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食事をしているあいだに、ルノアは離れていた期間の事を俺に話してくれた。
ティナはコーリンゲンの村で子供たちと一緒に慎ましいながらも穏やかに過ごしていたそうだ。アルブルグやツェンの町のことも教えてくれたあと、最後にケフカのいる塔には、矢張りどうやっても登れない事は変わらなかったと口にする。

「貴方の仲間を見かけることは出来なかった…。魔石を見つける事も」

彼女の話のあとに俺からの報告を重ねると、益々厳しい現状を突きつけられる。
けれどルノアは一つだけ成果があったものがあると、腰に下げていたポーチから封筒を取り出し、ニケアから俺宛てに渡して欲しいと頼まれたと言ってテーブルの上に差し出した。

「エドガーにお礼の言葉を伝えたいと言っていた」

復興の助力に対しての言葉が綴られており、船の増便や物資の支給について今後の事も含めて一度話をしたいという内容が書かれていた。長い間、サウスフィガロに留まっていたこともあり、近々ニケアへ行く事をルノアに伝えて互いの報告はそれで終わりになった。


早めの就寝で疲れをしっかりと癒した次の日の朝、今日も出来ることをやろうと気持ちを新たにする。窓辺から外の様子を見ながら支度をしていると、突然ルノアが手を後ろに組みながら落ち着かない様子で俺の方へ近寄ってくる。

何か用事があるのかと思い、相手が話すのを待ってみるが、喋る気配が感じられず妙な沈黙が互いの間に続く。彼女の行動が気になりすぎて、袖のボタンを留めようとする手の動きが完全に止まってしまっていた。

「・・・ルノア?」

「エドガー!」

「急にどうした…?」

相手を気に掛けた瞬間、被るように名前を呼ばれて俺の方がびっくりする。
こっちから話すよりも彼女が何かを言うまで待っていたほうが良さそうだと思い、このまま焦らず静かに待つことにした。それから少しの時間を要した後、彼女は一瞬だけ俺の目を見て視線を逸らすと、ふぅと息をついてからもう一度俺の方を見た。

「エドガーが聞いてもいいというから聞きたい」

「何をだ?」

「き、昨日の事…」

「昨日?」

「…ッだから、夜に話していたことについて!!」

怒気を含んだ物言いから察するに、改めて話を聞く事にどうやら抵抗を持っているようだ。彼女の様子を冷静に観察しながら言葉の続きを待っていると、まるで俺を疑うような目線で“本当なのか”と聞いてくる。

「本当に貴方はそれでいいの?」

「それで、とは?」

大事な部分をわざと言わずに濁してくる彼女に俺は理解していないフリをする。
ルノアが聞きたい事の検討はついていたが、相手と同じ態度をとったまでで決してイジワルなどではない。
苦虫を潰したような顔をする彼女を楽しみならが見つめていると、腹を括った相手が悔しさと恥ずかしさを混ぜ合わせた表情をしながら俺の昨晩の台詞を口にした。

「私が勝手に進むことや、聞きたいことは何でも聞いてくれというのも、ッ…隣にいるという事も、エドガーは本当にそれでいいのかと聞いた!!」

「ああ。それでいい」

「――…ッ!!」

即決で簡潔に言葉を返した俺の態度をまるで跳ね除けるかのようにルノアは体ごと横に向いてしまう。顔を隠すように垂れる髪の毛の間から覗かせる耳があんなに赤いのは、俺が彼女の発言を容易く受け入れてしまったための恥辱のせいだろうか。

高潔な彼女が時々垣間見せる純粋な態度は、俺だけが知る相手の一面。
それが増えるたびに、喜びと同時に別の気持ちが増大していく。
今は語ることの決して出来ない思いを胸に秘めながら、拗ねているであろう相手を宥めていた。

「俺がいいと言ったんだから、心配し」

「違う!確認をしただけ…!」

未だにこっちを見ないルノアは体を横に向けたまま腕だけを伸ばすと、一冊の本と小さい手帳を重ねて差し出す。背中に隠していたものの正体を受け取り手帳の中身をペラペラと捲ればそこに書かれていたのは文章で、読みかけであろう本のページの間には栞代わりの小さな紙が挟まれていた。

つまり長い期間、俺と離れていた時に読んだ本の中で分からない部分を抜粋してメモをしていたようだ。几帳面さと探求心に感心しながら、手にしたそれを持ってソファーに腰掛け、手帳に書かれた文章を音読しながら内容を理解していると、俺が座る後ろから彼女が一つの単語を指差してくる。

「…これはどういう意味?」

質問に答えれば連鎖するように質問が飛び出し、ようやくそれが終われば次の文章を読むことを繰り返す。ソファーの後ろに居た彼女はいつの間にか俺の傍に移動していて、普段と同じように隣り合って座っていた。

綴られる文章と終わらない問答は気付けば昼を過ぎていて、俺は手にしていた手帳を何も言わずにパタンと閉じた。
その行動に首を傾げるルノアは、時間の経過に気付いていないようだった。

「続きはまた後で。外に行こう」

明らかにがっかりした彼女の表情に思わず笑いそうになるが、それを堪えながら中断していた身支度を再開する。改めて探索を行い陽が暮れてから宿屋へと戻ってくれば、食事もそこそこに彼女は本を抱えながら俺が座るのを待っている程の熱心さだった。

一緒にソファーに腰掛けて、隣り合って一冊の本を見る情景はまるで昔の俺と弟のようで。そういえば、あの頃から俺はいつも答える側だったんだなと思い返す。

懐かしいような感覚に囚われながら、そっと横に目を向ければ、俺が持っている手帳を覗くルノアの顔が間近にあった。
白く透明感のある肌と、柔らかそうな頬。
長いまつげが綺麗な紫の瞳をより大きく見せている。顔立ちは大人の女性らしくスッとしていて、唇は適度な厚みがあって淡い薄紅色をしていた。肩口から落ちる髪は流れる水のようで、触れずとも分かる滑らかさは本当に美しいと思えた。

俺が見ていることに気付いたルノアが、どうしたの?と純粋な瞳で見つめてくるから、君に見惚れていたとは言えなくなる。あまりに熱心だったから疲れていないか気になったと答えれば、彼女は俺が出発する前に理解したいからだと急いていたようだ。
ニケアに出発するのを数日後に控え、また彼女と離れるんだと気付き多少なりとも気持ちが重くなる。

城にいた時は常に誰かが俺の傍にいる事が多く、1人でいられる時間がとてつもなく貴重で大事なものだった。なのに、ルノアと出会い共に過ごすようになって自分を飾らず思った事を正直に伝えられる存在が傍にいるのは、こんなにも安心をもたらしてくれるんだと知った。

つまりルノアがいつも居るということが俺にとって当たり前になろうとしている証拠でもあった――。


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bkm

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