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災い転じて、


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6話


「聞きたいことも多いが……それより先ずは……」


私達を見る澤村くんの表情が曇る。
元の部屋に戻る事が出来た私たちは、揃ってソファに座らされた。ジャージの上を脱ぎ、Tシャツ姿となった天童くん達の腕には痣や擦り傷が出来ていて、大きな怪我はないとはいえ、沢山ある細やかな傷は見ていて痛々しい。
「この傷薬使ってみるか???」と先程見つけた救急箱から木兎くんが小瓶を一つ取り出す。渋い顔をした岩泉くんが木兎くんの手から受け取った瓶の蓋をゆっくりと開けると、
中に入っていたのは、白いクリーム状の塗り薬だった。すんっと薬の匂いを嗅いだ岩泉くん。「これ、大丈夫なのか?」と顔を顰めた彼に天童くんが手を伸ばした。


「塗ってみりゃ分かるっしょ」

「あ、馬鹿!!」


岩泉くんが持つ小瓶からクリームを一掬いした天童くんは、間髪入れずに腕の傷にクリームを塗っていく。「危ないもんだったらどうすんの!?」と驚く菅原くんを他所に、おお!と目を見開いた天童くんが腕を掲げてみせた。


「いや、めちゃくちゃ効く薬よ、これ。もう治っちゃったし」

「は……」


天童くんの言葉通り、彼の腕にあった傷はあっという間に消えてしまっている。「効くっつーか……効きすぎじゃね?」と怪しむように岩泉くんの目が細まる。そんな彼に、「でも、塗っておかしな感じはないけど?」と天童くんがあっけらかんとした様子で答えると、「ま、使えるもんは使わせてもらうか」と開き直った松川くんが岩泉くんの手からひょいっと小瓶を奪い去らった。躊躇無く薬を傷に塗り始めた松川くん。そんな彼に倣うように、国見くんや白布くん、天童くんも薬箱から傷薬を取り、最後に私も手を伸ばすことに。


「おいおい、ホントに平気か?」

『まあ怪しいっちゃ怪しいけど……郷に入っては郷に従えとも言うし、使われるために置かれてるなら使うのが正解かもよ?』


心配する黒尾に答えつつ、蓋を開けてクリームを掬う。正直怪しむ気持ちがないわけじゃないが、さっきから擦れた傷がピリピリと痛むし、まだ脱出出来る様子もないので、動くのに邪魔になりそうな傷は消せるのなら消してしまいたい。
指に乗せたクリームを腫れた足に塗る。すると、みるみるうちに赤みが引いていき、痛みもなくなってしまう。便利な薬があるものだと感心しながら、足や腕にも薬を塗っていると、「花巻ー、」とチームメイトを呼ぶ松川くんの声が室内に響く。ん?と呼ばれた花巻くんが松川くんに歩み寄ると、彼に薬を渡した松川くんは、背中を向けて座り直した。


「後ろ塗ってくんね?見えねえのよ」

「あいよ」


ペールグリーンの練習着を脱いだ松川くん。逞しい背中には小さな傷や痣がいくつも出来ている。「いったそー」と言いながら、痣のひとつを押した花巻くんに「い…!てめっ!花巻…!」と松川くんが恨めしそうに花巻くんを振り返ると、「悪い悪い」と笑った花巻くんは今度こそちゃんと薬を塗り始めた。
「工ー、俺の背中にも塗ってー!」「金田一、頼んだ」とチームメイトを呼びながら練習着を脱ぎ始めた天童くん、国見くんの二人。白布くんは塗って貰わないのかな?と白布くんを見れば、「五色、天童さんが終わったら俺だからな」と彼は五色くんに声を掛けていた。あ、そっか。同じ学校の牛島くんがいるけれど、先輩だから頼めないのか。
薬を持ったまま立ち上がり、天童くんの隣で五色くんを待つ白布くんに、「白布くん、」と声を掛ける。すると、はい?と顔を上げた白布くんに、持っていた薬を指し示した。


『私が塗ろっか?』

「………は?」

『薬、背中に塗りたいんだよね?』


首を傾げて白布くんに尋ねると、「……い、いえ、大丈夫です」と返ってきた小さな首振り。「塗ってもらえばいいのにー」とニヤニヤした顔で小突いてくる天童くんに、キッ!と目を細めた白布くん。耳先が赤くなっている所を見るに、“女子”に塗ってもらうのはあまりに好ましくないらしい。
余計なお世話だったかな、と大人しく退散しようとしていると、「……苗字さんこそ、」と零された声に、動かそうとした視線を再び白布くんへ。


「苗字さんこそ背中……大丈夫なんですか?」

『……背中って……』

「俺を庇った時、背中に本が落ちてきてたでしょう?」


眉根を寄せた白布くんの台詞に、そっと背中に伸ばした右手。実は先程から、鈍い痛みを感じていたりする。
クラブの部屋で頭上から降ってきた無数の本たち。その本が直撃した背中はもちろん、肩や二の腕にも傷や痣が出来ており、服の下に出来た擦り傷や痣はズキズキと痛みを発している。けれど、流石にここでブラウスを脱ぐ度胸はないので、塗るという選択肢はそもそも存在していない。
「大丈夫大丈夫」と軽快に笑って見せたけれど、納得出来なさそうに眉間の皺を深めた白布くん。すると、そんな私たちのやり取りを聞いていた及川くんが、「あの部屋で塗ってきたら?」とクラブの部屋に目を向けた。


「俺たちも入れるようになったみたいだし、今は出入り自由みたいだよ」

「確かに。先程俺たちが入っても何も起こりませんでしたしね」


「行ってきては?」と勧めてくれる赤葦くんにクラブのマークが彫られた扉を見つめる。折角提案してくれているわけだし、何より傷が痛いのは本当なのだから、塗りに行くのがベストだろう。
扉の前に立ちドアノブに手を掛ける。けれど、どうにも扉を開く気になれず固まっていると、「どうした?」と黒尾が不思議そうに声を掛けてきた。


『…く、黒尾、夜久、』

「ん??」

「どうした??」

『……二人も一緒に、来て、』

「「はあ?」」


振り返った私の目に、呆けた顔をした黒尾と夜久の姿が映る。「薬塗りに行くんだろうが」と呆れる黒尾に、「そうだけど…」と口ごもってしまう。


『で、でも!また扉が開かなくなって閉じ込められるかもしれないでしょ!……それに、』

「?それに?」

『………背中は自分じゃ、届かないでしょ、』


尻すぼみになった声にぴしりとその場の空気が固まる。予想通りの反応から逃げるように扉を開けると、「ほら、早く、」と二人に声を掛ける。すると、微かに頬を染めて固まっていた二人も、「へいへい」「……分かったよ」と付いてきてくれることに。


『何があったのか二人には中で話しておくから、皆は皆で話進めてね』

「あ、うん。オッケー」


及川くんが返事をしてくれたことを確認して、三人で部屋の中へ入っていく。変わらず本で埋め尽くされている床。歩きづらさに顔を顰めつつ中を進んで行くと、苗字、と呼ばれた名前に一度足を止める。


「俺ら後ろ向いとくから、塗れる所は自分で塗っちまえ」

『あ、うん。そうするね、』


くるりと二人が壁側を向いた事を確認し、その場に座って制服のブレザーとブラウスを脱いでいく。傍から見ればとんでもなく異様な光景だろな。二の腕や肩に薬を塗りながらそんな事を考えていると、「それで?」と後ろから掛けられた声に、肩越しに二人の背中を振り返った。


「お前ら、この部屋で何があったんだよ?」

『あー……うん、それね、』


薬を塗りながらこの部屋であった事を話していく。棍棒を手に取った所まで話し終えると、「お前な…」と二人が揃ってため息を零した。


「たくっ、無茶しやがって……。扉開けて俺らに助け求めりゃいいものを、」

『うっ……い、いや、もちろん私もそう思ったよ?でも、例え扉を開けたとしても、結局部屋に入れるのは私だけだと思ってたし……。……それに、なんとなくだけど、開けちゃいけない気がしたの』

「まあ、無事に帰って来れたってことは、苗字の選択は間違ってなかったってことだしな」

「それはまあ、そうだけどよ……」


歯切れ悪くも何とか納得してくれた黒尾と夜久。我ながら無茶をした自覚があるので、二人が怒りたくなるのも無理はない。ほっ、と安堵の息を吐き出したところで、漸く薬を塗り終える。残りは見えない背中だけだが、問題はどうやって塗ってもらうかということ。
こんな状況だし、黒尾と夜久が変なことをしてくるとは思ってない。思ってないけれど、私も女である為、堂々と裸を晒す度胸は流石にない。とりあえず前だけ隠しておけばいいだろうか。キャミソールを脱ぎ、次いでブラのホックを外す。脱いでいたブレザーで前を隠したところで、後ろを向いている二人に声をかけることに。


『………えーっと………お願いしたいんだけど………』

「「…………」」


無言である。なぜこの場に他の女の子が居なかったのか。例えばほら、他校のマネージャーさんなら一人くらいいてもおかしくないのに。いや、それじゃあ巻き込まれたマネさんが可哀想だ。やはり居ないに越したことはないか。
「無理にとは言わないけど、」と続けた私に、ふう、と天井を見上げて息を吐いた二人。すると、突然右手を突き合わせた二人は、まるで打ち合わせしていたかのように同時に声を張り上げた。


「「最初はグー!ジャンケンポン!!!!」」

『なぜジャンケン……』


突然始められたジャンケンを冷めた目で見守る。相子でしょ!しょ!と二度の相子ののちに着いた決着は、黒尾がチョキ。夜久がグー。黒尾の負けである。
ぐっ、と顔を顰めてチョキを作る右手を震わせた黒尾。「……もう見ていいのかよ?」と意を決したように投げ掛けられた問い掛けに、負けた方が塗るのかとつい目を細めてしまう。
ちょっと不機嫌な声で「…どーぞ」と答えると、やけにゆっくりとこちらを向いた身体。ブレザーを押さえる手の力を少しだけ強めて、「お願いします」と無防備になった背中を向けると、一瞬動きを止めた黒尾が「……なんの拷問だ」と何やら小さく呟いた。


「おい苗字、黒尾が変なことしたら直ぐ教えろよ」

『いや、大丈夫でしょ。罰ゲーム扱いされてるし』

「男の子には色々あるんデスヨ」


わざとらしい敬語を使う黒尾に片眉を上げる。色々ってなにさ、と口にしようとした瞬間、後ろから伸びてきた長い腕。「薬貸せ」と差し出された手に薬瓶を乗せると、クリームを掬った黒尾が改めて背中を見下ろしてくる。


「…結構傷とか痣とかあんな」

『梯子登ってる時に結構ぶつかって来たからね』

「……お前の背中小せえから、なんかスゲェ痛々しいな」


痛々しげな声と共に後ろへ腰掛けた黒尾。「塗るぞ」と言う声に頷き返すと、ひんやりとした感触が背中を撫でる。慣れない感覚に、ひえっ、と妙な声を上げると、「おい黒尾!」と夜久から非難の声が。どうやら変な勘違いをさせてしまったらしい。「薬塗ってるだけだよ!」と慌てて弁解する黒尾に申し訳なさを感じていると、黙々と薬を塗っていた黒尾が、「……すげえなこれ」と感心したように黒尾が呟き漏らした。


「塗ったとこから消えてってるな」

『この薬が現実にあったらとんでもない発明だよね』

「……それ、今が現実じゃねえって話になるけど?」

『逆に聞くけど、現実だと思う??』


気づいたら見知らな洋館だなんて、こんなのホラーかファンタジーである。「確かに非現実的な事が多過ぎるな」と答えた黒尾の指が背中から離れる。終わった?と顔だけ振り向かせると、「あとちょっと」と答えた黒尾と目が合い、何かに気づいたらしい黒尾が「お前……」と手を伸ばしてきた。


「ここも切れてんぞ」

『っえ、』


長い指先が労わるように頬に触れる。ちょいまち、と指にクリームを乗せた黒尾は、頬の傷をなぞるように指先を優しく滑らせて行く。冷たい。それに、少しだけ擽ったい。
擽ったさに目を細めていると、不意に止まった黒尾の指先。あれ、と黒尾に目を向ければ、クリームの塗られた頬を大きな手が包み込んだ。


「……悪いな、ほんと。俺らのせいで巻き込んで、おまけにこんな目に合わせちまって、」


申し訳なさからか黒尾の瞳が本の海へ落とされる。やっぱり怪我なんてするもんじゃない。痛いし、動きにくくなるし、それに、黒尾や夜久まで傷つけてしまうし。
左手はブレザーを抑えたまま、右手を黒尾に伸ばす。ペチン!と軽い音をさせて黒尾の頬っぺたを叩くと、きょとりと目を瞬かせた黒尾はゆっくりと視線を持ち上げた。


『“チャラ”って言ったじゃん』

「っ、」

『罪悪感を感じないでって言うのが難しい事なのは分かるけど……でも、黒尾や夜久に暗い顔されても、ちっとも嬉しくない。だから、悪いと思うなら今はそういうの考えなくていいよ。後ろめたい気持ちがあるんだとしても、それは“帰って”から考えることにして。戻ってからなら、謝罪だろうが何だろうがいくらでも受け取るから』


「でも、謝罪よりアイスやプリンの方が嬉しいかな」と冗談混じりに笑って見せれば、見開かれた黒尾の瞳がゆらりと揺れる。何かを言おうと開かれた唇は何も発することなく閉じる。かと思えば、再び動き出した唇は今度こそ言葉を音に変えてみせた。


「……ありがとな、苗字」


目じりを下げて微笑む黒尾に、はにかみながら笑い応える。すると、いい加減待ちくたびれたのだろうか。壁を向いたまたの夜久が、「おい、いつまで塗ってんだ?」とちょっと苛立った声を上げる。
「悪い悪い。ちっと雑談挟んじゃってよ」「その状況で雑談挟むなよ……」
げんなりした夜久の声に、頬を包んでいた黒尾の手がどこか名残惜しそうに離れていく。再び背中を向けて残った傷に薬を塗ってもらうと、「んじゃ、着替え終えたら教えろよ」と立ち上がった黒尾は夜久の元へ。「なんの話ししてたんだ?」「ナイショ」と二人が話している間にブラのホックをつけ直し、キャミソールを着る。ブラウスにも袖を通そうとした時、


「黒尾さん!夜久さーん!!研磨さんがまだかって言ってま…………………あっ!?」

『っ、え??』


ガチャ!と勢いよく開いた扉。そこから飛び込むように入ってきたのは赤いジャージに身を包んだ灰羽くんの姿。


あ。目が、合った。


「「リエーフうううううううううう!!!」」

「す、すんませええええええええん!!!!」


夜久の鮮やかな飛び蹴りを食らった灰羽くんは、大きな身体を床へと沈ませたのだった。