二年生秋(3)
友達になってください。なんて、そんな言葉で始まる“友達”ってあるんだな。いや、言ったのは私なんだけど。
あの日、赤葦くんに友達になってくれと頼んだ昼休み。少し驚いた顔をした赤葦くんは、数回瞬きを繰り返した後、おかしそうに小さく笑って「俺でよければ」と頷いてくれた。笑われた。でも、あの笑いはバカにしてるような笑いじゃなくて、なんて言うかもっと優しいものだった。
その日から赤葦くんは書庫で会う度に「こんにちは、」と話しかけてくれるようになった。話す機会が増える度、赤葦くんの事が少しずつ少しずつ分かっていく。
赤葦京治くん。15歳。部活はバレー部で、ポジションはセッター。本を読むのが好きで、中でも純文学をよく手に取るらしい。先輩だからと変に気を使ったりせず、話す時は必ず目を見て話してくれて、他愛のない事でもきちんと最後まで聞いてくれる。表情豊かな方ではないけれど、でも、面白いことや嬉しいことがあると穏やかに優しく笑ってくれる。
知る度に積もって行く想い。私、ズルだ。友達になってくれなんて言っておいて、こんな感情持ってるなんて。本当にずるい。でも、
「なんかさ、名前最近、可愛くなったよね」
『っ、え!?そ、そ、そうかなあー……!?』
不意に掛けられた声に肩が大きく跳ねる。
赤葦くんを意識するようになってから、朝起きる時間が少し早くなって、ちょっとだけお化粧したり、髪型を変えてみたりする事が多くなった。「今日もメイクしてるよね?」「あ、ホントだ〜!!」と顔を覗いてくるかおりと雪絵に視線が泳ぐ。にやにやと見つめてくる二人に、自然と頬が熱くなっていく。
「恋か」
「恋だね」
『っ、い、いや、そ、そんな!こ、恋っ、恋って、いや、その………それは……………』
愉しそうに笑う二人に赤くなった顔を隠すように俯く。よりによってこの二人にバレてしまうなんて。「で、相手は誰?」「誰誰?このクラスの人??」と興味津々で聞いてくる二人。言っていいのかな。友達に聞いて欲しい気持ちはあるのだけれど、赤葦くんと同じ部活の二人に言うのって、なんかちょっとズルくないのかな。
チラリと二人の顔を伺う。ワクワク顔で答えを待つ二人に、このまま黙っているのは無理そうだ。
『……あのね、』
「うん」
『その、確かに……す、……好きな人は、出来たんだけど……』
「うんうん」
『その人って、その…………………………あ、』
「「あ?」」
『………赤葦くん、です、』
「「…………え??」」
ポカンとした顔で二人がフリーズする。言っちゃった。初めて誰かに赤葦くんの事話せた。口にしたことでより一層の自分の想いを自覚する。そう。そうだ。私もう、嘘が付けないくらい、ちゃんと赤葦くんを好きなんだ。
固まったままだった二人が顔を見合せる、かと思えば、次の瞬間パアッ!と顔を輝かせ、勢いよく詰め寄ってきた。
「え!?え!?なんで??いつから!?!?」
「赤葦ってバレー部の、うちらの後輩の赤葦だよね!?!?ホント!?ホントに!?!?」
『ちょ!声大きい!!!!!』
詰め寄ってきた勢いをそのまま、声を大きくする二人の口を慌てて手で塞ぐ。そんな声で騒いでたら皆に聞こえるから!と二人を睨むと、ハッと視線の意味を察した二人がほんの少し距離を開ける。
「ごめんごめん!つい気になってさ〜」
「だってあまりに意外で!!ねえ、本当にいつから??なんで!?!?」
『そ、それは………』
グイグイ聞いてくるあたり、気を悪くさせたとこそういうことはないらしい。むしろ面白がってるな、これ。目を輝かせる二人に少し顔を俯かせる。友達と恋バナなんて中学の時以来かもしれない。
二人に詰め寄られて立ったままの状態から、一つの机を囲うように三人で座る。ほらほら!と話の続きを促す二人に、少し落ち着いてきた頬の熱が再び集まってくる。
『……キーホルダー、届けたのは知ってるよね?』
「キーホルダー?……ああ!赤葦が落としたやつ?」
『そう!……その時ね、赤葦くんが………笑ってくれたの』
「………いや、赤葦も人間だしそりゃ笑うよ??」
『い、いや、それは分かってるんだけど………でも、なんて言うか……最初に書庫であった時、表情からあんまり感情が読み取れない人だなって思っちゃった事もあってか、その後見せてくれたその笑顔が、すごく、………すごく、いいなって。……キーホルダー一つ届けただけなのに、とっても嬉しそうに柔らかく笑ってくれた赤葦くんの事を、もっともっと知りたいなって思って、』
「……ほうほうほう」
「なるほどねえ。そこからドンドン赤葦に惚れて行ったと、」
『……そ、その通りでございます』
恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしいぞ、これ。
熱い顔を冷まそうと手で仰ぐ。もう秋だと言うのに、まるで私だけ夏みたいだ。
「で?赤葦に会うかもしれないからメイクとかしちゃってるわけ??」
『う、うん……だっていつ会うか分からないし……』
「いいねいいね!乙女だね〜!!それで?いつ告るの?」
『こ……!告るって……!そんなのまだ無理!赤葦くんに友達になってくれって言ってまだ日も浅いし……。……それに、赤葦くんは私のこと、そういう風に絶対見てないだろうし……』
「でも、赤葦に“可愛い”って思われたいからメイクとかしてるんでしょ?」
『え………』
その通りだ。委員会がない日でも、偶然赤葦くんに会った時、少しでもよく見られたいってそう思うから見た目に気を使うようになったんだ。
小さく頷いた私に、かおりと雪絵が優しく目を細める。今は絶対そんな風に見てもらえてない。でも、“これから”は分からないじゃないか。赤葦くんに好かれるように頑張れば、もしかしたら赤葦くんも、“可愛い”って、“好きだ”ってそう思ってくれる可能性があるかもしれないじゃないか。
今はまだ告白なんて無理だけど、でも、いつか出来るようになりたいから、だから。
『……赤葦くんってどんな子がタイプなのかな?彼女、いたりするのかな?』
「前に木葉達が聞いてた時、彼女いないって答えてたよ」
『そ、そうなんだ………じゃあ、私……頑張っても、いいかな……?』
尋ねた言葉に二人がにっと口角をあげる。
「当たり前じゃん」「応援するよ」と肩を叩いてくれた二人に、大きく頷いて返す。
誰かに話すのって恥ずかしいけど、でも、応援して貰えるって嬉しいな。いつか、いつか赤葦くん本人に伝えられるように、少しでも振り向いてもらえる努力をしよう。
「なになに?なんの話ししてんの??」と声をかけて来た木兎を「バレー馬鹿には無縁の話よ」とかおりが軽くあしらうのを横目に、あげた視線の先に映った外の景色が、やけに鮮やかに見えた。