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「朝岡さん」


すると中にいた保険医が私の名前を呼び、ソファへと勧めた。そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。保険医はそのまま保健室に備え付けてある冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、グラスへと注ぎそれを私へと差し出した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「先生から話は聞いてるからね。大変だったと思うけどもう大丈夫だからね」

「はい、ご迷惑おかけしました」

「朝岡さんは悪くないよ。テニス部関係で女の子たちの間で何か起こるのは、私が赴任して来てから何件かあるからね」


そういって保険医は困ったように笑った。この保険医がいつ赴任してきたのかは分らないが、やはりテニス部関係での事件は度々起こっているようだ。ただ教師陣が気付いていても被害者側が悪化を恐れて事件を有耶無耶にしてしまったり、加害者側の人数があまりにも多く事件収束には至らなかったらしい。しかし今回、私の怒り爆発により今までの分も含め一斉に厳重注意が出来た、という事だ。


「これから各学年に配布するプリントの作成があって保健室を空けるんだけど大丈夫かな?」

「はい、平気です」

「1番左端のベッドが空いてるからそのまま休んじゃってもいいし、何かあったら職員室にいるから声かけてね」

「分かりました」


保険医はペットボトルを冷蔵庫に戻し、そう声をかけてから保健室を後にした。どうやら今回の事で私は相当優遇されているみたいだ。まぁ、実際に暴力やらを受けたわけではないが精神的に来るものがあった。仁王ファンには一応仁王との関係の事情説明をしたが受け入れてくれたかは分らない。もちろん嘘をついて仁王が私が落としたものを拾ってくれた、と言っても絶対に信じないだろう。仁王が女の子に話しかけないのは皆が知っている事だからだ。そのために正直に話したのだが、仁王が柳生と入れ替わっていたのをなぜ知っていたのか、という問いには責任を感じた柳生に謝罪と説明をしてもらったからだ、と答えた。しかしまたそこからもテニス部と関わりを持った、と因縁をつけられるだろう。どっちみちあの状態ではその説明を信じているかは怪しいし、冷たい視線は当分の間は続くだろう。結局は本当だろうが嘘だろうが、私が仁王と関わってしまった時点で受け入れる気がないのだ。何を言っても無駄だ。はぁ、と深い溜息をつく。もう寝てしまおうか。教師からの許可も得ている事だし、なんだか全てが疲れた。手元のお茶を一気に飲みほした。グラスをシンクへと置く。そのまま1番左端のベッドへと向かう。足元の方に掛布団が半分に折って置いてある。それを避けベッドに腰を落とした。そして半分まで引かれているカーテンを閉めようと右手で掴んだとき、隣のベッドのカーテンがシャッと音を立てて開いた。そこにいた人物に目が丸くなる。


「…仁王」


咄嗟の事にその名前を小さな声で呟いてしまう。隣のベッドにいたのは仁王だった。寝起きなのか瞼が半分しか開いていない。ベッドの上を見るとブレザーとネクタイが放り投げてある。きっとここで寝ていたのだろう。


「…朝岡さん」


すると向こうもぼんやりとしたまま私の名前を呟いた。というか、さん付け? 仁王が女の子の名前を呼んでいるのを聞いた事がないため、初めて聞いた。そこで頭が冴えてきたのか、その鋭い目を何度か瞬かせてもう一度私の名前を呼んだ。そしてそこからは何故かお互いに見つめ合う形になってしまう。この空気で何事もなかったかのようにカーテンを閉める事も出来ずにお互いの反応を窺がいあう。しかしかける言葉も見つからず、結局挨拶だけしてカーテンを引いてしまうか、と考える。だがそれよりも前に痺れを切らしたのか、仁王から声をかけてきた。


「……体調悪いんか」

「、………まぁ」


なんとも煮え切らない返事になってしまった。体調が悪いといえば悪い。まぁ、精神的問題から来ているだろう。煮え切らない返事になってしまった理由はもう一つ、仁王が声をかけて来るとは思わなかったからだ。そもそも仁王の女子への態度は冷たい、無反応で徹底させれている。だからこそ今回の噂のせいで、大騒動へと発展したのだ。その仁王が女である私に声をかけて来るなんて。その考えが顔に出ていたのだろう。仁王は布団の上に放り出されていたネクタイを手元に手繰り寄せ口を開く。


「意外と顔に出るんじゃな」

「……予想外の事が起これば」

「予想外か」

「うん。予想外だね」


予想外の何物でもないだろう、仁王がこうして女に声をかけるなんて。そういう意味を込めて仁王を見返す。すると仁王はその視線を受けて視線を宙に浮かせた。


「丸井かそこらに聞いて知っとるんじゃろ。俺が嫌いなんは確かに女じゃが、あいつらが連絡先を渡す女じゃ。そんなに悪いやつでもないじゃろ」

「あいつら…」

「柳生と丸井。柳生は罪悪感で渡したんじゃろうが、丸井はお前さんを信用して渡したんじゃろ。流石に俺も仲間が信用したやつを無視はせんよ」

「……図書館で睨まれた気がしたんだけど」

「あん時はただ、丸井や真田が好みじゃなくて他の奴を狙ってるんかと思ったんじゃが……どうやら本当にテニス部に興味がないみたいだからのぉ」

「いや、まったく」

「正直」


仁王は無表情でそう呟く。図書館であった時点では丸井と真田と関わりがあった。きっと仁王も聞いていたのだろう。その時には確実に敵認定されていたが、どうやらそれもいつの間にやらなくなっていたらしい。もしかしてそれで先日の放課後に仁王と会った時に挨拶を返してくれたのか、と納得する。しかしこうして実際に仁王を前にして会話をしているとなんだか不思議な感じがする。それは仁王が女の子と話している姿を見たことがない中で、自分と話しているという現実からだろうか。そんななんだか違和感を感じている中、小さい振動音が響き渡る。ブレザーのポケットを上から抑えると震えが伝わってくる。私の携帯か、と思いうんざりしながらそれを取り出す。指をスライドさせロックを解除する。そのままメール画面を起動させ受信ボックスを開き、中身を読み溜息をついた。するとまた携帯が振動を始める。画面にはメール受信の文字。それを指をスライドさせ止めると今度はメール受信中の文字が出て来る。それはまたメール受信という文字と振動に変わる。それをまた止める。するとまたメール受信の文字に変わり、数秒後には振動音を響かせた。


「…ずいぶん人気者じゃな」


それを見ていた仁王が両手でネクタイを弄びながらそう呟いた。しかしその顔には嫌悪が浮かび上がっている。もしかしてこのメールの中身が分かるのだろうか。まぁ、頭が回りそうだし、今回の噂の中心人物にも入るので私が嫌がらせを受けている事も知っているだろう。というかこういう事は頻繁に起こっているらしいし気付くか。きっとこういう事をするから仁王の女嫌いは進むのだろう、と納得した。ちなみにメールの内容は教師に言いやがったな、から始まり死ね、で終わるなんとも幼稚な内容のメールである。手紙の件は全てばれてしまったが、メールは残っている。そもそも登録していない知らないアドレスだ。メールの送信者はそれを分かった上でメールを送っているのだろう。しかし今回教師に厳重注意された中にも犯人はいるだろう。もちろんそれ以外にもいるはずだが、きっと多いはず。しかしメールの件は教師には言わなかった。なぜなら私が厳重注意で許すはずがないからだ。そして今まで私の携帯へと送られてきたメールを開き、1つ1つアドレスをコピーする。そこからネットに飛び、色々な所にそのアドレスを張り付けていく。1つのアドレスにつき、10ぐらいのサイトに張り付けた。それを延々と繰り返していく。地味に時間のかかる作業だがそれも気にならない。するといつの間に移動したのか、横から仁王が私の携帯を覗き込んでいる。


「……お前さん、えげつないのぉ」


若干引き気味にそう呟いた。私はプリクラやら音楽サイトなど無料で登録できるサイトにコピーしたアドレスで登録した。地味にメールが増える事だろう。しかし10ものサイトに登録したとなれば、1日にくるメールの量はかなりのものに違いない。そしてメール画面を開き1つ1つのアドレスを本文に張り付ける。そしてその下には某大型掲示板に晒します、と付け加えて全員に返信してやった。もちろん本当にそんな事はしないが、そのメールを見た女子たちは大慌てだろう。そのまま私は自分の携帯のアドレスを変える。そして信用のおける人にだけそのアドレスを送った。確かに人のアドレスで無料とはいえサイト登録なんて犯罪だろう。でも私が訴えられれば彼女たちの罪も明るみになる。きっと訴えられまい。むしろこれぐらいで済ましてやったのだから大目に見て欲しい。ざまぁみろ。ああ、やっぱりここ数日で本当に性格が悪くなったかもしれない。


携帯を覗き込んでいた仁王は隣のベッドへと戻る。しかしその表情からは、先ほどの嫌悪は消えていた。もしかして女嫌いの仁王は私の女子たちに対する仕返しに満足したのだろうか。というかどうでもいいが、もう授業は始まっているのにこの男はいいのだろうか? そう思いながら携帯をブレザーのポケットへと戻した。しかしそんな私の考えなど気付いているはずもなく、仁王はこちらに視線をやった。


「もしかして今ここにいるんは、それが原因か?」


それ、とは噂を聞き怒り狂っている女子の事だろうか。まぁ、間違ってはいない。そう思い頷く。すると自分で聞いておいて興味がないのか、ふーんと気のない返事をして手元で弄んでいたネクタイを結び直す。そしてブレザーを着直した。私はそれを見て、授業に戻るのだろう、と考える。今更戻っても授業は始まっているのだが、そんな事関係ないのだろう、この男には。私もベッドに入るため上履きを脱ぐ。その目の前でネクタイとブレザーを身に着けた仁王が立ち上がった。そこで一応声をかけておくか、と思い顔を上げるが1つの音によってそれが遮られる。私は一度仁王の顔へと向けた視線を、足元へと落とす。そこには水たまりに突っ込んでいるつまさきがあった。


「…………」

「…………」


なぜ水たまり? 私たちの頭の中にはその疑問で埋め尽くされた。というか尋常じゃないくらいに水浸しになっている。先ほどまではなかった。というかもしもこんな大きな水たまりがあったのなら私がベッドに入った時や、仁王が私の携帯を覗き込むために此方側にきた時に気づいていただろう。すると何か言葉を発しようと口を開いた瞬間、頭に鋭い痛みが走る。


「いっ! っ……、」

「…っ……」


あまりの痛さに声を上げるが、目の前からも息を飲むような音が聞こえた。ずきりと痛む頭の中で、視線をやると仁王までもが頭を押さえて俯いている。その目は私を捕らえていた。仁王も私の痛みによる声に視線をこちらにやったのだろう。2人揃って頭痛かよ、と思う。鋭い痛みは数秒で引いたが、今度は鈍い痛みが押し寄せてくる。まるで頭に心臓が移ったのではないだろうか、というぐらいに脈打っている音が聞こえてくる。そこからじわりじわり、と痛みが広がっていく。なんなんだこれ、そう思い今自分がベッドにいる事を思いだし体をそっと横に倒す。そのまま光を遮断するように目を閉じた。










良い子はマネしないでね
(2014/02/14)



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