涙雨【完】 | ナノ
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肆拾漆

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


絡新婦の高笑いが淀んだ空気を揺らす。
木兎さんと苗字さんの二人を絡めとった糸の繭に恍惚とした表情で手を添える絡新婦に、二口が忌々しいとばかりに舌打ちをうつ。


「くそ…!このままじゃやべえぞ!!赤葦!!!」

「分かってる!!!」


そう、分かっては、いる。けれど、無数に土から這い出てくる蜘蛛たちのせいで繭に近づくことさえ出来ないのだ。手を伸ばしたいのに、伸ばすことの出来ない歯がゆさに奥歯を噛み締める。そんな俺たちを歪んだ笑みで嘲笑った絡新婦が「そろそろかしらと」真っ赤な唇で弧を描いた。


「もうすぐで、木兎は永遠に夢の中に囚われるわ。そしてその時が、木兎の最後」

「っ昔の因縁つけて木兎さんを襲いに来たってんなら!どうして苗字まで襲う!?」

「そういう“約束”だからよ。木兎への復讐を手伝ってもらうかわりに、この小娘を連れていくとね」

「約束…?」


群がってくる蜘蛛たちを薙ぎ払いながら、どういう意味だとばかりに絡新婦を睨んではみたものの、そんな視線など意に介すわけもなく、うふふ。と更に笑みを深めた絡新婦は長い舌で口元を舐めずると、真っ黒な指先をパチンと鳴らし、子分である蜘蛛たちに合図を出した。


「さあ、そろそろ終わりにしましょう」


絡新婦の合図で俺と二口に群がってきていた蜘蛛たちが一箇所へと集まり出す。何を、する気だ。羽を広げ、臨戦態勢をとり、蜘蛛たちの動きに備えていると、次の瞬間、一箇所へと集まった蜘蛛達が、溶け込むように一つに纏まっていく。あまりにも気味の悪い光景に、二口と二人で眉間の皺を深めたその時、真っ黒い塊となった“それ”に、弧を描くような切り口と、ギロりと怪しく光る目玉が現れた。


「っ…なんちゅーでかさだよ…」


小さな小蜘蛛たちが集まって出来た黒い塊は、あまりにも大きく不気味な一匹の大蜘蛛へと変わったのだ。身体の大きさだけで言えば、土蜘蛛なんか比べ物にならないぞ、これ。広げた羽から毒羽を飛ばして威嚇をしてみたものの、硬い皮膚のせいで羽は刺さることなく弾かれる。


「アハハハハハハハハハ!!!そんな弱っちい羽が効くわけないでしょ!?さあ…!これで、終わりよ!!!!!」









「ああ。そろそろホントに終わりにしようぜ」


随分と聞きなれた頼もしい声。大蜘蛛が迫ってきていることも忘れ声の先を辿れば、「いやあああああああ!!!」という女郎蜘蛛の悲鳴と共に赤く燃え上がった繭。本当に。いつもながらしぶとい人だ。思わず溢れた笑み。隣の二口も安心したように息を漏らす。


「なに…!?なんで!!どうして繭が…!!」


焦る女郎蜘蛛をよそに、どんどん強まる火の手。何度見ても鮮やかすぎる炎に目を細めた時、ぶわりと一気に燃え上がった火から空に向かって飛び立つように現れたなにか。バサりと広がる大きな翼。俺や月島のものとは比べ物にならない大きく鮮やか真っ赤なそれは、見る者全てを惹き付ける、炎の翼。


「さあ…!決着つけようぜ……!!女郎蜘蛛!!!!」

「っ……ぼくとおおおおおおおおお!!!!!!!」


淀んだ雲を吹き飛ばすように翼を広げて現れた木兎さん。その腕にはしっかりと苗字さんの姿が。ギリギリと恨みがましそうに木兎さんを見上げる女郎蜘蛛の怒りに呼応するように、大蜘蛛が木兎さんに向かって糸を吐き出す。けれど、そんな糸など意にも解さないとばかりに掌から放った炎によって燃え尽くした木兎さんは、ゆっくりと旋回し、こちらに向かって降りてくる。


「苗字ちゃんを頼む、赤葦」

「了解です。さっさと終わらせて来てください。言いたいことが山ほどあるので」

「それは勘弁!!」


苗字さんを下ろし、にっと子供のように笑った木兎さんは再び空へ。二口と二人でその姿を見送っていると、「あ、あの…」と控えめな声とともに苗字が見上げてくる。


『ぼ、木兎くん一人で大丈夫なの…?あんな、大きい蜘蛛を……』

「大丈夫ですよ」

「むしろ、俺らが行ったら邪魔だろ」

『でも…』


心配だとばかりに眉を下げる苗字さん。そんな彼女を落ち着かせるように緩やかな笑みを浮かべたまま、大蜘蛛を相手にする木兎さんへと視線を移した。


「あの程度のやつに、木兎さんは負けません。あれでも、あの人は……」


大蜘蛛の攻撃をひらりと避け、不敵に微笑んだその姿は俺たちからすれば見慣れたもの。赤い翼から燃え上がった炎は、たちまち大蜘蛛を囲い込み、大きな身体を焼き尽くすように覆い被さる。


ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


低い唸り声とともに、炎に覆われたまま倒れ込んだ大蜘蛛。そう、相手になるはずないのだ。なぜならあの人は、


「…不死鳥、ですから」

『ふし、ちょうって……』


驚いたように真ん丸く見開かれた瞳。確認するように今度は二口を見上げた苗字さんに、少し面倒そうにしながら、二口はゆっくりと口を動かした。


「そのまんま。不死ってことだよ」

『し、死なないってこと…?』

「正確には、ちげえみてえだけど」

「不死鳥にも、“死”はあるそうですよ。けど、他の妖よりも数倍丈夫ですし、怪我も直ぐに治ります。寿命も長いそうです」

「ま、つまり、妖としての格がそもそもちげえってことだよ」

『そ、そんなに凄い妖だったなんて…』


呆気にとられたまま、空を飛ぶ木兎さんを見つめる苗字さん。“人間”の彼女からすれば、驚いて当然だろう。“不死鳥”は、俺たち妖の世界でも珍しいのだから。


「さあ…終わりだ、女郎蜘蛛」

「っ…ようやく…ようやくあんたを殺せると思ったのに……!!!どうやって夢の中から出てきたのよ!!!いくら不死鳥でもあの夢から逃れられるはず、」

「…そうだな。俺だけだったら、きっと夢の中に溺れて死んじまってた」


木兎さんの目が緩やかに細まる。女郎蜘蛛に向かってゆっくりと向けられた手。バサりと大きく羽ばたいた翼の炎が更に強く燃え上がった。


「…お前の言う“ただの人間”に、俺は助けられたんだよ」

「い、…イヤア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」


女郎蜘蛛の身体を真っ赤な炎が包む。辺りに一面に響く空気を裂くような悲鳴に、苗字さんの顔が歪む。視界を遮るように彼女の前に二口と二人で立ち、ゆらゆらと揺れる煙が、雲の薄れた空へと昇って行くのを見つめる。終わったと。まるでそう言っているかのように目を細めた木兎さんが、ゆっくりと空から降りてくる。不死鳥の再生能力のおかげか、見た所目立った外傷もない。ほっと安堵の息を漏らして、木兎さんへと駆け寄ろうとしたその時。


『っ!!木兎くん!?』


ふらりと大きく揺れた木兎さんの身体は、そのまま力を失くしたように地面に倒れ込んでしまった。

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