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三年生秋(8)

合宿二日目午後。昼休憩を終えた皆は、再び午後の練習へ。昼食の片付けを終えた私も見学のために体育館へ向かうと、空き時間中の日向くんが、「あ!苗字さんちわっす!!」と元気な声で挨拶をしてくれた。


『お疲れ様、日向くん』

「あざっす!苗字さんもお疲れ様です!」

『ふふ、ありがとう』


疲れを感じさせない日向くんの姿に、何だかこっちまで元気が貰えそうだ。
「今空き時間だよね?」「はい!次は梟谷とですよ!」「梟谷と烏野の試合かあ、楽しみだなあ」
和やかな会話を続けつつ梟谷と森然の試合を観戦していると、おい、と聞こえてきた少し低めの声。振り向いた先には、日向くんのチームメイトである烏野のセッターくんの姿が。確かこの子も一年生だったような。名前、なんて言うんだったかな。
「あ、影山、」とセッターくんを呼んだ日向くん。その声に、そうだ影山くんだ、と一人で納得していると、真っ直ぐ日向くんの元へ歩み寄って来た影山くん。チラリとこちらを一瞥し、小さな会釈をくれた彼に慌てて私も「こ、こんにちは、」と歯切れの悪い挨拶で応えることに。


「ちわっす」

『えっと……烏野のセッターの、影山くん……でいいんだよね……?』

「うす。影山飛雄っす」

『あ、わ、私は、梟谷学園三年の苗字です。よろしくお願いします』


ぺこ、と頭を下げた私に、影山くんは「しゃす、」と短い返事で答えてくれる。日向くんとは打って変わったクールな人だ。一年生とは思えないくらい雰囲気があるし、なんだかドギマギしてしまう。気まずさに目線を泳がせていると、「大丈夫ですよ!苗字さん!!」と日向くんが声を張り上げた。


「影山は目つきは悪いし、言葉遣いも良くないけど、慣れればそんなに怖くないんで!!!」

「ケンカ売ってんのか!!」


クールな装いから一転して、わっ!と声を荒らげた影山くん。日向くんの頭を鷲掴みにした影山くんに、「いたたたたたたっ!」と日向くんの目に薄らと涙が。慌てて止めに入ろうとしたとき、「お前らなに騒いでんだ?」と菅原くんと田中くんがやって来て、先輩達の登場で解放された日向くんは俊敏な動きで影山くんから距離を取った。
「そういうとこだぞ影山!!」「あ゛???」「お前らまたケンカしてんのかよ?」「トムとジェリーだな」
呆れる田中くんと楽しそうに笑う菅原くん。トムとジェリー。なるほど。二人にとってケンカはコミュニケーションの一種みたいなものなのか。妙な納得感に一人で頷いていると、「苗字さん休憩中?」「お、お疲れ様です!!」と菅原くんと田中くんから声を掛けられる。「うん、二人もお疲れ様です」と労いの言葉を返すと、はう!と胸を押さえた田中くんがその場に崩れ落ちてしまった。


『え、た、田中くん!?大丈夫!?!?』

「ああ、うん。大丈夫大丈夫。ある種の発作みたいなもんだから」

『発作???』


はは、と乾いた笑顔で田中くんを見遣やった菅原くん。発作って、それって本当に大丈夫なのだろうか。ぱちぱち瞬きを繰り返して田中くんと菅原くんを交互に見つめていると、「……あの、」と影山くんに声を掛けられたことで、忙しなく動かしていた視線をそちらへ向けることに。


「なんか、見られてますよ」

『え??』

「梟谷の7番さんとマネさんがこっち見てます」

『7番さんとマネさんて、』


木葉とかおりと雪絵のこと??きょとりと瞬かせた目をコートへ移す。すると、じーっと注がれる三人からの視線に気づき、あまりの凝視っぷりに少したじろいでしまう。見られてる。なんかスゴい見られてる。もしや、烏野の皆に粗相しないように見張られているのだろうか。
注がれる視線から逃げるように再び泳ぎ始めた目線。「スゴい見てますね!」とやけに楽しげに聞こえる日向くんの声に、「気になるんじゃないかな」と菅原くんが眉を下げた。


『き、気になるって、』

「俺たちと苗字さんが何の話してるのか気にしてるんだと思うよ」

『……それは、私が粗相をしないようにってことかな……』

「え??い、いやいやいや。そういう意味じゃなくて!」


困ったように笑う菅原くんに首を捻る。そういう意味じゃないのなら、どういう意味で見られているのだろう。どういう意味?と疑問をそのまま尋ねようとしたとき、「苗字さんはあっちに居なくていいんすね」と徐に零された言葉。「あっち??」と首を傾げて影山くんを見上げると、「ベンチの方っす」と答えた影山くんに、きょとりと目を丸くしてしまう。


『べんち……?』

「他のマネさんはあっちにいますよね?」

『マネさん……かおりと雪絵のことだよね……?二人はマネージャーだから向こうにいるんだと思うけど……??』

「?なら苗字さんも向こうに行くもんじゃないんすか??」

『???』

「???」


噛み合わない会話に顔を見合わせたまま首を傾げる。見かねた菅原くんが、「影山、苗字さんはマネージャーじゃないよ」と伝えてくれると、「そうなんですか?」と漸く話が噛み合わなかった理由が判明する。


『う、うん。私はマネージャーじゃなくて、ただ手伝いに来てるだけで……』

「そうなんすか」

「六月の合宿も見学に来てましたよね!」

「バレー見るの好きなんすね」


あれ。なんだか聞き覚えのある質問なような。思い浮かんだのは、昨日の食堂でのやり取り。“梟谷のみんなのバレーが大好き”、なんて恥ずかしい答え方をしてしまった自分を思い出し、なんだか顔が熱くなる。
答えを詰まらせた私に、揃って首を傾げた影山くんと日向くん。「う、うん。バレーを見るの、好きなの、」と今回は当たり障りのない答えを返すと、「くっ……!羨ましいぜ梟谷……!」といつの間にか復活した田中くんが目元を腕で拭ってみせた。


「女子の応援があるなんて!それだけでスパイク百本決められるぜ……!!」

『そんな大層なものじゃ……。それに、女子の応援って言うなら、烏野にもマネージャーさんが二人もいるし、』

「そうだぞ田中。清水とやっちゃんの声援があれば十分だろー」

「そりゃあ!やっちゃんの応援は力になるし!潔子さんに“頑張って”なんて言われた日にゃあ、天にも昇る気持ちっすよ!!」


清水さんと谷地さんを相当リスペクトしてるのだろう。それはそれは熱く語ってくれる田中くん。梟谷には居ないタイプの人だなあ、と清水さんの素晴らしさを語り始めた彼を見つめていると、はっ!と何かに気づいたように田中くんの視線がコートの方へ。


「?田中??」

『どうかしたの??』

「二人もの美人マネと、応援してくれる可愛い同級生もいながら……!潔子さんに声を掛けようなどとなんて欲張りな……!!」


ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、コートを睨む田中くん。一体何の話をしているのだろう。日向くんや影山くんと目を瞬かせていると、「何の話してんだよ?」と菅原くんがため息混じりの問を投げる。先輩からの質問にコートを睨んでいた瞳がこちらへ向き直る。「知らねえすかスガさん!!」と声を上げた田中くんに、菅原くんは「何がよ?」とやけに冷めた目で応えた。


「梟谷のライトさんとリベロさんのことっすよ!!」

「ライトとリベロって……」

『木葉と小見くんのこと?』

「はい!!あの二人……夏合宿の時、あろうことか潔子さんをナンパしようとしてたんすよ!!」

『なんぱ???』


馴染みのない単語にオウム返ししてしまう。
ナンパ。木葉と小見くんが、ナンパ。木葉と小見くんが、清水さんをナンパ。怒る田中くんを映していた目が試合中のみんなに向く。コートでは木葉がスパイクを決めたところで、ハイタッチを交わす木葉と小見くんの姿に呆けた顔で固まってしまう。
「ナンパってなんですか?」「不埒な男が、下心丸出しで女子に声をかけることだ!!」とかなり偏った知識を影山くんに伝える田中くん。そりゃ、木葉と小見くんだって出会いを求める事もあるだろう。清水さんほどの美人となると、声を掛けたくなることもあるのかもしれない。でも、なんていうか、“ナンパ”と言う単語と、二人があまりにかけ離れているような。それに、


「軽々しく潔子さんを口説こうなんて!そんなの、『下心で、』

『下心で声をかけるのは、そんなに悪いことかな?』

「へ…………」


遮られた言葉に、田中くんの口から間の抜けた声が漏れた。


『確かに清水さんはとっても綺麗な人だし、木葉と小見くんが、その……声を掛けようとしたのは、本当なんだと思う。でもそれって、そんなに悪いことなのかな。綺麗だなとか、どんな子なのかなとか、そんな風に声を掛けることって、誰にでもあることじゃない?』

「……そ、れは……」

『あ、も、もちろんっ、それで清水さんが嫌な思いをしたとかなら話は別だし!それに、田中くんが大事なマネージャーさんを、守りたいって思ってることを否定したい訳じゃないよ!……ただ、なんていうか、その……相手のことを知りたいって思う気持ちを、悪いものとして扱って欲しくなくて……』


「偉そうなこと言ってごめんなさい」と頭を下げると、驚いた顔で固まっていた田中くんが、「いえ!そんな!!!」とブンブン首を振り始める。恐る恐る顔を上げて田中くんと目を合わせると、今度は田中くんの頭が勢いよく下へ。


「俺こそすんませんした!!!!」

『っ、え!?!?な、なにが??なんで田中くんが謝るの????』


直角に曲げられた身体に目を見張る。「か、顔上げて!」と慌てて声を掛けると、床と垂直だった身体がゆっくりと持ち上げられた。


「苗字さんの言う通りっす!」

『え???』

「些細なきっかけで生まれた下心が、本気の恋に変わることだってそりゃありますよね……!!なにせ!恋はするもんじゃなくて落ちるものっすもんね!!!」

『う、うん……??そう、なのかな…………???』

「下心が悪いもんだって決めつけてた自分が情けないっす……!!喝入れあざっした!!!」

『え、いや、あの、』

「ノヤっさん達連れて、木葉さんと小見さんにも謝らせていただきます!!」


「ノヤっさーん!!!」と止める間もなく走り去ってしまった田中くん。呆気に取られた状態で田中くんの背中を見守っていると、大きく深いため息を吐いた菅原くんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「ホントごめん、苗字さん……。アイツの発言とか行動はマジで気にしなくていいから」

『そ、そう??』

「そうそう。いちいち気にしてたらキリないから」


そういうものなのか。はは、と乾いた笑みを見せた菅原くんに苦笑いを零す。田中くんが走って行った方向に目を向けると、ふと思い出した先程の田中くんの話。


『……知らなかったな』

「え??」

『木葉が、清水さんを好きだったなんて知らなかった』


独り言のように呟いた言葉に、え、と菅原くんが目を見開く。「いや、それは、」と何か言いたげに口を開いた菅原くん。けれどそこへ、「スガー!日向ー!影山ー!!!」と三人を呼ぶ澤村くんの声が。はい!と返事をした日向くんと影山くんは、直ぐに澤村くんの元へ駆け出していく。少し遅れて返事をした菅原くんも、やけに後ろ髪を引かれる様子で二人の後を追いかけて行った。
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