1/2





あと八十本...「つまさき」





「たとえば、たとえばだけど、本当に私と仁王の背後にナニかが映ってたとして、それって鏡に映った人の背後に必ず映るとか、たまたま私と仁王の背後に映った、とかじゃないの…?」


私はそうであって欲しいという願いを込めて2人を見据えた。所詮、悪足掻きというやつだ。自分でも答えがなんとなく分かっている。それでも否定して欲しい。


「…んー、それは考えたんだけどよ。それから何人かがその鏡の前を通ったけど、背後に変なのが映ったのは仁王だけ、だったんだよな」

「ええ。ですが朝岡さんの言う通り、たまたま仁王くんと朝岡さんの背後に映っただけの偶然という事も考えられます」


そうして私を安心させるかのように小さく笑った柳生。しかしその隣にいる丸井は左手で頬杖をつき、右手でフォークを持ったまま私を見据えた。その表情は若干固い。丸井は知っているからだ。その鏡に映ったモノが、周りに大きな影響を与える可能性がある事を。テニス部の中では丸井がソレに接触した回数が1番多いため分かるのだろう。もちろん私もだ。何故だろう。気配も姿も何も分らないのに、背筋を冷たいものが通り過ぎた気がした。すると私を見据えていた丸井は頬杖をついたまま、右手のフォークでケーキを食べ始める。そして何気ない口調で私に問いかけた。


「なぁ、朝岡ってあの放課後より前にテニス部レギュラーと話した事ってあるか?」

「あの放課後? それって、携帯と…女の子の?」


いきなり先ほどの雰囲気とは違う、いつもの調子でそう言った丸井。その唐突な問いに一瞬だけ考えるが、あの放課後とは1番最初に怪奇現象が起こった日の事だろう。考えるまでもなく、全てはそこから始まった。しかしそれがなんだというのだろう。柳生もよく分からないのだろうか、隣の丸井を不思議そうに見ている。


「同じクラスになったのはあんたと仁王が初めてだし、あんたとだって挨拶程度しか会話した記憶がないんだけど。……もしかして、それが何か関係あるの?」

「…いや、ちょーっと気になって。でも勘違いみたいだ」

「…意味わからん」

「だから勘違いだったって」


私がテニス部と話したことがあると何かあるのだろうか? しかし今言った通り、レギュラーとは3年で同じクラスになった丸井と仁王だけだ。その丸井とだって挨拶程度、仁王となんて会話した記憶がない。一体それがなんだというのだ。だが丸井はそんな会話などなかったかのように、手元のフォークでケーキを食べ始める。そんな横で私と柳生はお互いに顔を見合わせ、頭に疑問符を浮べるのだった。その後、結局私は鏡に映ったという女の人に見覚えもなどあるはずもなく、何か解り次第お互いに連絡を取り合うという事で落ち着いた。ちなみに私の連絡先は何かあった時には丸井から教えてもらう、という事で落ち着いた(いまだに丸井を着拒中)。そんなこんなで金曜日の放課後は過ぎて行った。しかし丸井と柳生が嘘をついているとは思えないが、鏡に映った私と仁王の背後に誰かがいたという。もちろん聞いた瞬間には鳥肌が立った。だが気配も何も感じない。あのひやりとする感覚、異様な気配。一度感じれば絶対に忘れる事はない。それが何も感じないのだ。だから油断していたのかもしれない。ソレは気配もなく、傍にいる可能性がある事を。








土・日曜日を挟んで、月曜日の昼休み。私は職員室出て保健室へと向かう。もうそろそろ5時間目も始まる時間という事で、廊下にいる人は少ない。それでもまったくいないという訳でもなくて、女子からは嫉妬や妬み、男子からは野次馬精神丸出しの視線で見られる。私はその視線をなるべく避けるため、自分の足元だけを見つめ、保健室へと急いだ。今朝学校へと登校してくると、先週の状況からは何も変わってはいなかった。もちろん悪い意味で。というより悪化していたともいえる。どこから流れたのかはしれないが携帯に知らない相手からメールが来るようになった。内容としては、仁王くんに近づくな、仁王くんと別れろ、テニス部レギュラーに取り入るつもりか、媚売ってんな、死ね、消えろ、殺す……。そんな事が延々と続いている。初めに届いた時は戦慄した。女の嫉妬とはここまで凶暴化するのか。分かってはいたけれども、自分がその対象になった事で改めて実感したとともに、とてつもなく胃の中がぐちゃぐちゃになるかのような気持ち悪さを感じた。しかしそれとともに怒りも感じる。実際には仁王と付き合っているなんてありえない事なわけで、どれだけ否定しても聞き入れてくれないのだ。ありえない噂と、周りからの信じてもらえないこの気持ち、冷たい視線、巻き込まれまいと自分から離れて行く友人たち………怒りが爆発した。


そこからは何も考えられず、怒りのままに行動した気がする。まず今回の状況を担任に全て話した。普通ならイジメが悪化したらどうしよう、と考え教師に相談なんてしたりしないだろう。しかし最近ではテレビでもイジメによる自殺が増えて来ている、という事がよく取り上げられている。警察が動くような大きな事件も多い中、ここで自分のクラスでイジメが起きていると知れば多少なりとも担任だって焦るだろう。テレビの中とまではいかないが、大きな事件ともなれば学校の信用問題にも関わってくる。きっとよっぽどの事がない限り力になってくれると踏んだ。私は今朝、下駄箱に入っている大量の手紙をもって、職員室へと足を運んだ。そこで今までの経緯を全て話す。もちろん私に落ち度なんてあるはずもなく、担任は私の味方となってくれた。しかしやっぱりというか、テニス部関係の問題は多々おきているらしい。加害者側としては周りの意見など関係なく、自分の信じている事が1番正しいと思っている。自分に非があるとはまったく考えていない。そんな状況から解決には至らない事が多いらしく、ほとんどが時間が経つことに任せる事しか出来ないらしい。しかしそんな事で終わらせるものか。


私は予め、いつもの友達に仁王ファンの中心人物とその取り巻きの名前を教えてもらった。そこでそいつらの名前を担任に告げる。もちろん担任もそんな事で犯人をその女子たちだと特定する事は出来ない。そこで担任に頼み込んでその女子たちの筆跡の分かる作文やら、レポートを用意してもらった。私も含めて最近の女子は字に特徴がある。下駄箱に入っていた手紙の、ひらがなや漢字にも特徴がある物が多かった。そこでそれだけでも特定できないかと思った。担任としてはあまり気乗りがしないようだが、このまま事態が大事になる事も避けたかったのだろう。結局は2人で探すこととなったのだが、見つかる見つかる…。全てとはいかないが、仁王ファンの筆跡と私の下駄箱に入っていた手紙の筆跡、というか特徴が一致した。


そこからは簡単だった。担任に特定できた女子たちだけ呼び出してもらう。担任が下駄箱に入っていたのだがこの手紙を知っているか、と聞く。すると女子たちはもちろん抗議する。そんなの知らない、自分たちはやっていない、私たちがやったと誰が言ったのか、朝岡さんが言い出したのか、きっと朝岡さんの自作自演だろう、と。しかしここで本当に知らん振りをしていれば、証拠も何もないため担任は全員に聞いているため知らないのならいい、それで終わるはずだった。しかし私はその担任と女子たちの話し合いの場にはいなかったのである。そうなればもちろんその場にいたのは担任と仁王ファンの女子たち。しかも担任は私の名前を一切出していない。それなのに何故、私の名前が出て来るのか? 答えは簡単、こいつらが犯人だからだ。きっと仁王ファンは私が担任に自分たちが犯人だと言った事に気づいたのだろう。そこで私の名前を出したのだろうが、馬鹿すぎる。何も言わなければそれで終わるはずだったのに。


挙句、その場にいた女子たちは自分たちがやったことがばれてしまったために、今度は周りを巻き込んだ。やけになったのか、自分たちだけではない、あの子もやった、隣のクラスのあの子も、他のクラスの女子は違う事も考えている、等々。自分たちだけがばれて怒られて、他の人は怒られないなんてずるいとでも考えたのだろうか。そんなこんなで私へと嫌がらせをした女子たちは一斉にばれたのであった。今回は教師からの厳重注意と反省文で済ましてもらった。担任は加害者側の親に連絡する事も出来ると言ってくれたが、それは次回があった時でいいだろう。次回、何かあれば今度は親に連絡をする、そう言えば手を出してはこれまい。担任に説教をされ、1人ずつ悔しそうに私に謝る姿を見てざまぁみろ、とか思った私は性格が悪いのだろうか………いや、正当防衛だろう、と思う事にする。
 

そんな事を授業合間の休み時間と昼休みで終えて、私は担任にこんな大きな事が起こって精神的にも参っているだろうし、次の時間は休んでも良いという許可を頂いた。そのために保健室へと向かっている。保健室の前だからか、それとももうすぐ授業が始まるだからだろうか、廊下はとても静かだ。私は保健室の扉の取っ手を掴み、右にスライドさせた。








prev - back - next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -