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あと七十二本...「天井」




風呂から出て髪も乾かし終わり、そのまま自分の部屋へと戻る。ベッドまで足を進めてその勢いのまま倒れ込んだ。目を閉じれば放課後の出来事が頭を過る。あの後ガラスの割れる凄まじい音を聞きつけて、数人の教師がやって来た。全員その惨状に驚き声を失ったが、次の瞬間には大きな声でこの場から離れるように伝えられた。私はこれ幸いと現場を覗き見る友人2人を引きずり校舎を後にした。勿論それ以降は何事も起こらず帰宅する事も出来た。だからあの窓ガラスが誰により割られたのか、それについては分からない。分からないけれど、犯人が見つかっていればいいと思った。犯人がいるという事は、そいつが窓ガラスを割ったという事だ。ちゃんと割った人物がいるという事だ。決して存在しないナニかではなく、実在する人間。そうならいいと、思った。だがそれを願っている時点で、それが答えなんだとそこまで考えて、いきなり部屋中に軽快な音楽が鳴り響く。


「!」


咄嗟の事に体中が震え飛び起きた。その音の発信源へと目を向けると、ベッドの上に放られている携帯が音楽を流しながら震えていた。うるさく飛び跳ねる心臓付近に手を当て深く息を吐き出しながら、携帯へと手を伸ばした。画面上には柳蓮二の名前。柳からの着信のようだ。咄嗟に投げ捨てようとした腕を押さえつけて、指を画面上でスライドさせて耳へと運んだ。


「もしもし」

「遅くにすまない」


まだ21時だが柳からしたら、知り合い程度の人間にかけるには遅い時間帯だと判断したのだろう。その言葉に口先だけで平気だと告げた。私は前のめりに座り込んでいた状態から、仰向けへと寝転がる。そのまま天井を見つめた。どうせ話の内容は分かりきっている。そうじゃなければ柳から電話などかかってこない。お互いに世間話何てする必要などないのだから、さっそく本題へと入るためにこちらから口を開いた。


「放課後の事でしょ?」

「話が早くて助かる。弦一郎と柳生から聞いた。お前もあの場にいたのだろう?」

「いたっていっても割れた窓ガラスからは結構離れてたし、背後で割れたから状況も何も分からないよ。結局あの後はどうなったわけ?」


柳は私の質問に答えるべく話し始める。どうやら私たちが帰された後に、あの窓際にいたものだけ残されたらしい。割れた窓ガラスの周辺には石などの固い物も見つからなかったため、外から割られたようには見えなかったのだという。しかし窓ガラスが3枚も割れていたのだ。あんな出来事が起ころうと思えば、必ず誰かしらそれらしい動きをした者がいるはず。しかし窓ガラスが割れたのは真田と柳生の背後。2人は窓ガラスが割れる現場を目撃したわけではないが、窓ガラスと自分たちの間に人はいなかった。また、自分たちの前を歩く者にそれらしい動きをした者も見受けられなかったと。そして窓ガラスを挟んで反対側にいた者たちに至っては、窓ガラス側を向いていた人物たちなのだが、本当に窓ガラスが突然割れたのだと言い出す。勿論そんな事があるかと教師たちは疑いの目を向けるが、その人物たちが何もしていない事は、その後ろにいた人物たちが証言している。そもそも窓ガラスの破片付近には硝子以外の物は落ちていなかったわけだし、これだけの惨状を作り上げるのに手でも使おうものなら、血まみれだ。しかし幸いにも誰も怪我する事なく、しかし結局犯人も分からず仕舞いで解散となったそうだ。そこまで話し終えた柳は軽く溜息を吐きながら、話を整理する。


「つまりそれだけの大惨事となりながら犯人も見つからず、それらしき人物もいない。そして硝子が割れる場面を目撃したものは、窓ガラスが突然割れたのだと言い出した」

「………」

「それだけ聞いたのならば俺もその目撃者を疑うだろうが、その目撃者は何もしていないと証言する物もいる。それならば窓の外から何かしらしたと考えるのが妥当だな」

「だけど外からは…」

「ああ。そちら側にはカフェテリアがある。放課後とはいえ人通りがあるため、直ぐに不自然に思われるだろう」


そう。だから先生たちも硝子に石などが混じっていないと確認して、外からの線は無いと考えたんだ。それなら一体どうやって? 誰がどのようにあれだけの事をやってのけたのだろうか? しかしそこからもう一度柳へと意識を戻した。


「ねぇ、他にも何か知ってる事、あるんでしょ?」

「何故そう思う?」

「確かにテニス部と私はやっかいな事に巻き込まれてる。今回の事だって偶然にしろ、真田と柳生がいて私もいたわけだ。窓ガラスだって不自然な割れ方をしてる。だけどそれだけでまた今回も変な事が起きるって決めつけるのは早いし、情報収集を得意としてるあんたなら犯人の割り出しに何も見てない私なんて使わない」

「………」

「今回も怪奇現象が起こるかもしれないって思う何かがあったんじゃないの?」


私はあの窓ガラスが割れる前に起こった出来事を思い浮かべながら柳からの返事を待つ。そもそもこの窓ガラスの犯人捜しを私たちがする必要はないのだ。勿論柳は自分で知りたいと思った事があれば動くのかもしれないが、私にそんな考えはない。そして柳は私がテニス部と関わりたくないのを知っている。仁王事件があってから余計にだ。それを察していない柳ではないと思う。話していてもああ、こいつ頭いいな、と思った事なんて数知れずだ。私だって窓ガラスが割れる前にあの嫌な感じが起きなければ電話になんて出ていなかった。しかし柳はあの場にいなかったとはいえ、真田や柳生から何か聞いているのかもしれないと思った。もしかしたら私と同じ出来事が起こっていたのではないかと。すると柳は小さく息を吐くように笑った。


「その様子ではお前の身にも何かあったのだろう? そうでなければお前は俺からの電話に出ているはずがないからな。それにこうやって犯人捜しのための話に付き合うわけがない」


やっぱり読まれてやがる、と若干の悔しさ感じながらもそんなことは表に出さず、携帯をぎゅっと握りしめて柳の答えをただす。


「弦一郎と柳生が、窓ガラスが割れる前に不思議な音を聞いたと言っていた。固い物に何かを打ち付けるような響き渡る音だったと。それからその音が聞こえて来る前に異様な寒気がしたとも」

「うあぁ…」


ばっちり私の身に起こった事と被っていて、思いっきり嫌そうな声が出てしまった。やっぱりあの寒気と音は勘違いではなかった。もちろん勘違いではないと分かりきってはいたが、勘違いであって欲しかった。聞く所によるとその異様な寒気を感じた後に音が聞こえて来て、なんだろうとそう思った瞬間に窓ガラスが割れたらしい。もちろんその不思議な音もその場で話たらしいが、周りにいた者は誰もそんな音は聞こえなかったという。そこでその場で解散になった後で後輩指導へとテニス部室に赴き、その出来事を話した所でそれが自分たちにしか聞こえなかったのではないかと、そういう考えに至ったらしい。もちろん窓ガラスが割れる前に私とすれ違っていたことを覚えていた真田と柳生が、私にも聞こえていたのではという話の流れになったとか。ばっちり正解だ。私はあの時点でもしかしたらあの音は自分にしか聞こえないのではと奇妙な考えをもった。もちろんその考えは当たりで、両隣にいた友達2人には聞こえているかのような素振りは見えなかった。しかし今まで変な事に巻き込まれてきたテニス部はどうだろう? 私が聞こえたのだ、真田と柳生が聞こえないはずがない。考えていた通りやっぱり2人にも聞こえていたようだ。そして考える専門の柳が私に確認のために連絡をしてきたのだ。


「今までの出来事からお前も同じように聞こえている確率は高かった」


私の声音から察したのだろう。柳はやはりな、と息をついた。しかしお互いにそれ以上の情報はなく、音の原因も、出所も、これから何が起こるかもわからない。確実的なのはこれだけでは終わらないだろうという事。勿論終わるに越した事はない。しかし今までの現状からそれは、限りなくあり得ないと思う。それは柳を含め、テニス部も分かっている事なのだろう。今後に気をつけろ、と柳は私に忠告した。当たり前だ。どうやって気をつけたらいいのか甚だ疑問だが、回避出来るものならば全力で回避したい。だから原因究明のために頑張ってくれ。どうせこの男は勿論の事、テニス部だって原因が分かるのならば探ろうとするだろう。私だって知りたいとは思うが、そのせいで巻き込まれでもしたら大変だ。今だっておかしな出来事ばかりに遭遇しているのだから。しかしそんな私の考えも柳にはお見通しなのだろう。


「原因究明はこちらでやる。それでお前とは何も関わりがないと判断出来たならば、今回の件でお前を巻き込むことは無い。しかし判断が出来るまでは何か解り次第、情報は提供してもらうぞ。勿論こちらで掴んだ情報もそちらに提供しよう」

「………」

「約束したからな」


そう、柳と交わしたテニス部と私の約束。解決できることは全てそっちでやってくれ。しかし私に危害が加わりそうな時は、情報は渡すから助けてくれ、という私に有利な交換条件。私に関わりがない時は情報も渡さないし、助けを求めるなと言っているのだ。だってそれで巻き込まれたら嫌だし。仁王との事件の時は女子にしか知らない噂があったわけで、勿論柳が本気で調べたら見つかったかもしれない情報だが、その時間差で命が決まる。もしかしたら今後もそんな事が出て来るかもしれない。だから向こうはそれを呑んだんだ。柳はそれを言っている。


「分かってる。気づいた事はちゃんとそっちに教える。そっちも何かしら情報を掴んだら教えてよ」

「ああ」


それによって回避できる事も増えるかもしれないんだから。とりあえず今回の情報交換は此処までとなった。長時間の通話で熱くなった携帯を耳から離す。そのまま体中の空気を吐き出すかのような、深い溜息をついた。









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