・page:52
巨大なミミズの様なモンスターに吸い込まれた俺は、その直後に訪れるであろう状況を想像した。
食物を溶かす粘液にまみれながら流動する動きに襲われるのではないかという最悪な事態を考えていたが、実際に襲ってきたのは高い場所から落下するという打撲の痛みだった。

「…ッ…く…」

足や腕を強打したが体を動かすには何ら影響はない事が分かり、俺はすぐにそこ場から立ち上がって彼女の名前を呼びながら周囲を見渡した。
後方から微かに聞こえた声に気付き走っていけば、上体をゆっくりと起こしながらこっちに顔を向けるルノアの姿があった。
無事だったことを喜びながら近寄っていくと、相手はまるで助けを求めるかのように腕を伸ばしてきた。

「…エド…ガー…」

見上げてくる視線は恐怖の影響なのか不安そうに揺れていて、まるで縋るように掴んでくる手が僅かに震えていた。
今までどんなことがあろうと動じなかった彼女が初めて見せた弱さに嬉しさと同時に心が揺さぶられる。
俺を頼ってくれた相手を気遣いながら、怪我はないかと声を掛ければ小さく頷いて見せる彼女。その体を支えながら立ち上がるための補助をしていたら、向こう側からドサリと何かが落ちる音が響いてきた。

「ッいってえ!」

「クポポー!!」

遅れて落下してきたロックとモグと合流を果たし、改めて自分たちが居る場所を見回せば、ここはどうやら地下に出来た洞窟のようだ。
ロックはモグダウジングを否定した俺に“当たっただろ”とハチャメチャな結果論を嬉しそうな顔で押し付けてくる。
新たな場所に辿り着いたという点ではいいのかもしれないが、洞窟の奥から聞こえてくる音にあまり良い予感はしなかった。

下へと続く階段を降りた先には、底が知れないほどの深い渓谷が広がっていた。
向こう側へ渡るための橋が架かっていたが、大部分が抜け落ち使える状態ではなかった。
なのに、その橋の上には機敏な動きで走り続ける者たちが俺達の行く手を阻むかのように配置されていた。

どうやって退けようかと考える俺をよそに、宝箱を発見したロックは軽やかな動きで敵を翻弄しながら目的の場所へと飛び移っていってしまった。
自分も後を追って反対側の橋へ飛び移りながら移動するのだが、足場の狭さに四苦八苦するばかりだった。

宝箱の回収はロックに任せ、ようやくの思いで橋を渡りきるのだが、進行方向から地面が揺れる音が響き続けている。悪い予感を抱きながら前へと進めば、巨大な地面が上下運動を繰り返すという異常な光景に溜息が出た。

「トレジャーハンターの俺でもこんな仕掛けは初めて見た…」

「潰されれば間違いなく再起不能だな」

「クポポ・・・」

消極的な考えに陥っている俺達を他所に、ロックはこんな仕掛けまで施した先にどんなお宝があるのか楽しみにしているようだ。
ワクワクした顔をしながら辺りの様子をじっくり観察したロックは、今までの泥棒家業の経験で得た罠が張られた道の進み方を俺達に伝授してくれた。
ロック曰く危険な場所ほどいいものがある可能性が高いらしい。険しい道が続いてるのは正しい順路だ!と言い張るが、見誤れば終わりというのは少々リスクが高いような気がする。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず!ばあちゃんが言ってたぜ」

「ねぇロック、それはどういう意味?」

「どんなに危険でも洞窟の一番奥まで行かなきゃ欲しい宝は手に入らない!」

「それじゃあ、この奥には…」

「ある筈だ!行こう!」

「待て」

勇ましく出発しようとするロックの襟を掴んで一旦落ち着かせた後、どこまでいくつもりなんだと念のため確認すれば宝箱の場所までだと答える相手。
それをきちんとルノアとモグにも話さなければ惨事になるぞと伝えた。

ロックの頭の中に展開されている行動を要約すると、宝箱が壊れずに維持できているということは、上から落ちてくる地面に潰されていないという事だ。
安全な場所を示す手がかりになるが、それがどこまでの範囲であるのかきちんと把握していなければ踏み潰されてしまう。
地面が持ち上がる際に出来る影を確認してそれから動くべきだと説明してから俺達は目指す場所まで一気に駆けていった。

「急げ!落ちて来るぞ!」

大きな音と共に落下してきた地面を無事に避ける事ができたと安堵している俺の横で、場慣れしているロックは悠々と宝箱を開けていた。
何度か同じような状況を繰り返しながら順調に進んでいたのだが、次の場所を確認するロックが眉をしかめる。

安全地帯の場所が遠いせいで、目的地の状況がはっきり分からないそうだ。
ロックは自分が先に行って場所を見てくる事を告げると颯爽と目指す場所まで駆けて行ってしまった。危険を承知で乗り込むロックの勇敢さに頼ろうと、心強い仲間の背中を見送った。

轟音と共に落ちて来る大地があがっていくと、こっちに手を振るロックの無事な姿が見える。身振り手振りでこのまま先に進む知らせを受けた後、今度はルノアとモグを引き連れて俺達が向かっていった。

検討をつけて辿り着いた場所に避難するのだが、自分が予想してた以上に狭い事が今になって判明する。
宝箱の上にモグを避難させたのは良かったが、地面に大人2人が並んで立つには厳しい状況なのは変わらなかった。
お互いがそれに気付き相手を配慮するのだが転じた災いがルノアに降りかかろうとしていた。

上空で止まった地面が轟音と共に降りてくるのを待っていると、彼女の肩にかかる影が瞬く間に濃くなっていく事に気付く。
状況の結末を悟った俺は咄嗟の判断で背中を向けていたルノアの腹部と胸元に腕を回し、自らの胸の中に強く引き寄せた。
間一髪目の前を掠める大地にルノアの前髪が風圧で揺れていたのを目にして惨事を免れた事に息をついた。

「大丈夫か?」

今の態勢を維持しながら驚きで硬直する彼女に声をかければ、小さく頷いて無事なことを教えてくれる。
頃合を見計らいロックが立っている安全地帯を目指して一斉に走り出し、長かった難所をようやく突破する。

全員無事だった事に安心しているとルノアが俺を呼び止めて、お礼の言葉を伝えてくれた。
嬉しく思う俺だったが、彼女の顔は全くこっちを向いていないのは何故なのか。

覗きもうとする前に足早に居なくなる彼女の様子に、もしかすると咄嗟の判断とはいえ抱きしめてしまったのがいけなかったのかもしれないと考えながら先へと進んでいった。

宝箱を踏み台に使いながら崩れそうな道を飛び越えていった先に見えたのは小さな扉だった。洞窟の最深部にある扉をゆっくりと押し開き部屋を見回すと、そこで目にしたのは物ではなく人の姿だった。

鮮やかな柄の布を幾重にも重ねた独創的な格好と、シャドウと同じく口元を隠す様子から独特な雰囲気を感じる。

ロックが話しかけると相手は見た目とは裏腹に柔和な受け答えをする。
声から判断して男性だというのが分かったのだが、今度はルノアが声をかけた途端、その声は完全に女性のものに変化していたのだ。

まるで一瞬にして性別すら変わったかのような変化を見せた相手は、自らをモノマネ師のゴゴだと説明すると、我々の目的を聞いて仲間として新たに加わることとなった。

予想もしていない出会いにより、新しい仲間が増えて頼もしさを感じていたのだが、当初の目的を果たせなかったルノアは少しだけ気落ちしているようだった。

「魔石は無いみたい…」

残念そうにするルノアにロックが“また探しに行こうぜ!”と笑顔で声をかけると、彼女もそれにつられて顔を上げて返事をする。ロックの明るさに感謝しながら、飛空艇に戻ろうと危険な道を引き返す俺たちだった―――。


………のだが。


宝箱の道を超えたあたりで起こった戦闘により、俺は最大の危機を迎える。

戦いが終盤に差し掛かり、最後の一匹にロックがとどめを刺そうと駆けていく。
しかし、直前にモンスターが仕掛けてきた攻撃が俺に命中し、投げつけられた瓶から出てきた液体が体に降り注ぐ。
その瞬間、自分の体が宙に浮きあがり今まで見えていた世界が突如として変化する。

地面に座り込んでしまった俺は直ぐに立ち上がろうとしたのだが今までと同じ様に動作が出来なかった。
いや、それよりも自分の視界から見える自分自身が、自分のものではなかったのだ。


『な、ん…だ、これは…』


そんな言葉を発したつもりだったのに、もはやそれすら人の言葉ではなかった。
愕然としながら自分の手であっただろう緑色のそれを見つめながら座り続けていると、視界の端に何かがが移り込んでくる。
辿るように顔を上げればそこにいたのは、巨大なルノアの姿だった。

「エドガー…??」

「いや、どうみてもカッパだろ」

「クポポ」

首が痛くて曲がらない程に大きくなってしまったルノアとロック。その中で唯一普通に思えたのはモグの姿だけだった。
そう、思っていたのだが、全てが逆の状態だと気付いたのは、ルノアがしゃがみ込んできたからだ。

じぃ、と見つめてくる彼女の視線は出発前にモグを見ていた情景と何ら変わらず、俺が立ち上がった事でようやく目線の高さが合うくらいだった。

『ルノア!』

俺の思う言葉で声を出しても発せられる音はまるで違うものになる。
疎通さえ出来ない状態で今をどう話せばいいのか悩むばかりだった。

「ロック、どうしてエドガーはこんな姿に?」

「モンスターの変な攻撃食らったせいだ。カッパ状態になってる」

「治せる?」

「セリスなら魔法を覚えてるぜ」

「じゃあ今はどうしようもない?」

「だな。治せるアイテムは在庫切れだ」

その会話を聞いて落胆する俺に、“帰るだけだから心配ないぜ!”と爽やかな励ましをするロックか恨めしくてたまらない。
だが、今の俺と等身を同じくするモグならば共に歩幅を合わせてくれると思ったのだが、モグは俺の目の前で小さな羽をパタパタとさせながら空中を飛んでいったのだった。

裏切りとも言える行為に失意を感じながらも、早くこの姿から脱したい一心で懸命に歩いていく。
先に進むロックの後を追って、落下する大地まで戻ってきたのだが、普段の数倍以上の活動量が必要な体のせいで、ここに来るまでの間に予想以上に体力を奪われる。
深呼吸をして息を整え、仲間にしっかりとついていけるように走る構えをした直後、俺の体が抗えない力によってまたも宙に浮いたのだった。

「間違いなく潰されてしてまうから貴方は私が運ぶ」

上から聞こえてきた声はルノアのもので、そんな彼女によって俺は軽々と抱き抱えられていた。まさか、この年になって敬うべき女性に『ぬいぐるみ』のように抱えられる事になるとは誰が想像出来るだろうか。

下ろしてくれと言いたいが言葉は通じず、下ろされた所で今の俺の歩幅でここを突破するのは極めて難しい状況だ。
黙ったまま彼女の好意に甘えるしかなく、不甲斐なさで心が痛い。

ルノアの腕に抱かれながら全員で落ちてくる大地を突破出来たのは良かったのだが、この状況が更なる受難を生み出す。
彼女は俺が落ちないようにしっかりと腹部に腕を回して支えてくれているのだが、俺の後頭部が運悪く相手の胸元に触れ続けているのだ。
不測の事態だとしても配慮したいという思いが強く、俺はルノアにジェスチャーという方法で意志を伝えようと試みる。

自分を指し示してから今度はルノアの肩をポンポンと叩く。
乗せて欲しいと気持ちを込めて眼差しを向ければ、彼女は意図を汲んでくれたのか態勢を変えようとしてくれる。

これでようやく解決できると思っていたのだが、想像とは違う位置に導かれていく自分の体。
肩に座れれば最良だと考えていたのに、彼女は向き合うように俺を持ち上げると、そのまま肩口の方に抱き寄せたのだ。

『これじゃあまるで…子供じゃないか…』

記憶として残っていない感覚を偶発的ともいえる状況で体感することになるとは。
これ以上文句を言って面倒をかけることに気が引けた俺は、黙ったまま今の状態で居続けることを選んだのだった…。

それから暫くして、ようやくの思いで帰ってきた飛空艇の前でセリスがロックを出迎える。
早速カッパになった俺を戻してくれと体で表現すればセリスはすぐに魔法を発動させてくれた。
これでやっと自分に戻れると安心したのだが、俺はルノアに抱っこされている状況に慣れすぎていたのか、降ろしてもらう前にカッパ状態を解除してしまったのだ。

音と煙が立ち込める中、元のサイズに戻った俺はルノアと向かい合わせに立っていた。
尚且つ肩に置いていた腕がいつもの長さになったことで相手の背中を包んでいて、しかも支えてくれていた彼女の腕もまた俺の腰に回されていたままだった。
後方から、”あ!“という短い反応が響いてきたが、ここは弁明しないのが得策だろう。

「やはり抱きかかえられるよりも抱き締める方がいいな。そう思わないか?」

さっきとは真逆の状況で抱きしめたままの相手に聞いてみたのだが、ルノアは恐ろしい程の速度で俺から離れると、走るように飛空挺に戻ってしまった。

「あ〜あ…。相当怒らせたな」

「カッパに戻した方がいいかしら?」

「クポ!」

こっちの不運すら楽しんでいるようにしか思えない三人に俺は自称気味に呟いてみせた。

「流石に嫌われてしまったようだ」

これから一体どうしたものかと、前髪をかきあげながら小さな溜息をついた俺だった。


prev next

bkm

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -