月十四日は何曜日だ?」

その質問には、審神者は首を横に振った。わからない、と、言いたいのだろう。鶴丸は端末のカレンダー機能で、一年前のその日が日曜日だったことを確認する。

「その日君はカレンダーか、何か、曜日のわかるものを目にしたか?聞いた、とかも」

審神者は首を横に振る。

「きみが……まあ、俺はこの表現を使おう。きみが一年前の八月十四日、夕食に食べたものは?」
『なにも食べてない。お昼も。朝だったら、生の食パンを一枚。八枚切りの』
「……すごいなあ。驚きだ!ほんとにいるもんだな、こういう人間。たしかに出陣の時の勉強も、やたらめったら呑み込みがいいとは思っていたんだ。……しかし、難儀だな。歴史上に何人か、きみと同じようなものすごい記憶力の人間がいたらしいが、そいつらは大抵、気をおかしくして夭折しちまった」
「おい!!」

山姥切が鶴丸に掴みかかった瞬間、「おい……こんなところで何をしている。九時から稽古と言ったのは誰だ。四半刻も過ぎているぞ」と、大倶利伽羅が障子を開けた。鶴丸は「おっと!すまんすまん!ほら、切国も行くぞ!」と、装束を掴んでいた手をそのまま取って、部屋から引きずっていった。山姥切は「おい!」と怒鳴ったが、その声もすぐに、遠くなる。

残された審神者は、書状に目を落とし、テストの範囲に目をやった。そうして、まだ続きを読んでいなかっただろう教科書を出してきて、静かに、開く。うつくしい教科書だ。なんにも、落書きされていない、破れてもいない。ただただ、うつくしく、情報だけが詰まった、教科書。


一章 カーテンコールはまだ遠い 午前二部

稽古は基本的に、三人のうち二人が木刀を持ち、残った一人が審判のようなものをする。判定はさておき、ここが悪かっただとか、こうした方がいいのではだとか、助言もする。実戦を想定して行われるので、気を抜くと連敗が重なる。今日一番負けているのは、山姥切だ。いつもそうではあるが、今日はひときわ、負けが目立つ。目立つどころか、負けしかない。

「切国は集中しろ!集中!伽羅坊は単調になってきてるぞ!」

実戦経験もまだない大倶利伽羅に三本連続で取られたところで、鶴丸がそう言った。山姥切は誰のせいだ、誰の、と、思いながらも、いや、自分のせいか、とも冷静に思った。

同じ打刀同士なので、大倶利伽羅とは比較的、やりやすい。あくまでも比較的、だ。総合的な地力で言えば、あまり認めたくはないが、大倶利伽羅の方がかなり上だ。しかし、山姥切は一度とは言え、戦場に出ている。また、比較対象になっている鶴丸はひらひらふらふらと舞を踊るような太刀筋で、つかみどころがない。そのくせ突くところは突いてくるし、細い腕をしているくせに太刀故なのか、一撃が相当、重い。その点大倶利伽羅の太刀筋は無駄がなく、まっすぐで、悪く言えば読みやすい。しかし、読みやすいと感じた時は、注意が必要だ。読ませられて、裏を突かれることが多々ある。そして悲しいことに、やはり山姥切よりも一撃が相当、重い。さらにスタミナもある。山姥切が勝てるところは、速さくらいしか、ない。しかしその速さも、一撃を受ける重さで削がれ、さらには連戦連敗で失われてしまった。

「こいつはもうダメだ。鶴丸、変われ」

山姥切は気合いを入れ直す時間が必要だ、と、特に文句も言わず、鶴丸と交代した。追い打ちのように、大倶利伽羅の舌打ちが聞こえてくる。文句くらい言え、と言わんばかりに。だが実際、文句を言えるような立場ではないと自覚している。それもいけないのだろうが。

鶴丸と大倶利伽羅の打ち合いは、長い。鶴丸は細い体のどこにそんなスタミナと力が、と思わせるほどタフで、攻撃をかわすのも、受け流すのも、上手い。技術で言えば三人の中で飛びぬけていた。しかし参考にならない点が多い。多すぎる。まず立ち居振る舞いが本人曰く「驚き」優先で、剣道と言うより、剣舞だ。強さより美しさを感じてしまう。そして刀を右手に持ち替え、左手に持ち替え、両手にし、と、テクニカルすぎて、真似できない。真似したところで、怪我が増えるだけだ。しかしおさえるべき点はおさえているので、強い。この中では一番勝っている。いや、負けなしだ。

大倶利伽羅は抜刀術の構えを取ることが比較的多いように、山姥切は感じる。これは鶴丸相手では、相性が悪いだろう。抜刀術は不意の一太刀目で致命傷を負わせるか、攻撃を待ってそれを受け流し、二の太刀で攻撃に転ずる技だ。鶴丸相手に不意をつくのはまず無謀であるし、鶴丸の変幻自在の攻撃は受け流しづらいことこの上ない。しかし大倶利伽羅はうまく受け流すのだ。そうして、二撃目を、急所に入れる。もちろんかわされるか、受け流されるかしてしまうが。そして大倶利伽羅は、どうにも、間合いを大事にする。多くても四撃終わると、間合いをとる。だから、読まれる。鶴丸の重い一撃が、大倶利伽羅の肩の付け根に入った。

「鶴丸、一本。……大倶利伽羅、癖なのか?四撃目でいつも間合いをとる」
「……気づいていなかった。次から気を付ける」
「伽羅坊は多対一を想定しすぎだ。だから間合いにこだわる。で、俺はどうなんだ?」
「どうもこうも、『驚き』を求めるのを、やめろ」
「いつもそればかりだなあ」
「……つまりそれをやめれば完璧だと言われているんだ。……今ので肩をやった。切国、変われ」
「わかった」

山姥切は静かに、鶴丸の前に立った。鶴丸からは今まで、一度も『まともな』一本をとったことがない。傷をくれてやれたのは、いつかの、真剣での打ち合い、あの一回だけ。今のところ、勝てる気がしない。そう思った瞬間、鶴丸の眼が、鈍く光った。

「切国、お前、負けるぞ。宣言してやる」
「……わかっている」

山姥切は冷静に、そう返した。すると鶴丸は盛大な溜息をつき、やめだやめだ、と言わんばかりに、木刀を肩に担いだ。

「ああ、本当に駄目なやつだな!負けると思った瞬間に勝負は決している!……それが全てだ。……負けると思った自分を受け入れるのはいい。けどな、その後の思考は『負けると思った!が、錯覚だった!相手クソ強い!わかる!それでも勝ちたい!勝つ!』これくらいの気概がなきゃあ、ほんとに負けるんだぞ!」
「そ、れは……」

山姥切は返す言葉もない。鶴丸は大きく息を吸った。

「ああもうこの際お前の駄目なとこ全部教えてやる!全部だ!一回しか言わんが『絶対全部覚えろ』!気合い入れて聴けよ!いいか!まず、お前は弱い!根本がこれだ!俺はともかく伽羅坊よりも神格が低い!自覚しろ!してるな!?それがもう駄目だ!しかも自覚してるくせに剣道ではどうのなにがどうのあれがどうのと正面からやり合う馬鹿がどこにいる!強いやつとやるなら汚くてもいいなんでもいい、とにかく戦略を考えろ!あとお前は目が悪い!相手のいいとこばっか視るのなんとかしろ!悪いとこを探せ!そしてそこにつけ込め!情けをかけるな!伽羅坊相手に負けるのはそれが原因だ!自力に関してはこの中で一番速いくせにそれを生かせてない!むしろ殺してる!速さが取り柄ならとりあえず受けるな、避けろ!それか受け流せ!あと逆袈裟と横薙ぎが多い!多すぎる!何か狙ってそうしてるのかと思った時期もあったがただ単に得意なだけだな!?そういうのを馬鹿のひとつ覚えと言うんだ!馬鹿か!言葉通りだな!一つ覚えと思い込ませて裏をかけ!そんな頭もないのかこの能無し!いや脳無し!そしてなにより一撃が軽い!打刀だの太刀だのそういうのは関係ない!体重がのってないから軽いんだ!身体の使い方がなってない!死ぬほど駄目だ!腕だけで剣を振るうな!全身で振るえ!剣術の基礎を身体に叩き込め!あと負け犬臭い!負け犬根性が染みついてる!むしろ負け犬でいる自分大好き!そんなかんじだ!勝ったら儲けと思っているだろう!その一回の勝ちでお前はいつまで満足してるんだ!?一瞬でも満足するな!飢えろ!でも飢えに慣れるな!……はい!一言一句違わず復唱!!」

山姥切はこんなに腹から声を出している鶴丸に驚き、別人かと思い、そしてその口からとめどなく溢れてくる自分の駄目な点、愚かな点、至らない点に、ひどく、落ち込んだ。酷い気分だ。消えてしまいたいくらい、辛い。鶴丸は黙り込んだ山姥切をじっと視てから、再度口を開いた。

「もう一度言う。一言一句違わず、復唱しろ」
「え、えっと……お、俺は、弱い……」
「はい違う!もう駄目!……で、だ。まあお前の駄目なとこは『とりあえず』おいておき、今の言葉、審神者なら本当に一言一句違わず復唱できる」
「……!」
「で、多分でもなく、お前、今、いや、『さっき』、結構しんどい、辛い、消えてしまいたい、とか、感じただろう。その気分もまた、審神者は何年経っても、その当時感じたまんま、思い出せる。痛みさえ、恐ろしいほど、リアルに」
「……」

山姥切は、さらに返す言葉を失い、木刀さえ、取り落とした。大倶利伽羅は道場の壁にもたれて、聞いていないふりをしている。

その時、正午を知らせる鐘が鳴った。鶴丸はまた、いつものように仮面をつけて、「さて、昼飯だな。伽羅坊!今日の昼飯はなんだ?」と、大倶利伽羅に声をかけた。大倶利伽羅は「当然のように俺に食事当番を任せるな」と返しつつ、ぼそりと「きつねうどん」と答えた。山姥切の耳にそれは、届かなかったけれど。


一章 カーテンコールはまだ遠い 午後一部

昼食をとって少し休んだら、鶴丸が山姥切に「おい、買い物に行くから近侍を変わってくれ」と言ってきた。山姥切は「……審神者に言え」とだけ、返した。

「いや、審神者にはもう言ってある。そうしたら、山姥切に言えと言われてな」
「……近侍というのは、どうやって変えるものなんだ?一度、臨時で近侍をやっていただろう、お前。だったらそれと同じようにすれば……」
「あれは臨時だ。通常の近侍じゃあない。おいおい、町へ行けるのは近侍か、審神者の式を持たされた刀だけだぞ。そんなことも知らんのか。近侍には普通は目に視える手形が渡される。審神者の式のようなものだ。木製だったり、ただの紙だったり、かたちは色々。だがあの審神者はまだそれを知らないから、多分お前の中になんかあるんじゃないか?」
「……何も受け取っていない」
「だーかーらー、霊力のきれっぱしみたいなものを自分の神気の中から探せって話だ」

山姥切は素直に目を閉じて、自分の神気に混ざり込んでいる審神者の霊力を、探した。すると、少し大きな塊を見つけて、「これか」と、それを鶴丸に渡そうとして、「どうしたら渡せるんだ?」と首を傾げた。

「それを掌の上に集めろ」
「……こうか?」

山姥切は掌の上に審神者のその霊気をあつめた。真っ白な球体だった。鶴丸はそれをひょいと、どういう原理でそうしているのか、指でつまみ、「ああ、これだな」と確認してから、手の中におさめた。山姥切は少し妙な気分になった。

「じゃあ、行って来る」
「……気を付けてな」
「それだけでいいのか?」
「他に何を言うことがある」
「いや、無いなら、いい」

鶴丸はそれだけ言うと、審神者が待っているのだろう、鳥居の方へと向かって行った。山姥切は、自分も勉強をしなければ、と、思った。しかし神の勉強とは、どうすればいいのか。教本も、何もない。なにをわかっていないのかすら、わからない。誰かに教えてもらえるのを待つしか、ないのだろうか。


一章 カーテンコールはまだ遠い 午後二部

鳥居をくぐった瞬間に、刀剣男士は姿を変えなければいけない。神とわからぬよう、日本人らしい黒目黒髪に、ありきたりな和服。洋服でもいいが、鶴丸は普段着に近い和服にした。そして審神者の、いかにも審神者です、というような巫女装束も、適当な和服に視えるように術をかける。審神者はその鶴丸の姿と自分の服装を見て、ひどく驚いたようだった。

「ん?なんだ町に来るのははじめてじゃあないだろう?……ちょっと待て、切国は姿を変えずに町へ来ていたのか!?」

審神者はひとつ、頷いた。

「あーあーもう、本当にあいつは全く……。いいか、この町に暮らしているのはな?審神者になれなかった、もしくは事情があって審神者を引退した人間と、神になりたい妖怪どもだ。前者の、特に事情があって審神者を引退した人間には、大きく分けてふたつある。結婚して家庭をもって、血なまぐさい戦場から身を引きたいと政府に自ら志願した者。こっちは問題ない。問題があるのは、もう一方。強制的に審神者を引退させられた者たちも、この町に住まわされる。色々事情はあるが、だいたいが従えていた全刀剣を戦場で折った、もしくは政府からの何らかの罰で本丸を取り上げられた元審神者、だ。こいつらがまた審神者になるには、他の審神者と契約を結んでいる刀剣を、その審神者を上回る霊力もしくは知略で従えるか、本丸を持つ審神者を殺して乗っ取るって、物騒な方法しかない。審神者になれなかった人間も、おんなじ手段で審神者になれる。妖怪どもについては、刀剣男士とわかれば襲ってくる。殺せばその神通力が手に入るからな。妖怪らしきものが見当たらない、と思っているだろうが、そいつらは巧妙に人間に化けてる。それくらい妖力が強いんだ。政府が張った結界をすり抜けてこの町にもぐりこめる程度には、な。だからこの町じゃ、審神者は審神者とバレちゃいけないし、刀剣男士も刀剣男士とバレちゃいけない。なんでこんな危険な場所を放置してるかってーと、これまた色々事情があるんだ。審神者は歴史の裏側を知っちまってる。現世にいた頃、きみはこんな戦いがあるって知ってたか?知らないよな。時の政府が巧妙に隠してるんだ。だから、この戦争を知った者はもう現世には帰ることができない。一応、審神者としての記憶を消して、現世に戻すって術もあるらしいが、ここでの時の流れはひどく狂ってる。昔話の浦島太郎って知ってるか?まだ残ってれば、だが。それになる可能性が高いのと、あとはそう、記憶がすっぽり抜けて、それに弊害がないってことは、ないだろう。だからこの町は必要。そして、なにより、便利だ」

鶴丸はなんてことないようにそう説明をすると、「あ、そうだ、筆も紙も持って来させなかったよな。筆は左手じゃあ扱いづらい。現代のシャープペンシルと、それ用のメモ帳みたいなもんを、先に買おう」と言って、町中へ入っていった。審神者もそれについてゆく。

「……前々からなんとなく、本当に本当になんとなーく気になってたんだが、きみが掌、もしくは身体のどこかしらに文字を書くのは、切国だけだよな。切国は気づいてないだろうが、しかし、何か理由があるのか?」

審神者は、何も答えない。イエスノーで答えられる質問だったが、首を縦にも、横にも振らなかった。鶴丸はそれを見て、「理由はあってないようなもんなのか。不思議だな。貞操観念ってやつかねえ。まあ、いい。文字は紙に書いてある方が、俺は読みやすくって、好きだ。きみの文字は、うつくしいしな」と、文房具屋で買った小さなメモ帳と筆記用具を審神者に渡した。

「さて、ここからが本番だ。ブラジャーを買いにいく!もちろん下穿きも揃えるぞ!」

鶴丸が恥ずかし気もなくそう言った瞬間、審神者は顔を真っ赤にして、首を振った。

「ん?どうしてだ?欲しくないのか?現世では中学一年生だろう?周りの子はつけてただろう?」
『わたし、胸、ないし』
「あ、すまない。これはほんとうにすまない。うら若き乙女にそんなことを言わせて……いや書かせてしまった俺が悪い。いやいや、だがな?語法は違うが様式美ってもんがある。なくてもつけた方がいいってことだ。あとつけるとおっきくなるという素晴らしい伝説もあるぞ!」
『都市伝説』
「都市伝説でもなんでも、とりあえず俺はおっきい方が好みだから、毎日顔を合わせる審神者の胸が大きいに越したことはないんだ。寄せて上げるタイプのを買おう。俺はそう心に誓った。もう決めた。だから買う。いいな?」

審神者は困ったような、呆れたような顔になって、意気揚々と下着屋へ入っていく鶴丸の後ろを、とぼとぼとついて行った。

そのあと審神者はめまぐるしくサイズを測られ、「ギリギリAカップですね」と店員に言われた。鶴丸に伝えるべきかどうか悩む間もなく、鶴丸が店員に「なあ俺のかわいいおひいさまの胸のサイズはどれだ?」と尋ねている。店員も「あら、彼女さんでしたか。てっきり妹さんかと。すみません、失礼でしたね。Aカップですよ」と勝手に教えて、「はじめてのブラジャーでしたら付け心地の柔らかいものから慣れてゆくのが……」と、説明さえ始めてしまう。その後は怒涛の試着だった。Aカップのブラジャーはふわふわひらひら、可愛いデザインのものが大変多い。そして寄せて上げるタイプも大変、多い。店員は「直につけるのが一番ですが、汚れが気になるのでしたら服の上からどうぞ」と、手伝ってくれた。審神者は服の上から何着か試着して、ショーツとセットになっているスポーツブラに分類されるものを二着、それから鶴丸イチオシの寄せて上げるタイプの、やはりショーツとセットになっているものを二着、普通の、ワイヤーの入っていない、やはりショーツとセットになっているブラジャーを二着買ってもらった。そして会計の前に鶴丸が小声で、「きみ、初潮は迎えているか?迎えているなら、ついでにそれ用の下穿きも買ってやるが……」と言ってきた。審神者は首を横に振る。鶴丸は「そうか、ならまだ必要ないな」とだけ言って、会計をした。店員は「あら、彼氏さんは黒がお好みなの?」と、苦笑していた。鶴丸は「ああ、黒が好きだな!白もいいが、黒もいいよな!」と返す。

『お金は?』

審神者が、六着も下着を買っては随分な金額になるだろう、と思ったのか、鶴丸にそう尋ねた。鶴丸は「ああ、気にしなくていいぞ」と笑ってみせる。

「色々あったから、臨時給金が随分出た。きみにだけ給料が行くわけじゃあないんだ。俺たちにも別に給料が出る。そういう契約だから」
『でも、それは鶴丸のお金でしょう?』
「俺が君に買ってやりたいものを買ってやってるんだ。俺のことを思うなら、好きに使わせてくれ。さあ、次は君専用のシャンプーとコンディショナーだ!トリートメントでもいいが、君はコンディショナーからはじめような。あとボディソープと、化粧水と、乳液と、ボディークリームに……まあ色々買わせてくれ」

ドラッグストアに分類されるだろう万屋に入ると、たいへんいい香りがした。いろんな匂いが混ざっているが、清潔感があって、親しみやすい。鶴丸は店員に、「なあ、シャンプーとコンディショナーはブランドを揃えたい。あと、化粧水と乳液は一緒のブランドで。できればボディソープとボディークリームもブランドを揃えたいんだが」と話しかける。店員は和服の女性だった。

「かしこまりました。お使いになるのは、お連れ様でしょうか」
「ああ、そうだ」
「では御髪の質と、肌質を少々、お調べさせていただきたいのですが」
「ああ、わかった。きみ、ちょっと来てくれ」

審神者の髪に触れた店員は「……普段はどのブランドの……と、言うより、何を……?」と尋ねる。審神者は答えることができないので、鶴丸が変わりに、「風呂場の掃除用石鹸だ」と答える。店員が絶句した。

「いや、俺もな?かわいいかわいい『妹』が年頃になってきたから、そろそろいい加減それをやめさせたいんだ。このままでは嫁にも行けん。染める予定はないし、天然の黒髪に合っていて、そうだなあ、ダメージ補修力が強くて、扱いやすいやつがいいだろう」
「そうですね。でしたらこちらのカタログをどうぞ。香りのサンプルもあります」
「できればあまり匂いの少ないものがいいな。ボディークリームの匂いを邪魔しないような」
「総合的に判断したいのでしたら、少々お待ちください」

店員はそう言うと、ちょっとした機械を持ち出してきた。肌の水分量や肌理、その他諸々を計測する機械だ。店員はスコープのようになっているそれを、審神者の頬と、首に当てる。

「ええと……乾燥肌、ですね。それから綺麗な色白です。しかしその……」
「ああ、顔面も風呂場の掃除用石鹸だ!」
「……かしこまりました……。洗顔フォームから、お勧めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ!もちろんだ!」

審神者は頭の上にクエスチョンマークをどんどん浮かべてゆく。鶴丸は愉快愉快とそれを楽しみながら、山のようなカタログから、香りが少なく、ダメージ補修に特化したシャンプーとコンディショナーを選び、保湿力が高く、低年齢向けのブランドから洗顔フォームと化粧水、乳液を選んだ。そして最後に、二百年前にあった、果物の香りをメインに扱ったブランドから、ボディソープとボディクリームを選ぶ。そうして、審神者にサンプルの香りを嗅がせて、「この匂い、苦手だったり、嫌いだったりするか?」と尋ねた。審神者は首を横に振る。鶴丸は「じゃあ、これにしよう」と言って、結局一揃い、商品を買った。

審神者は店を出てから鶴丸に、『これ、今朝の』と書いたメモ帳を見せてきたがしかし、鶴丸は「ん?なんの話だ?」と白を切った。

次に足を運んだのは、呉服屋だった。いろんな年代の、いろんな服を取り揃えている。

「流石に、その服だけじゃあ、アレだろう。制服は俺が裂いてしまった。きみ、現世ではどんな服を着ていたんだ?」
『制服。部屋着は、黒無地のスウェット』
「私服は?」
『持ってなかった』
「……そうか。じゃあ、好みはどんなのだ」
『長袖と、長ズボンなら、なんでも』

鶴丸は少し考えて、「今日は服はやめておこう。代わりに、何か雑誌を買っていこうか。現世のファッション誌。きみが着たいものを、そこから探すといい」と言った。

そのあと本屋に寄って、雑誌と、それから鶴丸は書籍を何冊か買った。全部の買い物を済ませると時刻は夕方になっていて、荷物も大変なことになっていた。しかし鶴丸はそれらを軽々と持ち、審神者には一切、ものを持たせなかった。審神者が『持とうか』と言うと、「だってきみ、右腕使えないし、左腕に荷物を持ったら、文字を書けないじゃないか」と言って、かわしてしまう。実際そうであったので、審神者はなんにも、返さなかった。それから、鶴丸にメモ帳を見せる。そこには審神者の行きたい場所が書いてあった。鶴丸は「あいわかった」と、承諾し、そこへ審神者を連れてゆく。その途中で、ふたりの姿が綺麗に空気に溶け込むよう、細工をして。

鶴丸の買い物も、審神者に買い物も終わった帰り道、鶴丸は「なあきみ、今日は楽しかったか?」と審神者に尋ねた。審神者は、『楽しかった』と、答える。

「そうか。ならいいんだ。きみは忘れないんだろう?楽しかったこと、嬉しかったこと。それってすごいことだ。たいへん素晴らしい」

審神者は、少し考えてから、『ありがとう』と、メモ帳に書いた。鶴丸はそれを見て、「ああ、やっぱり、きみの文字はうつくしい。俺はきみの紡いだ文字が、大好きだ」と言った。


一章 カーテンコールはまだ遠い 夜一部

七時に夕食を終えてから、鶴丸は一枚の新聞を手に、大倶利伽羅の部屋へ行った。

「……なんの用かは知らないが出ていけ」
「いやいや、切国とは話せない内容だからここに来た。審神者にもどうも、話せないらしい」

そう言って鶴丸は新聞を畳に広げる。それは「審神者新聞」という、時の政府が発行している審神者用の新聞だった。詳しい本丸名は伏せられているが、そこかしこで起こった事件や、政府主催のあれこれの情報が記載されており、ほぼ毎日発行される、特殊な新聞。

「俺がこの本丸にも必要だろうと、近侍のうちに定期購読したいと申し出た。で、審神者に見せてみた。が、審神者は『その白い紙がどうしたの』と言った。情報にロックがかけられているらしい。切国も同様だった。伽羅坊は読めるな?」
「……ああ」

大倶利伽羅は深くは尋ねなかった。審神者が読めないことも、山姥切が読めないことも。そういう本丸なのだという顔で、済ませた。

「怪我だのなんだので目減りしていた審神者の霊力も、もう充分満ちた。テストとやらが終わったらまたなにかしらで出陣やら鍛刀の令状が来るだろう。出陣はまあいい。まだあのレベルだったら俺と切国、もしくは伽羅坊と切国でも、対処できる。誰かひとりは本丸に残しておく。同じ手でくるとは思えないが、念の為にな。そして夕飯で話したように、テストまでの二週間の間に、できる限り出陣しようと、俺は思っているしそう提案した。とにかく実戦経験が必要だ」
「……つまり問題は鍛刀、か」

大倶利伽羅は一番大きな見出しに目を落とす。そこには「これで十七件目!本丸壊滅!」と書いてあった。近頃、本丸の壊滅が目立って多いという内容だった。原因は審神者の死亡。しかし歴史修正主義者の手によるものでも、時間遡行軍の手によるものでも、ない。とある一振りの太刀を顕現させたからによるものであると、報じられている。

「俺はこの新聞を読むまでは、厄介なのは三条の連中だけだと思っていたが、しかし、これはマズいと踏んだ。俺ひとりで策を考えてもどうにもならん」
「――――か。粟田口の太刀だな。しかし粟田口……短刀と言えば、そこに突き当たる。むしろ粟田口でない短刀の方が珍しい。脇差にも、打刀にもいたな」
「ああ、そうだ。しかしこの本丸には短刀も脇差も必要だ。大太刀やら槍も勿論だが、まずは短刀と、脇差」
「……本丸の……いや審神者側の問題だったように書かれてはいるが、これは政府と――――の神霊の間で、何か揉めたな。神霊は分霊の大元。そこの意思が変われば、情報共有できずとも、新しく分けられる分霊には影響が出る」
「伽羅坊もそう思うか」
「そうでないなら、『太刀』鍛刀を控えろなんて馬鹿な終わり文になるわけがないだろう」

時の政府と刀の神霊の間には、様々な契約がある。審神者と分霊の契約の前に、神霊と政府の間で契約が成されなければ、分霊は審神者の前に現れない。正しい歴史、つまりは現世に至るまでにあったそれをそのまま残すことを望み、すすんで契約をする刀もいれば、人の姿を持ち、折れるまで戦うことだけを条件にする刀もいれば、身内の保護や神霊の召喚を条件にする刀もいる。条件は刀によって様々だ。中には「あいつが応じるなら自分も応じよう」なんて飲み会の出席理由みたいな刀もいる。鶴丸は「ずっと蔵にいるのはつまらん。滅多に現世にも出されんしな。人の身体を得て、生き死にができるならそれでいい」と契約したし、大倶利伽羅は「長らく仕えた伊達家の繁栄と衰退を視た。そこには浅ましく、醜いがしかし確かな人の生き死にがあった。それを護るためであるならば。そして姿変われど伊達の刀と再会できるなら」と政府と契約をした。鶴丸の契約内容を大倶利伽羅は知らないし、大倶利伽羅の契約内容を鶴丸は知らない。これには特殊な呪がかけられている。誰であっても口外できぬように、と。

だからふたりにも、政府とその太刀との間でどういった契約違反、もしくは契約の穴をついた何かしらがあったのかは、わからない。

「粟田口は契約済みの身内がやたらに多い。そこから考察するに、政府は一番はじめに――――の神霊と契約をしたのだろう。現存しているうえ、一時期は天下人の刀。そして日ノ本で一番長く続くとされている血筋へ献上された刀であるからして、神格もかなり高い。即戦力というやつだ」
「……ほぼ自画自賛になっているように、俺には聞こえるんだが……」
「ん?俺は天下人の刀にはなったことはないぞ!『なりそこねた男』のもとになら一時期いたがな!山姥切はそこのとこ詳しくないが、豊臣にも一応は在籍していたことがある。ま、豊臣の家臣の刀だったから、正確に言うと天下人の刀であったことは本当にない!……まあいい。それはどうでもいいんだ。で、俺が察するに、政府が一番初めにこの太刀と契約を結んでしまったばっかりに、その身内の契約内容がほぼ『――――と会えるなら』とかそんな風なのになっている可能性が、高い」
「……考えるでもなく、そうだろうな。まあ、打刀のやつは知らんが」
「で、だ。そんな短刀、脇差を近侍にした状態で、――――を顕現させたら、どうなる?」
「……そいつが従えば、問題ない。従わない場合は……契約上、分霊とは言え、――――に手出しできない……いや、しないだろう」
「他の刀が近侍であっても、その本丸の多数が粟田口であれば、顕現した――――を折ろうとする刀を、折ろうとするだろうな」
「数の暴力というやつか」
「そして初期の本丸ならなおさら粟田口が集まる。一つの城に主は一人。しかしその臣下の中に血で繋がった……と言えるかはわからんが、ひとりを頭にした大きな派閥がひとつ。どうなるかなんて、目に見えているだろうに、政府も目先に囚われて馬鹿をしたな」
「しかし、審神者との契約はどうなる?審神者が存在している状態であれば、本丸内で刀を抜いたところで刃がないのと同じだろう」
「だから審神者が死ぬんだ。近侍や周囲の刀を押さえつけるくらいはできるからな。普通の刀は思うだろう。仲間を傷つけることは、できない。しかし刀派で集まった連中は違う。家族を、兄弟を護るためならその他の絆なんて、と。まぁこれは憶測に過ぎない。それを超える絆も、数多ある。だから被害がこれくらいで収まっているんだろうな。俺も、伽羅坊も、同じ刀派のやつはまだ、政府と契約していないからわかりかねるものではあるが」
「……――――の神霊の狙いは審神者の死、か」
「そうすることで政府に何かしらの要求を呑ませようとしているんだろう」

その結論に至ったがしかし、どうすることも、できない。鍛刀をするのは審神者であるし、その意思に刀は介入できない。特にこの本丸の審神者は、特殊だ。

審神者新聞には新しく政府と契約が結ばれた刀の名前も普通に書かれているし、戦力増強のためその刀と契約することを推奨さえしている。だがここの審神者にはこの新聞が真っ白の紙に視える。つまり普通の審神者であれば「刀の名前や性質を知り、その刀を選ぶ」行為が少なくともできるのだ。その刀が要求に応じるか、その願いが望む刀のもとへ届くかはわからないが。しかしここの審神者は望む刀を顕現させることができるかわり、どんな刀が来るのか、その刀の名前がなんであるのか、どんな性質なのか、それらの情報が全てシャットアウトされている。

「粟田口の短刀や脇差だけなら問題ないんだよなあ。太刀が大問題なだけで」

鶴丸が頭を抱える横で、大倶利伽羅は静かに息をついた。

「……俺は要らぬ心配のように、思える」
「ん?なんでだ?」
「……あの審神者の声は、ひどく通る。いびつなくせに、まっすぐだ。……本来の――――なら呼べるだろう。今現在、政府と何で揉めているのかわからないが、もとの刀の性質は、善そのものに近く、『元』とはいえ天の血筋に長く仕えた故か、正しさを尊ぶ。しかし事件を起こしているその――――の分霊が曲がった太刀であるならば、その声は届かない。そもそも審神者が、願わない」

鶴丸は大倶利伽羅の口からその言葉が出たことにひどく驚いた。そうして、「そうだなあ」と、笑ってみせた。

「なあ、いつか聞かせてくれ。審神者が伽羅坊に願った、その言葉」

大倶利伽羅は「なんでもない願いだ。ただ、残酷で、敵を殺せる刀を、と」と、嘯いた。鶴丸は「そうかそうかあ!伽羅坊はいい子だなあ」とその頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。大倶利伽羅はそれを冷たく払ったが。

「さて、杞憂は杞憂。風呂にでも入って忘れよう。一緒にどうだ」
「慣れ合うつもりはない」
「いや、今日は一緒に入ってもらわねばならん。審神者用のあれこれを買ってきたんだ。審神者も連れて三人で入るぞ!審神者入浴係は伽羅坊だから、アレコレの使い方を覚えてもらわねば」
「いつからそんな役目になった!それに鶴丸!お前はあの餓鬼に欲情するとかなんとか……」
「あんなの真に受けたのか!?驚きだな!刀の神と人の子。どうにかなる方がおかしいだろう」
「……いるだろう、どうにかなる刀も。人の子も」

審神者新聞には、審神者の訃報も書かれている。その多くは寿命だが、中には真名を渡した刀剣が折れたことによる死も、ある。その場合、「戦死」扱いとなる。今日の新聞にもひとり、戦死した審神者がいた。年は二十九。

「ああ、そうさなあ。そうして真名を受け渡し、行きつく先は、おおむね心中。神と人の間にできた子は英雄と言われる、が、……そいつは外様の神話だ。唯一神の子と呼ばれた人の家系も、ひとつの敗戦と同時に、ただの人、と、タネを明かした。この国では神と人の間に、子供はできない。そういうふうに、できている」
「……行為自体はできてしまうからそれが問題なんだろう」
「ん?伽羅坊もしかして……」
「違う!断じて!」
「俺はまだ何も言っていないぞ!伽羅坊はスケベだな!しかもむっつり!ああこわやこわや!審神者に聞いておかんとなあ!伽羅坊になにか変なことをされなかったかと!」
「していない!誤解をまねくようなことを聞くな!言うな!」
「言われたくなかったら一緒に風呂だ!」

大倶利伽羅は「このクソ爺いつかどうにかしてやる」と何度目になるかわからない誓いを立ててから、「今日で最後だからな!」と言って、立ち上がる。どうせなんやかんやと過去、刀剣であった頃の黒歴史やら失敗談やらなにやらを持ち出されて審神者の肩が治るまでそうなるに決まっているのに。


一章 カーテンコールはまだ遠い 夜二部

「いいかきみ、シャンプーはこうして泡立ててから髪に揉み込む。で、指の腹で頭皮を刺激しながら、洗うんだ。爪は立てるなよ」

結局、三人で風呂に入る羽目になった。大倶利伽羅も鶴丸も、さすがに腰にはタオルを巻いている。鶴丸は風呂事情にやたら詳しく、それなりの知識を審神者に与え、ついでに大倶利伽羅にも教えていった。

風呂場に置くシャンプーとコンディショナー、ボディソープ、洗顔フォームには「審神者用」というシールがでかでかと貼ってあり、他は使用禁止、という方針でいくようだ。まあ、女物であるし、男衆は備え付けの共用ので事足りる。山姥切なんか掃除用石鹸だ。

「一番最初に髪を洗うんだぞ。コンディショナーもつけて流すんだからな。で、そのあとに洗顔だ。このフォームは最新式の泡立てなくていいタイプだから、掌に伸ばして、それで顔を洗う。綺麗に流せよ」

それから鶴丸は一通りの説明をして、審神者に毎日これをやるべし、と念を押した。審神者はなんだか心配そうな顔になっている。その理由が、大倶利伽羅にはわからない。現世の女なら最低限これくらい、早ければ小学生からやっているはずだ。

「このシャンプーもコンディショナーもボディソープも洗顔フォームも、全部きみのためのものだからな。安心して使ってくれ。でなきゃ、買ってやった俺が報われない」

ボディソープはほのかでもなく、柑橘系の香りがした。特定の果物をあげるとすれば、グレープフルーツ。大倶利伽羅はまあ、いい匂いだと思った。現世の女はこういうのが好きなのか、とも思った。鶴丸だけがにやにやしている。

そうして一連のアレコレが終わったら、三人で湯船につかった。大倶利伽羅はいつものように隅の方へ行ってしまったので、鶴丸と審神者が並んで浸かっている恰好になる。

「なあきみ、あの時は選択肢がなかったが、今でも風呂の介助は、切国にはやらせたくないのか?」

審神者はひとつ、頷いた。

「ふうん。どうしてか聞きたいところだがしかし、ここには紙もペンもない。理由についてはとやかく聞かないさ。けどなあ、きみが案じていること、別段切国は気にしないと俺は思う、とだけ、言っておこう」

審神者はやはり、またひとつ、頷いた。

「わかっていても、かあ。きみもやはり女というやつなんだなあ。いや、それもすこし、違うか。きみと切国の関係は、きみと切国にしか、わからない。よそが何を言ったところで、どうにもならない。そして今更、どうしようもない。しかし俺はきみの身体は、うつくしいと思う」

鶴丸は恥ずかし気もなく、そう言った。そして審神者が何か反論を思い描く前に、こう続ける。

「なぜならきみの存在がすべからく、うつくしいから。俺たちは審神者を見目では判断しない。魂のかたちを、その在り様を、そして審神者の願う在るべきかたちを、視る。……けれど人間は見目を気にする。見目がよいことは、強さにつながる。だから綺麗にしていこう。で、まずは風呂の入り方から、というわけだ」

審神者は少し顔を赤くして、頷いた。鶴丸は「のぼせたか?まあ、いい頃合いだ。上がって、今度は化粧水と乳液、ボディクリームだ」と言って、立ち上がる。審神者もそれに続いた。なんとはなしに、大倶利伽羅も。

鶴丸は丁寧に、化粧水の使い方と乳液の使い方を審神者に教えた。そしてボディクリームの段階になってから、左腕にだけそれを実践してみせて、「すまないがあとは自分でやってくれ。背中は手伝うが、乙女の柔肌にそうそう触れるのもどうかと思うからなあ」と、言った。大倶利伽羅はその言葉に動揺してしまう。今までの自分の所業を思い起こして、なんとなくいたたまれなくなったからだ。審神者も別に、という顔をして、大倶利伽羅を見る。

「ん?なんだ?伽羅坊になにかされたのか?……え、伽羅坊、俺はお前を信じているが……いや、その、主はこの審神者であるからして、疑わねばならないんだが……」
「違う!何もしていない!あんたも何か言え!言えないな!わかっていた!くそ!」
「ああ、面白いなあ!伽羅坊はからかいがいがあるというものだ!」

そうして鶴丸と大倶利伽羅がぎゃあぎゃあと言っているうちに、審神者は背中以外に、ボディクリームを塗り終えた。背中は手が回らないので、鶴丸が塗った。

「きみ、身体固いな?柔軟とか、風呂上りにやるといい。夜もぐっすり眠れて、一石二鳥だ」

そうして全部塗り終わると、鶴丸は「さあとっておきのをつけるぞ!」と、今日買ってきた中の、普通のブラジャーを取り出した。黒地に、胸元の白いリボンが少しだけ愛らしい。スポーツブラだと腕が通らないから、と選んだようだった。鶴丸はそれをどうにかして装着させようとするが、なかなかうまく留め具がとまらない。

「……男はな、これを外すことはあっても、留めることはまずないんだ。んー……一番きつくして大丈夫、だな。くっこの小さな留め具がうまくいかん……」
「教育上よろしくないことを口走りながら何をやっているんだ。貸せ」

そう言うと大倶利伽羅が、簡単にブラのホックをとめてしまった。

「……伽羅坊、疑いたくない気持ちは山々なんだが、君、普段からブラジャーをつけ」
「るわけないだろう!お前が不器用なだけだ!」
「俺のどこが不器用だって言うんだ!伽羅坊が器用なんだろう!どうせ人の姿になって誰かさんみたいに恰好よくきめたくて片手で外す練習を何度も繰り返したに違いない!外したらつけなきゃならん!それでつけるのも上手になった!証明完了!」
「……鶴丸国永、刀を持って表に出ろ。武装もしろ」
「審神者に服を着せたらそうしてやるさ!このままじゃあ風邪をひくからな!」

鶴丸はなんてことないようにそう返して、審神者にいつもどおり、白衣を着せてやった。審神者は不安そうな目で鶴丸を見上げるが、鶴丸は「いつものことだ」と、笑って返す。柑橘のやさしい匂いに包まれた審神者は、いつもよりずっと手触りのいい自分の髪と肌に触れて、そして、胸を締め付けるその感覚に慣れなくって、どうにも、居心地が悪かった。けれど、嬉しくも、楽しくもあった。


一章 カーテンコールはまだ遠い 深夜

大倶利伽羅と思う存分にやった結果、鶴丸はいくつか浅い切り傷をこさえて、大倶利伽羅は庭で完全に伸びた。鶴丸がやはり木刀と真剣では違うなあとのんきなことを考えているあたりに、夜の放送を終えたらしい山姥切が鶴丸の部屋に来た。

「入るぞ」
「どうぞどうぞ」

そう断って入った山姥切は、ぱっと目についた鶴丸の戦装束を見て、「なぜこんな夜更けに武装している」と尋ねた。鶴丸は「いや、ただの喧嘩だ。伽羅坊と」と、言い訳ひとつしない。

「鍛練になるならそれでいいが……まぁ、本題はそこじゃない。鶴丸、近侍のそれを返してくれないか」

鶴丸はそろそろ来るころだろうと、わかっていた。午後に買い物へ行くからと言って受け取ったままである近侍を示す審神者の霊力を、わざと、山姥切に返していなかったのだ。

「審神者には?」
「……何も聞いていないが、近侍は俺だろう」
「じゃあ返せないな。お前の発言が傲慢なのはさておき、近侍は審神者が決めるんだ。刀同士でどうこうする問題じゃあない」
「……そうだが……審神者はもう、眠っただろう。部屋の灯りも落ちている」
「じゃあ明日でいいじゃないか」
「しかし明日は……」

そこでふと、山姥切は思った。鶴丸の発言はいつも『こういう時』は必ず、正しい、と。

「……そう、だな。夜更けにすまなかった。俺ももう寝る」
「お前はほんとうに駄目なやつだな」
「……そんなことは、自分が一番、わかっている」

鶴丸は色々と言いたいことを呑み込んで、「おやすみ、切国」と言った。山姥切は、なんにも返しては、こなかったけれど。


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