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災い転じて、


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19話


“俺とデートしようよ、苗字”


 直球ストレート過ぎる誘い文句が頭の中を反芻する。デートって、この状況でデートに誘ってくるって、一体どういう思考回路を辿ったらそういう判断になるのだろう。
 暗い階段を降りながら、小さく零したため息。踏み出す足の重さに気付いたのか、苗字?と首を捻った夜久。俯き気味だった顔を持ち上げる。慌てて、「な、なに??」と返事をすれば、怪訝げに眉根を寄せた夜久が、「お前大丈夫か?」と更に首を捻る。


「さっきからため息多くね?」

『そ、そんなことないし、』

「そうか??あんまりボーッと歩くなよ。踏み外しでもしたら、この長え階段を転がり落ちちまうぞ」

『わ、分かってるし、』


 夜久の苦言に散漫だった意識を慌てて足元に集中させる。
 地下の様子を見に行った黒尾達が戻って来たのは、松川くんの“デートしよう”発言からおよそ三十分程後のこと。突然のお誘いに固まる私を他所に、どう?と右に傾けていた首を今度は左へ傾げた松川くん。どうって、と言い詰まっていた私に助け舟を出してくれたのは、呆れた顔で松川くんを見つめる岩泉くんだった。


「松川お前な、今そういう状況じゃねえだろ。ナンパならここを出てからにしろよ」

「ナンパじゃなくて、真面目に誘ってんのよ」

「この状況で誘うデートに真面目もクソもねえだろ」

「けど、今ここで誘っとかねえと、脱出してから会えるとは限らねえだろ?」

「は???」


 なんだそりゃ、とでも言いたげに片眉を釣り上げた岩泉くん。そうっと瞳を細めた松川くんは、居心地の悪い洋室をぐるりと一瞥した。


「こんな奇妙な状況、誰かの夢や妄想だって言われても可笑しくない。もしこれが現実じゃなかったとしたら、俺と苗字が出会ったのはただの“夢”で終わる。だから、言いたいことは言えるうちに言っとかねえと勿体ねえだろ?折角こんな、惹かれる相手に出会えたなら尚更」


 室内を映していた瞳が戻って来る。甘さを含んだ柔らかな視線がなんとも居た堪れない。
 好意を持って貰えている。それはもちろん有難い。松川くんにとっての私が、悪い印象より良い印象であるなら有難いことこの上ない。でも、ただの好意なら兎も角、多少の恋愛感情が含まれているとなると話が変わってくる。私と松川くんは出会って間もないにも程があるし、お互い知っているのは、顔や名前、学校名など表面的なことばかり。それでも何かしら好意を持たれる理由があるとすれば、


『つ、吊り橋効果なのでは???』

「吊り橋効果?」

『だってほら、この状況でしょ??こんな非現実的な場所にいたら、補正とかフィルターが掛かって見えてもおかしくないっていうか……』

「ああ、そういう、」


 苦く笑う松川くんをじっと見つめ返す。人の気持ちを疑うのは良くないけれど、この状況で生まれた恋心を信じられるほど頭の中お花畑じゃない。何かしら良く見える理由があったとしても、そこに吊り橋フィルターが掛かっている可能性は大いにある。
 「吊り橋効果なんてホントにあんのか?」「あるからそういう言葉が生まれてんじゃね?」と横から聞こえた岩泉くんと花巻くんの会話。二人は吊り橋効果否定派なのかな、と頭の片隅で考えていると、「分かった」とやけに響いて聞こえた松川くんの声に、ほっ、と胸を撫で下ろす。


『よ、よかった。じゃあ今の話はなかったことに、「つまり、」

「ここを出てなお苗字を好きな気持ちが変わらなかったら、吊り橋効果じゃないって信じてくれるわけか」

『……………はい?』



 零れた間抜けな声と同時に思わず目を点にした。



「吊り橋効果を疑う苗字の気持ちも分からなくない。だから、吊り橋効果かどうか確かめるためにも、俺とデートしてよ、苗字」


 緩やかな笑みを浮かべる松川くんに、はくはくと口を開閉させる。分かったって。何も分かってないのでは。私が言いたいことが“分かった”のなら、大人しく退いてくれてもいいじゃないか。
 見せつけられた意外な聞き分けの悪さ。顔を赤くすればいいのか、それとも青くすればいいのかも分からず戸惑っていると、「名前さーん!」と助け舟の如く呼ばれた名前。見ると、無邪気な笑顔を浮かべた灰羽くんが手招きをしていて、一先ずその声にあやかってその場から離れようとした時、苗字、と掛けられた声に踏み出そうとした足の動きが止まる。



「返事、待ってるから」



 背中越しに聞こえた酷く優しい声。動きの鈍い唇で返せたのは、「カンガエトキマス」と歯切れが良いとは言い難い答えだった。
 松川くんとのやり取りを思い出したことで、また口から零れそうになった溜息を慌てて飲み込む。今はそれどころじゃないだろ私。デート云々の返事を考える前に、先ずはこの階段の先を確かめなければ。
 地下から戻って来た黒尾達の話によると、この階段は随分下まで続いているらしく、往復三十分では降り切ることが出来なかったらしい。あまりに長い階段に一旦戻って来た六人。通路や階段自体には特別仕掛けが見受けられなかったことから、今度は全員で階段を降りることとなったのだけれど、あまりの長さにそろそろ誰か発狂しそうだ。
 降り始めてから体感的にはもうすぐ三十分が経つ。「長えなあ」「どこまで続いてんだよ」とボヤく黒尾と夜久に内心で深く同意する。前を歩く黒尾と夜久の手には松明が握られており、二人の松明を囲むように、前には孤爪くんと灰羽くんが、そして、後ろを私が続いている。27人で作っている行列だけれど、松明の明かりでは自分の周囲しか確認することが出来ない。「なっがい階段やな」と不平を漏らした侑くん。学校ごとに固まって下っているため、後ろを歩く稲荷崎三人の声がやけに近く感じる。


『あとどれくらい続いてるんだろ……。先が見えないって心もとないね、』

「せやなあ」

「ま、必ず終わりは来んだろ。地球の裏側まで続いてるわけじゃあるめえし」

「……ちゅーかそもそも、俺らが今居る場所が“表”か“裏”かも分かっとらんけどな」


 「ブラジルに着いたらある意味バンバンザイやろ」と肩を竦めた治くん。確かに、地球のどこかに出てくれるなら、例えそれが異国の地だったとしても御の字だろう。
 徐々に重たくなって行く足で何とか皆に付いていく。そろそろ終わりが見るのでは、と前を覗き込もうとした時、


『っ、わっ……!』

「!ばっ………!」


 意識が前へ削がれたせいでそぞろになった足元。階段を踏み外した身体が前へと傾く。最悪だ、とスローモーションで移ろう視界を瞼で覆った瞬間、両脇を支えられる感覚にぱちりと目を瞬かせる。


「何してんねんっ!」

「ブラジルまで転げ落ちはる気ですか?」


 後ろから両脇に差し込まれた逞しい腕。右には侑くんが、左には治くんの姿があり、傾き掛けた身体が二人によって救われたことを知る。慌てて体勢を整えて二人を振り返る。「あ、ありがとう二人とも、」とお礼を言えば、「気いつけや」と腕を離した侑くん。自由になった右腕に対し、掴まれたままの左腕。はた、と左後ろを見上げれば、微妙な顔をした治くんの姿が。


「……余計なこと考えとったから踏み外したんちゃうん」

『え??』

「青城の人と騒いどったやん。デートがどうとか、」

「「「「デート???」」」」


 紡がれた三文字にすかさず塞いだ治くんの口。どうして治くんが知ってるんだ。
 「デートってなんだよ?」「青城のどいつ?」と詰め寄って来た黒尾と夜久に、うっ、と顔を顰める。私たちが足を止めたせいで後ろにいた梟谷の皆も止まってしまい、首を伸ばした木兎くんが「どした??」と不思議そうに目を丸くさせた。


『な、なんでも!なんでもないから!!』

「なんでもなくはねえだろ」

「デートってなんだデートって」

『いや、だから、それは………』


 詰め寄る黒尾達に下るべき階段を一段上へ登ってしまう。治くんの口を塞ぐ手を離して睨むように彼を見ると、しれっとした顔で目を逸らした治くんは、「そもそも隠す気なかったやろ」と微かに唇を突き出した。


「あないデカい声で喋っとったら、聞きたなくても聞こえて来るわ」

『そ、それは、その………聞きたくない話を聞かせて、ごめん、』

「別に謝って欲しいわけやないけど………」


 目を逸らしたまま口を窄める治くんに首を捻る。謝って欲しいわけじゃない。“けど”、なに。“けど”と付けたのなら、謝罪以外に聞きたいことがあったのだろうか。
 口ごもる治くんを珍しそうに見つめる北くんと侑くん。すると、何かを察した様子の北くんが、「一先ず降りよか」と視線を前へと向け直した。


「こないな所での立ち話なんて、後ろの連中に迷惑や。それに、」


 階下を見つめる瞳が細まる。倣うように瞳を前へ向ければ、暗闇の中に淡く光る小さな出口が。


「ブラジルまでは、続いとらんかったみたいやな」


 そう言って一段下った北くんに、止めていた足の動きを再開させる。前を歩いていた烏野、青城、白鳥沢の皆は既に階段を降り終えたようで、出口から顔を出した灰羽くんと日向くんがこっちこっち!と手招きをしてくれている。
 黒尾達の追求から逃れたことに内心ホッとしながら下へ向かって行くと、漸く辿り着いた階段の先。そこにあったのは、



『………石像、だよね?』



 広々とした空間に並び立つ四体の石像だった。