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僅かな時間だったとしても俺にとってはそれで十分で、磨り減っていた気持ちが埋められていく。程なくして俺の腕から離れたルノアは“前から思っていたけれど”と前置きをした。

「貴方は優しすぎる…」

俺に向けられる彼女の困ったような表情はどんな気持ちを含んでいるんだろう。怒っているのか、それとも呆れているのかはっきりと分からないまま彼女は背を向けた。

「もう休んで」

宿屋の前まで歩いていった彼女は、俺が来るのを扉の前で待ち受ける。
促されるように建物の中に入り、自分が使っていた部屋まで戻ってくると、ルノアから早々に仕事はしないでと規制を敷かれてしまった俺は観念したようにマントや装備を外して椅子に座った。

「これで大丈夫だろ?」

確認を取るように俺を監視している相手を見たが、彼女は首を横に振りながら“貴方を悪いと思っているわけじゃない”と何かを否定して、合わせていた視線を逸らしていく。

「エドガー…貴方は聡明ゆえに色々な問題を誰よりも見通してしまう」

だからこそ。

「これ以上無理に重荷を増やす必要なんてない。私に対する心配は今ここで切り捨てて」

言い切られた言葉に心が痛み、心配する相手に心配されているのが自分だと分かっていても出来ないものは出来なかった。

「それは誰のための言葉か教えてくれないか?」

「互いの為」

もしここで君がはっきりと“自分の為だ”と言い切れば、俺は違う答えを言っただろう。だが、そうでないのなら、迷う事無く彼女の考えを拒否するしかなかった。

「俺は俺の為に君を心配する。だから切り捨てることは出来ない」

「!?…ッなぜそんな卑屈を言うの」

相手の望みを却下すれば、ルノアは“だったらどうして苦しそうな表情をしていたのか”と、強い口調で問いただすから、俺は椅子から立ち上がり相手の目をしっかりと見ながら一切隠す事無く本心を口にしていった。

「君が戻ってきてくれたからこそ心配が喜びに変わり、1人ではない事に安心出来たんだ」

それをもっと感じたくて、ルノアを抱き寄せたんだと答えた。
俺を言葉で突き放そうとする彼女の考えも形は違えど一つの優しさで、立場が違えば考えなど幾らでも変わる。だから、今の自分がどんな風に何を感じているかをしっかりと伝えるべきなんだろう。

「俺は苦しんでる訳じゃない。思う事で強さを貰ったんだ」

彼女は辛そうな表情をしながら自らの腕をぎゅっと強く握り締めていた。
俺を気遣ってくれることはとても嬉しかったが、それと同時にルノア自身が互いの間に距離を作り、独りになろうとしている気がしてならなかった。

「…君は強いな」

彼女の決断の仕方や行動にそれを感じて発した言葉。けれど相手は違うと否定し、目的が一つしかないから俺のように苦しまないだけだと答えた。

「迷いがないから、強く見える。ただ……それだけ」

距離を置こうとする要因は彼女の望みが未だに変わらないことの証明だった。けれど、忌むべき敵を打ち倒せば終わりではなく隔てる以外の未来を考えて欲しいんだ。

生きているからこそ先へと続いていくのだから、人と幻獣が…俺と君がこうして隣り合っているように、決別ではない違う答えを一緒に導き出していきたい。

今まで人間がしてきた事を考えれば難しいのは分かっているが、それでも諦めたくはなかった。

「君は迷わず進んでくれていい。俺はいつでも君の隣にいる」

「・・・・・・・・・・・」

「だから、知りたいと思う事があったらいつでも聞いて欲しい。俺にはそれくらいしか出来ないからな」

“知りたい”気持ち。
それが無くならなければ、彼女は絶対に気付いてくれる。
自負出来る理由は簡単だ。
ルノアがこんなにも俺の言葉に対して迷い、そして考えてくれるようになっているからだ。

僅かな変化だとしてもきっといつか実を結ぶ。
だからそれまでは君の隣でいつも見守る。
立場も性別も無く、相手を呼べる名前だけを約束として。

「今日はもうお終いにして、今から一緒に食事に行かないか?」

相手の背中をそっと押して、いつものも日常に戻そうとしたのは、苦しそうにするのが俺ではなく遮ろうとしている彼女の方だったから。

きっとこれからも相手の気持ちを俺は掻き乱してしまうだろう。
それでも、変えたい。
君と俺が共に笑顔でいられる未来を俺は見てみたいから。


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bkm

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