06


 また目の前で、人が死んでしまった――いや殺されてしまったと、ロバート・E・O・スピードワゴンは思った。

 もっとも尊敬した、いまもその強さと優しさを憶えている人の、その父が息を引き取る瞬間。自分がいながら、邪悪が人間を捨てる刹那に向けた刃を、止めることができなかった。

 あの薄暗い部屋で、燭台の灯りに照らされた警官たちの、からからに干からびた死体。嫌いではあった。自分は、警官というものを嫌いではあった。何度も苦い思いをさせられた。けれど、それを差し引いたって、あのとき殺されたのは妻や子を家に待たせる善良な護り人だった。

 波紋を説き、世界を放浪した先に見つけた宿命の、その道の途中で散った人。意志は、輝きは継れたけれど、命は決して戻ってこない。

 ともに汗を流し、遺されたものの発見と破壊を繰り返し、来る最悪へ立ち向かおうと並んだ人たち。彼らが不老不死への欲望に殺されたとき、自分もたしかに死ぬのだろうと思った。目は見えているのに見ているものを認めることができなくなり、考えることもできなくなって、眠るように、死んだはずだった。

 意識が沈み切るまえに思ったのは、同じく倒れた彼女のことだった――彼女は、彼女は生き延びるだろうか? いいや生き延びるわけがない、急所を切られて無事な「人間」がいるものか――あぁでも、彼女は。彼女なら、もしかしたら――。

 次に目を覚ましたとき、天国というものは本当はあったのかと、まだ覚醒しない頭のなかでつぶやいた。でもすぐに、ここは天国などではないと思い知らされた。あちこちが痛む身体は拘束され、手の指を動かすのがやっとなくらいで、横たわっていた。
 自分が目覚めたのを知った男たちに取り囲まれ、問いただされた。あの遺跡のこと、そこに紀元の始まりから眠っていたもののこと、これから世界がどうなるのかについて。抗うことはできず、すべてを話してしまった。

 人の命とは、何なのだろう。
 今目の前で殺されたのは、何の関係もないメキシコ人たちだ。ドイツ人コミュニティで盗みをした、喧嘩をした、金銭をごまかした、その程度のことで軍に囚われた。ただそれだけで、「実験」と称した惨殺の犠牲になった。

「ヤツは一体化して摂り込んでいる! 喰っているんだッ!」

 自分たちがやってきたことが間違いだったとは思わない。ここにくるまでに、平穏な暮らし、何気ない日常、そういった普通の人間としての幸せのようなものは捨ててきた。自分の何を捧げたっていい、とにかく託された使命を果たそうと、もがきながらも進んできた。
 けれど、もっと良いやり方があったのではないかと、もっと早く、あるいは確実な、少なくとも命が失われずに済むやり方があったのではないかと、考えずにはいられない。

「うわあああヤツがッ! 『サンタナ』がッ……!」

 ここから生きて帰れるかどうかはわからない。いや多分、生きて帰ることはできないだろう。この、圧倒的で絶望的な力の前では。

「キサマラ、カ……オレノ……眠リヲ邪魔シタノハ……」

 悲鳴がこだまして、人の頭は鉛玉に貫かれる。指先一つ動かすだけで人に穴を開けられる、そんな鉄のかたまりを持っていても、たったいま目覚めた「彼」には敵わない。
 あぁもう、終わりだ、結局自分は何一つやり遂げられないまま、ここで死ぬのだと、そう確信した。しかし、

「ヤレヤレだ」

 一人の男が、自分と「彼」のあいだに立つ。その姿は、その声はまるで、いつか憧れたあの人の遺した、たったひとりの――

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