EP.81
マッシュと話をしながらフィールドを歩いていくと、マランダの近くに飛空挺が停泊していた。まさかこんな近くにあったなんて知らなくて、そしてそれ以上に自分が出て行った後のことを私は何も知らないままだ。

皆が大変な事態になっていたというのに、自分は好き勝手に行動して自分勝手に帰ってくる。飛空挺に近づく度に心が重くなり、目の前まで来ると足が止まってしまい溜息が無意識に漏れていた。

「どんな顔して入ればいいのかな……」

謝ればそれでいい訳じゃない。

だけど、自分は大した役割があって皆と居られた訳じゃない。
今回みたいに居なくなっても誰も困りはしないだろうし、出来た事といえば迷惑を掛けた事くらい…。

言葉が浮かばず躊躇する私を、助けてくれようとするマッシュ。
彼の優しさが心底嬉しかったけど、やっぱり自分自身がしなきゃいけない事だと思った。伝えたい言葉を懸命に考えていると、突然飛空挺に乗るための階段が降ろされ、姿を見せたのはセッツァーだった。

「遅かったな。突っ立ってないでさっさと入れ」

何も聞かずに声を掛けてくるセッツァー。
それが信じられなくて歩きだすマッシュの後を追えない私。一歩が踏み出せなくて固まっていた自分の目の前に、いつの間にかセッツァーが見下ろすように立っていた。

「……で?見つかったのか?」
「・・・・・・・」
「忘れもんだよ。どうなんだ?」

本当は忘れ物を取りに行った訳じゃないのを知っている筈なのに、彼はそれすら見越したように聞いてくる。自分がどうしたいかを決められた事を指すなら、それだけは見つけられたから。

「役に立たないけど…皆と一緒に居させてほしい。私がやるべき事の為にも…っ」

自分がこの世界から帰らないと一番の迷惑になってしまうって分かったから、小さい声だけど、ようやく気持ちを話すことが出来た。
馬鹿だなって思われるか、お前は必要ないって言われるかと思っていたけど、私の頭に彼の手が力強く乗せられた。

「そうか」

ふんと鼻で笑いながら船内に戻るセッツァー。撫でられた頭を自分の手で触れると、彼の優しさが余計に伝わってくるような気がした。

「だったら、さっさと入れ。閉めるぞ」

いつもの彼の言動が聞けるだけで、ホッとする日が来るなんて思いもしてなかった。
共犯になってくれた事や今の優しさに対して、ごめんなさいとありがとうと伝えたら、彼は訝しげな顔で呆れてみせる。

「勝手に1人で忘れ物を取りに行っただけだろ」
「でも」
「許すも何もねぇよ。まぁ…どっかに勘違いして探しに行った2人組がいたけどな」
「それはマッシュとガウの事?」
「そのせいで俺は痛い思いをしたんだからな。とんだとばっちりだぜ」
「え?何かあったの……?」

知りたきゃ国王にでも聞けと、曖昧にされて結局は分からないままになる。
ただの冗談じゃなくて、まさか本当にマッシュとセッツァーの間に何かあったんだろうか。気になる気持ちを抱えたまま私は船内へと入っていった。

戻ってきた飛空挺で過ごす時間は、1人の時とは比べものにならないほど本当に安心出来るものだった。
ガウをベッドに寝かせたマッシュが隣のベッドに寝転がり、自分も真似るように他のベッドに倒れこんだ。それから私達三人は暫くのあいだ一度も目を覚ます事無く、泥のように眠ったのだった。


それから次の日の夜まで寝ていたという事実を知ったのは、ついさっきの事。体を揺すられて目を開けた先に、エドガーの姿が朝靄のように映りこんできた時だ。

「こんばんは、レディ」
「エド…ガー」
「無事に帰ってきてくれて良かったよ」

夢ではなく現実だと気付き、慌てて体を起こす。きちんと座り直し、手櫛で髪を整えて、それから改めて自分はエドガーに対して戻ってきた理由を伝えた。

「私」
「なんだい?」
「ここに居たいんです。何も出来ないけど、自分の帰る場所を捜すためには、私1人では難しくて、だから少しでいいので力を貸して欲しいんです」
「勿論だ。君の気持ちを伝えてくれてありがとう。仲間の意味、伝わったようだね」
「はい。皆のお陰です」

彼の微笑みにつられて自分も笑みを返すと、エドガーは私の体調まで心配してくれた。元気だと分かると現在の状況を説明するから後で集まってくれと、言葉を残して寝室を後にしていく。

エドガーの言葉を受けて、体の汚れを落とし着替えを済ませた後、急ぎ足で皆の場所に向かえば、そこにはカイエンさんがいた。
迷惑を掛けた事や自分の気持ちを打ち明けると、無事で何よりでござったと優しい笑顔を向けてくれた。これからも一緒にいようと、付け加えてくれた優しさがとても嬉しくてたまらなかった。

それからガウにもちゃんと謝って話をした。何度も何度も頷いて、いいぞって言ってくれる相手の明るさに本当に救われる思いがした。

ティナやロックにも話をしようと思ったのに、何故か2人の姿が見当たらなくて、エドガーを見れば彼は真剣な表情で頷き、ゆっくりと話を始めた。

自分達が帝国の策に嵌められた事を知り、早急に帝都から脱出してきたと語る彼。
和議が成立したのにどうしてなのかと疑問が上がれば、帝国の狙いはすべて幻獣にあるようだと話す。

そしてティナとロックはその幻獣と話をしにいった筈だった。
しかしそれこそが、ガストラの狙いなんだと。

首都ベクタは自分達が脱出した後、轟音と共に爆発が起こり打つ手も無く惨劇に見舞われたと、言葉少なく語ってくれたエドガー。

「早急にロック達がいる場所に飛空挺を飛ばしている。夜明け前には到着する筈だ」

エドガーは不測の事態に備えて戦いの準備と気持ちを整えておいてくれと、言葉を締めくくり話を終えた。後々ゆっくりしている時間もないだろうと、今のうちに食事を摂る事になり早速準備に取り掛かることにした。

テーブルに置いた食事を皆で囲みながら話をしていると、あっという間に食べ終わったマッシュがお皿を私に差し出しながら、おかわりを催促してくる。

「本当によく食べるね」
「そりゃあそうだろ。ずっと寝てたんだしな!」

当たり前だと言わんばかりの顔をしてるから可笑しくて笑うと、私が食べる筈だったパンをマッシュがお皿の上から取り上げた。

「ちょっと、返してよ!」
「笑うからだろ」
「全然笑ってない」
「嘘つけ!絶対笑ってた。なぁ?アニキ」

いきなり話を振られたエドガーは冷静に“ そうだったかな?”と、とぼけてみせる。
後方支援を受けられず不満そうにするマッシュの隙をついてパンを奪い返すと、それを見ていたエドガーが笑う。

「賑やかな食事は久しぶりだ。それにマッシュも食欲が戻ったみたいで良かったな」
「ん??ああ、そうだな!」

わははと笑って食事を続けるマッシュ。自分が居ない間、体調でも悪かったんだろうか。気になりながらマッシュの分のスープをキッチンで注いでいると、エドガーがわざわざ自分から出向いてきて私の隣に並ぶように立った。

「私もいいかい?」
「はい」

彼の食器を受け取ろうとすると、エドガーは目線をマッシュに向けながら小声でこんな事を話してくる。

「どう思う?」
「何がですか?」
「今のマッシュの食事だよ」
「いつもと同じですけど…?」

そう答えると、今度は私の方を見ながら話しを始めるエドガー。

「君はよく自分が何も出来ないと言うが、それは思い違いだ」

それこそ違うってエドガーに話すけど、彼はそのまま言葉を続けた。

「誰かが笑顔になれること、誰かを笑顔に出来ること、それはユカだからこそという事もある」
「・・・それはどういう…」
「君の事が心配でマッシュが食事を殆ど摂らなかったって聞いたら、居るという事の重要さを理解してくれるかい?」

“そんなの嘘に決まってる”って笑って誤魔化そうとしたのに、エドガーの真面目な表情が嘘ではないと物語る。

じっと相手を見つめるしか出来なくて、どんな返事をすればいいのか分からない。理解したならどうしろと答えをくれるでもなく、彼はスープの注がれた食器を持って席に戻っていった。

マッシュにお皿を渡そうとする今の自分は、さっきまでと同じだろうか。
ちゃんと今までみたいに普段と変わらないだろうか。

食事を終えた後、片付けをしながら頭の中を駆け巡るのはエドガーの言葉。
それを聞いてしまったからこそ、気になってしまう事がある。自分が出て行った後、セッツァーとマッシュに何があったんだろうって。

知らない方がいいような気がしてる。
聞かないほうが自分の為だって思ってるのに…知りたい気持ちがそれを追い越すから、船内に居たエドガーに声を掛けてしまうんだ。

「少しだけ……お話をしても構いませんか?」
「ああ、勿論」
「それで…その、出来れば2人で…」
「レディの頼みとあれば勿論受けるよ」

綺麗な唇で緩やかなラインを作りながら了承してくれるエドガー。
2人で甲板に出た後、飛空挺を運転しているセッツァーに声を掛けたエドガーは操縦を交代すると伝え、舵を握りながら私に尋ねる。

「それで、何を詳しく知りたいんだい?」
「………なんていうか、その」

私が飛空挺から出た後、セッツァーとマッシュに何があったのか。
それを聞けばいいだけなのに。
後ろめたさなんて無いはずなのに、中々言葉が出てこなくて躊躇いで声が詰まる。
すると、エドガーは何処となく楽しそうにしながら聞いてくる。

「君が出て行った後のマッシュの事だろう?」

代わりに言ってくれた答えに黙って頷き、エドガーの方を見ると彼は穏やかな表情で教えてくれた。
私が居なくなったことを知ったマッシュがセッツァーを問いただそうと、言い合いになって胸ぐらを掴んだ事。他にも、マッシュが1人で暗い顔をしてたから気になって話掛けると、今まで見たことが無いくらい悩んでいたって。

「どうしてなのか、何故なのか。色々とあいつなりに考えていたよ」

そして、マッシュは考えた上で私を探しに行ったんだと、エドガーは教えてくれた。
自分の知っている事はこれくらいだよ、と肩に触れる彼の手。もうすぐ夜明けを迎えるから部屋に戻って支度をしておいでと言われ、甲板から船内に続く階段をゆっくりと一段ずつ下りていった。

「――――・・・・・・」

知らなかったからこそ、知りたくて聞いたのに。
やっぱり知らなきゃ良かったって思ってしまう程に心が軋んだ。

足に力が入らなくて階段にしゃがみ込むと、自分の顔を両手で覆いながら、どうして聞いたりしたんだって何度も何度も自分を責めた。

そうやって何でもいいから否定しなきゃ駄目だった。
違う違うと自分を騙して押さえ込まなきゃいけない、一つでも認めてしまえばきっと…。

---それが怖くて堪らなかった。


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