涙雨【完】 | ナノ
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拾参

うつらうつらする意識の中、左手にはモフモフ。右手にもモフモフ。柔らかい毛並みはいつまでも撫で続けていられる。
土蜘蛛での一件で、研磨くんに噛まれた傷もその時に飲まれた血も戻り、漸く動くことを過保護な保護者たちから許されたのがつい先日。それでも「屋敷内を彷徨くのはまだ禁止!」という及川の言葉により、仕方なく部屋のすぐ近くにある縁側に腰掛け日向ぼっこを楽しんでいると、そこへやって来たのがこの二人。孤爪くんと国見くんだった。小さな狐と猫の姿で現れた二人に、膝を貸してくれと頼まれては断ると言う選択肢はなく、言われるがままに二人を膝に乗せると、丸くなってあっという間に寝てしまったのだ。それからというもの、どうやら私の膝は彼らのお昼寝スポットに決定したらしい。
すうすうと気持ちよさそうに寝息をたてる姿に顔を綻ばせていると、「やっぱここかよ」と頭上から降ってきた呆れたような声に沈みかけていた意識を浮上させる。


『黒尾くん、』

「おー。研磨は今日もお昼寝か」

『…起こす?』

「出来ないって言っててわざと言ってるだろ?」


頬を引き攣らせる黒尾くん。先日、お昼寝中の孤爪くんを起こして噛まれた事を思い出しているのだろう。苦笑いを浮かべつつ、撫でる手は止めずに二匹分の毛並みを楽しんでいると、小さな前足の間に埋められていた顔がゆっくりとあげられた。


「…何してるの、クロ」

「何してるのって…お前の様子を見に来たんだよ」


小さくため息をつく黒尾くんに、顔を顰める猫の孤爪くん。そんな二人のやり取りが聞こえてきたのか、眠ったままだった国見くんもいつの間にか起きている。迷惑そうに眉根を寄せる国見くんを諌めるように頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた国見くんはもっともっとと言うように手に擦り寄ってきた。うん、可愛い。緩めた頬を隠すことなく国見くんの顎を擽ると、「あー!国見ちゃん、羨ましいいい!」と聞こえてきたのは及川の声。思わず手を止めて其方を向くと、可愛い見た目からは想像できない舌打ちが国見くんから聞こえてきた。


「及川…と、岩泉か」

「よう、孤爪の迎えか?」

「ま、そんなとこ。うちの研磨は随分と苗字ちゃんの膝が気に入ったみたいでよー」


揶揄うようにニヤニヤと笑う黒尾くんにふいっと顔を逸らした孤爪くん。そんなやり取りを呆れたように見ていた及川と岩泉だったけれど、不意に三人が顔をあげ空を見上げた。雨でも降るのかと自分も上を見上げたとき。


「おーっす!!」

『!?!?!?!?え、ええ!?!?』


空から降りてきたのは雨ではなく、一人の男の子だった。目を丸くして現れた彼を見つめていると、眩しいくらいの笑顔を浮かべた彼が「よ!」と気軽に片手を挙げてきた。


『え、あ、あの……今……ええ?』

「木兎、お前普通に来いよ…」

「苗字ちゃんスゲエ目ん玉丸くなってんぞ」


ポカン。と呆けた顔で上から現れた“ボクト”くんを見つめる。あ、この人、前に一度会ったことがある。でもなんで上から?普通に来いという岩泉の言葉に内心頷いていると、にっと歯を見せて笑ったボクトくんが大きな手を差し出してきた。


「俺は木兎光太郎!よろしくな、苗字ちゃん!!」

『え…あ、よ、よろしくお願いします…?』


木兎くんの勢いに流され、差し出された手を握ると、思っていたよりも力強く握り返され少し驚いてしまう。元気な人だなあ、とつい感心していると「木兎くん、何しに来たわけ?」と及川が迷惑そうに眉根を寄せた。


「お!そうそう!白福と雀田が、めちゃくちゃ心配しててさー!」

『あ、雪絵ちゃんとかおりちゃん…じゃあ木兎くんは“梟谷”の人なの…?』

「おうよ!赤葦も行こうぜって誘ったのに、断れたんだよなー」


アカアシって誰だ。と内心ツッコミながら、「そうなんだ」と返すと、握手をしていた手が漸く開放される。すると、「元気そうで良かったよ!」と日差しをバックに笑った木兎くんの手が、そのまま頭の上に乗せられ、少し乱暴に頭を撫でられる。なんだか子供扱いされてる気分。
苦笑いを浮かべ、乱された髪を手櫛で整えていると、ふと、空で輝く太陽が目に入る。そう言えば、ここの太陽や月は偽物であって本物ではないのだと国見くんが言っていた。勿論雨は降るし、雲だって見える。それでも、ここの天気は私の世界の物を“写した”モノであり、決して本物ではないらしい。よく分からないなあ、と未だに膝の上にいる国見くんを撫でながら内心零していると、そんな事など知らない木兎くんが国見くんを撫でていた手を掴んで立ちあがらせられた。あ、国見くんと孤爪くん、落ちた。


「せっかく怪我治ったのに、ずっと屋敷じゃつまんねえだろ?だから、屋敷の裏にある森に行こうぜ!」

『森?』

「そう!そこなら、ちゃんと結界も届いてるし、他の妖なんて滅多に入ってこれねえよ」


そんなとこあるなんて初耳だ。そもそもここに結界なるものが張ってある事さえ知らなかった。チラリと及川と岩泉を見ると、眉間に皺を寄せた二人は口を揃えて「「ダメだ」」と主張する。やっぱりな、なんて予想通りの返事にははっと乾いた笑みを返すと、木兎くんは不満そうに唇を尖らせた。


「えー、なんでだよ?」

「森にも確かに“護りのまじない”は張ってあるけど、屋敷に比べたら弱い。他の妖が滅多に入って来ないって言ったって、絶対じゃないでしょ。俺や岩ちゃんはこれから月口の見廻りに行くしね」

「大丈夫だって!俺が付いてくし」

「もし何かあった時、いくら木兎くんでも、一人じゃ名前を守りきれないかもしれない。それに、」


それに。その後の言葉を急に途絶えさせた及川。どうしてそこで黙るのか、と首を傾げると、意地悪く笑った黒尾くんが、及川の代わりとばかりに口を開いた。


「“それに、木兎じゃ信用ならない”ってか?」

「っ…」


黒尾くんの言葉に及川が目をそらす。そんな及川にため息をついた岩泉は、私の手を掴んでいる木兎くんの腕を掴むと、鋭い瞳で睨むように木兎くんを見た。


「悪いがそういうこった。諦めてくれ、木兎」


だから離せ、と言うように木兎くんの腕を掴む力を強める岩泉。「ちょ、岩泉!」と思わず声をあげると、ずっと猫の姿のままでいた孤爪くんが、次の瞬間、プリン頭の人間の姿へと変化した。不意打ちな変化に目を丸くしていると、岩泉の険悪な雰囲気をものともしないと言うように、孤爪くんが岩泉の肩を叩いた。


「なら、俺も行く」

「っ、あ?」

「俺とクロも木兎クンと一緒に行くから」

「…木兎一人じゃなければいいって事じゃなくて、」

「…俺は、名前を傷つける事は絶対しないよ」


岩泉の言葉に被せるようにそう言った孤爪くん。岩泉と及川の目がほんの少し見開かれる。
孤爪くんは、大丈夫。だって彼は、こんな私を体を張って守ってくれようとしたのだから。さすがにそんな孤爪くんには強く言い返す事が出来ないのか、諦めたように木兎くんの腕から手を離した岩泉。赤くなった木兎くんの腕に「悪い、熱くなった」と岩泉が謝ると、「いいって、いいって!」と全然気にしていないとばかりに木兎くんは笑う。
良かった、丸く収まった。胸を撫で下ろしてほっと息をつくと、一連の流れを何処か愉しそうに見ていた黒尾くんが、及川の肩に手を置いた。


「ま、研磨の借りもあるし、心配しなくても、下手な事はしねえよ」

「…分かった。気をつけて行ってきてね、名前」


どうやら、私の森行きは決定したらしい。まだ少し複雑そうにしている及川と、むすっと不機嫌そうな岩泉。不本意そうに見送ろうとする二人に、木兎くんと黒尾くんが困った様に笑っていた。

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