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世界が崩壊したあの日からもうすぐ一年が経とうとしている。
その間、俺達が成し得た事は些細なもので、今も懸命に出来ることを探して邁進していた。サウスフィガロにルノアを残し、俺はニケアに話し合いに向かう。
見送られる側になるのは何度目だろうと思いながら、彼女と別れを交わしていた。

「ニケアとの話が終わったら、またすぐに戻ってくるつもりだ」

「ええ、分かった」

短い返事をした相手に手を挙げて、お互いが小さく頷き合う。以前のように長引かないことを祈りつつ、俺はニケアへと向かっていった。

港に到着すると夕暮れ間近とあって町の中は人の往来が多くなっていた。住人との話し合いは明日にしようと、挨拶だけをしてその日は休むことにする。

次の日を向かえ、集まった人たちと机を囲み今後はどんな風に他の町と連携を取っていこうかと話が上がる。自然が減少し物資が少なくなってきている現状に頭を抱えながら、打開策を見つけ出す話し合いが長時間行われたが、なかなか上策が見つからず明日に持ち越しとなった。

こんな風に大勢の人間と顔を突き合わせて話し合いをするのが久しぶだったのもあり、疲れを感じてはいたが俺はその足でバーへと向かうことにした。
色々な人たちが集まるこの場所にいれば、何か情報を手に入れられる可能性があるだろうと、カウンター席に腰を落ち着かせて、料理をゆっくりと食べながら人々の話に聞き耳を立てて過ごしていた。

現状に対する疲弊や不満の声が多く聞こえてくるなかで、僅かでも有益な情報はないかとカウンター越しに店主に話しかければ、最近のニケアについて色々と教えてくれた。

嘘か本当か分からないような内容もあったが、気さくな店主につられて話を続けているとその会話に乗じて近寄ってきた女性がにこりと微笑みながら俺の隣の席に腰を降ろした。

「お酒はいかが?」

飲酒を勧めてきたのはこの店の踊り子で、夜だというのに男一人が酒も飲まずに会話だけしているのが気になったのかもしれない。
売り上げ目的の勧誘だと分かった上で一杯だけ注文すると、踊り子は2つのグラスを手にして席まで戻ってきた。

俺の目の前にグラスを一つ置き、もう一つを自分の分だと言いながら隣に腰を降ろす。
向かい合った相手は、乾杯といいながら美味しそうに酒を煽り、上機嫌な様子で取り留めの無い会話を始める。
俺も調子を合わせて話をしていたつもりだったが、違和感に襲われた途端、俺本来の会話が出来ていない事に気付いてしまった。

相手に何処から来たのか問われればサウスフィガロからだと教え、お酒は好きかと聞かれたら嗜む程度にはと答える自分。

女性を褒めて悦ばせるような言葉も浮付いた台詞も一つとして発せられず、以前はどんな風にしていたんだろうと考え始めてしまうほどだった。
真面目な顔つきになってしまった俺を見た相手は“大丈夫?”と声を掛けながら俺の腕にそっと触れてくる。
その視線に含まれた色と距離感に気付いた俺は、穏やかに微笑みながら帰らなければならないと一言添えて出された酒を一気に煽った。

「出会えたお礼に君の分の酒代も払わせてもらうよ。おやすみレディ」

女性に優しくという精神のもと、それだけは口にするのだが、面白さの欠片もない簡素な言葉を伝えるのが精一杯で、店を出て夜空を仰けば自然と零れたのは自分への溜息と内心を悟った言葉だった。

「・・・参ったな…」

俺は今まで当たり前のように女性に対して甘い言葉を紡いできたが、とある事を境にそれをしなくなっていった。
荒廃した世界や不遇のせいではなく、たった一人の女性との出会いがそうさせたんだとはっきりと自分自身でも自覚しているが、まさかここまでだとは…。

言葉遣いから立ち振る舞いに至るまで変化をきたし、今までの習慣や行動までも変えてしまう。そんな人と巡りあったからこそ、こうして変わりはじめた自分に気付く。

彼女と初めて出会った時の鮮烈で心に刻まれるような瞬間を思い出すと、自分の気持ちがその瞬間に囚われたんだと理解する。

だから俺は死地に1人で行かせたくなかった。
鮮やかな紫の瞳を別の場所にも向けて欲しかったんだ。

運命というには数奇で、必然とするには未だ希薄とも言えるが、俺が他の女性と区別している点で言えば最早彼女は特別な存在だと断言できるだろう。

「……君は今、何をしているんだ?」

離れていても繋がっているであろう空を見つめながら、届くことの無い独り言が宙へと消えていく。もしかするとまた本を読んでいるのだろうかと、いつもの様子が思い浮かんできて俺は小さく笑みを零す。
どうか彼女が何事も無く今日を終えている事を願いながら、おやすみの言葉を離れた場所に居る相手に囁いた。


次の日、そしてまた次の日と話し合いは続き、ようやく内容が定り始める。
陸路や航路を使って物資の運搬や情報伝達をしていく話を取り決め、今後は様子を見て変更していこうとまとまった。
長かった打ち合わせから開放され、気分を変化させようと1人チョコボに跨り町の外を颯爽とひた走る。

城にいた時もこんな風に気分転換で乗っていたことを思い出しながら山脈が見える場所まで来ると、高い塔が聳えているのが目に映った。
崩壊後から徐々に大きくなっていった建物は、南の大陸にある瓦礫の塔を模したもので、巷では狂信者の塔と呼ばれるようになっていた。

神を気取ったケフカの傍若無人な破壊活動に苦しみや恐怖を持って生活している人々は今だ多い。サウスフィガロも何度も裁きの光りによって壊されているがその度に町の住人が懸命に修復作業をしていたのを思い出す。

早く平和な日常が送れる様になる為にも、俺達がケフカを倒さなくてはならない。一刻も早く仲間と再会できることを望みながら、チョコボの手綱を操りニケアの町へと戻っていった。


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