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三年生春(14)

「それで……頷いちゃった、と、」

『は、はい…………』


居心地悪そうに小さく身を縮めた名前に全員が揃ってため息をつく。昼休みの部室。名前から話したいことがあると言われて集まったのは、私と雪絵とトモ、それに木葉と猿杙の五人。「なんでこの面子?」とトモが至極不思議そうに首を傾げていたけれど、お弁当を食べながら聞いた名前の話に、なるほどだから木葉達まで呼ばれたのかと納得する。

黒尾くんが、名前に告白したらしい。

名前曰く、まだ告白ではないとのことだけれど、話を聞く限りどう考えても告白である。
話し終えた名前は耳まで赤くなっていて、少し不安そうにしながら木葉の様子を伺っている。当の木葉はかなりイラついた様子でひくひく頬を引き攣らせていて、前回黒尾くんとの事で木葉と揉めた名前からすると、この話を聞いた木葉がどんな反応をするか不安なのだろう。だからこうして私たちと一緒に話を聞かせることにしたのだ。
猿杙の肘に小突かれた木葉が分かってると言いたげに唇を尖らせる。「……そんで?」と漸く口を開いた木葉に、名前の肩が小さく揺れた。


『そ……それで、って……?』

「……黒尾に好きだって言われて、…………ど、……どう思ったんだよ??」

『どうって……そりゃ誰かに好きって言われたことに悪い気はしないけど……でも、黒尾くんのことはそういう意味で好きじゃないし……特には…………』

「……ふーーーん…………」


あ、今こいつ、内心めちゃくちゃ安心してるな。
隠すように名前から背けた顔。その横顔が微かに緩まっていることに気づく。ジト目で木葉を見つめていると、「黒尾もやるねえ」と感心した様子で猿杙が笑った。


「あのさ、てことは名前は、これからもその黒尾って人と仲良くしてくってことだよね?」

『……そうなる……かな……』

「断っちゃえば良かったのに。学校が違えば会うことなんてほとんどないんだから、気まずさとかないだろうし」

『……最初はね、断った方がいいかなって思ったの。その方が変な期待もさせないだろうって。……でも……でもね、私……分かっちゃったの。その……黒尾くんの気持ちが。相手のことを知りたい、自分のことを知って欲しいって思っちゃうのが』

「あー……それは仕方ないかあ」


少し落ち込んだ様子の名前にトモが苦く笑う。
多分名前は重ねちゃったのだ。黒尾くんが名前の事を好きな気持ちと、名前が赤葦を好きな気持ちを。
結果として名前の気持ちは赤葦に届かなかったけれど、それでも、名前はある程度関係を築いた後に気持ちを伝えていた。だからこそ名前のことを知りたい、自分のことを知って欲しいという黒尾くんの気持ちに、余計に寄り添ってしまったのだろう。まったくお人好しにも程がある。そこが名前のいい所でもあるのだけれど。
小さく笑って名前の肩に手を置くと、「でもさ、」と表情を固くした雪絵が声を上げる。なに?と言いたげに名前が雪絵を見ると、猿杙と目を合わせた雪絵は少し迷うような様子を見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「………友達として付き合う分には言う必要ないかなって思って黙ってたんだけど…………」

「……黒尾のやつ、そういう系でいい噂あんまり聞かないよね」

「あー…………それはー…………うん、まあ確かに、」


雪絵と猿杙の声に肯定の声を返す。「え、そうなの?」と顔を顰めたトモに眉を下げると、「……そういやアイツよく彼女出来てるイメージあんな」と木葉が付け加えるように呟く。


「それって入れ替わり激しいってこと?」

「というか、来る者拒まず去るもの追わず……みたいな」

「あくまでうちらも人から聞いた情報だし、全部が全部本当か分かんないだけど……梟谷グループのマネージャー達で恋バナとかする時、音駒に友達がいるって子が教えてくれたんだよね」

「黒尾くんって、告白されたらわりと誰とでも付き合うみたいで、付き合った後は部活部活で彼女は後回し」

「その結果不満を募らせた彼女から別れを切り出されて、」

「引き止めることはせずにそのままバイバイ。その繰り返し」

「…………え、普通に最低じゃない??」


雪絵と二人で森然マネージャーから聞いた話を包み隠さず伝えると、これでもかと言うほどトモの顔が歪み、それを見ていた猿杙と木葉が「マネちゃんズ情報網やべえな」「うん……」と冷や汗を流した。マネージャー情報を舐めてもらったら困る。


「だからね、名前。正直うちらとしてはあんまり黒尾くんはオススメ出来ないって言うか…………」

『あ、う、うん。その話は知ってる』

「「「「「え??」」」」」


知ってる?知ってるって、今の話を??
私たちの他に黒尾くんの情報を提供してくれる人が居たのかと「誰に聞いたの?」と尋ねれば、空っぽになった弁当箱を保冷バッグに入れた名前は、「黒尾くん」と意外過ぎる名前を口にした。ちょっと待って、黒尾くんって、


「は!?黒尾くん!?!?」

「本人じゃねえか!!」

『う、うん。本人だけど…………』

「なんで!?なんでそんな事になってんの!?」

『そ、それはその……多分誰かから聞くだろうから、どうせなら自分で話しておきたいって言って』

「「「「「(ほ、本気っぽい……)」」」」」


木葉の額からダラダラ汗が流れ始める。これは結構、ていうかかなり、わりとマジでガチな感じなのではないだろうか。
そもそも出会い方がちょっと運命的過ぎる。一年の時に偶然出会い、一年以上の時を得て再会。そのうえ黒尾くんからすればずっと探していた相手との再会なのだ。シチュエーションだけでも気持ちに火がつく可能性は大である。
さっきの緩んだ表情とは一転し、強ばった顔を見せた木葉に猿杙が哀れむような視線を送る。雪絵と顔を見合わせて眉を下げると、慌てて名前が口を開いた。


『で、でもねっ、とりあえず普通に友達として接していって、それでも気持ちが変わらなかったら、また伝えるって話だったから……お互いのことを知っていったら、黒尾くんの気持ちだって変わるかもしれないでしょ??』

「まあ……そういうことになるけど……」

「今の話を聞いた感じ、黒尾の気が変わるとはあんま思えないかなー」


曖昧に返した私とは裏腹に、思ったことをはっきり伝える猿杙。「そうかな?」と名前が不思議そうに首を捻ると、不満気に唇を尖らせた木葉が「だろうよ」と面白くなさそうに同意する。


「そもそも今まで黒尾が来る者拒まず去るもの追わずだったのは、部活第一で彼女に構けてる余裕がないからだろ。それなのに苗字に対して自分から言い寄ってるのは、ちゃんと気持ちを見極めて半端な想いじゃないって確信したからだ」

『で、でも、まだ会って間もないのに、』

「好きになる切っ掛けがどこに落っこちてるかは分かんねえだろ。一目惚れかもしんねえし、……今まで、ただの友達だと思ってた相手を急に意識することだってあんだよ」


最後の言葉は、木葉自身のことを話しているように聞こえたのは、多分気のせいじゃない。木葉の言う通り、切っ掛けなんていつどこにあるか誰にも分からない。
反論する余地がないのか、名前は一度押し黙る。「……やっぱり返事しておくべきだったかな」と目を伏せた名前に、「ほっとけよ」とやけにあっさりした口調で木葉が答えた。


「どうせ早々会うことねえだろうし、連絡だって基本SNSでのやり取りだろ?直接顔を合わせるわけじゃねえんだから、向こうの気が済むまで好きにさせてやれ」

『そ、そんな放置みたいな感じでいいの……?一応黒尾くんのこと、もっと知るって言ってるのに、』

「いい。全然いい。知って欲しいって言ってんのは向こうなんだから、それだけの誠意と行動を見せてみろってんだ」

『……木葉、やっぱり黒尾くん嫌いなの?』


心配そうに眉を下げた名前。
「だから別に嫌いじゃねえし」と答えているけれど、言動と表情に全く説得力がない。いつになったらその顰めっ面を辞めるのだろうか。おそらく黒尾くんのことを話題にしてる間はずっとこんな顔なのだろう。
「とりあえずは木葉の言う通りにしていいんじゃない?」「うんうん」「黒尾の出方次第って事でさ」「そうそう」と私、雪絵、猿杙、トモの四人で後押しすると、それもそうかと納得した名前は少し安心したように表情を和らげた。

その後、次の授業で使う辞書を忘れたというトモに、「私の貸そうか?」と名前が申し出、二人は先に教室へ戻ることに。バレー部だけになった瞬間、木葉からどんよりとしたくらーいくらーいオーラが溢れ始め、だあああ!と頭を掻き毟りながら座り込んだ木葉に三人揃って苦笑いを零した。


「今回はちゃんと我慢できたね」

「うっせ…………あ゛ー!くそっ!!黒尾のことめちゃくちゃぶん殴りてえ!!!!」

「暴力沙汰はNGでーす」

「分かってっし!!!」


ギリギリと悔しそうに奥歯を噛み締める木葉に、どうどうと猿杙が頭を叩く。
「ぶっちゃけどう思う?黒尾くん、」「……本気度高めだよね」「出会いが少女漫画だもんね」と雪絵と二人で話していると、「お前らどっちの味方だよ!!」と木葉が涙目で訴えてきた。


「今のとこ、一応木葉派?」

「黒尾くんは変な噂があるからなー」

「万が一軽い気持ちで寄って来てるとしたらうちらで報復するけどねー」

「でもさ、苗字が言ってたみたいに、気持ちが変わることももしかしたらあるかもよ?よくあるじゃん、思ってたのと違ったーみたいな話」

「…………それはねえだろ」

「?なんで??」


否定の声を返した木葉に猿杙が瞬きする。
罰が悪そうに顔を顰めた木葉だったけれど、深く長いため息ののち、不服そうに頬杖をつきながら渋々答えを返す。


「知らねえ事の方が多いってのは、これからもっと苗字の良いとこが見えてくるっつーことじゃんか。そんなん見たら気持ちが変わるなんてあるはずねえ」

「……経験者は語る」

「おい白福黙れ」


やけに説得力のある言葉だ。「木葉……」「木葉……」「木葉……」と似たような顔で木葉を見つめると、その顔やめろ!!と目を吊り上げて叫んだ木葉はその勢いで部室を出ていってしまう。
「からかい過ぎたね」と笑った猿杙が後を追いかけ、少ししてから私と雪絵も部室を出ることに。教室に戻る途中、部室棟と校舎の渡り廊下で足を止めた雪絵。どした?と同じように立ち止まると、雪絵の視線の先には体育館があって、おそらくあの後ろに黒尾くんと名前が出会った自販機があるのだろう。


「……少女漫画ってさ、ヒロインを取り合う三角関係が王道じゃん」

「……そうだね」

「前にテレビで、ヒロインのことを一途に思う奴は大概当て馬で、絶対ヒロインと結ばれないって言ってるの聞いたけど……実際は、どうなんだろうね?」


「名前の気持ち次第だけど、」と笑って歩き出した雪絵。

果たして木葉はヒーローかライバルか。
その答えを出せるのは、名前だけなのである。
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