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三年生夏(11)

八月半ば。AO入試当日を迎えた。
小論文に始まり、面接も終えて家に帰り着いたのは夕方になってから。いくら試験を対策して来たとは言え、不安や緊張がなくなるわけじゃない。朝からずっと気を張っていたせいか、家に帰り着いた途端にどっと疲労感に襲われてしまい、どうだった?と食い気味に聞いてくる親への返事もそこそこに就寝。
翌日の朝もまだそわそわしている両親に苦笑いしつつ朝食を食べ進めていると、メッセージの受信を告げたスマホに数回目を瞬かせる。朝から連絡してくるなんて誰だろ?食べ終えた食器をシンクに片すと、スマホ片手に自室へ。新着マークの付いたメッセージアプリをタップして中を確認すれば、先程の送り主がトモちゃんだったことが判明する。


“勉強の息抜きに、夏祭り行かない??”


絵文字や顔文字のないシンプルな文章が何とも彼女らしい。ウィンターカップまで残ることを決めたトモちゃんは、木葉達と同様に夏休みも練習に追われている。
どうしようかなあ、と少し思案していると、続けて送られてきたメッセージに小さく目を見開いた。


“浴衣着ていこうよ”


『……ゆかた?』


トモちゃんにしては珍しい提案だ。いつも動きやすさを重視した格好をしている彼女は、去年一緒に夏祭りに行った際も浴衣の私に対して、歩きづらいからと私服で夏祭りを回っていた。そんなトモちゃんが自分から浴衣を着ようと言い出すなんて。これはきっと何かあったに違いない。
返事を打とうとした手を止めて、代わりに通話アイコンをタップすることに。一回目の呼出音の途中で繋がった電話。もしもし、とスピーカーから聞こえてきたトモちゃんの声はやっぱりいつもより元気がなかった。






            * * *






日が落ちて暗くなった空。道を沿うように並ぶ提灯の明かりに照らされた夜はとても騒がしい。
トモちゃんに誘われてやって来た夏祭り。都内でもそこそこ有名な祭りな為、行き交う人の数はかなり多い。


実はこの祭り、トモちゃんは別の人と来る予定だった。


その人に見せるために、新しく浴衣を買ったというトモちゃん。けれど夏祭り数日前。一緒に来る予定だった彼、吉田くんから、夏祭りに行けなくなったと連絡が来たのだとか。
吉田くんは男子バスケ部のエースで、彼もウィンターカップまで部に残ることを決めたらしい。そんな吉田くんにトモちゃんは二年生の時から惹かれていた。彼に夏祭りに行かないかと誘われた時、トモちゃんはきっとすごく、すごく嬉しかったと思う。少しでも可愛い姿を見てもらいたいと浴衣を買い、ヘアサロンで髪のセットまで予約していたと言うトモちゃん。けれどそんな彼女に告げられたキャンセルの連絡。なんでも、急遽練習試合が組み込まれたらしく、祭りに行けるか分からなくなってしまったのだとか。曖昧な予定で約束するのも忍びないからと約束そのものを取り止めにした吉田くん。すごくショックだった筈なのに、トモちゃんは「練習試合ならしょうがないよね」と電話越しでも分かる空元気を見せていた。
吉田くんた夏祭りに行けないのは仕方ない。けれどこの夏、折角買った新しい浴衣。それをこのまま着ずに終えるのは勿体ないと言うことで、去年と同じく私を誘ってくれたトモちゃん。最初は受験生であることを気にして誘う事を躊躇したらしいのだけれど、吉田くんとの事も誰かに聞いて欲しかったらしく、ダメ元で私に連絡したらしい。

立ち並ぶ屋台の入口付近で待ち合わせているせいか、近くの屋台から香ってくる美味しそうな匂いに空腹が刺激される。とてもじゃないけど、吉田くんの代わりは私に務まらない。でもせめて。屋台で美味しものを食べたり花火を見たりして、トモちゃんの気持ちが少しでも明るくなれば嬉しい。
待ち合わせより早めに着いたため、暫く携帯を触って時間を潰していると、「名前!」とトモちゃんが手を振って駆け寄ってきたくれた。


「ごめん!待たせた??」

『ううん。というか時間ピッタリだよトモちゃん。私がちょっと早く着いてただけだし』

「五分前には着くはずつもりだったんだけど、歩きづらくて……」


むむっ、と忌々しそうに足元を下駄を見るトモちゃん。「浴衣だし仕方ないよ」と苦く笑ってみせると、諦めたようなため息を零したトモちゃんが、浴衣と言えば、と私の格好を確認しだす。


「名前の浴衣、去年と違くない??」

『あ、私二着持ってて、』

「去年のも可愛かったけど、今年のもいいね。なんか大人っぽい」

『え、ほんと??……嬉しいな……』


照れ臭さを誤魔化すように頬っぺたを掻く。
今日着てきた浴衣は紺地に白い椿が散りばめられており、差し色の赤い帯がとても素敵で以前祖母が買ってくれたものだ。トモちゃんのようにヘアサロンには行けなかったけれど、髪も試行錯誤して何とかアップに。夏休み中はサボり気味になっていたメイクも今日はしっかりやって来た。
「ほんとだよ。似合ってる」と笑ってくれたトモちゃん。そんな彼女の浴衣は黄色い牡丹の花に彩られた白い浴衣で、撫子色の帯も相まってとても女の子らしい。可愛らしいトモちゃんの姿に、少しだけ吉田くんを恨めしく思ってしまう。
「トモちゃんの浴衣も可愛いね」「……そうかな、」「うん。すごくよく似合ってるよ」「……ありがと、名前」
ちょっと複雑そうに笑うトモちゃん。そうだよね。だって本当は吉田くんに褒めて貰いたかったんだもんね。
両脇に立ち並ぶ屋台の間を二人で歩く。カラカラと下駄を鳴らして歩くトモちゃんの姿はやっぱり新鮮だ。後で一緒に写真を撮ってかおりと雪絵にも見せようと考えていると、あっ、と何かに気づいたトモちゃんが足を止める。


「ねえ名前、冷やしパイン買ってもいい?」

『あ、いいね。買っちゃお買っちゃお』


二人で一緒に購入した冷やしパイン。屋台裏の脇道に出て食べると、パインの果汁が口の中いっぱいに広がって思わず口元が緩む。「美味しいね」「だね」と二人で笑い合いながら食べ終えると、残った串を買った屋台で捨てさせて貰うことに。快く串を受け取ってくれた屋台のご主人にお礼を言いつつ、また人の流れに従って歩き出そうとした時、


『っ、わっ……!』

「おっ、と、」

『す、すみませんっ!』

「いや、こちらこ………………名前ちゃん?」

『えっ…………く、黒尾くん???』


振り返った矢先、誰かにぶつけてしまった右肩。少しよろつきながらも謝罪を口にすると、見上げた先にいる人物に目を丸くする。
練習終わりなのか、黒いTシャツに赤いジャージパンツと随分とラフな格好をしている黒尾くん。よく見ると彼の後ろには夜久くん達音駒バレー部の姿もあって、私に気づいた夜久くんが「あれ?苗字さん?」と目を見開かせた。


「すげえ偶然だね」

『ほんとだね。部活終わりに皆で来たの??』

「そうそう。研磨とか帰ったやつもいるけどな」


黒尾くんの隣に並んだ夜久くん。「浴衣可愛いね」とさらりと褒めてくれた夜久くんにちょっとだけ照れてしまう。すると、一連の流れを見守っていたトモちゃんにくいっと浴衣の袖を引かれて、「知り合い?」と尋ねて来たトモちゃんに頷いてみせた。


『うん。前に話した音駒バレー部の、』

「ああ、例の、」


納得。とばかりに頷いたトモちゃんが改めて音駒の皆に目を向ける。「苗字さんのお友達?初めまして」「こんばんは」「ちわっす!!」「こんばんは!」と各々挨拶してくる音駒のみんな。こんばんは、と愛想良く応えるトモちゃんを尻目に何となく目の前の黒尾くんを見上げると、ぱちりと目が合った瞬間、黒尾くんの視線が不自然に逸らされた。


『?黒尾くん??』

「や、その……あ、あー……………………ゆかた、」

『え??』



「……浴衣、すげえ似合ってて……やばいわ」


いつもの余裕がある表情とは違う。少し赤くなった目尻と柔らかく細められた瞳。隠すように口元に押し当てられた手の甲に、思わず私まで赤くなってしまう。
逸らされていた視線がいつの間にかじっと私を捉えている。形成逆転。今度は私が目をそらす番だ。ぼっ!と火がつきそうな勢いで赤くなった顔を隠すために下を向く。「噂通りの人だね」と感心したように笑ったトモちゃん。揶揄う彼女を、もう、と肘で小突いた時、カゴ巾着に入っていたトモちゃんのスマホが鳴り出した。
ちょっとごめん、と一言断ってスマホを取り出したトモちゃん。画面に表示された名前を見た瞬間、トモちゃんの目が大きく見開いた。


「吉田……?」

『え、』

「ご、ごめん名前。ちょっと出ていいかな?」

『う、うん!もちろん!!向こうに移動しよ!』


慌てて屋台裏の脇道に戻った私とトモちゃん。不思議そうに目を瞬かせた音駒の皆も釣られたように脇道へ。
もしもし、と電話を取ったトモちゃんをハラハラしながら見守る。一体なんの電話なのだろうとトモちゃんを見つめていると、トモちゃんが突然「えっ!」と突然驚いた声を上げた。


「そ、そんな急に……!私今名前といるんだよ!?行けなくなったって言ったのは吉田なのに……!」

『と、トモちゃん?どうしたの??』

「…………それが…………。…………吉田が、来てるみたいで、」

『え!!』


少し言いづらそうに告げられた言葉に目を見張る。「ほんとに?」と聞き返せば、トモちゃんから返ってきた小さな頷き。
吉田くんが来てる。どうして、なんて聞かなくても分かる。吉田くんは会いに来たんだ。トモちゃんに、会いに来たんだ。行けなくなったと伝えながらも、本当は彼もトモちゃんと祭りに来たかったのだ。
繋がったままのスマホを片手にトモちゃんの視線が下を向く。迷うように瞳を揺らす彼女に、右手が思わず動き出した。


『もしもし吉田くん?』

「!?ちょ、名前!?」


トモちゃんの手から奪ったスマホを耳に押し当てる。苗字?とスピーカーから聞こえてきた戸惑った声に、勢いに任せて言葉を続けた。


『屋台が並ぶ道の入口に、時計台があるの分かる??そこにトモちゃん行かせるから!』

「は、ちょ、ちょっと名前っ、私は、」

『……浴衣、すっっっごく可愛いよ。トモちゃん』

「っ、」

『その浴衣着てるとこ、本当は誰に見せたかったの?誰に見せるために買ったの?』

「そ、れは…………」


言い淀んだトモちゃんの右手を掴む。奪ったスマホを手渡すと、まだ少し揺れている瞳と目を合わせた。


『そんなに可愛いんだから、一番見てほしい人に見てもらうべきだよ!』

「………名前………」

『ほらっ、早く行かないと、吉田くん待ってるよ!』

「でも、それじゃあ名前が……」



「なら、名前ちゃんは俺らと回そうぜ」



引き寄せられた肩に身体が傾く。とんっ、と左腕がぶつかった大きな身体。見上げた先には穏やかに笑う黒尾くんの顔があって。ね、と同意を求めるような問いかけに慌てて頷くと、少し不安げに眉を下げたトモちゃんを促すように笑いかけた。


『トモちゃん、はやく、』

「っ……ごめん名前!この埋め合わせは必ずするから!!」


くるりと浴衣の裾を翻して走り出したトモちゃん。カラカラと鳴る下駄の音がやけに響いて聞こえる。
トモちゃんと吉田くんがうまく行きますように。そんな思いを込めてトモちゃんの背中を見送っていると、「友達想いなんだな」と零した黒尾くんが肩からそっと手を離した。


『友達がいたら、自然と“友達想い”になるんじゃないかな。それに……私も、トモちゃんにはいっぱい相談に乗ってもらったから。こんな時くらい、力になれたらなって』

「……そっか」


黒尾くんの目が穏やかに細まる。向けられる視線の優しさにまた恥ずかしさが込み上げてくる。じわじわと熱くなる頬。熱を冷ますようにパタパタと手で扇ぐと、「じゃ、じゃあ、私はこれで、」と帰ろうとさた私に、え??と黒尾くんが首を傾げた。


「これでって、一緒に回るんじゃねえの?」

『えっ。で、でもそれは、トモちゃんを行かせるためについてくれた嘘なんじゃ、』

「嘘なわけねえじゃん。つか名前ちゃんには悪いけど、さっきの子に感謝しなきゃだわ」

『感謝??』


「こんな可愛いかっこした名前ちゃんと回れるチャンス、貰っちゃったわけだしさ」


黒尾くんて。黒尾くんて本当に。本当にド直球。
冷まそうとした頬の熱が一気に上昇する。少しでも隠そうと顔を俯かせた時、あれ?と何かに気づいた黒尾くんが後ろを振り返る。


「あいつらどこ行った?」

『え??』


黒尾くんの声に顔を上げる。彼の視線先を追いかければ、黒尾くん以外の音駒バレー部の姿がなくなっている。
さっきまで皆居たはずなのに、あれ??と首を捻っていると、連絡を取るためかスマホを取り出した黒尾くん。慣れた手つきでスマホを操作した彼に、「連絡取れた?」と尋ねると、んー、と曖昧な答えが返ってきたのち、黒尾くんはスマホをポケットに戻してしまった。


「ダメだわ。人が多くて電波悪いのかも」

『そっか……。どこ行っちゃたんだろうね』

「どうせリエーフがトイレとか言い出して付いてったんだろ」


呆れた口調でそう言った黒尾くんに眉を下げる。私の相手をしていたせいで、チームメイトと逸れさせてしまった。ここに居れば皆戻ってきてくれるかなあ、と人混みの中から音駒の皆を探そうとしていると、「じゃあさ、」とやけに明るい声で発せられた言葉に声の相手をぱちりと見上げる。


「アイツらを探すがてら、二人で回ろっか」


返事の前に掴まれた右手。え、と戸惑う私をそのままに、黒尾くんの足は夏祭りを賑わす人混みの中に向かっていった。
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