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三年生夏(10)

高校生活最後の夏休みを迎えた。
期末試験の結果が高く評価された私は、無事にAO入試を受けることが決定。七月下旬に出願し、八月中には二次選考試験があるため、夏休み中は一般科目の勉強に加えて小論文と面接対策もしなくてはならない。
そのため、長期休み中とはいえ、平日は学校に通って先生からの面接と小論文指導。休日は学習室か自宅で一般科目の勉強。こんなに学校と自宅を往復する夏休みは小中高合わせて初めてかもしれない。先生達の愛の鞭を貰いながら、何とか入試対策を進めていると、あっという間に男子バレー部はインターハイ本戦初日へ。
勉強の合間にかおり達からの連絡を待っていると、本戦初日は雪絵から勝ち上がったという連絡が。学校の学習室で一人ガッツポーズをしていると、他の生徒に何事かと怪訝そうな顔をされてしまった。更にその翌日。夕方に届いた木葉からのメッセージには、“勝ったぞ”の四文字が。やった!と今度は廊下でガッツポーズしていると、「何やってんだ?」と担任の小林先生に目撃されてしまった。
そして迎えたインターハイ本戦三日目。明日一日だけは、どうしても応援に行きたいと両親にも先生にも伝えているため、皆が勝てば明日が初のインターハイ観戦日となる。面接と小論文対策に追われ先生と話しているうちに、気づけば日が沈む時間帯に。指導室を出て直ぐ確認したスマホ。届いていたのは、かおりからのメッセージ。


“ベスト8敗退”


簡潔で分かりやすく、だからこそ悔しさの滲んだ文字。生徒用玄関に向かおうとした足が止まる。
毎日毎日。朝から晩まで練習して、練習して、練習して。それでも、阻まれる結果となった日本一への道。
つんと痛んだ鼻の奥。熱くなった目頭から込み上げそうになったものを、必至に堪えて唇を噛み締めた。私が泣いて、どうする。一番悔しいのは、皆に違いない。練習して練習して。それでも届かなかったアイツらが、一番悔しいの決まってる。

でもまだ終わりじゃない。
みんなには、春高が待っている。

持ち直したスマホにメッセージを打ち返した。


“じゃあ、皆の優勝は、春高の舞台だね”


慰めとか期待とかそう言うのじゃない。きっと見れると、そう信じているから打った文章。木兎たちだってそう思ってるに違いない。だって、立ち止まってる皆なんて、これっぽっちも想像出来ないから。
一つ瞬きを落としてから、ポケットに戻そうとしたスマホ。その時、ブーッと携帯が震え再び画面を確認することに。


『……このは……?』


画面に表示された人物の名前を思わず呟く。震え続ける携帯は着信音の代わりだ。慌てて指導室の前から移動する。階段の傍に来たところで通話ボタンを押すと、繋がったスマホを耳に押し当てた。


『も、もしもし、木葉……?』

〈 ……悪い。今大丈夫だったか? 〉

『う、うん。私は大丈夫だけど……』


周りを伺いながら階段を降り始める。スピーカーからは少しザワついた背景音がする。おそらくまだ試合会場にいるのだろう。「……試合、お疲れさま」と在り来りな労りの言葉を掛ければ、「……おう、」といつもより力のない声で返ってきた声にスマホを握る手に力が入った。


〈 ……悪い。お前に試合見せるとか言ったくせに、その前に負けちまって、 〉

『っ、謝ることじゃないよ……!……謝って欲しくなんて、ないよ…………』


階段を降りていた足が止まる。
悪いなんて、そんな。そんな風に思わないで欲しい。私に謝ったりしないで欲しい。私はただのいち観客に過ぎなくて。
一番悔しいのは、木葉たちなんだから。
堪えた筈のものがまた込み上げてくる。泣くな私、と自分を叱咤しながら唇を引き結ぶと、「苗字、」とスマホの向こうから自分を呼ぶ声に慌てて返事をした。


『っ、な、なに??』

〈 ……春高は、絶対勝つから 〉

『え……』

〈 一番多く試合して、一番最後までコートに立つ。んで、それを苗字にもちゃんと見せるから。だから、〉


一度途切れた木葉の声。さっきまであんなにザワついて聞こえた会場の音が、今はあまりに気にならない。スマホを持つ右手に左手も添えると、聞き逃さないように木葉の声に耳を傾けた。



〈 俺たちのこと、最後まで見ててくれ 〉



凛とした声で紡がれた言葉に目尻が下がる。
そんなの、頼まれなくたって、そうするに決まってる。
口元に浮かんだ小さな微笑み。返事がない事を不思議に思ったのか、「お、おい、ちゃんと聞いてっか?」と確かめるように木葉が声を投げてくる。


『うん、聞いてる。ちゃんと聞いてるよ』

〈 ならいいけどよ…… 〉

『……あのね木葉。私、推薦入試受けることになってるの』

〈 ……は……?推薦入試って、 〉

『上手くいけば、九月には受験勉強が終わるかもしれない。もし、もしそうなったら……春高は全部見に行くから。木葉達が勝つところを、最初から最後まで、全部見に行くから』

〈 っ、 〉


気のせいか。電話の向こうで、木葉が息を呑んだように思えた。
木葉?と反応のない相手に声をかける。返事の代わりに聞こえて来た小さなため息。呆れられるような事を言っただろうかと首を傾げていると、「ほんっっっと。お前って、」と耳に届いた穏やかな声にその先を尋ねようとした時、


〈 …………あ、悪い。小見達が呼んでるから行くな 〉

『えっ、あ、う、うん。分かった。また学校でね、』

〈 おう。…………苗字、 〉

『?なに?』

〈 ……ありがとな。それと、……推薦入試、頑張れよ 〉


言い終えたと同時に切られた通話。返事をさせて貰う間もなかった。ありがとうって私も言いたかったのに。頑張るよって私も伝えたかったのに。
通話終了の文字を見せるスマホにちょっとだけ拗ねながら、画面を切ったそれをポケットの中に仕舞いこむ。全部見に行く。そう告げた以上、推薦入試は成功させたい。それに、頑張れと応援してくれた木葉の言葉にも応えたい。
よし、と小さく頷くと、下りかけていた階段を足早に駆け下りていく。帰ろう。早く帰って勉強しよう。木葉達のようにとまでは行かなくても、私だって頑張ろうと思える事が今はあるのだから。
靴箱で靴を履き替えて校舎から出る。校門に向かって歩き出した足は、いつもよりとても軽く感じた。
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