涙雨【完】 | ナノ
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もうすぐ夏休みに入ろうとしている夏のある日。昼休みに飲み物を買おうと自販機に向かうと、馴染みのある四人組が目に入った。


「あれ?名前じゃん。何してんの?」


自販機の前でたむろしていた四人のうちの一人。うちの学校でもイケメンだなんだと騒がれている及川がこちらに気づいた。中々距離があるのによく気づいたな。その辺の女子が見たら発狂しそうなほど爽やかな笑顔を見せる及川に苦笑いしてそちらへ歩み寄ると、他の三人も各々挨拶をしてくれる。

青葉城西高校の男子バレー部三年とは仲がいい。

特にこの四人、及川、岩泉、花巻、松川とは一年の頃から縁がある。よく女子の友人に「羨ましい」とは言われるが、見た目がよくても、この四人はバレー馬鹿と称するに相応しい。そのせいか、恋愛どうこうより友人として接する気持ちの方が強い。
「及川うぜえ」と顔を顰める岩泉に小さく笑っていると、「ちょっとそこ譲って」と四人に声をかける。すると、察した松川と花巻が「どうぞ」と横へずれてくれる。軽くお礼を言いながら、チャリンチャリンと小銭を入れる。お目当ての飲み物を買おうと手を伸ばした時、隣からすっと長い腕が伸びてきた。


「これっしょ?」


そう笑いながら紅茶のボタンを押した花巻。合っているのがちょっとムカつく。
「なんで押しちゃうかなあ」「いいじゃん別に」なんて軽口を叩きながら、取り出し口から紙パックの紅茶を取り出すと、花巻とのやり取りを苦笑いで見たいた松川が不意に思い出したように口を開いた。


「そういやさ。名前、聞いた?」

『?何を?』

「通り魔事件。最近この近くで起きてんじゃん」


そういえば。今朝のニュースでそんな事が流れていた気がする。被害者にこれと言った共通点がない事から、無差別殺人事件だとなんとか。
「そんな事言ってたね」と呑気に答えると、厳しい顔つきをした岩泉が呆れたようにため息をついた。


「お前なあ…もう少し真面目に捉えろよ」

『うーん……なんかこう……現実味がなくて……』

「ここの近くで起きたって言われてんだろうが。少しは危機感持て」


まるで自分の父親のようだ。及川や花巻も松川も、横でうんうん頷いているし。四人は意外と心配性なんだよなあ。
険しい顔つきのまま、「いいか?気をつけろよ?」と念押しをしてくる岩泉に、分かった分かったと苦笑いで返しながら歩き出せば、後ろから再びため息が。そんなに心配なのだろうか。
買ったばかりの紅茶パックにストローを差して、行儀悪くも飲みながら教室へ戻る。

気の毒なニュースだとは思うけれど、私には、きっと関係ない。平凡に生きて、平凡に死ぬ。私の人生なんてそんなもんだ。

そう思っていた。そう、思って“いた”のだ。





           *****





『遅くなっちゃったな…………』


放課後。担任に捕まり、今度の職員会議で使う資料を、ぱっちんぱっちんホッチキスで止めさせられた。「苗字は帰宅部だから大丈夫だよな!」と言った担任は、全国の帰宅部生徒に謝って欲しい。
出来上がった資料を職員室に持って行った時には、既に下校時刻になっており、早く帰ろうと早足で学校を出ることに。両手に鞄を抱えながら、小走りで帰路についていたその時。


「いやあああああああああああああ!!」

『!?な、なに…!?』

空気を切り裂くような金切り声に肩が大きく揺れる。これは、女の人の、悲鳴だ。思わず足を止めて声の方に顔を向けると、「嫌だ!!やめて!!」と更に叫び声が。
私は、特別正義感が強いとか、そんなことは全然ない。怖いものは怖いし、危ないことに自分から関わることはしたくない。けれど、この状況。周りに他に人はいない。名前も知らない相手だからと、見捨てる事ができるだろうか。否、できない。
携帯を片手に声の方へ走り出す。震える手で警察に通報しながら、叫び声の主である女性を探していると、一つの路地から聞き覚えのあり過ぎる声がした。


「…ダメか…」

「ああ、もう死んでる。そっちは?」

「バッチリ仕留めたよ。たく、俺らの周りをうろちょろすんなっつの」


この声は。まさか。
コンクリートの壁に背中をつけて、路地の角から恐る恐る顔を出す。その先に見えたのは、白とペールグリーンのジャージを着た四人の姿が。及川たちだ。及川達で間違いない。でもどうしてここに。アイツらも悲鳴を聞いて駆けつけて来たとか?
何故だか出ていっては行けない気がして、そのまま四人の様子を見ていると、ふとその足元に何かが倒れているのが目に入った。
薄暗い電灯の下で、あまり見慣れない赤色に覆われたそれに思わず口元を押さえる。おそらく、死体だ。けれど、ここからでも二人分は確認できる。悲鳴の声は女性分一人だけ。じゃあ、もう一人は。あれは一体誰なんだ。


「…で、どうするよ?」

「とりあえず、こっちは“こっち”で任せようぜ」

「だね。俺らはコイツの処理だけしちゃおうか」


こっち?処理?一体何の話をしているんだ。
かなり距離が空いているため、断片的にしか会話が聞こえて来ず焦れったく感じていると、「んじゃ、帰るか」と声を上げた松川が、倒れているうちの一人を抱えあげた。
ちょっと待って。何してるの。
愕然としたまま四人を見つめていると、松川が抱えた死体の事を誰も何も言わず、まるで当たり前かのようにそのまま歩き出している。

あんな及川たちは知らない。
あれは本当に彼らなのだろうか。

背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、やけに渇いた喉に唾を飲み込む。このまま見て見ぬふりをして帰ることだって出来る。でも。

気がつくと、彼らを追いかけていた。

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