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三年生秋(18)

文化祭を終えてから一週間が経過した。
秋真っ盛りとは思えないほど熱気のこもった体育館。目の前に広がるコート上では、汗をにじませたバレー部の皆が今日も今日とて練習に励んでいる。

春高最終予選まで二週間を切った。

一次予選を勝ち残ったみんなは、本戦出場に向けて東京都代表を決める決勝トーナメントに挑まなければならない。そして、そのトーナメント一回戦の相手となるのが、鮮やかな赤のユニフォームを身に纏う、音駒高校男子バレー部である。
かおりからこの組み合わせを聞いた時、正直に言うと、ちょっと複雑な気持ちもあった。東京都代表になれるのは、勝ち残っている四チームのうち三チームのみ。つまり、準決勝を勝ったと同時に、春高本戦への出場権を手に入れることとなる。
出来ることなら、梟谷と音駒、どちらもチームも春高本戦に、東京体育館に集って欲しいと思った。甘い考えだと笑われるかもしれないけれど、それでも私は、どちらの“春”もまだ終わって欲しくないと思っていた。でも、何事もそう上手くはいかない。決勝で当たることを期待していた組み合わせは、見事に一回戦で実現されることとなってしまった。
私は、梟谷学園男子バレー部の大大大ファンだ。だから、どっちを応援するのかなんて、考えなくても答えは出てる。だけど、それでも複雑な気持ちが芽生えてしまうのは、知ってしまったからだろう。音駒のみんなが、バレーに励む姿を知ってしまったから。
鮮やかな赤色のユニフォームを着てコートに立つ黒尾くん達の姿が頭に浮かべていると、名前、と呼ばれた名前に瞳をそちらへ。


『あ、かおり、雪絵、』

「なんか今ボーッとしてなかった?」

「ちゃんと見てないと、流れ球が飛んできた時危ないよ?」


ボトルが入った籠を持つかおりとビブスを抱えている雪絵が歩み寄って来る。コート脇では選手たちが身体を休めており、どうやらいつの間にか休憩に入っていたらしい。
「ちょっと考えごとしてて」と苦く笑って答えた私に、「へえ?」「考えごとお?」と愉しそうに顔を見合せた二人。にんまりと意地悪な笑顔を浮かべる二人に、まずい、と一歩後ろへ下がろうとすれば、すかさず脇を固められ、逃亡はあえなく失敗する。


「一体誰のこと考えてたのー?」

「もしかして、この前の文化祭でMVP取った誰かさんのことかなー?」

『うっ、ち、ちが、ちがうってば……!』


にやにや音が付きそうな笑顔を寄せてくる二人に、熱が集まる顔をブンブン横に振る。文化祭が終わってから、というか、木葉と二人で屋上から戻って来てからというもの、かおりと雪絵はもちろん、二人から話を聞いたトモちゃんまでもが、木葉と何かあったんじゃないかと揶揄って来るのだ。
何もなかったと否定するものの、あの時のことを思い出すと胸がソワソワして、何だか顔が熱くなってしまう。そんな私の反応を楽しんでか。かおり達はなかなか揶揄うことを止めてくれず、こんな風に態と話題に上げてくるのだ。


「ねえ、本当に何もなかったの?」

「木葉の奴に何かされたり、言われたりしなかった??」

『だ、だから、何もないってば、』

「「本当に?」」

『ほ、本当にっ、』


ずいっ、と両サイドから詰め寄って来る二人に今度は首を縦に動かす。一体何を勘繰っているのか知らないけれど、あの日屋上で話したことと言えば、天気の話や景品の手鏡の話。それから、

“他には何も要らねえから。……苗字がいれば、それでいいから、”

頭の中で再生された木葉の声。私のバカ。なんで今思い出してるんだ。じわじわと更に熱くなり始めた頬に思わず俯くと、両脇に立つ二人から更に怪しむような視線が向けられてしまう。


「………あんた、そんな顔して“何もなかった”なんてよく言えるわね」

『っ、ほ、本当に何もないってばっ』

「じゃあ、なにをそんな赤くなる必要があるわけ?」

『そ、それは…………』

「「それは?」」


それは、私にも、分からない。
あの日。二人だけの屋上で。本当は木葉に聞いてみたかった。腕を引く手がすごく熱かった理由を。自分のために必死になったと言う言葉の意味を。木葉に聞いてみたい気持ちはあった。でも、それを聞いてしまえば、優しく穏やかな空気を壊してしまいそうで。結局私は、木葉に何も聞くことが出来なかった。
だから、分からない。木葉がくれた言葉や行動の意味も、それを思い出して赤くなる理由も、私は分からずにいる。
言葉の先を噤んだ私に、再び顔を見合わせた二人。俯かせた顔を更に下へと押し込むと、「どうよこれ」「うーん、微妙かなあ」「だよねえ」とよく意味の分からない会話が始まり、何の話をしているのだろう、と俯く顔を持ち上げようとした時、


「雀田、これも頼むわ」

『っ』


届いた声に肩が僅かに強ばる。中途半端に持ち上げた目線の先には、ボトルをかおりへ渡す木葉の姿が。噂をすれば影がさすって、今この瞬間にピッタリだ。
ボトルを受け取ったのち、一瞬チラリとこっちを見たかおり。意味深な視線からわざと顔を背けると、いつの間にか木葉の隣りに立ち並んでいた猿杙が、「何騒いでたの?」と至極不思議そうに首を傾げた。


「別にー?」

「文化祭楽しかったよねって話してただけだよ」


ねー?としたり顔で頷き合うかおりと雪絵に、訝しそうに目を細めた木葉。何かを察したらしい猿杙が、「木葉はMVP取れたしね」と続ければ、あー、と思い出すように目線を持ち上げた木葉は、首に掛けたタオルで頬の汗を拭い始めた。


「あの後、監督から夢の国のチケット貰ってたよね?」

「貰うには貰ったけど……一枚だぞ一枚。こういうのって普通、ペアチケットとかじゃねえの?独りで行って来いってか」

「一人分浮くだけで全然違うでしょ」

「それとも、ペアチケットを利用して、誰かデートに誘いたかったとかー?」


にんまり笑顔で茶化してくる雪絵に、汗を拭っていた手の動きが止まる。返ってくるであろう否定の言葉を想像して苦笑いを浮かべていると、雪絵を見返した木葉は、「そうだよ」と予想とは正反対の返事で応えてみせた。


「二枚貰えたら、誘いたい奴がいたんだよ」


焦りも照れも一切ない答えに、木葉以外の全員が目を点にする。デートに誘いたい相手がいるって、それってつまり、好きな子がいるってことだよね?デートに誘いたいくらい、想っている誰かがいるってことだよね??
唖然として固まる私を他所に、「一枚じゃどうしようもねえけど、」とため息を零した木葉。そんな木葉にワナワナと震える指先を向けたかおりは、「木葉、あんた……」と妙に真剣な顔で口を動かした。


「熱でもあるんじゃ、」

「ねえわ!」

「それか変な物拾い食いしたとか、」

「してねえっつの!!」


「お前らは俺を何だと思ってんだ!!」と非難の声を上げる木葉に、「だってねえ?」「ねえ?」と首を傾け合うかおりと雪絵。軽快なやり取りを交わす三人に苦笑いを浮かべた猿杙は、「そういえば苗字、組み合わせ聞いた?」と視線をこちらへ。


『あ、う、うん、聞いたよ。準決勝の相手、音駒なんだよね?』

「そうそう」

『……やりにくいとかない?』

「あるわけねえだろ」

「お互い手の内は知ってるわけだし、下手に伺ったりしなくて良い分ある意味やり易いよ」

『そっか、』

「まあでも、油断して掛かっていい相手じゃないのは確かだよね」

「音駒はいつも調子が安定してるから、うちのエース様次第では足元掬われる可能性も十分にあるよ」


雪絵の台詞にその場にいた全員の視線が木兎に集中する。全国で五本の指に入るスパイカーである木兎。溌剌と輝くプレーでチームを鼓舞する一方で、ムラのある調子に冷りとする場面がこれまで何度もあったのだとか。
休憩中だと言うのに、ボールを持ったまま赤葦くんに話し掛ける木兎を見つめる。話の内容は分からないけれど、赤葦くんの表情を見るにまた突拍子もないことを言っているに違いない。
「木兎のテンションコントロールに気をつけなきゃね」「それな」と木兎を見ながら言い零す猿杙と木葉。二年以上共に過ごす彼らからすれば、末っ子エースの面倒なんて見慣れたものなのだろう。「試合楽しみにしてるね」と笑顔を向ければ、木兎に注がれていた視線がゆるりと此方へ移された。


「……負けねえから」

『っ、え???』

「音駒にも、黒尾にも、ぜってえ負けねえから」


届いた言葉には、ぴんと真っ直ぐな芯が通っていた。
音駒に負けない、は、音駒に勝って決勝へ行くという意味だろう。でも、黒尾くんに負けない、は、どういう意味なのだろう。どちらも同じ意味だとしたら、わざわざ二回言う必要があったのだろうか。
きょとりと瞬かせた目で木葉を見上げる。言葉の真意は分からないけれど、木葉が“負けない”と言っているのなら、私に言えることはたった一つだ。


『……うん。頑張れ、木葉、』


伝えたエールに木葉の瞳が優しく細まる。おう、と短く、けれど確りとした頷きを返してくれた木葉。その直後、コーチさんから休憩の終わりが告げられ、練習を再開するべく木葉達はコートの中へと戻って行く。
首裏を押さえて離れて行く木葉の背中を見送っていると、あらら、と落とされた雪絵の声に視線が前から左隣へ。


「完全に火い付いちゃったね、あれ」

『?火??』

「そー」

「燻ってたものにこの前の文化祭で油注がれたんでしょ」

「あれを消火するのは一筋縄じゃ行かないよー?」

「火傷しないように気をつけなきゃね、名前」

『???』


首を傾げる私の肩に、ぽんっ、と置かれた二人の手。ぱちぱちと瞬きを繰り返す私に、かおりと雪絵は仕方なさそうに眉を下げた。
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