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二年生秋

“本当に、ありがとうございます”


そう言って柔らかく嬉しそうに笑ってくれたその人に、その日、私は、






            * * *






『図書委員ってほんとにハズレくじだあ……』


ため息混じりの愚痴を零しつつ、手は止めずに本を戸棚へと戻していく。

高校二年。秋。つい先日行われた委員会決めのクジでで、見事にハズレくじである図書委員を引いてしまった私。別に本を読むことが嫌いと言う訳では無い。でも、放課後や昼休みの貴重な時間を図書室で過ごしたいと思うほど、本が好きという訳でもない。おまけに、メインの図書室を担当するのは主に一年生と三年生で、私たち二年が担当するのは隣にある書庫のみ。新刊や話題の本は全て図書室の方に置かれ、書庫にあるのは古く小難しい文学作品や授業の資料で使うような分厚い本ばかり。その為、利用する生徒は極端に少なく、要するに暇なのである。
今日もそう。月に三度ほどある担当日の為、放課後も暫く残って委員会の仕事に勤しもうとしているのだけれど、やはり人が来る気配はなさそうだ。時折校庭から聞こえてくる部活動生の声をBGMに委員用の小さなカウンターに座って頬杖をついた時、パタパタと聞こえてきた小さな足音。図書室へのお客さんかな?と他人事のように考えていると、ガラリと開けられた書庫の扉に思わず肩を揺らしてしまう。


「あ……すみません、本を返却したいんですが、」

『え……あ、ああ、はい、貰います、』


入って来たのは黒いくせっ毛の背の高い男子生徒だった。多分一年生だ。というか、あれ。そう言えばこの子見たことあるような。差し出された本を受け取るついでにチラリと盗み見た顔。あ、やっぱり。この子、木兎がよく絡んでるバレー部の後輩くんじゃん。名前、なんだっけ。木兎がよく連呼してるような。あ、そう。


『あかしくん?』

「いえ、赤葦です」

『え』


し、しまった…………!!!
ぼ、木兎が、「あかーし!あかーしー!!!」って呼んでるから、あかしくんなのかと思っちゃった……!!
「ご、ごめんなさい……」と肩を縮めて謝る私に、さして気にした風もなく「いえ、」と首を振った赤葦くん。怒っている、という感じではないけれど、なんとと言うか表情から感情があまり読み取れない人だ。受け取った本のバーコードを読み取って、返却を完了させると、「ありがとうございます」と一言告げて書庫を後にした赤葦くん。木兎とは正反対な後輩だなあ、と騒がしいクラスメイトの顔を思い浮かべて再び頬杖をついた時、ふと目に入ったのは、床に落ちたキーホルダー。
バレーボールをモチーフにしたキャラクターがバレーボールを持っている、何の変哲もない、少し古びたそれは、さっきまで赤葦くんがいた場所に落ちている。彼のものだろうか。なんかこう言うキャラクターもののキーホルダーとか付けたりしなさそうだから、ちょっと意外かも。小さなキーホルダーを拾い上げ、制服のポケットへと仕舞う。
見つけてしまったものはしょうがない。どうせもう少し残らなければならないのだ。バレー部が終わるのを待って、キーホルダーを届けてあげよう。
そう考えながらカウンターに座り直し、赤葦くんが返却した本へと手を伸ばす。色褪せた頁に、色味の薄い背表紙。難しい言葉の羅列で綴られた文字は、純文学と言うものだろう。スポーツマンも読書とかするんだな。手に取ったその本はとても難しそうだったけれど、でも、なんだか少し興味を惹かれた。


『………バレー部ってこんな時間まで練習してるのかあ………』


委員の仕事を終え、図書室を出たのが18時半頃。それから約一時間半。既に他の生徒の姿は見えず、校門前に残っているのは赤葦くんを待つ私くらいだ。
バレー部が有名な強豪校である梟谷だ。ある程度待つ覚悟はしていたけれど、まさかこんな時間になるとは思いもしなかった。確か朝練もしてるんだっけ。毎日毎日朝から晩まで練習練習。何もせず毎日をダラダラと過ごす帰宅部の私からすると、尊敬してしまう。
充電の無くなりそうなスマホで時間を確認する。現在は20時過ぎ。一応親には遅くなることを連絡したけれど、もう一度連絡した方がいいかもしれない。そう思って親の番号を探そうとしたその時、少し先から聞こえてきた話し声。ゾロゾロと歩いてくる集団に、あ、と小さく声を漏らし、慌ててスマホをポケットへしまう。


『あ、あの、』

「あれ?苗字??」

「ほんとだ、苗字じゃん!こんな時間に何してんの??」

『あ、お、お疲れ!木葉、木兎、』


向かってきた集団は目当て通りバレー部で、クラスメイトの木葉と木兎がきょとりと目を丸くさせている。「もしかして雀田と白福に用事?」「二人とも先帰してるぞ?」と尋ねてくる猿杙と木葉に、違う違うと首を振ると、先輩たちの影に隠れた黒いくせっ毛を見つけ、「あの、赤葦くん、」と名前を呼べば、え??とその場にいた全員が驚いたように目を見開き、視線が自然と赤葦くんへと注がれる。


「……あ、図書委員の、」

『えっと、苗字です。二年生の。木兎とか木葉とか、あと、マネージャーのかおりや雪絵と同じクラス』

「はあ……えっと……俺になにか…?」

『これ、落として行ったみたいだから』

「これ?」


ポケットから取り出したキーホルダーを赤葦くんに差し出す。少し驚いたように目を丸くした赤葦くんを横に、「あ、さっき言ってたやつじゃん」と木葉がキーホルダーを指さした。


『?さっき?』

「そう。さっき部室でないって気づいて探してたよな?赤葦、」

「あ……はい。そっか、あの時書庫で落としてたんですね」


探していた、という事は、少なくとも無くして良かったものではなさそうだ。「見つかってよかったな!!」と肩を叩く木兎に頷き返した赤葦くんが手を差し出す。その手にキーホルダーを乗せると、柔らかく目尻を下げた赤葦くんが、形のいい唇でそっと笑みを浮かべた。


「はい、本当に、見つかってよかった……。

……ありがとうございます、苗字先輩、」


そう言って大事そうにキーホルダーを握りしめた赤葦くん。
笑った。そっか、そりゃそうだよね。赤葦くんだって笑うよね。でも、そっか。赤葦くんって、


こんな風に笑うんだ。


胸の奥にじんわりと広がった温かな気持ち。
高校二年、秋の夜。私は、赤葦くんの笑顔に


始まりの音を聞いた。
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