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災い転じて、


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20話


 円形の空間に鎮座する四体の石像。壁に掛けられた松明に照らされているそれは、トランプのジャックを象っている。四体のジャックの手にはそれぞれ棍棒、金貨、聖杯、剣が握られており、石像の後ろには両開き式の石の扉が確認できる。
 試しに扉を開けようとした牛島くん。けれど、予測通りと言うべきか。押しても引いても滑らせても動く気配のない扉。扉から手を離した牛島くんがこちらを振り向くと、「ダメみたいね」と頭の後ろで手を組んだ天童くんに、ああ、と浅い頷きが返された。


「やはりこの石像に何かあるのだろう」

「こいつら……トランプのジャック、だよな?」

「持ってる物を見るに、左からクラブ、ダイヤ、ハート、スペードのジャックだな」

「なんつーか……今にも動き出しそうな不気味さ満載だな」


 牛島くん、菅原くん、黒尾、木葉くんのやり取りを横目に四つの石像のうち、聖杯を持つ石像、ハートのジャックに歩み寄る。ジャックの手に握られている聖杯は石像と同様に石で出来ている。取れたりしないかな、と石の聖杯に右手を伸ばそうとすれば、「何してるんですか」と言う咎める声と共に右手を誰かに掴まれてしまう。


「得体の知れないものを無闇に触ろうとしないで下さい」


 白布くんの叱責に思わず肩を縮める。「こ、ごめん、つい、」と左手で頬を掻くと、右手を放した白布くんが呆れ混じりのため息を零す。すると、その直後。「あ、あのっ、これっ、」と声を張り上げた金田一くん。揃ってそちらに目を向けると、金田一くんの指先が指していたのはクラブのジャックの足元だった。


「ここ、何か書いてあるみたいなんです、」

『なにかって?』

「それがその………英語で、意味は分からなくて、」


 居た堪れなさそうに目を逸らした金田一くん。チームメイトに代わってジャックの足下を覗き込んだ国見くんは、土埃を払ったのち、指先で文字をなぞり始めた。


「“門を守るは、忠実な下僕(しもべ)”」

「………それだけ?」

「それだけです」


 「訳し方が合っていればですけど、」と付け加えた国見くん。床から離した手の土を払い落とす彼を後目に再び視線をジャックへ戻す。
 確かジャックは、“若い男性”を表す他に、“召使”や“従僕”の意味も持っていた筈。だとすれば、ここにいる石像たちを“忠実な下僕”と表すのも分かる。けれど、いくら何でも情報が少なすぎやしないか。石像が門番であるなら、どうすれば門番の許しを得られるというのか。
 「随分短えヒントだな」と倦んだ顔で吐き捨てた花巻くん。他には何もないのだろうか、と室内を見回そうとした瞬間、「そう短くもないみたいですよ」と地下室内に響いた声にぱちりと目を瞬かせる。


「“正しき主君に仕えるなら”

 “その手は正しき物を持つ”

 “その目は正しき先を見る”」

『それって………』

「他の石像の足下にも文字が彫られているようです」


 スペードのジャックの足下を映していた瞳がゆっくりと此方に移される。「赤葦エーゴ読めんの!?かっけえ!!」と後輩の活躍に目を輝かせた木兎くん。後輩相手でも素直に賞賛出来るのは彼の長所だろう。
「正しき物ってなんだ?」「手に持ってる道具のことじゃないかな」「じゃあ正しき先は??」「それはー……」
 影山くんと日向くんの質問に山口くんが口ごもる。今までの傾向から言えば、この文字は次に進むヒントになっているはず。正しき物は既に持っているとして、正しき先を見るというのは一体どういう意味なのか。四体の石像を順番に見つめる。クラブ、ダイヤ、ハート、スペード。どのジャックも見た目は何も変わらない。違うのは、それぞれのスートを表す持ち物のみ。
 動かしていた目線をスペードのジャックに留める。黒も白もない石造りの双眸をじっと見つめていると、ふと感じた違和感。その正体が分かった瞬間、あ、と小さな声が零れた。



「「「「「「「「「『顔の向き』」」」」」」」」」



 数人が同時に口にした答え。重なった声に思わず周りを見回せば、「だよね」と小首を傾げる及川くんが目に映る。やけに絵になるその姿に苦笑いを浮かべていると、「顔の向きってどういうことですか?」と目を瞬かせた日向くんに、こっちも絵になるな、と場違い感想が脳裏を過ぎった。


「トランプのジャックは、クラブ、ダイヤ、ハート、スペードの四種類あるだろ?四枚のジャックは同じような絵柄に見えて、実は持ってる物とか、顔の向きが違うんだ」

「ああ!確かに!!」

「“正しき先を見る”って言うのは、カードと同じ方向を見るってことかもしれない」

「おお………!」


 菅原くんの丁寧な説明に目を輝かせる日向くん。答えを口にしたメンバーは全員同じ事を考えていたようで、ハートのジャックを調べ見た白布くんが薄茶色の目をすっと細めた。


「僅かですが、首の付け根に隙間がありますね。これなら、顔の向きを変えることが出来るかもしれません」

「んじゃ、ちょっとやってみようぜ!」

「「「「は???」」」」


 ガコンッ!と辺りの空気を震わせた不穏な音。は、と見開いた目に映ったのは、ダイヤのジャックの顔を動かした木兎くんの姿。ちょっと待って。この展開、嫌な予感しか、



「伏せろ!!!!!!!」



 張り上げられた声は、澤村くんのものだったと思う。気づいた時には地面に伏せられていた頭。後頭部に添えられているのは夜久の手だ。
 直後、頭上に感じた風を切るような音。恐る恐る振り返った先には、石の壁に突き刺さる四本の矢が。


「なっ………にしてやがんだこのバカ主将!!!!」

「危うく死人が出るとこですよ!?!?」

「………す………スミマセン、デシタ………」


 木葉くんと赤葦くん。二人からの容赦ない叱責に、正座のまま冷や汗をかく木兎くん。
 石像の顔を動かすことは出来るようだけれど、間違った向きに動かしてしまうと、石像の口から弓矢が飛び出す仕組みになっているらしい。頭を押さえていた手が離れて行く。澤村くんの声掛けがあっとは言え、夜久が頭を押さえてくれなかったら、反応が遅れて弓矢の餌食になっていた可能性は十分ある。
 「ありがと、夜久」と安堵の吐息が混じったお礼を口にすると、ほっ、と小さな息を零した夜久は、おう、と歯を見せて笑い応えた。


「当てずっぽうで動かすのは止めといた方が良さそうですね……」

「ああ。他に仕掛けがあるかも分からねえしな」


 青い顔をした五色くんに険しい表情の岩泉くんが頷き返す。ジャック、つまり、11番のカードを持っているのは、灰羽くん、月島くん、治くんの三人。三人ともハートの11を持っているので、ハートのジャックの顔の向きはなんとか分かる。問題は他の三体。クラブ、ダイヤ、スペードのジャックだ。
 「サム、覚えとるか?」「顔の向きなんていちいち気にしとったら、ババ抜き一つ出来ひんわ」と顔を顰めた侑くんと治くんの二人。確かに、と内心二人に同意する私を他所に、四体のジャックに歩み寄る人たちが。


「クラブは知恵。学ぶことに対して意欲の低いジャックは、クラブのマークから目をそらすように僅かに右側を向いている」


 言いながら、クラブのジャックの首を右に動かした白布くん。けれど、今度は矢が出ることはなく、ジャック達は静かに鎮座している。


「ダイヤは貨幣。金に欲目を持つジャックは、ダイヤのマークの方を向いとる」


 白布くんに続いてダイヤのジャックの首を左へ捻った北くん。僅かに左を向いたジャックは、やはり口を開くことはない。


「ハートは愛。愛を欲する気持ちが強いジャックは、ハートのマークに正面から向き合っている」


 ガコンッ、と音をさせて動いたハートのジャックの首。月島くんによって動かされたジャックの首は、真右を向いて動きを止めた。


「………そして、スペードは死。死を恐れるジャックは、スペードのマークから顔を背けてる」


 両手を使ってスペードのジャックの首を回した孤爪くん。ジャックの顔が左に背けられたその直後、地鳴りのように響いた機械音。音の正体は、固く閉ざされていた石の扉が開くものだった。
 見事に開いた石の扉に唖然とした顔で固まってしまう。「顔の向きなんてよく覚えてんな」と驚きと感心の声を上げた木葉くんに、「さっきの本で読んだので」と白布くんが事も無げに答えてみせる。


「スートの意味と関連付けて覚えれば、そう難しいものでもないので」

「さっすが〜」


 態とらしく煽てる天童くんに、「やめてください」と眉根を寄せた白布くん。何はともあれ、これで次に進めそうだ。素晴らしい記憶力を持つ四人に感謝しつつ、開いた扉の向こうに目を向ける。すると、その先に見えたのは新たな部屋や扉などではなく、


『……の、上り階段……』


 上へ上へと続く石畳の階段だった。そりゃそうだ。あれだけ下って来たのだから、どこかで上がらないと採算が合わない。合わないけれど、こんなに直ぐ上らせるんだったら、そもそも下らせたりしなければいいのに。何の意味が合ってこの空間を地下に作ったりしてるんだ。
 ヒクヒクと頬を引き攣らせていると、「だ、大丈夫?苗字さん?」と気遣う声を掛けてくれた菅原くん。「た、たぶん、」と小さな小さな頷きを返した私に、菅原くんと澤村くんが心配そうに顔を見合わせた。


「下りに三十分以上掛かったなら、上るのも同じくらい掛かると思うべきよね」

『……つまり、三十分以上階段を登り続けろと……?』

「そういうことになるんじゃない?」


 「足が棒になりそうだね」と肩を竦めた天童くん。棒は棒でも、湿気ったマッチ棒のように使い物にならなくなってしまいそうだ。
 差した嫌気を振り払うように顔を上げる。いくら駄々を捏ねたって、この階段を登らきゃ次には進めない。休み休みでもいいから最後尾をゆっくり登って行こう、と諦めの息を零しながら後ろへ回ろうとしていると、「?どこ行くんだよ?」と夜久に呼び止められ、返そうとした踵の動きが止まる。


『後ろ』

「後ろ?」

『どうせ付いて行けなくなるだし、邪魔にならないよう一番後ろを歩くよ』

「別に邪魔ではねえだろ?」

『私が気になるの。さっきと同じ並びで進むみたいだし、夜久たちはそのままソッチに居ていいから、』


 言い終えたのとほぼ同時に返した踵。何か言いたげにこっちを見てくる黒尾や夜久の視線に気づかないフリをして、最後尾にいる梟谷の三人の更に後ろへ向かって行く。歩み寄って来た私に気づき、「あれ?苗字さん??」「どったの??」と首を傾げた木葉くんと木兎くん。かくかくしかじかで、と簡潔に理由を伝えると、苦く笑った木葉くんが「気にしすぎじゃね?」と眉を下げた。


「ちょっとくらい止まっても誰も文句言わねえって」

『“ちょっと”ならね。“ちょっと”じゃない自信があるから後ろに来たんだよ』


 「三人も気にせず進んで行ってね」と壁に掛けてある松明の一つを手にしながら口にする。距離が開いた時のことを考えると、私も明かりを持っているべきだろう。
 困ったように眉を下げる木葉くんと赤葦くんに対し、「ジャンケン勝てば先頭だったのになー」とボヤいた木兎くん。そういえば、この順番って主将のジャンケンで決めたんだっけ。憂鬱な気分が拭い切れない頭でそんなことを考えていると、「行くぞ」と言う牛島くんの声を皮切りに登り階段との戦いが始まった。

 下りた時と同様、終わりが見えない階段をひたすらに上っていく。

 最初は良かった。特に問題なく付いていけていたし、なんなら、梟谷の三人と軽くお喋りもしていたくらいだ。けれど、やはりと言うべきか。徐々に荒くなり始めた息。重みの増した足に思わず足を止めると、気づいた木兎くん達まで歩みを止めてしまう。


『さ、先に、行ってて、くださいっ、』

「いや、けど……」

『待ってて貰われるとっ、余計に申し訳ないから……!』


 壁に手をついてゼエゼエ息を荒らげる私に、顔を見合わせた木葉くんと赤葦くん。「どうぞお先に……」と地面に向かって力のない声を落とした時、


「ほい!」

『………………え???』

「おんぶ!するわ!!」


 目の前に現れた逞しい背中。繰り返す瞬きの合間には、一段前にしゃがむ木兎くんの姿が。
 おんぶって。今木兎くん、おんぶって言った??おんぶするって言いました??
 いやいやいや!と慌てて首を振ってみせれば、小首を傾げた木兎くん。「なに?なんかダメ??」と目を丸くする木兎くんに、だって、と口を動かして行く。


『も、申し訳ないよっ!』

「?なんで??」

『いや、なんでって、』

「俺が良いって言ってんのに申し訳ないとかなくない??」

『う、い、いや、でも、お…………重いし、私、』

「重くてもヘーキだって!!」

「いや否定しろよ」


 フォローとも言えないフォローを入れた木兎くんに、すかさずツッコむ木葉くん。「全く重そうには見えませんよね」と付け足した赤葦くんに、嬉しさよりも気恥ずかしさが上回ってしまう。
 すると、後ろが付いてこないことに気づいたのだろう。「何してんねん?」「置いてくでー」と前から響いた侑くんと治くんの声。「今行く!!」と大きな声で応えた木兎くんは、くるりと顔を赤葦くんの方へ。


「赤葦!苗字の火い持って!」

「分かりました」

『え、ちょ、あの、』

「……こういう時は、甘えるが吉ですよ」


 緩やかな笑みと共に松明を奪った赤葦くん。目の前には、ほら!と言わんばかりにしゃがみ続ける木兎くんが。
 本当に、いいのだろうか。
 自由になった手を木兎くんの肩に添える。「ほ、ほんとに大丈夫??」と再三の確認をすれば、「だいじょーぶだいじょーぶ!」と笑った木兎くん。無邪気な笑顔に押されて鍛えられた背中に恐る恐る寄り掛かると、膝裏を抱えた木兎くんはその場に軽々と立ち上がった。


「苗字ちゃん、嘘つきじゃん!」

『っ、え??』

「全然軽いから逆にビックリした!!」


 にかっ、と音が付きそうな笑顔で振り返った木兎くんに、不覚にも胸が音を立てる。裏や含みのない言葉の破壊力って、凄まじい。
「女子の“重い”は、大抵気にし過ぎなんだよな」「雀田さんや白福さんもダイエットがどうのと良く言ってますよね」「雪っぺダイエットしてんの??あんなに食ってんのに??」「お前それ白福に言うなよ、死ぬぞ」
 気心知れたやり取りを交わす梟谷の三人。和やかな空気に目尻を下げていると、人一人を背負っているとは思えない足取りのおかげで階段の上には淡い光とその前で待つ皆の姿が。どうやら結局待たせてしまったらしい。


「お前ら何して………って、苗字、お前なんで木兎の背中にいんだ??」

『い、色々ありまして……』

「「ふーん、色々なあ」」


 仲良く声を揃えた黒尾と夜久。じっ、と注がれる視線の居た堪れなさについ目を逸らしていると、「とー……ちゃく!!」と声を上げた木兎くんが最後の数段を駆け上った。
 照明の眩い光に細めた目。徐々に明瞭になって行く視界に映ったのは、次の脱出舞台となる新たな部屋だった。