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三年生秋(9)

合宿二日目夜。午後の練習を終えると、かおりが言っていた花火の時間へ。梟谷のコーチさんが用意してくれたと言う大量の手持ち花火。点火棒やバケツ、ゴミ袋を準備をすると、着替えを終えた選手たちが集まって来たところで、早速花火を始めることに。
何気なく手に取ったススキ花火に火をつける。赤、白、黄色。体育館横の空き地に飛び散る火花が何とも目映い。賑やかで明るい声に包まれた空間に目尻を下げているよ、一緒に花火を楽しんでいたかおりが、「にしてもさあ」と少し拗ねた声を零した。


「まさか赤葦と叶絵ちゃんが付き合ってたなんて……」

「それねー。しかも名前は前から知ってたみたいだしー」


ジト目で見てくる二人に苦笑いを浮かべる。
夏休み最終日。焼肉屋に向かう道すがらで聞いた赤葦くんと叶絵ちゃんの関係は、どうやら今日までかおり達の耳には届いていなかったようだ。
「焼肉屋さんに行く途中で教えてくれたんだよ」と伝えると、あの時か!と驚いた様子で二人は顔を見合せた。


「なるほど。勝手に話していい内容じゃないって、そういうことね」

『そういうことです』

「けど、名前には報告したくせに、うちらに黙ってたって言うのは地味にムカつく〜」

「それは分かる。後で肩パン食らわせよ」

「それな」


花火の火が消えたのと同時に、木兎達と花火に興じる赤葦くんを横目で見遣ったかおりと雪絵。少し意地悪く笑う二人だけど、瞳はどこか柔らかい。「お手柔らかにね」と眉を下げたとき、なあ、と背後から掛けられた声。振り向くと、未開封の花火セットを持った木葉の姿があって、「どうしたの?」のしゃがんだ状態で木葉を見上げると、差し出された花火セットに瞬きを繰り返した。


「開けてねえヤツがまだまだ残ってんだよ。これはお前らで消費してくんね?」

「うちらのヤツもまだ沢山残ってるんですけどー」

「ゆっくり楽しみたいから、お持ち帰り願いまーす」

「てめらな…………」


悪ノリした返事をするかおりと雪絵に木葉が頬を引き攣らせる。確かに雪絵が確保してきた花火セットはまだ沢山残っている。けれど、消費に困っているみたいだし、何より沢山楽しめるならもう一つくらいあってもいいんじゃないか。
「もう一つくらい貰ったら?」と受け取ることを促してみると、ふと何かを思いついたように使い終えた花火をバケツに捨てたかおり。すると、やけにいい笑顔を見せたかおりは、「じゃあさ、」と開封済みの花火セットを持ってその場に立ち上がった。


「こっちは私と雪絵で消費するから、そっちは木葉と名前で何とかしてよね」

「っ、は…………な、なんでそうなるんだよ!?」

「分担よ、分担」


「行こう、雪絵」と掛けられた声に、何かを察した様子で「りょうかーい」と立ち上がった雪絵。そのまま離れて行こうとする二人に、「一緒にやらないの?」と尋ねれば、「うちらコーチに用があるから」「ちょっと行ってくるね〜」と手を振られてしまう。そういうことなら仕方ないだろう。いってらっしゃい、と手を振り返してみせると、「木葉、名前のこと一人にしないでよ、」と言い残して二人はそのままコーチさんの方へ。
やっぱり主催校のマネージャーって忙しいんだな。離れていく二人の背中を見送りつつ、チラリと横目で木葉を見上げる。怒っているのか、戸惑っているのか、呆れているのか、なんとも言い表しにくい表情を浮かべる木葉。折角の花火だし、やっぱり木兎達と楽しみたかったかな。しゃがんだまま目線を下へ落とした時、たくっ、と仕方なさそうな呟きと共に近くなった木葉の気配。そろりと視線を横に向ければ、仏頂面で花火セットを開封する木葉の姿が。


『……あの……木葉?』

「……なんだよ」

『木兎たちと楽しみたいなら、あっちに戻っていいからね?』

「は???」


動かされていた手が止まる。怪訝そうにこちらを見てくる木葉に、何となく膝を抱えてしまった。


『この花火、合宿メンバーの思い出作りにって、コーチさんが用意してくれたものなんでしょ……?なら私とじゃなくて、木兎たちとか音駒や烏野の皆とした方がいいんじゃ……』

「……思い出作りとか今更だっつーの」

『っ、え???』


聞こえてきた意外な台詞に視線が持ち上がる。見開いた目で木葉を見れば、止まっていた手が再び動き出し、沢山の花火の中から二本のススキ花火が取り出された。


「三年間一緒に合宿してんだぞ。アイツらとの思い出なら腐るほどあるんだよ」


「木兎たちとなら尚更な」と付け足した木葉は、ん、と取り出した花火のうち一本をこちらへ。慌ててそれを受け取ると、今度は点火棒に手を伸ばした木葉。かちっ、と鳴ったレバー音。細長いノズルの先に点った火が、花火の花弁に移される。
シューッと音を立てて黄色い火花を放ち始めた木葉の花火。何度見ても綺麗な光景に見惚れていると、ほら、と促す木葉声に、渡された花火の先端を黄色い火花に近づける。散り始めた白い火花。交じり合いながら地面に落ちていく白と黄色の火花に、ほう、と感嘆の息を漏らした。


『……キレイだね』

「……ん」


短いけれど穏やかな答えに目を細める。木葉と二人、座り並んで花火を楽しんでいると、火の勢いが弱まってきたところで、そういや、と思い出したように木葉が口を開いた。


「……昼間、仁科さんが来てたな」

『うん、来てたね』

「うまくいったんだな。赤葦と仁科さん、」

『みたいだね』


「幸せそうで良かった」と顔を綻ばせると、微かに目を丸くした木葉。きっと心配してくれたのだろう。言葉に滲む優しさに胸が温かくなる。散っていた火花が地面に落ちて消えていく。黄色と白。火花の消えた二つの花火をバケツの中へ捨てると、次の花火に手を伸ばして今度は私が先に火をつける。パチパチと音を立て、火花を散らし始めた二本目の花火。多分ススキ花火じゃない。なんと言う花火何だろう。
はい、と木葉の花火にも火を移すと、さんきゅ、と呟き返した木葉。雪の結晶みたいに地面に降り落ちる火花に目を細めていると、「もう大丈夫みたいだな」と隣で呟かれた声に、視線を花火から木葉へ移す。


『うん、もう全然平気。赤葦くんと叶絵ちゃんが上手くいって、本当に良かったって思ってる』

「……そっか」

『……ありがとね、木葉。今までずっと……心配してくれて、助けてくれて』

「……助けてるつもりなんてねえって言っただろうが」

『うん、聞いた。でも……それでもやっぱり、お礼が言いたくて、』


「ありがとう」と笑顔で紡いだ感謝の気持ち。照れ臭そうに唇を尖らせた木葉は、そっぽを向いて目を逸らす。赤くなった横顔に小さく笑っていると、「「「潔子さん!!」」」と聞こえてきた声に視線をそちらへ。
「ゴミは俺たちが運びます!」「いい、大丈夫」「ほ、他にお手伝い出来ることは!?」「ない、大丈夫」「夜でも流石の美しさっす!!!」「………」「「「ガン無視でもいい……!!」」」
花火のゴミを運ぼうとする清水さん。そんな清水さんに付いて回っているのは、西谷くん、山本くん、田中くんの三人である。恍惚とする三人に目もくれず、集めたゴミを校舎へ運ぶ清水さん。クールだなあ、と清水さんの背中を見つめていると、「アイツら何やってんだか」と呆れたように零した木葉に、ふと頭に浮かんだ田中くんの台詞。

“あの二人……夏合宿の時、あろうことか潔子さんをナンパしようとしてたんすよ!!”

ナンパかどうかはさておくとして。
木葉が本当に、本当に清水さんに惹かれているのだとしたら。彼女に対して、特別な感情を持っているのだとした。それはやっぱり、応援するべきじゃないのだろうか。いつの間にか伏せていた瞳がゆらりと揺れる。微かに胸を曇らせているのは、きっと、寂しさだ。
本音を言うと、木葉の口から聞きたかった。木葉に直接、聞きたかった。何度も何度も、私を助けてくれた木葉。そんな木葉に何かしたかった。木葉のために、何かしたかった。だからこそ、出来ることなら木葉から教えて欲しかった。相談とか、そんなんじゃなくてもいい。ただ話してくれるだけでも、話し相手になれるだけでも、木葉にとって特別な人の話を、話せる相手になりたかった。だから寂しかった。何も知らかったことが、寂しかった。
自分勝手なわがまま過ぎて、自分を笑ってしまいそうになる。でも、これが本心。木葉の気持ちを何も知らず、助けて貰ってばかりの、私の本心。
伏せた瞼を持ち上げる。隣にいる木葉の顔を盗み見ると、火花の消えた花火を持ったまま、視線を再び地面に落とした。


『……あのさ、木葉、』

「?なんだよ??」

『…………私…………応援、するからね、』

「は??なにを????」

『………実は…………田中くんから、聞いちゃって。その……木葉が………清水さんのこと、好きだって、』


「………………………………………………………は?????」


たっぷり数秒。随分と長い間を開けて吐かれた間抜けな声。唖然とした顔で見つめて来る木葉に、更に顔を俯かせてしまう。


「い、いやいや。いやいやいやいや!ちょっと待て!!は??俺が、清水さんをって………は!?!?何でそんな話になるんだよ!!」

『だってその……木葉、清水さんをナンパしようとしてたんでしょ?』

「はあ?ナンパって………………あ、」


やはり思い当たることがあったのだろう。小さな呟きと共に目を見開いた木葉。やっぱり、とチラリと木葉に視線を向けると、「い、いや!違えから!!」と声を上げた木葉は慌てて首を振り始めた。


「確かに声は掛けようとしたけど……!でもあれは、そういうんじゃねえから!!」

『別に隠さなくても……ナンパって言うと悪く聞こえるかもしれないけど、気になる人に声を掛けるのは普通のことだし、』

「だから違うんだっつーの!そもそも!!俺が好きなのはっ……!!」


張り上げられていた声がピタリと止まる。不自然に途切れた声に顔を上げると、開いた口をそのままに固まる木葉の姿が。木葉?と小首を傾げて木葉と目を合わせると、うっ、と言葉を噤んだ木葉。
木葉は今、なんて言おうとしたのだろう。木葉が好きなのは、本当に清水さんじゃないのだろうか。
ぱちりと目を瞬かせる私に、木葉の目線が右や左へ動き出す。少ししてガシガシと荒っぽく後頭部を掻いた木葉は、少し長めのため息ののち、泳がせていた瞳をゆっくりと私へ向け直した。


「……違えから。本当に……本当に違えから」

『…………そう…………なの?』

「そうなんだって。……確かに、声を掛けようとしたのはホントだけど……でも、そういうじゃねえから。単純に、清水さんみたいな美人と、ちょっと話してみたかったんだよ。そりゃ、多少の下心はあったけど………好きとか、そういうんじゃねえから。だから、……だから絶対、勘違いすんな。俺が、俺が好きなのは、清水さんじゃねえから」


拗ねた顔で、なのにとても誠実に、真っ直ぐに伝えられた否定の言葉。そっか。そうなのか。木葉が好きなのは、清水さんじゃないのか。納得したのと同時に、少しだけ感じてしまった安心感。木葉の恋を応援したいと思っていながら、何も知らない自分に勝手に寂しさを感じて、違ったと知ったら安心してしまうなんて。ほんと、自分勝手にも程がある。
不機嫌そうに顔を背けた木葉は、使い終えた花火をバケツへと捨てる。倣うように意味もなく持っていた花火をバケツに入れようとしたとき、「……応援なんかすんなよ」と呟かれた声に、え、と動きが止まってしまう。


「簡単に、応援するとか言うんじゃねえよ」

『えっ…………と…………何か、ダメなの…………?』

「……ダメじゃねえよ、ダメじゃねえけど……………………し、清水さんに、彼氏がいるかもしれねえじゃんか」

『…………あ、』


その可能性は考えてなかった。はた、と目を丸くする私に、「考えてなかったのかよ、」と隣から小さなため息が零された。


「清水さんみたいな美人なら、彼氏の一人や二人いてもおかしくねえだろ」

『ふ、二人はおかしいけど…………でもそっか、そうだよね。その可能性は確かにあるよね』


「考えもしなかったな」と下を向いた私に、「みたいだな」と不機嫌な声で返した木葉は三本目の花火に手を伸ばす。仏頂面で花火を見繕う木葉を盗み見た後、ずっと持ったままだった花火を漸くバケツの中へ。水の張ったバケツに捨てたいくつかの花火。そろそろ入れ替えた方がいいかもしれないな、と考えつつ木葉の隣に並んで新しい花火に手を伸ばした。


『……応援しなきゃなって思ったの。木葉が、木葉が好きになった人なら、応援するべきだって、』

「……相手がどんな子か大して知りもしねえのに、簡単に応援するとか言うんじゃねえっつの」

『ほんと、その通りだよね。清水さんのこと何も知らないくせに、なに言ってんだって感じだ。……でもね、思っちゃったの。きっと清水さんは、すごく、すごく素敵な人なんだろうなって。だって、





 だって、木葉が好きになった人だから』





花火を選んでいた木葉の手が止まる。は、と小さく吐かれた声とともに、木葉の視線がこちらに動いた気がした。


『バレーが大好きで、好きなことにはすごく直向き。伝えてくれる言葉が真っ直ぐで、周りのことをよく見てる。面倒見もいいから、悩んだり、苦しんでる友達を放っておけない、友達想いで、優しい人。それが……私の知ってる、木葉だよ』

「っ」

『そんな木葉が好きになった人なら、きっと素敵な人なんだろうなって。だから、応援しなくちゃ。応援するべきだって思った』


「勘違いだったけど、」とへらりと笑って付け足した一言。それが、木葉にはどんな風に聞こえたのだろう。一瞬。本当に一瞬。泣きそうに見えた木葉の顔。けれど直ぐ、木葉の顔は俯いてしまって、流れた髪に隠れた表情は見えなくなってしまう。
逸らされた視線に少しだけ感じた気まずさ。何も言わない木葉に、花火を取ろうとした手を引っ込める。持て余した両手で膝を抱えると、少し離れた場所から聞こえた木兎の笑い声。なにを騒いでいるのだろう。気になって後ろを振り返ろうとしたとき、


「優しくなんかねえよ」

『っ、え……?』

「俺は、お前が思ってるほど、優しい奴なんかじゃない」


振り返ろうとした身体を木葉へと向ける。俯いていた顔が持ち上げられかと思うと、髪の隙間から見えた瞳があまりに真剣過ぎて。息を飲んで固まる私に、そっと伸びてきた木葉の右手。手持ち無沙汰だった私の左手を掴んだその手は、何かを願うように、強く強く私の手を握りしめた。


「面倒見がいいわけでもない。特別友達想いなわけでもない。それでもお前がそう思うのは……苗字の目に、そう映ってるのは、それは、


強く、強く、強く握られた左手。繋がれた手から伝わる体温が熱くて、



「相手が、お前だからだよ」



手が、溶けてしまいそうだ。
時間が止まってしまったみたいに、じっと私を見つめる木葉。目の前に居るのは木葉なのに。優しくて、面倒見が良くて、友達想いな木葉に間違いないのに。それなのに、今、私の手を握ってるこの人は、


木葉じゃないみたい。


ぐるぐる、ぐるぐる。頭の中を駆け巡る木葉の言葉が、握られた手を熱くする。優しくないとか、面倒見がよくないとか、友達想いじゃないとか。そんなことあるわけない。何度も何度も、私を助けてくれたこの人が、優しくない訳がない。面倒見がよくない訳がない。友達想いじゃない、わけがない。なのにどうして、木葉は否定するの。どうしてこんなに、こんなに真っ直ぐな瞳で、私を、映しているの。
言葉の意味を尋ねたいのに、唇が上手く動かせない。視線の強さに目を逸らすことさえ出来ずにいると、苗字、と再び紡がれた自分の名前。返事もせず、ただじっと見つめ返だけの私に、木葉が言葉を繋げようとしたその瞬間、


「「「木葉さん!!!!!!」」」

「『!?』」


勢いよく呼ばれた木葉の名前に、二人揃って肩を揺らす。驚きに手を離した木葉と、自由になった手を引っ込めた私。何事かと、二人で声をの方を見ると、ドタバタと駆け寄ってくる田中くん、西谷くん、そして山本くんの姿が。


「木葉さん!やっと見つけたっすよ!!!」

「苗字さんも一緒だったんすね!!」

『えっ、あ、う、うん。一緒、だったんだけど……』

「…………お前ら何しに来たんだよ…………」

「何って!木葉さんに謝りに来たんすよ!!!」


「なあ!?」と声を張り上げた田中くんに、おう!!と元気よく頷き返した西谷くんと山本くん。そんな三人に長い長いため息を零した木葉は、項垂れるようにその場で肩を落とした。
「木葉さん!生意気言ってすんませんした!!」「「すんませんした!!!」」「……よく分かんねえけど分かったから早くどっか行ってくれ」
謝る三人に、しっ、しっ、と追い払う手振りをする木葉。素っ気ない反応に怒ることもせず、「次は小見さんだな!」「ああ!!」「行くぜお前ら!!」と三人は小見くんの元へ。どうやら木葉と小見くんに謝ると言っていたのは本気だったらしい。小見くんに突撃する三人を見送っていると、隣で零された小さな小さなため息。それが何に対するものだったのかは分からないけれど、「……さっさと消費するか」と花火に手を伸ばした木葉はいつも通りの木葉で。その姿にとても、とても安心してしまった。
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