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災い転じて、


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16話


 地面に深く突き刺さった一本の剣。松明に灯されて光る刀身の美しさに感嘆の息が漏れる。
 スペードの部屋に入ってから十数分。花巻くん、赤葦くん、私の三人でカードの捜索をしていると、カードを一枚見つけたところで張り上げられた澤村くんの声。見つけた、という言葉の通り、彼の隣には地面に刺さる剣があって、あっさりと見つかった剣に、「こんな分かりやすいことあるか?」と花巻くんが拍子抜けとばかりに吐き零した。


『クラブやハートの部屋でも、棍棒と聖杯はあっさり見つかったしね』

「そういうもんなのね」

「剣を見つけたなら、後はカードを探すだけですが……澤村さん達は何か見つけましたか?」

「影山がスペードの2と10を見つけたよ」

「っす、」


 先輩の台詞に、ポケットから出したカードを見せてくれた影山くん。示された二枚のカードに、「俺らも4番は見つけたぜ」と花巻くんも4番のカードを見せると、「ということは、残りは三枚だけですね」と赤葦くんは墓地を見回した。


「このまま上手く行けば、カードは簡単に見つけられそうですが、問題はその後ですよね」

「何かが起きるとすれば……扉にカードを嵌めたあと、なんだよな?」

『うん。今までの部屋と同じならそうだと思う。……でも、何が起きるかはカードを嵌めてみるまでは正直分からない。扉の文字がヒントになってるとは思うんだけど……』

「“死者の亡霊”ってやつっすか?やっぱ幽霊でも出てくるじゃ、」

『や、め、て!!』


 不吉な単語を口にする影山くんを睨むように見る。そんなこと言って、本当に出てきたら恨むからな、影山くん。と内心愚痴ていると、「一先ずカード探しに戻るか」と言う花巻くんの呼び掛けに、再び二手に別れることに。
 松明の明かりを頼りに暗い墓地を歩いて行く。「せめて昼なら良かったのに」と拗ねた声を漏らすと、「雰囲気重視なんでしょうね」と冷静に答えた赤葦くん。そんなもの重視するくらいなら、もっと別方面に気を配って欲しい。変わらず手を繋いだままで居てくれる花巻くんに感謝しつつ、三人で残りのカードを探して行く。

 どのくらいの時間を要しただろうか。

 最後の一枚、スペードの8を見つけたのは赤葦くんだった。「これで全て揃いましたね」と8番のカードを拾い上げた赤葦くん。そんな彼に、うん、と頷いてみせると、「最後の一枚見つけたぞ!」と花巻くんが澤村くん達に声を掛ける。暗い空間でもしっかりと響いた花巻くんの声。「扉の前に集まろう!」と言う澤村くんの返事に、集めたカードを持って扉の前へ移動する。全員が揃ったことを確認し、ポケットからカードを出した澤村くん。倣うように他の三人もカードを出すと、「で、どうするよ?」と全員を見回した花巻くんが、少し緊張した面持ちで扉に目を向けた。


「次に進むなら、カードを枠に嵌める必要があるけど、」

「進んだ先に何が起きるかは分からない、と、」

「今までの部屋の傾向で言えば、少なくとも俺たちにとって“良くないこと”が起きると考えておくのが正解でしょう」

「良くないことねえ……。マジで影山が言うように、幽霊が出てきたらどうするよ?霊は剣じゃ倒せなくね??」

「こちらが攻撃出来ないのであれば、向こうもこちらに手を出せないのでは?」

「そもそも霊ってどうやったら倒せるんすか??」

「塩でもあれば良かったかもな」

「なーる、」

『あのさ、幽霊が出てくる前提で話すのやめてくれません???』


 「ホントに出てきたら私泣くよ??」と顔を顰めれば、「悪い悪い」と笑って謝ってきた花巻くん。他の三人は兎も角、彼は絶対悪ノリしていたな。ジト目で花巻くんを見ていると、徐に動き出した影山くん。無言のまま扉の前に立った影山くんは、カードを持ったまま私たちを振り返った。


「……はめてもいいですか、カード」

『っ、え??』

「どっちみち、カードをはめなきゃここから出れねえんすよね?」

『そう、だけど、』

「………正直、この文字の意味は全く分かんねえっす。けど、この意味を考えてて何かが変わるとは思えない。分かんねえ答えを考えるくらいなら、何が起きるのか自分の目で確かめた方が早いと思います」


 そう言って、自分が持っていたスペードの2番、9番、10番のカードを枠に嵌めた影山くん。迷いのない行動は、ダイヤの部屋で見た牛島くんと少し似ている。
 影山くんや牛島くんは、どうするべきかの根本を分かっている。扉に刻まれた文字の意味を考えることは間違いじゃない。現に今までは、文字に沿った“何か”が起きて、みんなは危ない目にあっている。だから、意味を理解して何が起きるか分かれば対処出来ることは増えるだろう。
 けれど、例え今私たちが何か答えを出したとしても、それが正解かどうかは、カードを嵌めてみなければ結局分からない。だからこそ影山くんは、今私たちが一番するべきことをしようとしている。正解かどうかも分からない扉の文字について考えるのではなく、根本的に必要なことを、ここから出るために必要なことをしようとしているのだ。


『……影山くんって、牛島くんと似てるよね』

「?そうすか?」

『うん。……ダイヤの部屋でね、真っ先に動いたのは牛島くんだった。きっと二人は、分かってるんだね。根本的に、今何をするべきか分かってる。だから真っ先に動けるんだね』


 言いながら扉に向かって踏み出した足。不思議そうな顔をする影山くんの隣りに立ち並ぶと、先程見つけたカード、スペードの6を扉の枠へと嵌め込む。薄暗い空間に響いた、かちっ、という音。指先をカードから離して後ろの三人を振り返ると、小さく笑った澤村くんがカードを持ってこちらへ。避けるように一歩隣へ動くと、空いたスペースに立った澤村くんは持っていたカードを扉の枠へと嵌めて行く。
 影山くん、澤村くんに続き、扉の前に立ったのは花巻くんだった。かちっ、かちっ、と二枚のカードを枠に嵌めると、譲るように後ろへ下がった花巻くん。心得たとばかりに頷いた赤葦くんは、彼と代わるように扉の前に立った。


「……いいですか?」

『もちろん。影山くんの言う通り、結局やるべきことは変わらないわけだし』

「頭でっかちに考えてても仕方ねえしな」

「……ですね、」


 また一つ頷いた赤葦くんが、カードを持つ手を扉に伸ばす。少し緊張した面持ちで枠に嵌められたスペードの5のカード。残る枠は一つのみ。「入れますね」と扉に向き合ったまま告げられた言葉に頷いて返す。こちらは見ず、けれど、きちんと応えを受け取ってくれた赤葦くん。
 最後の枠に向かって伸ばされた右手。カードが枠に収まった瞬間、扉がガタガタと揺れ始める。うお、と花巻くんが驚きの声を上げた直後、扉の揺れが止まり、今度は扉から歯車の音が。
 クラブ、ダイヤ、ハートに続き、最後のスート、スペードの部屋。この部屋で何が起きるかは分からない。分からないけれど、ここを乗り切れば、きっと、


 次へ、進めるはずだ。


 現れたドアノブに指先が震える。次に起こる“何か”に備えて辺りを見回したその時、



            ボ コ ッ



『……え?』


 張り詰めた空気に響いた不気味な音。耳心地悪く鼓膜を揺らした音の先を先を辿ると、そこには。


【ア゛ア゛ッ………】

【ウ゛ア゛ア゛ッ】

【ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ !】


 唸るような声とともに地面から這い出た身体。血の気の失った肌に擦り切れた衣服を身に纏うその姿は、間違いなく、


「『ゾンビだあああああ!!!!!!!』」


 墓場に響いた二人分の悲鳴。花巻くん共に張り上げたその声を皮切りに、ぼこっ、ぼこっ、と更に湧き始めた不気味なゾンビの群れ。
 「影山くんが霊だのなんだの言うから!」「えっ、す、すんません……?」「素直に謝ってる場合か!!!!」
理不尽なクレームを入れた私におとなしく謝った影山くん。そんな影山くんに花巻くんが突っ込みを飛ばすと、群がってくるゾンビに気づいた澤村くんが声を張り上げた。


「剣まで走れっ!!!!!!!」


 ほぼ怒声の様なその声に弾かれ、剣に向かって走り始めた私たち。繋いだ手をそのままに走る私は、殆ど花巻くんに引っ張られている。墓石の数だけ這い出てくるゾンビの気味悪さに顔を歪めた時、うおっ!?と前を走っていた花巻くんの足が突然止められる。
 手を引く力がなくなり、自然と止まった自分の足。どうしたの、と花巻くんに掛けようとした声は、繋がれていた手が解かれたことで、え、と呆けたものへと変わってしまった。


『っ、はな、「近寄んな!!!!」っ!』

「俺らから離れろ!!苗字!!!」


 緊迫した声と共に突き放された身体。よろけた足で地面に座り込む。見開いた目で花巻くんを見上げようとした瞬間、


『え……?』


 彼に長い足に絡みついた無数の手に、額に滲んだ冷や汗がこめかみを伝った。
 手だ。地面から這い出た手が、花巻くん達の足に絡みついている。背筋を走った冷たい何か。吸い込んだ息が肺で押し止まる。瞬きも忘れて不気味な光景を凝視していると、動けない皆に群がり始めたゾンビ達。土と同じ色をした手が逞しい身体に纏わりつく。群がるゾンビの重みに耐えきれず、地面に付いた赤葦くんの膝。すると、裂けるように開いたゾンビの口が、赤葦くんの肩を噛み食らった。


「っあ゛っ………!!」

『っ、赤葦くん!!!!!』


 痛みに歪んだ顔が地面に倒れる。動かなくなっていた身体で駆け寄ろうとすれば、「っ、来ないで!!!」と張り上げられた声に、動かそうとした足が止まる。


「っ、来たらっ……貴方まで、巻き込んでしまうっ……!」

『っ、でもっ……!』

「俺らのことはいいっ!!お前は剣まで走るんだっ……!!」


 「行け!!!」と墓地の空気を震わせた花巻くんの声。直後、彼の二の腕に土で汚れた歯が食い込む。ジャージ越しに噛み付くゾンビに花巻くんが喉を引き攣らせる。駆け寄りそうになった足をなんとかその場に押し留めると、恐怖に揺れる瞳を剣に向かって移し動かした。
 今、私が出来ることは、するべきことは、倒れる彼らに駆け寄ることでも、恐怖に震えることでもない。この場で私が出来ること、それは、

 一秒でも早く、剣の元へ向かうことだ。

 真っ直ぐ剣に向けて走り出した足。情けなく震えた足が何度も縺れて転びそうになる。けれど、瞳だけは剣を捕え続け、汚れた手を剣を伸ばした時には、唇から零れるのは浅く早い呼吸音だけだった。
 装飾の付いたグリップを両手で握り掴む。息を止めるのと同時に、一気に引き抜いた美しい剣。暗闇の中でも異色に光る刃に一瞬目を奪われたけれど、直ぐ様今の状況を思い出して、剣を両手に皆の元へ駆け戻った。


『っ、このっ…………!!!』


 振り上げた剣を影山くんに伸し掛るゾンビに向かって振り下ろす。ギラリと光った刃に貫かれた一体のゾンビ。しかし。


『は…………?』


 剣で貫いた筈のゾンビが、次の瞬間には、何事もなかったかのように動き出したのだ。鋭い切っ先が地面に落ちる。ちょっと待って。どういうこと?この剣で、ゾンビを倒せる訳じゃないの??
 もう一度振り上げた鋭い刃。けれど、何度も試しても剣がゾンビを傷つけることは無く、地面から這い出たゾンビ達は益々増えるばかりである。
 この剣は、ゾンビを倒すためにあるものじゃないのか。剣でゾンビを倒すことで、皆を助けられるわけではないのか。剣を握る手に震えが戻ってくる。忘れようとしていた恐怖に胸を覆われ、不安を煽るように大きくなっていく心臓の音。この剣が、ゾンビを切るためのものじゃないのなら、これは一体何のためにこの部屋にあると言うんだ。この剣には、何の役目があるとい言うのだ。

 焦りと恐怖に苛まれる心を、深呼吸で落ち着かせようとする。落ち着け、落ち着け、落ち着け。澤村くん達を助ける為には、私が焦ってどうする。諦めるなんて選択ないのだから、落ち着いてちゃんと頭を働かせなきゃ。
 涙の膜が張った瞳を扉へ向ける。暗闇の中薄ぼんやりとした輪郭を表す扉に刻まれていたのは、“我らは騎士。死者の亡霊から逃れるは、死をも畏れぬ崇高な魂”という言葉。死者の亡霊がゾンビのことであるとするなら、ゾンビから逃れる為には、剣でゾンビを斬るのではなく、死をも畏れぬ崇高な魂を示さなければならない。しかし、そもそも魂なんて目には見えない曖昧なものだ。死をも畏れぬ魂というものを示すためには、魂そのものを見せるのではなく、その気持ちを示さなければならない。

 剣に触れた指先に力を込める。死を畏れない心というのは、きっと存在しない。私も、澤村くんも、影山くんも、花巻くんや赤葦くんだって。誰だってみんな死ぬのは怖い。それは、至極当然で当たり前のこと。けれど、死ぬことへの恐怖を拭うことは出来なくても、死ぬ覚悟を示すことは、私にも出来るのではないか。
 地面に突き刺した剣を今度は逆手で握る。己に向けた鋭い切っ先に呼吸が浅くなる。これが正解かどうかは、きっと誰にも分からない。分からないけれど、でも、何もせずにいるくらいなら。何もせず諦めるくらいなら。


 賭けた答えを信じる方が、ずっとマシだ。


 剣の切っ先を恐怖に覆われた左胸に定める。深く吸った息を、ひゅっ、と止めた瞬間、震える両手を引き寄せて、己の心臓に剣を突き立てた。