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大きな音と共に地上へと浮上したフィガロ城がコーリンゲンの大地に姿を現す。城の中に居た者たちが空を求めて一年越しに扉を開け放ち、その開放感に喜びの声を上げていた。
無事に助けることが出来て本当に良かったと改めて思いながら仲間の様子を見ていると、いつもなら俺の隣にいる事の多いルノアがセリスと一緒に行動している事に気付く。
昨日の事が影響している可能性が大いにあるが、必ず解決できると分かっていた俺は気にせず過ごす事にした。

機関室をもう一度確認した後、城の事を皆に任せて俺達はコーリンゲンに向けて旅立っていく。大勢の従者に見送られながら砂漠を歩き、辿り着いた村で目にするのは以前と変わらない寂しさの漂う風景だった。とりあえずは酒場で情報を集めようと建物の中に入っていけば、まさかの再会が俺達を待っていた。

「セッツァー!」

テーブル席に座る背中に気付き、喜び勇んで駆け寄っていったセリス。
名前を呼ばれて後ろを振り返ったセッツァーは目を瞬かせたものの、抑揚の無いトーンで“生きていたか”と言葉を返してきた。
そんな相手に今一度ケフカを倒しにいこうと声を掛けた俺達だったが、セッツァーは顔を上げるどころか益々顔を俯かせ、気力が無いんだと溜息を吐き出す。

「もともと俺はギャンブルの世界…人の心にゆとりがあった平和な世界に乗っかって生きて来た男。そんな俺にこの世界は辛過ぎる」

翼を失ってしまったと失意を宿した瞳で語られる言葉には覇気も希望も感じられなかった。逃げるようにカウンターに移動するセッツァーを追いかけるセリスは、相手の肩に手を添えながら以前の気持ちを取り戻して欲しいと語り続けた。

「世界が引き裂かれる前に、あなたは私達と必死に戦ってくれたじゃない?あんな辛い戦いに……」

「でも、もう俺は…夢を無くしちまった」

「こんな世界だからこそもう一度、夢を追わなければならないんじゃない?世界を取り戻す夢を…!」

強い思いと願いの込められたセリスの言葉を聞いて、セッツァーの目が段々と輝きを取り戻しはじめる。俺の夢につきあってくれるか、と話す相手にしっかりと頷けばセッツァーはダリルの墓へ行こうと声を上げた。

「……よみがえらせる…もう一つの翼を!」

目的と目的地を話すセッツァーは、俺達にしっかり準備をしろと念を押す。その理由を問えば、墓場には何が出るか分からないだろ?と僅かに口角を上げながら含ませた言い方をしてみせた。

それを聞いたセリスが妙にソワソワしながらルノアに声を掛けていた。反対にルノアは全く意に介さない様子だったのを見て、俺が墓地で彼女に頼りにされることは無さそうなのを理解する。

多少残念に思いながら明日の朝出発しようと皆で話し合い、それぞれ装備を整えることにする。俺は城の今後についてまとめたいことがあることを伝え、夜更かしをしても皆に影響が出ないように個室を借りることにした。

仲間と共に夕食を終えた後、部屋に戻って机に向かい万年筆にインクを付ける。瓶の縁で墨の量を調節し、紙の上に文字を連ねていった。

暫くの間作業に没頭していたのだが、ふとした瞬間に集中が途切れる。体に感じる疲労感に押されて時計を見れば、道理でか…と納得のいく時間になっていた事に気付く。

息を吐き出しながら腕を伸ばし肩の凝りを解消していると、廊下から微かに足音が聞こえた気がした。扉の方に意識を集中させ、ゆっくりと音を立てずにドアへと近づく。そっと扉を開ければ、自分が予想したとおりの人物の姿があった。驚いた様子で立ち去ろうとする彼女を見た俺は、咄嗟に相手を留まらせる為の理由を作り上げていた。

「本でも読みにきたのか?」

その問いかけに釣られた彼女は逃げようとしていた歩みを止めて、こくんと小さく頷いてみせた。

「邪魔はしないつもりだったのに、来てしまった…」

「一段落ついたところなんだ。部屋に居ても大丈夫だぞ」

気にしている相手がこっちへ戻ってこれるように声を掛ければ、振り返ったルノアは“ありがとう”と口にする。本を読める事に気をよくする彼女を部屋に招きいれたあと、俺はその背中に大事な言葉を掛けるのを忘れなかった。

「おかえり」

それを聞いた瞬間、彼女は驚いたように肩を上げて振り返る。
しまったと言わんばかりの表情で硬直している相手に近づき、顔を向かい合わせてもう一度言葉を掛ければ彼女は益々困惑していた。

「俺はあの時の返事を肯定として受け取ったんだが、間違えているか?」

昨日、フィガロ城で俺が待つ側の人間になりたいと聞いた時、彼女は自分に了承する権利も命令する理由も無いと言っていた。
それは俺に一任するという意味だと理解して“おかえり”と声を掛けたのだが、当の本人としては言われる筈が無いと考えていたからこそ、今も黙ったまま葛藤し続けているんだろう。

「君が対になる言葉を知らないのなら俺が教える。もしも知っているなら返事をしてくれないか?」

たとえどちらを選んでも言うべき言葉は決められているという嫌味とも取れる選択肢かもしれない。けれど、彼女を待つ者がここにいることを知ってもらいたかったのは嘘ではないから。

「・・・・・・・・・る」

「ん?」

「……知っている…ッ」

「そうか」

そっぽをむいている彼女の顔を覗き込み、改めて向き合って“おかえり”と声をかけたのだが、想像していた以上にたどたどしい返事が俺に返ってきた。

「・・・た………ただ、い…ま」

「おかえり、ルノア」

「今、言ったばかりなのにどうしてまた言うの…ッ」

「不慣れのようだから練習が必要かと思ったんだが?」

「そんな事は!!」

「なら、もう一度。おかえり」

「た…っ…た、だいま」

「・・・・うーん……」

「もう知らない!私は本を読みに来ただけ!」

怒りを滲ませる足音を響かせながらソファーを目指すルノアだったが、その頬は林檎の様に赤く染まっていた。全ての言動が可愛らしさに繋がり、見た目との差がそれを一層引き立たせる結果となっているのに本人は気付きもしない。
機嫌を損ねてしまった相手の隣に悪びれもせず座った俺は、笑顔を添えて彼女に一冊の本を手渡した。

「良かったら読んでみてくれ。フィガロについて書かれた本だ」

「・・・いいの?」

「ああ。その為に持ってきたものだからな」

興味をそそられたのか早速本を開いて読み始めるルノア。
相手の機嫌が直ったところで、もう少しだけ作業を続けようとソファーから立ち上がろうとした俺だったが、それを阻むように腕を引っ張られ“これは何?”と彼女に尋ねられた。

本の間から抜き取られたものは一枚の栞。
それは機械の部品に使おうと金属を伸ばした時に出来た端材の一部で俺が作った物だった。いつの間にか行方知れずになっていたので、てっきり失くしたとばかり思っていた。

「エドガー、この切り抜いた模様は何?」

「フィガロの国章だ。ウーツ鋼を真似て鍛造したあとに金型で圧縮させたんだ」

「とても綺麗。こんなに素敵な栞を今まで見たことがない」

鉄製の栞を愛でながら国章を指先で優しくなぞる彼女は、俺の作ったものを見て喜んでくれていた。
今まで利便性や機能などの必要性を重視した機械ばかりを製作していたから、思いつきの物に対してこんなにも目を輝かせながら評価されたことに俺は驚きと同時に純粋に嬉しさを感じた。

「もし君が気に入ったなら貰ってくれないか?」

「それは出来ない!エドガーのものなのに」

「本を読むならあった方が便利だ」

「だけど私は貴方に返せるものが何も無い…」

「いや、さっき返してくれただろ?ただいまって」

「それは意味が」

「俺はその言葉を貰えればいい。君を出迎えたいんだ」

栞を一度見つめた後、俺を見上げてきた彼女に優しく笑顔で問いかければ、相手も言葉ではなく首を縦に振ることで答えてくれる。
壁掛け時計の音だけが響く部屋で見つめ合っていると、彼女が照れた様子で“大切にする”と言ってくれた仕草に愛しさが募るのを感じた。

仕事の続きをしている最中、ふと彼女を遠目から盗み見たら何故か栞をずっと見つめていた。女性に対しての贈り物が思いつきで作った金属の栞などあまりに粗末だったと今更ながらに思う。けれど、それを受け取ってくれた相手は本当に嬉しそうな顔をしながら今も栞に触れていた。

喜んでいる相手の顔を見るだけで自分まで嬉しい気持ちになれるなんて、どんなに凄い事だろうか。
彼女は栞を見つめて、それを見ている彼女を俺が見つめる。
一方通行の眼差しだけれど、巡る気持ちは円を描いている気がした。


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bkm

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