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三年生夏(9)

縦横無尽にコートを駆け抜けた日向くん。誰よりも早く、高く跳んだ彼の手に、どんぴしゃで上げられた鋭く正確なトス。置いていかれたブロッカーが跳んだのとほぼ同時に決まったスパイクが、彼らの攻撃の速さを物語っている。


『……すごい……』


目を奪われて動けない私に、「あれは見蕩れるよね」とかおりと雪絵が仕方なさそうに笑った。

現在梟谷学園で行われている男子バレー部の合同合宿。一泊二日で行われるその合宿を、見学に来たのはつい先程のこと。梟谷のみんなはもちろんだけれど、先程昼休憩中に知り合った烏野の彼らがどんなバレーをするのかと胸を躍らせていると、想像を超える攻撃を繰り広げた彼らに、目を奪われずに要られない。
体育館横の出入り口から、かおり達と一緒に烏野と生川の試合を見つめる。再び決まったとんでもない速さの攻撃に、ほうっと感嘆の息を漏らす。そこへ空き時間中の梟谷の皆がやって来て、「マジでとんでもねえ速攻だよな」「分かる」とボトル片手に木葉と猿杙が横へと並んだ。


『あれって初めて見る攻撃なんだけど……』

「だろうな。あんなん俺らも見たことねえよ」

「目を瞑って跳べるスパイカーもスパイカーだけど、そのスパイカーにあんなドンピシャでトスあげるなんて神業過ぎて早々出来ないって」

『そうなんだ……』


木葉や猿杙にここまで言わせるなんて、日向くんとセッターの彼は凄すぎる。スパイクを決めた日向くんを目で追う。
さっき話した時は、勝手にリベロなのだろうと決めつけていたけれど、見た目で判断するのは間違いだと思い知る。あんな小さな身体で、自分よりも10センチも20センチも高い相手と互角以上に渡り合えるなんて。
鳥肌が立った腕を無意識に摩っていると、「注目の的だな」とやけに愉しげな様子の黒尾くんと音駒の皆が。


「おい黒尾、アイツらなんなんだよ」

「なにと言われてましても」

「速攻早すぎるし、セッターは天才だし、チビちゃんは跳びすぎだし、あとマネが美人すぎる」

「「「「「「それな」」」」」」


小見くんの声に木葉、猿杙、かおり、雪絵、黒尾くん、夜久くん深く頷く。確かに烏野の、特に眼鏡のマネージャーさんは、物凄い美人さんでさっき会釈をされただけでちょっとドキドキしてしまった。
「烏野って宮城だっけ?」「牛若と一緒かー」「インハイ予選は牛若に負けた感じ?」「いや、別んとこだったような」「はーっ、激戦区かよ」
烏野と生川の試合を見ながら会話する皆。そんな皆の声を聞きつつ、視線はやはり日向くん達へ。田中くんとハイタッチする彼の姿に頬を緩めていると、「囮効果高すぎだろ」と夜久くんが苦く笑った。


『……かっこいいね、』

「っ、は?」

『日向くん、スゴくかっこいいよね』


思わずこぼれた称賛の言葉に、周りにいた皆がピシリと固まる。「ひなたくん……?」と首を傾げた雪絵に、うん、と小さく頷き返したところで、ピーッと空気を揺らしたホイッスル音。どうやら烏野と生川の試合が終わったらしい。
試合を終えた日向くん達がコートから出て体育館脇へ。可愛らしいマネージャーの女の子と一言二言話した日向くんは、ふとこちらに気づくと、ぱっ!と表情を輝かせる。ぶんぶん手を振ってくる彼に、小さく笑って手を振り返していると、「いやいや、」「いやいやいやいや!」「いやいやいやいやいやいや!!」と黒尾くんと木葉が顔を引き攣らせた。


『?なに?』

「なに?じゃねえよ!」

「日向って、烏野のチビちゃんのことだよね??え??名前ちゃん知り合いなの??」

『あ、うん。さっき昼休憩中に、』

「どんなフラグの立たせ方だよ!」

『ふらぐ??』


きょとりと目を瞬かせた私に、木葉が額を押さえる。ふらぐってどういう意味だっけ?と首を捻っていると、「名前ちゃんってさ、」と黒尾くんが恐る恐る口を動かし始めた。


「……年下がタイプとかだったり、っ、い゛って!!!!」

『!?ちょ、かおり!?雪絵!?!?』

「あ、ごめーん」

「ちょっと足が滑っちゃったー」


黒尾くんの言葉を遮るように、彼の足を踏んでしまったかおりと雪絵。二人の奇行にギョッと目を見開く。足が滑ったって、今わざと踏んでたよね?
踏まれた足を押さえて蹲る黒尾くんに、「自業自得だ」と夜久くんが半目でため息を吐く。年下がなんとかって言ってた気がするけど、その後が上手く聞き取れなかった。なんて言ったのか黒尾くんに尋ねようとすれば、「デリカシーゼロ男は放っておきなさい」「そうそう」とかおりと雪絵に腕を引かれてその場を離れることに。

その後は梟谷の試合を観戦していたのだけれど、途中ちらりと確認した烏野のコートには、いつの間にか日向くんの姿はなく、彼はコート脇で控えていた。怪我でもしたのかな?と気になりつつも、結局は梟谷の試合に目を向けてしまい、一足早く帰路に着くと言う烏野の皆は日暮れ待たずに宮城へ。
駐車場に向かう日向くんや山口くん、田中くんに遠目から手を振ると、他の烏野の人達に不思議そうな顔で見られ、慌てて手を引っ込めたのだった。


『次の合同合宿って夏休み中だっけ?』

「そー。八月入って直ぐ、埼玉の森然でみっちり一週間」

『それって烏野も来るの?』

「多分ね」

『そっか。……見に行けたらいいけど、難しいかもなあ』


音駒の皆と各校の主将達が烏野の見送りに言っている間になんとなく尋ねた問。一週間の長期合宿。是非とも見に行きたいけれど、勉強の進み次第だろう。推薦の話が決まっていたら、推薦入試の目前となるし、そうなったら見に行くのはちょっと難しいかな。
ボトルの準備に行くかおり達と別れ、体育館の出入り口脇で頭の中に夏休みのスケジュールをぼんやり立てていると、なあ、と首にタオルを掛けた木葉が傍へ。


『あ、木葉、』

「……お前さ、やたら烏野気に入ってね?」

『え?…………そうかな?』

「今ちょっと間があったぞ」


わっ、鋭い。苦く笑って頬をかくと、面白くなさそうに木葉が顔を顰める。
日向くんとセッターの彼のあの攻撃。あれには正直度肝を抜かれた。見たことのない新鮮な攻撃に目を奪われたのは本当だし、少し話しただけでも分かる日向くんの人柄の良さにも好感を持てた。だから気に入っているかいないかと聞かれたら、気に入っていると答えるのが正しいだろう。
拗ねるように唇を尖らせた木葉がそっぽを向く。お気に入りのおもちゃを取られた子どもみたいな反応だ。くすりと笑って木葉に近づく。横を向く木葉の顔を覗き込んで目を合わせると、眉間の皺を深めた木葉が「忘れてねえよな?」と不機嫌な声を向けてきた。


「言っただろ。お前が一番好きなのは、俺たち梟谷のバレー部だってことは忘れんなって」

『うん、忘れてないよ』

「……だったらいいけどよ……」


まだ少し不満そうな顔をする木葉。何がそんなに嫌なのだろうか。応援する人間が減ること?他のチームが注目されること?それとも何か別の理由?何が木葉の機嫌を損ねているのかは分からないけれど、でも、一つ言えるのは、


『烏野のバレーは目を引くし、気に入ってないって言ったら嘘になるけど……でも、ずっと見てたいって思うのは、梟谷の、皆のバレーだよ』

「……ほんとかよ?」

『本当だってば。……証拠見せろって言われたら困るけど……でも、嘘じゃないよ。私は、梟谷男子バレー部の、大っっっっファンなんだから、』


へらりと腑抜けた顔で笑う私に、木葉がきゅっと唇を結ぶ。木葉、と宥めるように名前を呼べば、降参するような溜息をついた木葉が「分かったからその顔やめろ」と右手で目を覆ってきた。
暗くなった視界に驚いて、わっ、と声が漏れる。その顔ってどんな顔だろ。とりあえずこのまま何も見えないのは困る。手を離して貰おうと、木葉の右手に自分の右手を重ねると、目元から離れた手にその手を掴まれた。


『木葉……?』

「……インターハイ、見にこれんの?」

『え……あ、ああ、えっと……受験の関係で、全部は難しいけど……でも最終日は……梟谷が優勝するところは、絶対見に行くつもり』

「……じゃあ、そこまで勝ち上がんねえとな。俺らの大ファンに見てもらわなきゃつまんねえし」


ふっと穏やかに微笑んだ木葉に、ちょっとだけ目を剥く。さっきまであんなに不機嫌だったのがウソみたい。優しくて、柔らかくて、穏やかな微笑みに、なんだかちょっと胸の辺りがそわそわする。
掴まれていた手が離される。「そろそろアイツら戻ってくるか、」とコートの方へ向き直った木葉。その横顔をちらりと盗み見た後、木葉に掴まれていた右手を、左手でそっと覆い隠した。
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