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エドガーから魔大戦の話を聞いたけれど、それは益々自分を混乱させた。
戦い合っていたのは幻獣と幻獣の力を体に埋め込んだ魔導士たちで、その源である魔道を取り出す技術は遙か昔に作られたものだった。
ヴァリガルマンダが未だに魔大戦が続いているのかと錯覚するのも頷ける。
ただ、いろいろなことを見聞きしたが、肝心の部分は未だにハッキリしないまま頭のなかは靄に包まれている状態が続いていた。

気分転換をしようと飛空挺の甲板に足を運べば時折吹く乾いた風が心地良かった。深呼吸をしながら夕焼け空を眺めていると、そんな私と同じように風を求める人物の姿が目に映った。
それは飛空挺の持ち主のセッツァーだった。船首の方に腰掛けながら何かを弄っている彼は、こっちを見ずに”あんたが来るなんて珍しいな“と声を掛けてくる。
話かけてくれたことや持っているものが気になって近づいていくと、それは紙に絵と数字が描かれたものだった。

「これは何?」

「ん?トランプのことか?」

「トランプ…。初めて見た」

「ふぅん。まぁ基本はゲームや賭事に使う。俺にとっては武器にもなるけどな」

聞き馴染みのない言葉が気になり質問すれば、まずは見てみろと言われる。
彼と向き合うように甲板に腰を下ろすと、相手はとても慣れた手つきでトランプを操っていた。そんなセッツァーの様子を見ていた私はこの機会にエドガー以外の人にも話を聞いてみようと思った。

「今の世界で魔石を見掛けたことはある?話でも構わないから」

「いや、ないな」

「…そう。わかった」

短い会話で終わったように思えたけれど、彼は探すなら陸路で行けない場所を探したらどうだと話してくれる。けれど、そんな所が何処にあるか見当もつかなくて黙ったまま悩んでいると、彼は持っていたトランプを私の前に置きながらこれで勝負をしようと言ってきた。

「あんたが勝ったら行った事のない場所に連れてってやる」

「本当に??」

「ああ。その代わり俺が勝ったら…今夜は俺の相手をしてもらう」

「相手?何の?」

「それはお楽しみだ」

「分かった」

楽しそうに笑うセッツァーはカードの絵柄や数字を見せながらポーカーという勝負の説明をしてくれる。その中でも簡単なファイブカードドローというものらしいのだが、5枚のカードを確認した後、役というものが出来る組合せを考えて一度だけ新しいカードと交換できるというものらしい。

相手よりも難しい組み合わせを作った方が勝ちというルールを教えられ、見本の役を確認したあと、セッツァーは5枚のカードを互いに配ってくれた。置かれた自分のトランプを見ながら説明を思い返すようにカードをじっと見つめて、数字やマークを確認してから交換するカードを決めた。

「先にいいぜ」

トランプの山からカードを取り、改めて手札と一緒にそれを確認する。
そして、セッツァーのショーダウンという声で互いのカードを見せ合った。

「ストレートとツーペア。俺の勝ちだな」

あと一枚来てたらあんたの勝ちだったと話すセッツァーの表情には余裕が窺えて、何だかそれが悔しくてカードを混ぜて同じ様に5枚配れば彼は口角を上げてみせた。

「見かけによらず負けず嫌いだな。勝負は決まったはずだぜ?」

「一度の勝負とは誰も言っていない筈だけど?」

私の言葉に笑い出したセッツァーは、だったら今夜決着をつけようと時間と場所を指定する。最後に楽しみにしてるぜと言葉と一緒に笑顔を残して船内へ戻ってしまった。

話し掛けた流れから思いもよらない出来事へと発展したが、勝負に勝てば自分にとって魔石を探すまたとない機会が得られるのは喜ばしい事だ。

それから数時間後。

セッツァーに言われた時間に間に合うように船内を歩いていたら、たまたま部屋から出てきたエドガーと廊下で鉢合わせた。彼に紅茶でも飲まないかと誘われたが先約があった私は残念に思いながらもそれを断るしかなかった。

「これからセッツァーの所に行く約束をしていて」

「セッツァーと??」

「彼とポーカーで勝負をするから」

話を聞いたエドガーは眉間に皺を寄せながら、セッツァーに対して何かを呟いているようだった。それから、彼が今に至るまでの経緯を説明して欲しいと言うので、重要なやり取りだけを抜粋して話した。

「私が勝負に勝てば新しい大陸に連れて行ってくれる約束をしてくれた」

「ならば、君が負けた時はどうなる?」

「今夜、彼の相手になれと言われたけれど」

私から視線を逸らしたエドガーは険しい顔つきになっていた。彼の様子が気になりつつも、待ち合わせの時間が迫っていることもあり、セッツァーの所に向かおうとするのだが、突然エドガーが俺も一緒に同行させてくれと真面目な顔つきで頼んでくる。

「そんなに勝負が気になる?」

「賭事には自信があるんだ。試してみるか?」

エドガーは服の内側から一枚のコインを取り出すと、これで賭けをしようと言ってくる。
まるでセッツァーのようだと思いながら彼の説明を聞けば、コインの裏と表を当てるだけようだ。

「表は俺で裏はルノア。勝てば同行させてもらう」

説明が終わるや否や響くような音と共に空中に弾かれたコインが彼の手に吸い込まれるようにして戻ってくる。エドガーはまるで自分が勝つのが分かっているかのように、自信に満ちた表情で握っている手のひらを開いてみせた。

「さあ、ルノア。行くとしよう」

表を向いていたコインをポケットにしまい込みながら、私よりも先に廊下を進んでいくエドガーはさっきから一体何がしたいのだろう。そんなに賭事が好きなのかと疑問を抱きながら前を進む彼の背中についていった。

目的の部屋に到着し、強めにドアをノックすれば中から返事が返ってくる。ゆっくりと扉を開けて部屋に入ればセッツァーが出迎えてくれたのだが、私の後ろにいたエドガーを見た瞬間、明らさまに訝しげな顔をしてみせた。

「まさかの客人がお出ましか」

「招待されたからには来なければいけないだろう?」

私の肩に触れながらそんな事を言うエドガーは、本当にどうしてしまったのだろうか。落ち着かない気持ちのまま椅子に腰掛けるのだが、対照的な位置に座ったセッツァーとエドガーの取り巻く雰囲気は益々奇妙なものになっていくばかりだった。

「見送りご苦労さん。もう帰ってもいいぜ?」

「行きを見送ったなら帰りも責任を負わなければ。待たせてもらうよ」

「心配しなくても送ってやるよ。朝かもしれないけどな」

「賭け事にそこまで興じては、飛空挺の操縦に差し支えるんじゃないか?」

「それを言うなら、国王が賭け事に興じる方が色々と問題だと思うぜ」

「世の中を知るには、良い機会だからな。是非とも教えて貰いたいものだ。……特に、何をどんな風にするつもりなのかを」

私の目の前で繰り広げられる理解できないやり取りは何の意味があるのだろうか。取り残された挙げ句、一向に現状が進まないことに号を濁した私は、テーブルに置かれたトランプを手のひらで音が鳴るくらい強く叩きつけることで二人の視線を強制的にこっちに向けさせた。

「文句があるなら勝負すればいい。勝った相手の言うことを聞く、それだけ。」

「待て。2対1じゃないだろうな?」

「いいえ。私は新しい大陸。セッツァーは今夜の相手。エドガーは勝敗の破綻。それぞれ自分の為に戦うだけ」

「ああ、いいぜ。国王はどうするんだ?」

「俺もそれでいい」

「勝負は一度きり。始めましょう」

配られたトランプを見つめる全員の表情には笑顔はなく、たった一度しか変えられないカードを真剣に選んでいた。
簡単な組み合わせを選べばきっと役を作ることは出来るけれど、勝負に慣れているセッツァーに勝つことは難しいだろう。エドガーの運の良さがどれくらいか分からないけれど、勝たなければやりたいことも出来ないのなら、臆してる訳にはいかなかった。

自分が考えこんでいるあいだにカードを選定した2人が私が終わるのをじっと待っている。不要なカードを捨てて新たに引いたカードを手持ちに加えれば、勝敗を決する準備は整った。

「ショーダウン」

互いの視線が絡み合うなかで、セッツァーの低い声が静かな部屋に響いていく。エドガーに続きセッツァーが手札を見せたのだが彼の役はエドガーよりも上なのがわかった。

「ストレートフラッシュだ。さぁ…俺に勝てるか?」

口角を上げるセッツァーとその隣で苦い顔をしているエドガーはあまりにも対照的で、2人が私の手札を確認するまでもなく勝敗を決めつけているのが分かった。そんな重苦しい空気の中、私は自分の持っていたカードをゆっくりとテーブルの中央に置いた。

「ロイヤルフラッシュ」

呆気にとられた表情でこっちを見てくる2人に、私の勝ちだと宣告すればセッツァーは喉の奥をならすような笑い方をし始める。

「ククッ…最高だな!久々に見たぜ。約束通り連れてってやる」

「ありがとうセッツァー」

「勝負に勝ったのはあんただ。従うに決まってるだろ」

上機嫌な彼はこれから一緒に酒でも飲まないかと私を誘ってくれる。でも、勧められた酒というものがよく分からない事も理由だったが、セッツァーの誘いよりも先に交わされた約束を私は優先させた。

「紅茶では駄目?」

「紅茶?」

「そう紅茶。これからエドガーと約束をしているから」

「…いや、酔えそうにないな。遠慮しとくぜ」

あんたら二人と一緒に居たら逆に悪酔いしそうだと、変な事を口にするセッツァーは私とエドガーを邪魔だと言わんばかりに部屋の外へ追い払ったのだった。

「エドガー」

「何だ?」

「どうして彼は紅茶で悪酔いするなんて言ったの?」

「…そう、だな……きっと酒が飲みたかったんじゃないか」

「酒・・・」

「飲んだことがなさそうな顔をしてるな」

「聞いた事も飲んだこともない。美味しい?」

味の感想を彼に聞くと、何故だか楽しそうに笑みを浮かべながら、いずれその時が来たら俺と一緒に特別なものが飲めるはずだと、益々困惑させるような事を言われた。

部屋に戻って彼の淹れてくれた紅茶を飲みながら、セッツァーが連れて行ってくれる大陸はどんな所なのだろうかと話をする。魔石が見つかって欲しい気持ちが大半だけど、見たこともない場所を自分の目で見る喜びが心の隅に密かに存在していた。


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