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「いつものエドガーとかなり違う……」

「俺はジェフだからな」

次の日の朝を迎え、着替えた俺を見たルノアの一言で自分の変装の出来が上々だと理解する。襟元のスカーフを直しながら探し物をしていた俺に髪を結ってもいいかと聞いてくる彼女の手には、今まさに俺が探していたリボンとブラシがしっかりと握られていた。

ソファーに座るのを待ち構えている彼女の姿に促され、小さな笑みと共に“よろしく頼む”と声を掛けて腰を降ろせば、後ろ背からブラシがゆっくりとおりてくる。

頭の上から下へと向かうブラシの動きや髪を掬う優しい手付きに、こんな風に髪を結って貰うのは本当に幼い頃以来だと、懐かしい感覚が蘇ってくる。
髪を伸ばしているのは自分の考えだが、支度にはそれなりに時間が掛かるのも本当で、世界が崩壊してからというもの雑になってしまうこともあった。

だからこそ、今こうして髪の間を通っていく相手の指先やブラシの動きがとても心地良く思えてならないんだろう。
優しく丁寧に結われていると、このまま眠ってしまいたいと感じるほど気持ち良くて、けれどリボンが結ばれるのが分かり、もうすぐ終わりだと思うと名残惜しくなっていく。

心地良さのせいで無意識のうちに目を瞑っていた俺は、ルノアがソファーの後ろから自分の前方に回っている事に気付かなかった。
突然額に触れてきた手に驚いて瞼を開ければ、至近距離に居た彼女が俺の前髪を整えながら思いがけない言葉を発した。

「とても素敵」

「―――……!?」

普段よりも穏やかな表情でこんな一言を掛けてくるなんて誰が想像出来るだろうか。
女性を褒める事は今まで幾らでもしてきたが、自分の見た目に対して言葉を掛けられるなど考えてもいなかった。

ルノアが他人をおだてたり、持て囃したりするような人ではないと分かっているからこそ、本心で言ってるのが分かって妙に動揺し始める自分に気付いてしまう。

ありがとうとお礼を口にして立ち上がった俺は、何食わぬ顔で窓の外を眺めるフリをするのだが、ガラス越しに映る自分の顔を見てみると、それはそれは困惑しきった表情をしていた。

「・・・・・・・はぁ…」

彼女の純粋な物言いに揺さぶられる自分に対して小さな溜息を漏らしながら、気持ちを奪われた盗賊ジェフは町へと1人歩いていった。


港近くにある酒場へ足を運べば、盗賊達は昨日と同じようにそこに集まり朝から酒を飲んでいた。まずは情報収集をしようと近くにある席に座って盗賊たちと同じように酒を注文する。
会話に注意しながら聞いていると、やはり盗賊達はフィガロ城から脱出してきたことが分かり、もっと詳しい話を聞こうと、饒舌気味の男に的を絞って近づいていくことにする。

「あんた達の武勇伝、もっと聞かせてくれないか?」

言葉と同時にジョッキの注文をすれば、それに気をよくした盗賊は色々と話をし始める。
世界が崩壊した日、地中へと潜ったフィガロ城は砂漠を航行中に事故に遭遇してしまい動かなくなってしまったようだ。そして奇しくも止まった場所が牢屋と大ミミズの巣を繋げる結果となり盗賊達は地上まで逃げ出す事が出来たのだ。

「もう一度、城に入る事は可能なのか?」

「・・・さあな」

情報の代わりに要求されるアルコールを再度注文し、話の続きを聞くと盗賊達だけが知っている秘密の洞窟から乗り込む事が出来るというのが分かった。

その後も色々と話を聞きだすと、この者達のボスは世界が崩壊した日に死んでしまったらしい。つまり、今ここにいる男達を先導する人間はいないという事になる。
だったらその空席を利用して、フィガロに乗り込むための足掛かりにさせてもらおうと思いつく。

「一つ聞きたいんだが、フィガロは盗賊から没収した金品を何処に保管するか知っているか?」

「保管…?お、おい、あんたもしかして知ってんのか!?」

「あれだけの規模の城だ。賊なら一度は狙うだろう?」

それらしい言葉を羅列すれば、盗賊達は自分達の良い様に勝手に解釈してくれる。内部の構造に詳しい事や、以前から探していたんだと嘘の様な真実を話せば俺は最早相手から見れば同じ穴の狢になる。

「逃げ出しただけで奪われたままじゃあ、盗賊として格好がつかないんじゃないか?」

「そりゃそうだけどよ!!」

「船も物資も俺が出してやる。倉庫への道も教えてやってもいい。その代わり、俺が全ての指揮を執らせてもらう。どうだ?」

「つまりあんたが俺達のボスになるっていうのか…」

「お前達の金品が色つきで取り戻せるなら悪い話じゃないと思うが?」

本当の目的を偽装しながら、相手にとって都合のいい話を持ち出し今後の展開を並べ立てれば、勇むように話を聞いてくる盗賊たち。
自分がボスになる事を確認すれば、満場一致で俺は盗賊の頭としての地位を確立することが出来た。

「俺の名はジェフ。よろしく頼む」

フィガロ城への潜入を執りつけた後、俺はある程度の金を盗賊達に渡し酒場を出ると、そのままの足で港に向かっていった。
善は急げとばかりに早速船主にニケアからサウスフィガロへ向かう明日の船の貸切を前払いで押さえておけば段取りとしてはほぼ終了だ。

町へと戻る途中、雑踏に紛れた人物に目配せで合図を送れば、自分の隣に並ぶように歩くのはフードで素性を隠したルノアだ。

「どうだった?」

「ああ、上々だ。明日にはフィガロへ向かえる」

「そんなに簡単に事が進んだの?」

「正直に話したら聞き入れてくれた」

含んだ笑みを見せながら相手に話せば、意味合いが違うと気付いたルノアが肩をすくませる。とりあえずの報告を終えた後、俺達は互いの持ち場を逆転させ彼女が盗賊達の様子を見るために酒場へと向かった。

その一方、俺は一年ものあいだ地中で止まっていた城の中は一体どうなっているのかと想像しながら必要になりそうなものを町中で買い漁った。
そしてアイテム以外にも機械の修繕に使えそうな部品を明日の朝までには集めて欲しいと店の主たちに頼んでおくことも忘れなかった。

その日の夜、宿屋で合流したルノアには盗賊たちを引き連れてニケアから貸切の船でサウスフィガロへ向かう事を話した。
客として船に乗せられない事を彼女に謝るのだが、尾行をするのは思っていたよりも面白いから勝手に乗り込むから別にいいと答えてくれる。監視されている側としては複雑だが、後ろに居てくれることは心強いのは確かだった。

明日の早朝、必要な備品を船に積み込み、なるべく盗賊たちの目に触れないように段取りを組んだあと、自分達の準備もしっかり行い次の日に備えた。

短めの睡眠をとった後、夜が明けきらない間に宿屋を出た俺達は早速港へと向かい持ち込んだ荷物を船の中に積みこんだ。
ある程度の作業が終わり酒場へと向かえば、あいも変わらずの様子でたむろしている盗賊たちの姿があった。

酒の匂いを漂わす盗賊たちに集合場所と時間を伝え、後で落ち合う事を約束した俺は最後にもう一度町へと向かった。
昨日、店に頼んでおいた物資を取りに行くため酒場の前の道を歩いていくと、前方からフードを被ったルノアがすれ違い様に短い言葉を残していった。

「セリスと貴方の弟がこの町に来ている」

色々な物事が一気に動き出すのを感じながら、彼女の言葉に頷き町の方へと足を進める。
それから程なくして軒を連ねる店の前で店主と話をしてた俺に声を掛けてきたのは聞き覚えのある女性の声だった。

「も、もしかしてエドガーじゃない?」

「何だお前ら?」

顔だけを僅かに向けながら素っ気無い態度を取る俺だったが、今はどうしても素性がばれる訳にはいかない。
ルノアから事情を話してもらえば良かったが、団体行動を取るには不向きな作戦でもあった為、今はセリスとマッシュの行動力と判断力に委ねることにした。

店を回る俺の後をついてくるセリス達をつかづ離れず適度にあしらいながら必要なものを揃えていく。そして最後に俺の目的地がどこなのかを伝える為、わざと船着場の近くで足を止めることにした。

「これからフィガロ行きの船に乗るのに忙しいんだ」

本来なら“サウスフィガロ行き”の船というのが正しい言い方だが、盗賊ジェフである俺が貸し切っているこの船はまさにフィガロに向かう者達だけが乗れるものだ。

目的に気づいてほしいと願いながら言葉を掛けたのだが、セリスは話の内容よりも俺が誰なのかを明かそうと懸命に聞いてくる。

「とぼけないでよエドガー。それとも……記憶を失くしたの?」

「俺は生まれた時から荒くれ者のジェフって名さ、レディ」

本名を相手に晒されてしまったが、今の俺はその名前ではない。
素性を隠しているという事も踏まえてしっかりと自分の事について説明した筈だったのだが……

「レディなんて言うのは、エドガーさんだけよ」

と、自らの特性が墓穴を掘る結果となってしまった。
失態を犯した事に驚いて肩をあげてしまったのは気のせいだと自らに言い聞かせながら、“レディに優しくってのは世界の常識なんだよ”と言葉を続けたのだが、それすら名刺代わりの様なものだったかもしれない…。

ともあれ首尾よく伝わった筈だと思いながら、俺は2人をその場に残し港に停泊している船に乗り込んでいく。

海賊達にフィガロ城に乗り込むまでの道案内をさせ、潜入してからは俺が指揮をとるという段取りを話しながら、船尾の方に人影があるのを確認した後、俺はニケアからサウスフィガロへ向けて船を出港させた。


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