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災い転じて、


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5話


「あったよー!最後のいちまーい!」

「おー!んじゃ、気を付けて降りてこいよー!」

「ほーい!!」


梯子の上から手を振る天童くんに見ているこちらがハラハラしてしまう。心配を他所に身軽な動きで梯子を降りてきた天童くんの手には2枚のカードが握られていて、「案外すんなり揃ったねえ」と天童くんが目を細めた。
カードを探し始めてから数十分後。予想に違って次々に見つかっていったカードたち。本と本の間や本の中、棚の奥に隠してあったカードがこうもあっさり見つかるのは何だか上手く行き過ぎている気がする。
「見つからないよりはマシか」と自己完結させた天童くんがクラブの9を扉の枠へ嵌めたことで、残っている枠はクラブの4の物のみに。


「あ、そう言えばこのカード見つけた時他にも変なの見つけたよ」

「変なの?なんですか?」

「なんか棍棒」


なんかコンボウ??コンボウって何だっけ?
首を傾げる私に、「ゲームとかで武器として出てくる木の棒ですよ」と国見くんが教えてくれる。へえ、と答えつつ「なんでそれがここに?」と更に首を捻ると、さあ、と言うように国見くんが首を振ってみせた。


「触らぬ神に祟りなしですよ。関係ないものには無闇に触らないでおきましょう」

「だな」


白布くんの声に松川くんが答えると、「それもそうね」と答えた天童くんが最後の一枚を枠へと嵌めた。カチリ、という音の直後、扉がガタガタと震え出す。何これこわっ!と全員が一歩後ろへ下がって成り行きを見守っていると、ガコッ!と音がして扉の右端に四角い凹みが。すると、今度はガガガと歯車の回るような音がして、凹みの部分からクラブの形をした黒いドアノブが。


『よかった……!ドアノブが、』


現れたよ。そう続けようとした言葉が止まる。なぜ止めたのか。それは、皆の方を向いたはずが、そこに立っていた筈の四人の姿がなくなっていたから。え、と驚き固まる私に、「っ、苗字っ…」と聞こえてきた力のない声。声の方へ視線を滑らせると、そこには、床に這い蹲るように倒れる皆の姿が。


『え、ちょ、み、みんな!?何してるの!?!?』

「な、にも……してません、よっ……!」

「身体が、勝手に……!」


起き上がろうとしているのか、床についた手に力を入れる四人。けれど、血管が浮かぶほど力を入れても立ち上がることは出来ず、四人の額や頬は床にくっついたままだ。
どういうことだ。どうして急にこんな。
兎に角立ち上がらせようと松川くんの腕を掴んだその時。


            バサッッッ


『…………え?』


背後から聞こえた不穏な音に思わず後ろを振り返る。
本だ。床に本が落ちている。さっきまで何もなかったはずなのに。どうして。
不自然に落ちてきた本に目を丸くしていると、バサッ!バサッ!!と至る所に落ち始めた本。「っ、なんで本が!?」と顔を顰めた天童くん。どうなっているのかと上を見上げた瞬間、白布くんの真上に一冊の本が。


『っあ、危ない!!!!!』

「なっ……!」


咄嗟に白布くんの背中に覆い被さると、がっ!と背中に本が落ちてくる。「い゛っ……!」と痛みに顔を歪めると、「ばっ……!何してんすか!!!」と白布くんが声を上げる。


『いや、なんか咄嗟に……』

「っ、俺たちはいいから!貴女は早く部屋の外に出て下さい!!!」

「白布の、言う通りだ……!苗字、お前はここから逃げろ…………!!」

『え、で、でも…………』

「早くしないとっ、今度は脳天に落ちて来るぞっ!!」


この重たい本が脳天に。先程背中に落ちてきた本を見て息を呑む。これがもし頭に落ちてきて、打ちどころが悪ければタンコブ所じゃすまないかもしれない。焦りを煽るように更にバサバサと降り注いでくる本。上を見上げても棚から本が落ちている様子はない。何もない天井から降ってきているのだ。
「早く行け!!!」と急かす松川くんの声に押され、先程現れたドアノブに手を掛ける。捻ってしまえばここから出れる。そうすれば皆と合流して助けを呼べるかもしれない。ドアノブを握る手に力を入れる。

あれ。でも、本当に……“逃げて”いいのかな。

肩越しに床に倒れた皆を振り返る。既に本がいくつかの落ちきたのか、みんなの周りには本が溢れている。厚く重たい大きな本。あの本が脳天に当たればタンコブじゃすまない。本の角が当たれば、出血だってしてしまうかもしれない。
ドアノブを握っていた手を離す。「っ、ちょ、何してんの!?早く行きなよ!」と声を上げる天童くんに、勢いよく身体を振り向かせた。


『む、無理!!!』

「「「「はあ!?」」」」

『私だけ逃げるとか、そんなの無理!!!!!』

「馬鹿ですか!?さっさとドア開けて、他の人達に助けを……!」

『他のみんなはこの部屋に入れない!扉を開けたとしても、何か出来るとすれば私だけでしょ!?』

「っ」


張り上げた声に四人の答えが詰まる。
そう、そうだ。そうなのだ。この部屋に入ることが出来たのは私たち五人だけ。そして、天童くん達が動けない今、この部屋で動くことが出来るのは私だけ。けれどもし、もしも私がこの部屋から出てとして、もう一度部屋の中へ入れる保証が果たしてあるだろうか。答えはきっと、否に等しい。この不気味な空間の中で、そんな保証何処にもあるわけない。
それに、いくら何でも出来すぎている気がする。簡単に見つかったカードはもちろん。求めるままに現れたドアノブも、どちらも上手く行き過ぎではないか。
震える指先を隠すように握った拳。多分、いやきっと。この扉を開けるのは今じゃない。この扉を開けるべきは、五人全員がこの部屋から出るその時だけ。そんな気がする。だから、今私がするべきは、扉を開けることではなく、

一刻も早く四人を助ける方法を見つけることだ。

倒れる皆に駆け寄って一番小柄な白布くんの腕を掴む。引っ張って移動させようとするけれど、一体どんな力で抑え付けられているのか。白布くん身体は一ミリも動かない。これは私一人の力では無理だ。何か、何か他にないのか。皆を助ける方法が他に何か。
考えている間に、無防備な足に落ちてきた一冊の本。衝撃で赤くなった箇所を手で押さえると、見ていられないとばかりに国見くんが眉を寄せる。


「っ、あなたじゃ無理です!!早く逃げて、」

『っあああああ!!もう!!!!逃げろ逃げろうるさい!!!!』

「う、うる、」

『こんな状況で自分だけ逃げれるわけないでしょ!?助かりたいなら頭働かせて!!この状況をどうにかする方法考えて!!!!』


白布くんの腕を引っ張りつつ、怒鳴るように響かせた声に、四人の目が大きく見開かれる。逃げろ逃げろとそればっかり。本音は逃げたくて堪らない。こんな場所さっさとおさらばして、黒尾たちに“怖かった”と泣きつきたい気分だ。
でも、それじゃあ何の意味もなき。ここから逃げられたとしても、私一人じゃ意味が無い。逃げれたところで、“助かって良かった”と、そんなふうに思えるはずがない。
しかし、この状態の皆を私が運ぶことは無理に等しい。白布くんの腕から手を離してその場に座り込むと、落ちてきた本が掠って頬に切り傷が出来る。このまま本が落ち続けてくれば、皆は本に埋まってしまう。その前に何とかしなければ。でもどうやって?やっぱり扉を開けて皆の知恵を借りる??けれど知恵を借りるにしても伝えられる情報が何もない。分かっているのは、カードが揃った直後に突然本が降り始めたこと。それと同時にみんなが動けなくなったこと。それから、

“我らは農民。服従を強いる力には、棍棒を持って立ち上がれ”

“あ、そう言えばこのカード見つけた時他にも変なの見つけたよ”


『あ、』


巡らせていた思考がぴたりと止まる。そうだ。確か扉に、変な文字が掘られていたんだった。もし、もしもあの文字がこの部屋に何らかの関係があるものだとすれば、あの文字に皆を助けるヒントがあるんじゃないのか。考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
棍棒。そうだ、棍棒はあったのだ。天童くんが見つけていた。扉の文字は棍棒を持って立ち上がれと言っている。そう、服従を強いる力には、棍棒を持って立ち上がれと、


服従を強いる力?


はっ、と皆に視線を向ける。床に伏せる天童くん達は、まるで何か押さえ付けられているかのよう。そう、まるで、頭を垂れることを強いられているかのように、四人は床に伏せ這っている。彼らを押さえている力が、“服従を強いる力”であるなら、扉に刻まれた言葉を信じるとすれば、


「っ!お、おい!苗字!?」


突然走り出した私に、引き止めるように声を上げた松川くん。説明している暇も惜しい。今はとにかく急がなければ。上へ上へと伸びる梯子に手を掛ける。天童くんが登って居るのを見た時は見ているだけで怖かったのが嘘のよう。迷うことなく梯子を上っていく。
落ちてくる本が身体を掠める。擦り傷や切り傷も今は気にしている暇はない。兎に角上を目指して進んでいると、頂点手前で足が止まる。あった。天童くんが言っていたのは多分これのこと。

棍棒だ。

ほんに埋めつくされている部屋の中で唯一本が入っていない棚。そこに飾るように置かれていたのは、紛れもなく“棍棒”だった。一度下にいる皆を確認しようとすれば、降り注ぐ本の中に埋まってしまっていて、見えるのは本の海のみ。迷っている時間は、ない。
棍棒に向かって真っ直ぐ伸ばした右手。指先が木の肌に触れたその瞬間、



本の雨が、止まった。



「っ、あ!!開いた!!!おい!!開いたぞ!!!」


高い天井まで響いた誰かの叫び声に、はっ、と短い息を吐いて梯子の上で座り込む。視線をゆっくり下へ移すと、敷き詰められた本の海の中から、ガサゴソと天童くん達が顔を出し始めている。
「いってー……」「何がどうなってんの??」「扉開いてるし……」頭や腕を擦りながら四人が本の中から顔を出すと、いつの間に開いたのだろうか。開け放たれた扉の向こうで、立ち構えていた皆が、ぎょっ、と目を丸くさせた。


「は……?ちょ、まっつん達何してんの??なんで本に埋まってんの??」

「……こっちが聞きてえよ」


及川くんの声に疲れた顔で答えた松川くん。けれど、すぐさま表情を強ばらせた彼は、「おい!苗字は……!」と焦った様子で部屋の中を見回し始める。松川くんの指摘に、他の三人も室内に視線を走らせた時、「ここですう……」と力ない声で居場所を伝えれば、四人が四人とも同じように勢いよく顔を上げた。


『……色々と言いたいことはあるんだけど…………とりあえず、誰か降りるの手伝って…………』


しがみつくように支柱の部分を握り締め、片手には物騒な棍棒を持つ私に、白布くんの口からはどこかホッとしたような息が漏らされた。





            *****





「投げるぞ!気いつけろー!」

「おー!」


上から投げるように落とされた棍棒が本の海へと突き刺さる。「マジでゲームで見るようなやつじゃん」と棍棒を拾った木葉くんは分かりやすく顔を引き攣らせた。

棍棒の触れた瞬間、本の雨が止み、おまけに扉まで開いたのがつい先程のこと。最初は、クラブのカードを持っていた天童くん、松川くん、白布くん、国見くんの四人と、ジョーカーのカードを持つ私しか入れなかった部屋だったけれど、扉が開いた後はどういう訳か全員が中へと入れるように。「く、国見!!」と本の中から出てきた国見くんに駆け寄った金田一くんを皮切りに、続々と中へ入ってきた皆。そんななか、私はと言うと、登った梯子の上で座り込んだまま動けなくなってしまっていた。
登る時は兎に角棍棒を探さなければとそれしか頭になく、怖いとかそんな風に考える暇さえなかったから良かった。けれど、目的を果たしてから改めて上から下を見下ろすと、予想以上の高さに身体が竦んで動けなくなってしまったのだ。我ながら情けない。
降りる手伝いを願い出た私に、動き出そうとしてくれた黒尾と夜久。けれど、そんな二人よりも早く、「俺行くわ」と梯子を登り始めてくれたのは、なんと松川くんだった。あっという間に上まで来てくれた松川くん。先ずは、私が握っていた重たい棍棒を下へ降ろした松川くんは、「次は苗字な」ととても優しく声を掛けてくれた。


「松川!気いつけろよ!!」

「二人とも!ゆっくりでいいからな!!」


下から聞こえてきた岩泉くんと夜久の声に、松川くんが軽く手を振って応えてみせる。「ありがとう松川くん。あと、お手数おかけします……」と小さく頭を下げると、「こんくらい安いもんよ」と朗らかな笑顔で返された。


「ていうかむしろ、礼を言いたいのは俺の方」

『え、』

「落ちてきた本が止まったのって……多分、苗字のおかげっしょ?」


「ありがとな」と微笑む松川くんに、いやいや!と大袈裟に首を振る。そんな私に小さく笑った松川くんは「とりあえず降りるか」と梯子を下ろうとしたのだけれど、何かに気づいたように足を止めた松川くんは、一瞬フリーズした後、何を思ったのか突然ジャージの上を脱ぎ始めた。どうしたのだろうか。きょとん、とした顔で松川くんを見つめていると、「苗字、ちょっと立てる?」と掛けられた声。小さく小さく頷いて、ゆっくり、兎に角ゆっくりとその場に立ち上がると、背を向けるようにして立った私に、「ちょっと失礼、」とお腹の辺りに回ってきた松川くんの腕。抱き締められているかのような姿勢に、え!?上擦った声を上げた途端、きゅっ、と腰に結び巻かれた白いジャージの袖。「ちっと動きずらいかもだけど、我慢な」と言って手を離した松川くんに、漸く彼の意図を理解する。


『……やっぱり手馴れてる?』

「そんな事ねえから」


どうやら、少しでも下着が見えないようにとジャージを巻いてくれたらしい。「ありがとう」再びお礼を言った私に、いいや、と首を振って一段下へ降りた松川くん。誰かが傍にいるおかげか、さっきより随分と恐怖心が和らいでいる。「滑っても支えるから」と頼もしく笑ってくれる松川くんに感謝しつつ、まだ少し震える足を漸く一段下へ踏み出す。支えるようにサイドの支柱を掴む松川くんの腕の心強いこと。かなりのスローペースではあるものの、順調に下へ降りていけている。
最後の一段を降りた松川くんが「到着」と手を差し出して来たので、その手を掴んで自分も本の上へと降り立つと、「まっつんてば意外と隅に置けないよね」と呟いた及川くんに「何のことよ?」と松川くんはおどけた様子で笑って応えていた。