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あと八十八本...「寒い…」
「朝岡!?」
「朝岡!!!」
「うっ……ぁ、………っ」
「てめぇっ!!!」
私の上に跨るそれを引き剥がそうと動き出す丸井。しかし足を一歩踏み出した所で、その場から動かなくなってしまう。
「なっ! なんだよこれ!!」
「動けないぞ! 一体なんだというのだ!?」
どうやらその言葉からして体が動かないようだ。私の上のそれが笑みの形を作る。この状況で笑みを浮かべられることに寒気を覚える。そのまま先ほどよりも更に、指に力を込め首を絞める。苦しい。私は女の腕を退かそうと必死に体を動かしたり、首を掴む腕に爪を立てるが痛覚がないのかびくともしない。このまま首の骨でも折る気かよ、それぐらい目の前にある瞳は憎しみで歪んでいる。
「……うぁっ…く、………」
「朝岡っ!! てめぇ離せよ!! お前が恨んでんのはお前を殺した男だろぃ!? そいつも真田も関係ねぇだろうが!!」
「……」
「…ぅ、るさい…」
「おいっ! てめぇはもう死んでんだよぃ! さっさと成仏して、てめぇを殺した男の所に行って、そいつを呪えばいいだろぃ!?」
「…うるさ、ぃ…だま、れ……」
「勘違いすんのもいい加減にしやがれ!! 真田はお前を殺した男でもなんでもねぇ! 朝岡はたまたま真田と一緒にいただけでなんにも関係ねぇ!!」
「黙れぇぇええぇぇえええぇぇええええ!!!」
私の上にいるそれが叫ぶ。その瞬間、視界の端にいた赤髪がいなくなる。それと同時に何かがぶつかる大きな音が聞こえた。
「うっ!!」
「丸井!!」
「ぃ、てぇー……」
真田の丸井を呼ぶ声。それに答えるように丸井の声が微かに聞こえた。女の子の力でどこかにぶつかったのだろうか、だが声が聞こえる事から無事らしい。しかしこちらが無事じゃない。誰でもいいからどうにかしてくれ! 苦しい……。なんでこの幽霊は私の事をこんなに殺そうとしているの? 今となっちゃ、真田を助けようとしてるのは丸井も一緒だ。だけど先ほどから私に執着しているように見える。………なんでわたしはこんなにも? わたしがしんだあともこうやってほかの? おまえがいるから? さっき言っていた言葉、恨んでいるのは、恨みの全ては、自分を殺した男に似ている真田より、真田の近くに居た私? でもそれって真田から自分を引き剥がそうとしている私でしょ? (ちなみにそれは勘違いでまったく引き剥がすつもりもなく、最初の方なんて見捨てたけど) 自分を殺した男が憎くて、それに似た男である真田に憑りついて殺そうとしたんでしょ? 私にこんな事をする力があるならば先に真田を殺せばいいのに(悪口ではないから)。そうだよ! こんな力があるなら憑りついた時点で殺せばいいんだ! それなのに私の部屋に現れた時はわざわざ忠告をしに来た、真田に近づくなと。
「し、ね…しね……しね………死ね…死ね、死ね、」
「うっ、……ぁ………」
「朝岡!!」
「朝岡!!!」
………落ち着け、私。この状況でも落ち着くんだ、私。普通に考えて自分を殺した男なら誰でも憎いはず。だからわざわざ自分を殺した男に似た人物に憑りついて殺そうとする。例えばだけど、もし、もしもまだ、少しでもその男の事を想ってたら? ほんの少しでも想ってたら?
「…ぁ、あなたは、今でも……自分を、殺した、ぉ…ぉとこを、好き、なんだ…?」
「……」
「なっ!」
「…朝岡?」
今まで私を殺そうと笑みの形を作っていたそれは無表情になる。確かに自分を殺した男だ。でも、それでも死ぬ前は恋人同士だったんだ。この幽霊、女の子は自分を殺した男の事がすごく好きだったのかもしれない。自分を死に追い詰めた男でも、それでも憎しみよりも、好きの感情の方がでかかったんだ。だけど、
「真田は、あなたの、…っ、彼氏じゃ、ぁない……ぁなたの、彼氏は…あなたを、殺した後に……自殺した………」
「………」
私の首を掴む腕から力が抜けていく。
「…うっ、ごほっ…はぁ、はぁ………真田は、あなたの彼氏に、…似ているのかも、しれないけど、本人じゃない。私も真田と付き合っている訳じゃないし、好き同士でもない。だから、あなたが嫉妬する必要はない」
「………」
自分の彼氏と勘違いしているのか、彼氏と似ているからかは分らないけれど、そんな男に女である私が近づいた事が許せなかったのかもしれない、そう思った。
「あなたは、その人の事がすごく好きだったんでしょ? だけどそいつはあなたを殺した男だよ? 何が原因かは知らないけどあなたを殺したんだよ? そんな事されてまで好きだなんて、」
「お前に、お前に何が分かるんだぁぁぁぁあああああ!!!!」
「なっ、うぁっ!!」
「朝岡っ!!」
「朝岡!!」
再び首を絞める力が強まった。もしかして怒らせた? だって自分の事を殺したんだよ? それでも好きだとして、あなたの気持ちは何処に行くのよ。もうその男もこの世に居なくて、ずっとこんな事続けて、あなたも苦しんで、周りも苦しめて、こんな七不思議として語り継がれる存在になって、そこまでしてどうしたいのよ? 何で私が巻き込まれて殺されなくちゃいけないのよ!? こんな、意味の分からない事に巻き込まれて!!
………苦しい、死にたくない…私は下から女の子を見上げ睨みつけようとした、その時、
「お前は生前、自分を殺した男に何かしたのか?」
「…真田?」
「………」
「…ぅ、あっ……」
今まで静かだった真田がこちらに言葉をかけた。すると少しだけ首を絞める力が緩くなった。
「お前が何かしたのか? だから殺されたのか?」
「……」
「それとも丸井の言う通りその男の事を恨んで、」
「違う!!!」
「!?」
女の子は叫ぶ。
「恨んでなんか、いないっ!! あの人も私を恨んで殺したんじゃない!!」
「……」
「…あの人と、……あの人と、同じ姿で…私を、私の気持ちを、疑わないで……」
私を見下ろすその姿は悲しみに満ちており、今にも泣きだしそうに歪んでいる。先ほどまでの私を憎む瞳が嘘のようだ。そのまま首元にあった腕が体の横にだらりと垂れた。急に空気が体の中に入って来たため咳き込む。すると誰かが背中に手を差し入れ体を女の子の下から引きずり出した。
「大丈夫か?」
「ゆっくり息吸えよぃ」
どうやら支えているのは真田のようだ。その反対側で丸井は私の背を撫ぜる。二人とも体が動けるようになったのか。少しの間だけそのままの体制で、深く息を吸い込む。呼吸がいつも通りできるようになった所で二人に礼を言い、手を放してもらう。顔を上げるとその光景を見ていたのか、女の子は悲痛な面持ちで真田を見つめた後、再び恨みや憎しみの籠った瞳で此方を見つめる。
「…あの人が私を殺したのは、きっと何かの間違いよ! 間違い、間違い、間違い、そう、間違いなの!! あの人は私の事を好きだった、だから私も好きで、今も、両想い…私たちは恋人同士、……っ、……」
「……それなら真田は関係ねぇじゃんか」
「うるさい! 今でも好きなのに、あの人はこの世に、いない……もうこの世にいないけど、あの人に似ている、あなたがいる…」
そういって真田を見つめる。
「似てるだけで本人じゃねぇだろぃ」
「………きっとあの人の生まれ変わりなのよ…そうよ、今までの人は少し傍にいただけで、すぐにいなくなってしまったけれど、この人は違う。私が傍にいても、いなくなったりしない、だからずっと傍にいられる……ずーっと…」
すぐにいなくなってしまったって、それってあの女の子が傍にいる事によって、命を落としてしまった、とかそういう、事…? その考えに至って背筋に冷や汗が流れた。一体この女の子は無自覚で何人の人を殺して来たの? なんだこれ、狂ってる、はっきりとそう思った。
「それに、これは…あの子も願った事よ…いつも一人の、あの子……」
「あの子…?」
いきなり何を、そう思った所でもう一度私に視線を向けた。
「邪魔しないでよ…私とあの人の、邪魔をしないでよ!! 私はただあの人と一緒にいたいだけなの! 傍にいたいだけなの! 」
「だから、真田はあなたの恋人じゃ、」
「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!」
目の前の女の子はふらりと立ち上がる。そのまま何をするのかと身構えると、右手を自分のお腹に刺さっている、カッターの柄に添えた。まさか、と思った瞬間には勢いよくそれを引き抜いていた。制服が吸い尽くせない液体を廊下に滴らす。あまりの気持ち悪い光景に吐き気がした。
「邪魔する人は、みーんな、殺して、やる……」
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