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翌日、あまり眠れなかったためか重く感じる足を引きづって登校した。そんな寝不足状態の中、今5・6時間目を利用し体育館で集会が行われている。内容は中学卒業後の話についてだ。今までも何回かあったが、少しずつ増えて来ている。私立で大学まであるのだから高等部へ進学する者がほとんどだが、勿論外部もいる。高等部への見学・説明会やら、外部の見学などこの時期はやはり大変だ。私は高等部へとそのまま行くと決めているのだが。ちなみに高等部への進学は勿論試験もあるのだが、それはほとんどあってないようなものだ。普段の中間・期末考査の成績、授業態度、遅刻・欠席、その他諸々でほとんどが決まる。私立校で周りからも頭がいいと有名な学校なのだから、成績に付いていけなければそれまでだ。その時点できっと高等部進学への道は閉ざされ、自然と外部へとなる。試験を受けても受かる可能性がないから。普段それなりに授業を受けていればテストの点も申し分ないし、試験も難なくクリアできるはずなのだ。もちろん自分の夢を見つけて外部に行くものもいる訳で、一概には外部が全員高等部へと進学出来ない組ではない。まあ、それでもまだ先の話とはいえ、推薦やら説明会やらと色々あるわけだ。面倒だとは思いつつも自分の将来に繋がる話、しっかり聞かなくては。


「それじゃあさっき配った1ページ目を開いて下さい」


3年のA組からJ組までが今この場に集まって冷たい床に腰を下ろしている。残りは明日の5・6時間目に回されるそうだが、それにしてもかなりの人数が集まっているのだ。しかも全員その場に座って先ほど配られたプリントの束を捲っている。多少のうるささはあれど、やはり自分たちの進路についての話だからか、いつもより格段に静かだ。先ほどまでの私も真面目に話を聞こうとしていたはずなのだが、あまりの静けさと先生の呪文のような言葉の羅列に少しずつ瞼が降りて来そうになる。しかしそれと必死に戦いながら今説明されいるプリントの内容に目を向けた所で、ある事に気づく。



「?」



何か、何か聞こえてこないだろうか? 教師のマイク越しに聞こえてくる声、小さな声で話す生徒たち、紙を捲る音、それに混じって微かに、聞こえて、



「っ!!」



響く音、何かを打ち付ける音がする! あの時の音だ、窓ガラスが割れる前に聞こえた音。まったく同じ音がする…。私は膝に置いたプリントの束に顔向けながら耳を澄ます。カーン、カーン、と最初は本当に微かに聞こえる程度であったが、少しずつ大きくなってきている。それがこの場へと響き渡っているのだ。一体何処から? この音は一体どこから聞こえて来ているのだ? 私はちらりと視線だけを上げる。そこには私と同じようにプリントへと顔を向けるものや、今話している先生へと視線を向ける人たちの後姿が見える。それはB組だけでなく他のクラスも同じ。そんないつも通りの姿から、他の人たちには聞こえていない事が分かる。どうしよう、どうすればいい? 何か理由を付けてこの場から離れるか? しかしまだ私に危害を与えるとは決まっていない。だが、とここまで考えた所で私以外にも聞こえる奴らがいる事に気づく。真田と柳生だ。いや、もしかしたらあの場にあの2人しかいなかっただけで、他のテニス部の奴らも聞こえている可能性はあるかもしれない。というかまだ私かテニス部に危害を与えるとは決まっている訳ではないが、一番可能性として考えられうる者たちがこの場に集まっていたら、何か起きる可能性が増えるのでは?



「………」



この音の詳しい発信源は分からずとも、今この場から聞こえて来ているのは確実だろう。それならばやっぱりこの場所から離れてしまえばいい。まだ私が狙われているとは決まっていないけれど。そう決心して膝に乗せていたプリントを右手で掴み立ち上がる。周りの人たちに視線を向けられたが、この異常事態に顔色が悪くなっていたのを、ただの体調不良と勘違いしたみたいでそれも一瞬だった。仁王騒動のせいで若干の痛い視線も感じるが、この今起きている出来事よりも数倍マシだ。そう感じながら少し腰を低くして後ろへと足を進める。その際若干引き攣った顔をしている仁王と顔色が最悪な丸井に下から逃げんな、という視線を向けられたがすべて無視して列を抜ける。まだ音は鳴りやまない。カーン、カーン、と響く。その音の発信源を見つけないように顔を下に向けていると列から抜けてきた私に気づいた担任が声をかけてくる。


「顔色が悪いな。保健室で休もう」

「はい」


直ぐに私の状態を察してくれた担任と短い会話をしてこの場から離れようとする。少しだけ視線を横に向けるとこちらを見つめる視線。柳生だ。A組の男子列、名前からも分かる通り最後尾にいるため、B組から抜けてきた私たちの距離は近い。彼は昨日の放課後もこの音を聞いているのだ。勿論私がこの音を聞いているのを柳から聞いて知っているのだろう。顔に多少の焦りと私を心配するかのような視線が向けられる。ここから逃げようとしている私なんかを心配するなんて優しい奴だ。そう思いながら微かに交わった視線をこちらから逸らす。一刻も早くこの場から離れたい。一体、一体何が起きる? もう先生の話に耳を傾けるのも難しいほどまで大きく何かを打ち付ける音は響き渡る。カーン、カーン。響いて、響いて、響き渡って、私の焦りを大きくさせる。やけに寒く感じて、喉が張り付いて、両掌をぎゅっと握りしめた。早く、早く、此処を離れないと、そうしないと、そこまで考えた瞬間、




「きゃぁー!!」

「うわぁっ!!」

「っ!!」




何かが床にぶつかる音、それと同じくしてある一角から悲鳴と驚きの声が上がった。私はそれに驚いて咄嗟に後ろへと振り返ると悲鳴が聞こえた付近の床に、レールが付いたままのカーテンがそこに広がっていた。体育館には体育館を囲うようにぐるりと通路があり、そこから館内を見渡せる。そこから放送機材のある部屋へも入れるのだ。そしてそんな通路には窓があり、同じようにぐるりとカーテンが窓を覆っている。そのカーテンがレールの付いたまま、通路と手すりを飛び越えて落ちてきたみたいだ。そんなありえない状況に2階へと視線をやるけれども、そこには誰も人がおらず、周りにもそれらしき者はいない。何故? そんな言葉は私以外のこの場にいる人たちも一緒だ。ざわめきが大きくなる。しかし2階へと視線をやったままの私は違和感を感じる。視界の端に何かが映った。天井だ。2階の通路よりももっと、ずっと高い天井。この大きな体育館を覆い尽くす大きな天井には、それを支えるために柱が右から左にと天井で張り巡らされている。カーテンが無くなりそこだけ寒々しく感じる場所からずっと上。柱と天井の間で何かが揺れている。ゆらゆらと、何かが、なにか、が、




「っ!!」




ゆらゆらと、ゆっくり、ゆっくり、揺れる、黒い、長い、髪の毛と腕。




私は一瞬だけ呼吸が止まり、だけどその次の瞬間にはざわめきでうるさい体育館から走って逃げ出していた。










誰を迫って来ているのか
(2014/06/19)



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