21話
長い長い階段を上った先に現れた次なる部屋。広い室内を照らすシャンデリアは、前の部屋のものとよく似ている。部屋自体の雰囲気もさっきの部屋と酷似しており、違うのは、この部屋には暖炉や階段があること。そして、
「これは……」
「めちゃくちゃ扉があるじゃねえか」
木葉くんの言う通り。この部屋には既に幾つもの扉があるのだ。
先ず目に付いたのは階段から向かって正面にある両開き式の鉄扉。アイアン製のドアハンドルには太く固い鎖が巻き付いており、鎖の両端は南京錠に繋がれている。試しに澤村くんが扉に手を伸ばす。大きな手で押しても引いてもうんともすんとも言わない扉は、“ただ”南京錠に閉ざされている訳ではなさそうだ。
次いで、向かって左側へと動かした視線。一階部分には四つの扉が一定間隔で並んでいて、扉にはそれぞれ、クラブ、ダイヤ、ハート、スペードのマークが描かれている。さっきの部屋のものとよく似ている。きっとこの扉も、限られた人物しか通さないのだろう。クラブの扉の手前には二階部分へと伸びる階段が。四つの扉の頭上に造られた二階部分。下から見た限りだが、ここにも扉がありそうだ。
先程の部屋とは打って代わり、数枚の扉に囲まれた空間。「扉を探す必要はなさそうだね」と訝しげに目を細めた及川くんを後目に、ダイヤの扉に手を伸ばした岩泉くん。正面の扉と同様、開く気配のない扉に、ちっ、と小さな舌打ちが零された。
『岩泉くんがダイヤの扉を押しても開かないってことは、同じスートのカードを持っている人なら開けられる訳じゃないってことだね』
「つっても、俺たちカードなんてもう持ってないけどね」
「絵柄のカード以外は前の部屋に置いて来てますからね」
「………いや。どうやら、戻って来とるみたいやで」
『っ、え??』
天童くん、赤葦くんの台詞を否定するように落とされた北くんの声。戻って来てるって、まさか。見開いた目に映ったのは、北くんの手に握られたダイヤのエースのカードで、目を丸くしたみんなは各々自分のポケットを確認して行く。
黒尾のジャージからは、ハートのエースが。夜久のジャージからはダイヤの3が。どのカードも先程の部屋で扉に嵌めて置いてきたカードばかり。
「随分お利口さんなカードやなあ、」と右手に取ったカードに目を細めた北くん。「お利口さんっちゅーか、」「もはやホラーやん」と続けた侑くんと治くんが揃って顔を顰めると、苦く笑った北くんはカードを再びポケットの中へと仕舞い込んだ。
「……今更こないなことに、いちいち動じてもしゃあないやんなあ」
「確かに、」
「今考えるべきは、“次”に進むにはどうしたらいいのか、だな」
カードをポケットに戻しながら、ぐるりと室内を見回した黒尾。正面の扉は開く気配がなく、ダイヤの扉も開かないことは確認済み。となると、開く可能性がある扉は、ダイヤ以外のスートが刻まれた扉か、もしくは、二階部分の扉となる。クラブの扉に松川くんが。ハートの扉に黒尾が。スペードの扉に澤村くんが。それぞれドアノブを捻ってみる。けれど、どの扉もカチャカチャとドアノブを捻る音が聞こえるだけで、開く気配は感じられない。
一回の扉を全て確認したことで、自然と階段へ移った意識。真っ先に階段を上り始めたのは木兎くんで、その後ろをチームメイトの木葉くんと赤葦くんが続いて行く。三人に続く形で全員が階段を上り始めると、「おっ!開くじゃん!!」と上から聞こえた木兎くんの声に、進む足の速度が微かに早まった。
二階部分の扉は全部で三つ。
木兎くんが手を掛けているのは、階段から見て一番手前にあるアンティーク調の木扉だ。「こっちはダメですね」「こっちもだ」と奥に並ぶ他二つの扉を調べた赤葦くんと木葉くんが首を振ったことで、全員の注目が唯一開くことが出来る手前の扉に集められた。
「……ジャックの“J”が描かれてますね」
「じゃあ、奥の二つの扉は………」
「“クイーン”と“キング”の部屋かもね」
白布くん、山口くん、月島くんのやり取りに、「隣の扉にはクイーンの“Q”があったよ」「あっちにも“K”が描かれてたぜ」と続けた赤葦くんと木葉くんの二人。
ジャック。クイーン。キング。トランプの中で絵柄が書かれた三種類のカード。その数字を表す“J”、“Q”、“K”の文字が掘られた扉となると、この扉の向こうに入ることが出来るのは、同じ数字のカードを持った人物だけかもしれない。
同じことを考えたであろう黒尾が、どこか不安げに灰羽くんを振り返る。「ツッキー達はともかく、コイツから目を離すのは怖えな」と言う黒尾の言葉に、灰羽くんがパチパチと瞬きを繰り返した時、
「………俺たちも入れるみたいだよ、ここ」
『っ、え?』
小さく遠慮がちな孤爪くんの声に、くるりと其方を振り返る。木兎くんが開けた扉の中に手を伸ばしている孤爪くん。スートの部屋であれば、見えない“何か”に拒まれるであろう彼の手は、確かに部屋の中に差入れられている。どうやらこの部屋、スートの部屋とはまた違った仕様らしい。
中に入れることが分かったことで、次々に扉を潜っていくみんな。黒尾と夜久に挟まれる形で扉を通ると、まず真っ先に目に付いのは、部屋の中央に鎮座する鈍く光る剣だった。スペードの部屋で見た剣とよく似ているけれど、装飾や形が所々違うような。室内とは思えない石畳の床を歩き進み、剣の傍へと近づく。大理石で出来た背の低い祭壇に飾られたそれを囲うように集まると、剣の周りを確認した花巻くんが、「何にも書いてねえな」と首を傾げる。
「今までの感じだと、何か文字がありそうなもんだけど、」
「………ありましたよ」
先輩の疑問を晴らすべく、控えめに声を上げた国見くん。聞こえた台詞に全員が後ろを振り向くと、ジャックの扉に手を添える国見くんが徐に口を動かし始めた。
「“凜乎たる従者は、その手に剣を握るであろう。従者が女王に会いたくば、天を仰いで祈るべし”」
国見くんによって淡々と読み上げられた文字。目を回す日向くんを隣に、「従者はジャックのことだよな?」と菅原くんが確認するように口にする。
「文字の意味を素直に捉えるなら、月島達ジャックのカードを持つ誰かが剣を掴めってことになる」
「じゃあ、女王に会いたくば天を仰いで祈れってのは、クイーンの部屋に行きたいなら、剣を握って天井を見ろっつーことか?簡単すぎねえ??」
怪訝そうに片眉を吊り上げた木葉くんに、確かに、と何人かが頷き返すなか、「とりあえず俺持ってみますよ!」と元気よく手を挙げた灰羽くん。考えて埒が明かないのであればそれも一つの手かもしれない。どうする?と問うような視線を黒尾に送る。眉間の皺を深めた黒尾が口を開こうとした瞬間、「ちょい待ち、」と制止をかける声が。
「それ、俺がやってもええですか?」
『治くんが?』
突然の申し出に、ぱちりと目を瞬かせる。急にどうしたのだろう。まさか、立候補するくらいあの剣を持ってみたかったのだろうか。内心首を捻っていると、「サムお前……ついに厨二病発症したんか」と揶揄う声を投げた侑くん。「ちゃうわアホ」と呆れ眼を返した治くんは、鈍く光る剣へと視線を移した。
「……ジャックのカード持っとるんは、俺と月島、それに、灰羽の三人だけやん。何が起きるか分からんことを、一年に任せるなんてカッコつかんやろ」
「………宮………」
「他校やけど、一応“先輩”やし。こんくらいのことはさせて貰いますわ」
ひらりと手を振って剣に歩み寄った治くんの姿に目尻が下がる。
ハートの部屋から脱出した後、手首の傷を気に掛けてくれた治くん。飄然としているように見えて、なんだかんだ他人に気を回すあたり、彼の心根の良さが垣間見える。
先輩風を吹かす“後輩”の姿に、どこか嬉しそうに目を細めた北くん。「気いつけや、治」と北くんからの気遣う声に、剣の前に立った治くんは、はい、と大きく頷き返した。
「ほな、取りますよ」
「頼む、」
装飾台の上に飾られた剣に治くんの手が伸びる。少し緊張した面持ちでグリップ部分を掴んだ治くんが、剣を台から持ち上げたその時、また、歯車の音が、
「っサム!!上や!!!!」
「!!!」
バタンッ!と物凄い音と共に開いた治くん頭上の天井。治くんが天井を仰いだ瞬間、開いた空洞から落ちてきたのは、鋭く尖る無数の槍だった。
「っ、あっ………ぶなあ…………」
間一髪で槍から逃れた治くん。つい先程まで彼がいた場所には、数えるのも億劫になるくらい沢山の槍が突き刺さっている。なんて殺傷力の高い仕掛けなんだ。
飛び退いた勢いから床に座り込む治くんに慌てて駆け寄る。「治くん!」と目の前まで回り込んで安否を確認すれば、浅く短い呼吸を繰り返していた唇から、ほう、と深く長い安堵の息が吐き出された。
『だ、大丈夫!?怪我してない!?!?』
「まあ、なんとか、」
「なっ……なんちゅー物騒な仕掛けやねん!!」
「治、ほんまに怪我しとらんか?」
怒る侑くんと焦燥した様子の北くんが治くんの元へ駆け寄って来る。「大丈夫です、」と北くんの問い掛けに答えた治くんは、額に滲んだ冷や汗を肩口で拭ってみせた。そりゃ汗の一つや二つかきたくなるだろう。まさか槍が降って来るなんて思いもしなかった筈だ。
拭い切れなかった汗が頬を伝っているのに気づいて、ポケットから出したハンカチを少し強ばった頬に当てる。すると、不意な接触に肩を揺らした治くんは、ぱちりと目を丸くした。
「……ハンカチ、汚れてまうで、」
『そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ』
ほら、とハンカチを受け取るように促すと、少しの間ののち、ハンカチを受け取ってくれた治くん。「すんません、」と謝る彼に、「ありがとうでしょ?」と笑って返すと、微かに目を剥いた治くんは、何処か嬉しそうに表情を和らげた。
「……ありがとう、ございます、」
『どういたしまして、』
にっ、と歯を見せて笑った私に、治くんの瞳が柔らかく細まる。目を合わせたまま微笑み合う私たちに、「いつまでそうしてんだよ」とため息混じりに零した黒尾。ごめんごめん、と軽く謝りながらその場に立ち上がると、あの、と治くんに呼び止められて、動かそうとした足が止まる。
「ハンカチ、洗って返すんで、」
『え??……ああ、いいよいいよ。使い終わったらそのまま返してくれればいいし、』
「や。洗って返します、」
『でも、「ちゃんと戻れたら、」
「俺が、届けに行くんで。ハンカチ返しに、会いに行くんで、」
ハンカチを握る治くんの手に力がこもるのが分かる。
たかがハンカチ一つ。それも、誰かからの貰い物だとか、特別思い入れのある物でもない。わざわざ届けに来て貰う手間を考えたら、そのまま処分して貰ってもいいくらいの物。でも、それを伝えたところで、多分治くんは首を振る。そう思ってしまうくらい、届けに行くと、会いに行くと口にした治くんの声には、強い意志が感じられた。
じっ、と向けられる視線の強さに返事を返せずにいると、「鍵だ!!」と響いた日向くんの声に、反射的に其方を振り返った。
『っ、か、鍵って??』
「槍の尻尾のとこに付いてたんです!!」
「尻尾じゃなくて、“石突”ね」
「なんでもいいだろ!見つけたんだし!」
「“Q”って描いてあるから、クイーンの扉の鍵かな?」と鍵を持ったまま首を傾げた日向くんに、「そうかもね、」と彼の方へと歩み寄る。これ以上の吊り橋効果はごめんだと、背中に感じる視線には気づかないフリをさせて貰った。