拾肆
※死ネタ注意
『あの、木兎くん、さっきはごめんね…その…及川と岩泉が…』
屋敷の裏手にある広い広い森。木々の間から差し込む木漏れ日に時折目を細める。緑に囲まれた道を歩き進める途中、先ほどの及川たちの事を謝ると、「いいって、いいって!」と木兎くんは軽快に笑った。優しい人だなあ。目尻を下げて微笑むと、同じように柔らかい表情で笑った黒尾くんが、「それにしても」と空を仰ぐ。
「アイツらの心配は、行き過ぎな気もするけどなあ」
『…及川たちは、私が“ここ”に来たのは自分たちのせいだと思ってるから…』
「まあ、気持ちは分かるしなあ。俺らと比べると、どうしても“人”っつーのは脆くて弱いモノに見えちまうしなー」
確かにその通りだ。孤爪くんに噛まれた手首の傷だって、及川たちならきっとすぐに治してしまうのだろう。それに比べて私は、“人間”の私は、傷が治るのは遅いし妖に襲われたら抗う術もない。もし土蜘蛛に出会った時私一人だけだったなら、今頃私は土蜘蛛の腹の中に収まっていた事だろう。考えただけでゾッとする。「アイツらの重荷だね」と自嘲気味に笑ってしまうと、それを聞き拾った木兎くんが柔らかい笑みを浮かべる。
「けど、俺は好きだけどな、“人”っつーもんが」
『え…』
「弱くて脆くて、守らなきゃなんなくても、それでも俺は人が好きだよ」
にしし。と悪戯に成功した少年のように笑う木兎くん。及川や岩泉が彼を怪しんでいたのが物凄く申し訳ない。こんな風に言ってくれる人が、私に何かする筈ないのに。「ありがとう」と呟くと、隣を歩く孤爪くんと目が合って笑いかけられる。そんな彼に自分も笑顔を向けると、前を歩いていた黒尾くんと木兎くんが不意に足を止めた。
「なあ、あれツッキーじゃねえ?」
「お、ホントだ」
ツッキー?なにそれ?不思議に思い木兎くんの背中から顔を出して前を確認すると、一際大きな大木の下で、手を合わせている眼鏡の男の子とそばかすの男の子がいた。孤爪くんとはまた違う、眼鏡の彼の柔らかな金色の髪に目を奪われていると、手を合わせていた二人がゆっくりとこちらを振り向いた。
「……げっ」
「げってなんだよツッキー!」
「そうだぞツッキー!!」
心底嫌そうに眉を顰めた眼鏡さん。どうやらこちらがツッキーさんらしい。ずんずん歩み寄ってツッキーさんの肩を組む木兎くん。面倒そうにため息をついたツッキーさんだったけれど、ふと私と目が合うと眼鏡越しに向けられた瞳が鋭く細まった。
『あ、あの…苗字名前です。よろしくお願いします』
「……月島蛍です」
「あ、えっと、山口忠です。よろしくお願いします」
素っ気ないツッキーさんもとい月島さんに対して、礼儀正しくお辞儀を返してくれる山口さん。とりあえず山口さんにお辞儀を返すと、「失礼します」と月島くんはさっさとその場を後にしてしまう。…嫌われているのかな。歩いて行く背中を目で追っていると、慌てて山口さんが頭を下げてきた。
「す、すみません!!あの、ツッキーはその、口下手っていうか、あんまり人と話す方じゃなくて…!!」
『あ、いや、そんなに謝らなくても大丈夫。…むしろ、月島さんみたいな方も居るんだなって知れて良かったし』
みんながみんな歓迎してくれるわけじゃない。きっと中には、“人”という存在を疎ましく思う人もいるだろう。
眉を下げて気にしないでくれと首を振ったけれど、それでも山口さんは申し訳なさそうに視線を下げる。話題を変えよう。そう思って、何かないかと辺りを見回すと、先ほど二人が手を合わせていた大木の下が目に入る。そこには盛り上がった土があり、その上に大きな石が置かれている。なんだろうとそれを見つめていると、視線の先に気づいた山口さんが少し言いづらそうに口を開いた。
「…あれ、お墓なんです」
『えっ…お墓って…』
「…ツッキーの、お兄さんのお墓なんです」
お墓。それも月島さんのお兄さんの。
それ以上は、山口さんの口から聞いてはいけない気がして、何も言えずにお墓を見つめていると、黒尾くんの大きな手が肩に乗せられた。
「俺らは、“人”と比べればずっと長い時間を生きてるしな。長く生きてりゃ、出会いもたくさんあってその分別れもある」
『…そっか……』
長い時間を生きている。妖と人間はそもそも過ごす時間の長さすら違うのか。慣れた様子で月島さんのお兄さんのお墓に手を合わせる木兎くん。そんな彼に倣って自分も手を合わせると、山口さんが柔らかく微笑んだ。
「今日は戻るか」という木兎くんの言葉に従い、森から出ようと歩き出す。そう言えば、“長く生きている”と黒尾くんは言っていたけれど、一体どれくらい生きているのだろうか。もしかしてもう100歳とか?それともまだ50歳くらい?前を歩く皆の背中を見ながら色々想像していると、「どうしたの?」と孤爪くんに首を傾げられた。
『あ、いや、その…“長く生きてる”ってどれくらい生きてるのかなって』
「ああ」
『もしかして孤爪くんたちってもう100歳とか?それとも50歳くらい?』
「……個人差はあるけど…俺は400年くらい生きてるかな」
『へえ400年………………て、400年!?!?』
ぎょっと目を丸くして孤爪くんを見ると、木兎くんと黒尾くんが愉しそうに笑って振り返る。どうやら予想通りの反応らしい。口をパクパクさせて驚いていると、「うちで一番長いのは木兎クンだよ」と孤爪くんが木兎くんを見る。400年より長いなんて一体いくつなんだと目を見開いたまま木兎くんを見ると、「どんくらい生きてっかなー」と考えるように頬を掻いた木兎くんが思い出した!とばかりに手を叩いた。
「だいたい800年くらいかな!」
笑顔でそう言った彼に、軽く目眩がした。
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