07


 眠りながらもわずかに感じていた外の世界が、変わっていくのを感じていた。

 最初は音だ。眠っていて少しの変化しか感じとれなくなっていてさえも、それは伝わってきた。声。うるさい喋り声。それに、これまで聞いたこともない、重たい何かがぶつかるような音。鈍く、何かが削れる音。
 その次にまた声。最初に聞いていたのとは、抑揚の少し異なる声。2000年のあいだ人間というものの性質が変わっていないのだとすれば、それは男たちの声であるはずだ。低く、厚みのある、男たちの声である。
 思えば洞窟の奥で支柱となるように眠ってからも、何度か人間どもの声が聞こえたことはあった。あるときは、生ぬるい液体や、すぐに鼓動の止む一塊を伴って感じることがあった。それらを吸収してやれば、自らの本能が発する空腹の兆候は止み、再びまどろみに入る。
 今回もそうだ。うるさい音がやっと止んだと思ったら、また血の流れるのを感じた。己と一体になった枝が少しずつそれを吸い込もうとしたら、しかしある一定以上の量ではなかったらしく、そこで終いだった。そのとき自分は残念だと感じたと思う。ちょうど腹が空いていた。このからだの内に空白ができたという意味ではない、目覚めるためのちからが足りないという意味でだ。

 今回くらいうるさいのは、しかし初めてだった。しかも光だった。光を感じたのだ。一番耳障りな音が聞こえたあと、石化した己の身体を越えて、わずかな光を感じたのだ。そしてそれは、太陽の光だと確信した。炎の光なぞではありえない強さと、熱さをもっていた。石化しているゆえに痛みは感じないが、もし生身だったら確実に、10を数えるうちに石になっていただろう。

「――でも――を――くみるなッ!」
「――は――いるだけの――げんしじんに――ないと――このしゅとろはいむは――」

 いま、空気を切るような、あの抑揚がある声が、もっとはっきり聞こえてきた。自分は目覚めるのだ、否、目覚めさせられたのだとわかって、人間どもの2000年は何も変わっちゃあいないということを察した。これっぽっちも。これっぽっちもだ。理もなく同族どうしで争い、利を貪り、得体の知れぬ存在を神と称えて弱き者の命を捧げる。そうして自己を身勝手に満足させる、無知で蒙昧な、人間というものの本質。それは2000年前も、4000年前も、おそらくそれ以前から少しも変わっちゃあいない。

「なにかが――――ぞッ!」
「けつえきです――にしみこんだ血えきが――していますッ!」

 だから自分は喰うことができる。

「そうだな……メキシコに――熱――といういみの――さんたなと――どうかな!」

 だから躊躇わない。たとえ自分が喰うものが、この地で一番姿かたちが似ている生きものだとしても。

「サンタナ! ヤツは一体化して摂り込んでいる! 食っているんだッ!」

 おれは、この醜い、邪悪な魂を、ちからに変える方法を知っているのだから。

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