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エドガーはずっと私の話を黙って聞いてくれていた。
こんな寒い場所に留まらせてまで語るようなものでもないのに…。

「私は内側の世界でも外側の世界でも何も知らず…今もそのまま」

ずっとずっと知らないまま過ごしている。
ティナの事も、幻獣の事も、人間の事も、そして自分自身のことも。

ユラが居なくなって道しるべを失い、今はその標を取り戻すことが私のやるべき全てになった。それを叶える為にエドガー達と協力し合い、今を進んでいる。

ティナの事だけを語ればよかった筈なのに、どうして自分の話を彼にしてしまったのかよく分からなくて。けれど、話せたことで胸にしまっていたものが僅かに軽くなったのは確かだった。

「長々とごめんなさい。もう戻ろう、エドガー」

繋いでいた手を離してゆっくりと歩き出せば、エドガーは私の背に向かって言葉を掛けてくれた。

「君の事が知れて良かった。話してくれてありがとう」

その言葉を聞いた途端、胸に僅かな痛みが奔った。
あんなに寂しくて苦い記憶ばかりしかなかった私の過去を聞けて良かったなんていうからだ。相手の言葉の意味を必死に探ろうとするのに考えが至る事は出来なかった。

ナルシェの町から飛空艇に戻ってきたあと、部屋で本を読もうと手を伸ばしたのだが、指先が思うように動かず抜け落ちるようにして床に落ちてしまった。

それを拾おうとした自分の手の暖かさに違いがある事に気付き手の平を重ねてみた。エドガーが繋いでくれていた方の手は今でもこんなに暖かくて、改めて彼の行動の意味を理解した。

「本当に優しい人・・・」

私のような何の面白みも無い存在といつも一緒に居てくれる。
話しもせずに本ばかり読んでいるのに、それでも同じ空間にいてくれる。

そして今も部屋に1人居る私の所に彼は来てくれた。

本の前でしゃがんでいる私の事を不思議そうに見ながら、持ってきた茶器をテーブルに置いた彼。冷えた体を温めようと勧められた紅茶に短く頷けば、彼は当たり前のように準備をしてくれる。

「エドガー」

「どうした?」

「私がやってもいい?」

今まで何度も見てきた彼の紅茶を入れる仕草を思い出しながらしっかりと丁寧に手順を踏んでいく。時間を計ってティーポットからカップに注ぎいれれれば、淡く綺麗な薄紅色の紅茶が出来上がった。

それを一口飲んだエドガーは、私を見ながら“美味しい”と言ってくれるから、相手の柔らかい笑顔を見てるとまるで自分まで嬉しくなって、自然に溢れたありがとうの言葉と笑顔。

こんな風に素直に喜びの感情を出せたのはいつぶりだろうか、なんて考えてしまうほど遥か遠くで。きっと昔の話をしたせいで過去の自分が出てきたのだろうと…そう思った。

折角だから自分の分の紅茶を淹れようとするが、こっちを見てくるエドガーの視線が気になり手を止める。
カップを持ったまま私を凝視する彼の頬が何だか少し赤い気がした。もしかすると、寒空にいたせいで風邪をひかせてしまったのかもしれないと焦れば、温かい紅茶を飲んだせいだと変に早口で答える彼。

心配しなくていいと何度も言うから、もし具合が悪くなったら言ってほしいと伝えてソファーに座る彼の隣に腰を落ち着かせる。一緒に並んで紅茶を飲みながら、ナルシェという町についてエドガーに聞いてみると本当に沢山の事を教えてくれた。

そんな彼のことをまるで“動く書物”のようだと妙な例え方をすれば、図書室があるフィガロが移動するなら城の主もそうでなくてはと笑って答えてみせる。

彼の受け応えは本当にいつも寛容で相手のことを考えたものを返してくれる。だからいつもエドガーの事を尊敬すると同時に羨ましく思えた。

「どれほどの知識があったら、エドガーのようになれる?」

頭に浮かんだ率直な疑問を彼に投げかけると、俺の知っている事は僅かな事だけだと答える。そんなことは無いと否定するのに、エドガーは“だったら”と今度は私に聞いてきた。

「君の一番好きな色は?」
「・・・え?」
「好きな場所は?嫌いなものは?」

矢継ぎ早に質問されて何も喋れずにいると、エドガーは“知らない事の方が多いだろう”と言った。

「ルノアの事を何一つ答えられない俺は物知りなんかじゃない」

「・・・・・・・・・・・」

「だから、いつかまた君の事を話してくれないか?昔の事でも今の事でも何でも構わないから」

沢山の事を知っているよりも身近な人について多く語れる方が遥かに凄いじゃないか、と笑う彼の顔から視線を逸らせなくなる。
いくら書物を読もうとも、どんなに知識を手に入れても、それに勝るものはないと彼が言うのならそうなんだと、相手の言葉をこんなにも素直に受け入れられるのは、私がエドガーを信頼している証拠だった。

憎しみに駆られてばかりいた私が偶然にも彼と再会を果たした。長い時間共に過ごしてきた日々はどんな時間よりも貴重なもので、相手はそんな私にいつもまっすぐに向き合ってくれていた。

だったらこんな私の事でも話を聞きたいと言ってくれるなら…笑顔で語れるような思い出はなくても話してみたいと思う。
そしてそれと同時に、エドガーのことを知りたいと思うようになっていく。

共に居られる時間に限りがあるからこそ、今は目の前の貴方と話をする時間にしよう。
持っていた本をテーブルに置いて、同じ紅茶を飲みながら同じ時間を過ごして、本で知ることの出来ない貴方の事を自分の記憶に記していく――。


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bkm

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