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三年生秋(13)

リズム良く揺れるバスの車内。ベージュカラーのデニムジャケットからスマホを取り出すと、待ち合わせ時間まで余裕があることを確認し、スマホを再びジャケットのポケットへ。緊張からつり革を掴む力を少しだけ強めると、赤信号で止まったバスに、窓の外へと視線を移した。

本日は日曜日。黒尾くんとのデート当日である。

合宿最終日の帰り際、私をデートに誘ってくれた黒尾くん。初めは彼の誘いを受けるかどうか迷っていたのだけれど、境田くんのアドバイスもあり、最終的には黒尾くんとのデートに行くことを決心した。
停車していたバスが再び動き出す。窓越しに流れる景色をぼんやりと眺めていると、ふと目に映ったジャージ姿の集団。楽しそうに歩く彼らは一体何部だろう。白地に黒いラインが入ったジャージから目を逸らすと、脳裏に浮かんだ木葉の顔に、逸らした瞳を床に落とした。


『(……木葉、怒ってるかな、)』


仏頂面の友人を思い出し、床に落とした瞳がゆらりと揺れる。先日、かおり達が企画してくれた合格祝い。バレー部のみんなやトモちゃんに大学合格を祝って貰った私は、プレゼントを抱えたまま一人乗り換えの駅に降り立った。「また来週、学校でね、」と皆に手を振っていると、閉まる扉の隙間から突然ホームへ降りた木葉。驚く私に、差し出された薄桃色の包み。木兎たちとは別にプレゼントを用意してくれていた木葉の気持ちがとても嬉しくて、何か欲しいものやして欲しいことはないかと聞いた私に、木葉は言った。

黒尾くんとのデートに行くなと言ったら、どうするのか、と。

どうやら木葉は境田くんに私が誰かとデートすることを聞いたらしく、その“誰か”が黒尾くんだと気づいた木葉は、カマをかける意味合いも含めて私に直接聞いてきたらしい。木葉に何かを返したいと思ったのは本当だけれど、それは出来ないと答えた私。けれど木葉は、驚くでも怒るでもなく、私がそう答えることを分かっていたように、「知ってるよ」と少し寂しそうに口にしていた。
あの時の木葉は、怒っているように見えなかった。けれど、後日黒尾くんとデートに行くことをかおりにも伝えると、隣の席でそれを聞いていた木葉は酷く不機嫌な顔をしていた。
伏せた瞳でスニーカーのつま先を見つめる。黒尾くんとのデートを断れば良かった、とは思わないけれど、木葉のことが気にならないと言ったら嘘になる。また気まずい思いをするのは嫌だな、と内心で呟いていると、今度はバス停で停車したバス。目的地に着いたことを告げるアナウンスに慌ててバスから降りることに。
地面に降り立ち、出発したバスを肩越しに見送る。再びポケットから出したスマホで時間を確認しようとしたとき、


「名前ちゃん、」

『っ、え、黒尾くん??』

「はい、黒尾くんです」


右手を挙げて軽やかに笑った黒尾くん。どうしてここに彼が居るのだろう。待ち合わせ場所は、ここから少し先だったはず。「どうしてここに?」と目を丸くした尋ねれば、ああ、と頷いた黒尾くんはバスの時刻表に目を向けた。


「“何で来る?”って聞いた時、バスで来るって言ってたじゃん?早く着いちまったし、バス停の場所も知ってたから、俺がこっちに来た方が早く会えるなって」


「予定より十五分も早く会えてラッキーだな」と至極嬉しそうに笑う黒尾くんに、会って早々顔に熱が集まり始める。惜しみのない好意が込められた言葉は、まだまだ慣れられそうにない。赤くなって固まる私に、ふっ、と緩やかな笑みを浮かべた黒尾くん。「行こっか、」と進行方向に向き直った彼に、慌てて頷き返してみせた。
今日の黒尾くんは、音駒高校の制服でも、真っ赤なジャージ姿でもない。白いシャツと薄手の黒ブルゾンに細見のデニムパンツを合わせたシンプルな装い。背も高く雰囲気も大人びているので、パッと見では大学生に間違えられそうだ。
かくいう私も今日は制服姿ではなく、ベビーピンクのカットソーにベージュのデニムジャケットを羽織り、下は白いロングフレアスカートを合わせている。昨晩色々と悩んだ末に決めた格好だったけれど、そもそもデートの経験がない私には、正解の服装というものが分かっていない。
ちらりと盗み見た黒尾くんの横顔。視線に気づいた黒尾くんは、「どうかした?」と首を傾げてみせた。


『え、あ、いや、その………黒尾くんの私服、初めて見たなって、』

「え?………あー………そういえば、名前ちゃんと会う時はいつも制服かジャージだもんな」

『う、うん。だからその……珍しいのはもちろんだけど、私服だと更に大人っぽいなって感心しちゃって……』

「………つまり、私服だと余計に老けてみえる、と」

『えっ、そ、それは違うよ!?』


「老けてるなんて思ってないから!」とぶんぶん首を振って否定すれば、「冗談だって」と少し意地悪く笑った黒尾くん。愉しそうな笑顔に揶揄われていたのだと漸く気づく。ちょっとだけ拗ねたみたいに唇を尖らせると、「ごめんごめん」と笑顔で謝った黒尾くんは、何故か愛おしむように目尻を下げてみせた。


「……名前ちゃんの私服見るのも、インハイ予選ぶりだな」

『え??………そういえば………そう、かも……?』

「予選の時も思ったけど……私服、可愛いよね」

『!?』


ストレート過ぎる褒め言葉に思わず足が止まる。漸く緊張が解れて来たと思ったのに、これでは逆戻りも良いところである。真っ赤になって固まる私に小さく笑った黒尾くんは、「急に止まると危ないよ」と言って、骨張った大きな左手で私の右手を掴んで歩き始めた。


『え、あ、あのっ、く、黒尾くんっ……!な、なんで、手を、』

「なんでって、今日はデートのつもりで来てくれたんだよね?」

『そ、それは……そう、だけど……』

「なら、手を繋ぐのもデートの一環ってことでさ、今日一日は俺に名前ちゃんの彼氏面させてよ」

『っ、か、彼氏面って、』

「その方が、名前ちゃんだって想像しやすいっしょ?もし俺と名前ちゃんが付き合ったら、どんな感じなのかとかさ」


それは、そうかもしれないけれど。
うっ、と言葉を詰まらせていると、目元を和らげた黒尾くんが繋いだ手に力を込める。「予行練習な」と白い歯を見せた黒尾くんに結局断りの台詞を述べることは出来ず、繋がれた手をそのままに歩みを進めることとなった。






            * * *






膝元を駆けて行く子供たちが何とも可愛らしい。きゃあきゃあとはしゃぐ我が子に慌てて駆け寄ったお父さん。更にその後をベビーカーを押したお母さんが追い掛けて、楽しそうな五人家族の姿に自然と顔が綻んでしまう。

黒尾くんとのデート場所に選んだ、都内にある動物園。

デートと返事をした際、いくつか候補地を挙げてくれた黒尾くん。その中から選んだこの動物園は、小学生の時に一度だけ家族で来たことがある。それから十年以上は経過しているため、動物園のことは殆ど覚えていないけれど、懐かしさに惹かれてつい、動物園に行きたいと答えてしまった。
休日ということもあり、園内はかなり人が多い。チケットを買うのにも少し並ぶことになったけれど、思いの外スムーズに入園することが出来た。ちなみに、チケット代は二人分まとめて黒尾くんが払ってしまったため、慌てて財布を取り出した私を、「彼氏面彼氏面」と黒尾くんは笑い宥めてきた。チケット代に後ろ髪を引かれつつ入園すると、まず目に飛び込んだのは、長い首を伸ばして食事をする数頭のキリンだった。あ、なんだか少し懐かしいかも。わ、と小さく声を上げる私を横に、「久々に見ると、新鮮だな」と感心したように零した黒尾くん。そんな彼と二人でフェンス前まで歩み寄ると、更に大きくなったキリンの姿に、ほう、と感嘆の息を漏らした。


『子供みたいな感想だけど……間近で見ると大きいねえ、』

「だな。……そういや名前ちゃん、この動物園来たことあるんだっけ?」

『うん。小学生の時のことだから、もう殆ど覚えてないけど……あ、ちょうどあの子ぐらいの時かな、』


動かした視線の先に見つけた小さな女の子。フェンス越しにキリンを見上げるあの子は、多分小学校低学年くらいだろう。わあ!と感嘆の声を上げる女の子の可愛らしさに目尻が下がる。「可愛いね」と綻んだ顔で黒尾くんを見上げると、目尻を下げた黒尾くんが、うん、と頷き返してくれた。


「あの子ぐらいの時ってことは……小学校一、二年の時とか?」

『うん、そのくらいだったかな。……黒尾くんは?この動物園初めて??』

「いや、俺もガキの頃一回来たよ。つっても、学校の遠足かなんかで来たきりだから、なんも覚えてねえけどな」

『じゃあ、私と一緒だね』


「二回目なのに一回目みたいって、ちょっとラッキーだよね」と笑って言うと、ぱちりと目を瞬かせた黒尾くんは、「確かに、」と至極楽しそうに笑ってみせた。
それからは暫くは、二人で園内を回り続けた。順路に沿って、カバやゾウ、サルやライオンを見て回っていると、お昼少し前に辿り着いた鳥ゾーン。可愛らしい小鳥や美しい羽を持つ孔雀、フラミンゴとツルと様々な鳥類が出迎えくれる中、ふと目に映ったプレートの文字に、あ、と思わず足を止めてしまう。


『“ミミズク”だ……!』

「お、ほんとだ」


プレートの付けられた檻の中には、うとうとと眠そうに微睡むミミズクの姿が。頭の左右にピンと立つ耳が、我らが梟谷男子バレー部主将を彷彿させる。同じことを考えていたのか、「まんま木兎じゃねえか」と顔を顰めた黒尾くん。「ほんとだね」と笑いながらスマホを取り出すと、眠眼のミミズクをパシャり。ミミズクの写真を確認して、ふふ、と小さく笑んでいると、「そんなに気に入ったの?」と苦く笑った黒尾くんに、うん、と頷き返してみせた。


『かおりと雪絵にも見せようと思って、』

「ああ、それで、」

『黒尾くんは撮らなくて大丈夫??』

「ダイジョブデス。つか、見る度木兎を思い出す写真なんて撮る気にならないからね?」


ジト目で見てくる黒尾くんに再び溢れた小さな笑み。くすくすと笑う私に、穏やかに目を細めた黒尾くんは、「あっちにもなんかいるみたいだよ」と奥のゲージに進んで行く。繋がった手に引かれる形で離れたミミズクのゲージ。次は何の鳥かな?とプレートを確認すれば、印字された文字に目を丸くし、そのまま文字を読み上げた。


「『アカアシモリフクロウ……』」


重なった声に見合わせた顔。目が合った瞬間、ぷっ、と二人で噴き出してしまう。まさか、木兎の次は赤葦くんが出てくるなんて。明るい笑い声を響かせる私たちを円な瞳で見てくるアカアシモリフクロウ。きょときょとと首を捻る姿が愛らしくて、こちらもプレートと合わせて写真を一枚撮ることに。
「まさかの“アカアシ”」「びっくりしたね」「したな。アイツらこんな所でも一緒なのかよ」
呆れたように、けれどとても楽しそうに笑う黒尾くん。こんなに楽しいなら、動物園を選んで正解だったかもしれない。笑顔を浮かべたまま次のゲージに進んで行くと、ふと目に映ったプレートの名前に再び足を止めてしまう。


『……“コノハズク”って……』


聞き覚えのあり過ぎる響きに目を丸くする。この順番でこの名前は、いくら何でも“彼”を思い出さずにはいられない。木葉じゃん、と内心で呟きながら、くすりと笑ってコノハズクに目を向ける。すると、閉じていた瞼が薄らと開き、そこから覗いた濃い黄色の瞳。ぱちぱちと瞬きを繰り返す姿に頬が緩む。この子も撮っておこうかな、とスマホを構えようとした瞬間、


「名前ちゃん、そろそろ腹空かねえ?」

『っ、え??』

「あっち行ったらフードコートあるみたいだし、そろそろ移動しよっか、」


そう言って返事の前に歩き出してしまった黒尾くん。繋がれた手に引かれる形で自分も足を動かすと、名残惜しさについ振り向いてしまったコノハズクのゲージ。シャッターを切る前のカメラ画面に眉を下げつつ、斜め前を歩く黒尾くんの背中に目を向ける。そんなにお腹空いてたのかな、と小首を傾げていると、少し早足で進んでいた歩みが徐々に元の速度へ。黒尾くん?と小さな声で呼び掛けると、繋いだ手に力を込めた黒尾くんは、気の所為かいつもより固い声で応えてみせた。


「……なに??」

『あ………えっ……と………。………ふ、ふれあいゾーン!』

「ふれあいゾーン??」

『そ、そう。お昼食べたら行ってみない??うさぎとかモルモットとか触れるみたいだし、』


「きっと可愛いよ」と隣から覗き込むように黒尾くんを見上げると、微かに見開かれた黒尾くんの瞳。けれど直ぐ、愛おしそうに目尻を下げた黒尾くんは、「うん、行こっか」と甘く優しい声と共に頷き返してくれた。
さっき一瞬。一瞬だけ、黒尾くんの声が強ばった気がしたけれど、勘違いだったのだろうか。
ほっ、と胸を撫で下ろしつつ、持ったままだったスマホをポケットへ仕舞う。何となく肩越しに後ろを見ようとすれば、咎めるように左手を掴む手に力が込められた気がして。振り返ろうとした視線を黒尾くんへ向けてみたけれど、黒尾くんは真っ直ぐ前を向いたまま此方を見ようとはしなかった。
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