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二年生秋(2)

たった一度。たった一度笑顔を向けられて恋に落ちるなんてそんな漫画みたいなことが本当にあるのだろうか。
自分の中に生まれた何とも信じ難い感情。アッサリと受け入れるには、あまりに唐突すぎる想いに小さく息を吐いていると、隣の席で談笑していた木葉と木兎が不思議そうに「?どした?」と声を掛けてきた。


『……いや、別に。二人は今日は学食行かないの?』

「行く!今から!!けど、赤葦たちが来るの待ってんの!!」


え、赤葦くんが来るの?
机に突っ伏していた顔を上げ、手櫛で髪をといてみる。……いやいや、何してんの私。なんで髪なんて気にしてんの。赤葦くんは別に私に会うために来る訳じゃなく、木兎達に用があって来るんだから。
自嘲気味な笑みを小さく浮かべて、再び机に顔を伏せる。「苗字は飯食わねえのー?」という木兎の問いかけに「雪絵の購買待ち」と答えると、納得したように、ああ!と木兎が声を上げた所で、「お、来た来た」と木葉の声が聞こえる。


「すみません、お待たせしました。少し担任と話していて、」

「いいっていいって!んじゃ、早速飯食いに行こうぜ!!」


赤葦くんだ。赤葦くんの声がする。
少しだけ高鳴る心臓の音。なんで私緊張してんだろ。別に話しかけられたわけでもないのに。顔を隠すように更に腕に額を押し付けていると、「……あの、」と突然上から降ってきた声に、肩が大きく揺れる。


「……苗字先輩、少しいいですか」

『え!?あ!は、はいっ!な、なにかな???』


名前呼ばれた。今初めて、赤葦くんに呼ばれた。
ガバッ!と音がつきそうな程勢いよく顔を上げると、目の前には赤葦くんが立っていて、「どうぞ」と机の上に置かれた白い袋。え?と目を瞬かせて袋と赤葦くんを見比べると、小さく微笑んだ赤葦くんが「キーホルダーのお礼です」とやけに穏やかな声で答えてくれる。


『そ、そんな、お礼なんていいよ……!偶然見つけて届けただけだし……』

「けど、あんな時間までわざわざ待って届けて貰ったので、」

『委員会で帰りが遅くなるついでだったし、』

「委員会が終わるの、確か18時ですよね?1時間半も待っててくれたってことじゃないですか」

『そ、れは………』


う、と言葉を詰まらせた私に「貰ってやれよ」と木葉から更なる促しの声が掛かる。偶然見つけて、気まぐれで届けただけなのに、本当にお礼なんて貰っていいのだろうか。
チラリと伺うように赤葦くんを見上げれば、「ただのコンビニ菓子なので、気にしないでください」と随分と優しく返された声。ここまで言ってもらって受け取らないのは逆に失礼かもしれない。「……あ、ありがとう、」と少し上擦った声でお礼を受け取った私に、「お礼を言うのは俺の方ですよ。ありがとうございました」と少し可笑しそうに眉を下げた赤葦くん。
律儀な人。ただ偶然キーホルダーを届けただけの、今後関わるような事があるかも分からないようなそんな相手に、改めてお礼を伝えに来てくれるなんて。
昨晩帰り際に感じていた温かさが再び胸を覆っていく。おかしいな。一目惚れとかそういう類はあんまり信じてなかった筈なのに。「失礼します」ときっちり挨拶を残し、木兎や木葉と共に教室を出ていく赤葦くんを目が追いかける。

ああ、これはもう認めるしかないかもしれない。もっともっと知らなきゃ、はっきりとは口に出来ないけれど。でも、少しくらい気づいてあげなければ、この想いが可哀想だ。胸の奥にじんわりと広がる温かな気持ち。私は今、赤葦くんに、恋をしようとしているのだ。

受け取った袋の中を覗き込んでみる。中に入っていたのは、コンビニでよく見る、少しお高いチョコとスナック菓子の二つだった。






            * * *






『「あ、」』


重なった声と同時にかち合った視線。
昼休み。二度目の委員会で訪れた書庫の扉を静かにスライドさせて入って来たのは赤葦くんだった。


『こ、こんにちは、』

「こんにちは」


丁寧なお辞儀の後、書庫の奥の方へと姿を消した赤葦くん。どうやらお目当ての本は随分と奥にあるらしい。気になって視線で彼を追い掛けると、純文学コーナーの戸棚で足を止めた赤葦くんは、並ぶ本からさらりと一冊引き抜くと、すぐさまカウンターへと戻ってくる。随分アッサリ決めるんだな。
少し驚きつつ、見ていたことがバレないように視線を前へ戻す。「これ、お願いします」と差し出されたのは、やっぱり何処か難しそうな古く分厚い本である。


『……赤葦くんて、こういう本好きなの?』

「え?」

『い、いや、その、……この前も純文学って言うのかな?こんな感じの本返してたなあって思って、』

「ああ。……まあ、そうですね。新刊やライトノベルも読んだりしますけど、」

『え?そうなの?てっきり難しそうな本ばっかり読んでるのかと思った』

「そんな事ないですよ。わりとその時の気分です」


あ、今私、なんか普通に赤葦くんとお喋りしてる。「ミステリーやホラー小説も好きですよ」と更に付け足した赤葦くんに、ジャンル問わず読むんだなあと感心してしまう。


『あ、じゃあ恋愛小説とかは?流石に読まないんじゃない?』

「………いえ、読まないことはないですよ。勧められれば読みます。……ただ、自分では選べないので、中々読む機会はないですけど、」

『そっかあ。逆に私は、読むとしたら恋愛とかファンタジーとかそう言うジャンルばっかり。……なんか子供っぽいね』

「いえ、好きなものは人それぞれなので、子供っぽいとかないと思います」


そう言って当然のように首を振ってくれた赤葦くん。ミーハーだとか子供っぽいとか言われてもしょうがない本の選び方でも馬鹿にしないでくれるんだ。なんて小さく胸を高鳴らせ、赤葦くんから受け取った本のバーコードを読み取ろうとしていると、「……あの、」と直前に声を掛けられ、リーダーを動かす手が止まる。


『?なに?』

「……苗字先輩は、恋愛小説は読まれるんですよね?」

『え?あ……う、うん。そう言うのなら、たまに』

「オススメとかありますか?」

『え、』

「そう言うジャンルで、オススメの本とかありますか?」


オススメの本。私の、オススメの本。
どういう意図で聞いてくれてるんだろ。いや、多分普通に自分が読まないジャンルの本が気になるだけなのだろうけれど、でも、その、なんと言うか、それだけだと分かっていても、“私の”オススメを聞いてくれる事を嬉しいと思う自分がいる。
とくとくと小さく音を立てる心臓の音。それを隠すように慌てて席を立つ。「ま、待ってて!」と声を掛け、恋愛小説が置かれている戸棚から目当ての本を見つけてカウンターへ戻ると、「これ、」と両手で持った本の表紙を赤葦くんに向かって掲げみせる。


『中学の頃の読んだ本なんだけど、すっごく胸が切なくなるの!私も人に教えて貰って読んで、あんまり有名な作品ではないみたいなんだけど……』

「……読んだことなさそうだな……。…あの、やっぱりこっちにしていいですか?」

『え??』

「借りる本、先輩のオススメの方にしてもいいですか?」


他意のない、本当に他意なんてないのだろう言葉。普段読まないジャンルの本が気になってそう言ってくれただけなのだろう。
「…… わ、わりと王道な恋愛小説だけど……」「じゃあ、かなり新鮮な気持ちで読めますね」と微かに微笑む赤葦くんに、緩みそうになった頬を隠すため、きゅっと唇を引き結ぶ。


『だ、大丈夫!まだバーコード通してないし……。でも、本当にいいの?かなり、その……少女漫画みたいな感じだと思うけど…?』

「知り合いに面白い恋愛小説はないかって聞かれて困っていたので、先輩のオススメが俺のオススメの恋愛小説になってくれるならむしろ有難いです」

『な、なるほど、そういう、』


やっぱり理由があったのか。それでも嬉しい事には変わらないけど。
持っていた本を今度こそ読み取って貸出の手続きを終える。「どうぞ、」と赤葦くんに本を手渡すと、「ありがとうございます」と本を受け取った赤葦くんは、随分と優しい手つきで本の表紙を撫でてみせる。大きくて綺麗な手。赤葦くんって他に何が好きなのかな。本と、あとバレー以外に、何が好きなのかな。勉強は得意そうに見えるけど、実は苦手だったりするのかな。


知りたいな。もっと、色々。
赤葦くんのことが、知りたいな。


『あ、あの、赤葦くん、』

「?はい?」


本から顔を上げた赤葦くんと目が合う。
まだ意識したばかりの小さな小さな想いだけど、でも、これからもっと赤葦くんの事を知っていけば、この想いがもっともっと大きくなるのかな。


『私と、友達になってください!!!』


少し上擦った情けない声。赤くなった頬に彼は気づいているのだろうか。
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