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鋭い眼つきで私と丸井を見据える。どうやら先ほどのやり取りで丸井も標的の中に入ってしまったようだ。このまま丸井を差し出したら私だけは逃げられないだろうか? まぁ、今は逃げられてもまた部屋まで現れたら終わりか、なんて自分勝手な事を考えてみる。というか余裕ぶっこいているように見えるけど、実際は本当にやばい。辺り一面に血の臭いだろうか、錆びた鉄の臭いが漂い、女の子の目は血走っており今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。この廊下の一角はこんなに暗かったっけ? 今日の気温てこんなに低くて、寒いと思うような温度だったっけ? 指先がどんどん冷えていくのが分かる。何もかもがやばい。緊張と恐怖で吐きそう。どうしたら、どうしたらいい? どうしたら、
「俺はお前の恋人ではない」
隣で真田が女の子に口を開いた。その言葉にぴたり動きを止める女の子。どこまでも真田には従順なようだ。
「お前の言う通り、恋人は何か理由があってお前の事を殺したならば、お前の恋人はお前を待っているのではないのか?」
「っ!」
「……」
「……」
いや、それはないと思う…。今、私と丸井の心の中は一つになっているはずだ。確かに女の子の言葉を正直に受け止めたなら、本当に男は何か理由があって殺したのかもしれないけれど、この女の子の狂った感じからして本当に女の子を恋人として見なせなくなったとか、友達が言っていたようにカッとなって殺されたんじゃないの…? 自分が殺された理由が分かっていない時点でそう思ったんだけど……私もまともに恋愛なんてした事ないし、でもそれ以上に真田って恋愛関係に物凄く疎そうだからその発言なんだろうけど。
「…ゎ、わたしを、待って、る…?」
しかしその言葉は女の子には効いたようだ。カッターを握りしめた右手を下げた。真田を見つめるその瞳には期待が混じっているように見えた。
「お前がこんな所でこんな事をしていたら悲しむのではないか?」
「……それでも、」
「どんな理由があろうと、それが人を殺める事に繋がるなどたるんどる!」
「!」
こいつ幽霊にまで説教しやがった、隣からぼそりと呟く言葉が聞こえた。しかしその言葉に女の子はカッターをその指から滑り落とした。そのまま力なく膝から崩れ落ちる。そして赤い液体とは別の透明な雫がはらりはらりと落ちていく様に唖然とした。それ以上に真田は女の子を泣かせてしまった事に大慌てなようだが。
「お、おい、」
「それしか、私にはそれしか、分らなかったのよ…愛し方が分らない、…っ、だってお互いが好き合っているなら、私が傍に居たら、嬉しいでしょ?」
そんな四六時中、傍に居られたらうぜーよ、なんて好きな人がいない私だから思うのだろうか…。
「だったら相手が死んじまった時に、一緒に成仏すれば良かったじゃねぇかよぃ」
「……そんなの、………成仏の仕方が、分らない……」
「は? 分らない!?」
「そんな馬鹿な……」
「それならあなたは、成仏の仕方が分かるの? どうすれば、この世で彷徨う事を止められるか、分かるの?」
「……」
「……」
「私も、分らない……っ…分らないから、成仏できないっ、あの人の傍に行けない! だから、っ………」
私たち三人は顔を見合わせる。確かに成仏の仕方なんぞ分かるわけがない。そもそも私たちは、生きた人間なのだから、そんなのは死んだ人にしか分らない。というか成仏したいと思った時点で成仏出来るものじゃないの? それか、
「何かこの世に、未練があるとか?」
「…未練?」
「未練か」
「テレビとかでも未練があって成仏できないとか、そんなのあるよね?」
そのころは幽霊なんざ信じてなかったけどね。
「私の願いは、あの人の傍にいる事…あの人が死んでしまった時も、それを望んでいた」
「それが願いならばその時点で、お前は成仏出来たのではないのか?」
「でも、出来なかった。もしかして他に願っている事があったとか?」
「他ってなんだよぃ」
女の子に視線を向ける。女の子は少しだけ考える素振りを見せた後答えた。
「………分らない」
「だよなー…分かってたら、こんな事してねぇだろうし」
「しかし、一体どうすれば成仏できるのだろうか…」
また振り出しに戻った。成仏してもらわない事にはどうしようもない。しかし目の前の女の子はそんな事は関係なかったようだ。その赤く濡れた口元に少しだけ、笑みを浮かべた。
「…それでも、私は、あの人と同じ姿で、あの人が私を待っていると、言ってもらえて、嬉しかった……私を私個人として、扱ってもらえて…嬉しかった」
「……」
「ずっと、ずーっとあの人に似た人を探して、彷徨っていたんだもの……あと少しぐらい彷徨ったって、変わらないわ………私は、私の力で、もう一度だけ自分を信じて、あの人の傍に居られる方法を、探す…」
「……」
「……」
「…恐れられていた、私自身を、ちゃんと見てくれた、…私のために、考えてくれた、あなたのために………」
そして悲しそうな笑みに変わった。
「私が傍に居たら、あなたも、今までの人のように、いなくなってしまうかも、しれない。そんなのは、そんな事は嫌だから、だから、私を私個人として見てくれたあなたと同じように、私もあなたをあなた個人として、見なくちゃ、」
「……」
「…真田、弦一郎、くん」
「!」
「ありがとう、もう真田くんを、あの人の代わりにしたりなんか、しない、約束するから、たまに、たまーにだけ、あなたを、真田くんの事を影から見守る事を、許してね?」
とても、とても綺麗に笑う女の子。その笑みに答えるように、真田もその顔に少しだけ笑みを浮べ頷いた。それはもう真田には憑りつかないし、私の前にも現れたり、被害はないという事? とりあえずは一件落着という事、か? すると笑みを浮べ真田を見つめていた表情は、真剣なものへと変わった。そして今まで私と同じように二人を見つめていた丸井にも視線は向けられた。
「…気を付けた方が、いい、私たちをこんなに感情的にさせた、あの子……」
「あの子?」
「あの子、とはなんだ?」
「…さっきも言っていたよね」
「……私は、あの子の気持ちも分かる…それでも今になって、こんな、」
「……」
「…どういう事なのだ」
「…とにかくあなたたち二人は、気を付けた方が、いい………私が言えることは、それだけ、だから………」
そう言って真田と丸井に意味深な事を告げ、女の子は立ち上がった。そして私たちに背を向ける。しかしそんな事を言われた丸井は堪ったもんじゃないとばかりに、女の子を問い詰めようとする。
「お、おい! 気をつけろってどういう事だよぃ! 気をつけなきゃいけねーような事が起こるって事か!?」
「あの子とは一体、誰の事なのだ?」
丸井に続いて真田がそう問いかけると女の子は一度だけ此方を振り返り、とても辛そうな表所を見せた。
「…それでも、あなたたちなら、きっと、大丈夫だと、思うから、………今回みたいに私の考え方を、変えた、あなたたちなら、きっと大丈夫…………だから、それまで、さようなら」
そう言って足を引きずりながら目の前の階段へと続く角を曲がる。姿が見えなくなった所ではっと意識が戻って来た。それは真田も一緒だったようで、女の子が消えて行った角に走り寄った。それに私と丸井も続き覗き込んだが其処にあったのはいつも通り、上へと続く階段だけだった。
ぐちゃぐちゃ
(2013/07/21)
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