EP.55
雪の降る白く寒い谷。
蒸気が立ち込める街中を、皆が足早に進んでいく。
自分も現状を整理しようとマッシュに色々と質問していた。

「街の入り口はあの場所以外ないの?」
「俺の知る限りではそうだな」
「じゃあ、進行方向から見ても、街の方から帝国が来るんだね…」
「そうなるな。それに帝国はきっと容赦なしだ」
「だったら街の人たちはどうするの?」
「ここにはガードっていう街を守る警備兵とモンスターがいるんだ」
「街を守るモンスター?」
「ああ。それにあちこち炭鉱の出入り口がある。初めて来た奴が好き勝手出来るような場所じゃない事は確かだ」
「だったら私は街に残った方がいいよね」
「いや・・・」
「それは止めた方がいいな、レディ」

いつの間にか、自分の隣に並んで歩くエドガーさんの姿があった。ただ、止めた方がいいと言われても、一緒に居たって自分は役に立たてる筈がなかった。

「ですが、私は戦えません…。邪魔になる事だけは避けたいんです」
「だったら尚更一緒に行こう。幻獣を守るという話がナルシェ全体に届いているとは言い難い状況で、君を1人置いていくなど出来はしない」
「………ですが…」
「ねぇ、ユカ」
「!…ティナ」

並んでいた三人の後ろから彼女の声が聞こえた。
久しぶりの再会だったのに、ゆっくりと話も出来ずにいたティナがそっと私と手を繋ぐ。

「一緒に行こう。また別々になってしまうから」
「ティナ……ありがとう」

炭鉱の奥に向かう途中、皆はそれぞれ思惑のある言葉を交わしながら進んでいく。そして入り組んだ坑道を抜け出た先は、より一層の寒さを含む冷たい風が吹き荒み、開けたその場所に作為的に設けられた岩が幾つも並んでいた。

その最奥でバナン様が作戦内容の説明を始める。
主戦力である皆をそれぞれ三つの部隊に分け、入り組んだ地形を利用し帝国を返り討ちにするというものだった。
緊迫した空気の中、戦いの準備を進めていく様子を見ながら自分はどうすべきか分からなかった。手伝いすらも自発的に出来ないなんて情けなくて堪らないのに、憤りと同時に不安が胸を押しつぶそうとしてくる。

どうして、戦えない自分がこんな所にいるんだろうか。
皆が大変だというのに自分は何も出来ない。
ただただ見ていることだけしか出来ない。
悔しさと恐怖が重なり合って、苦しみへと変わっていった。

「歯痒いか?」
「!?」

いつの間にか隣に居たバナン様が、私の顔を見ながら低い声で尋ねてきた。

「手に力が篭っているようだが、どうだね?」
「……はい、そう思っています…」
「ならば、戦ってみるか?」
「え・・・・?」
「皆と同じように武器を取り、目の前に現れる帝国を倒してみるか?」
「・・・そんな事……は」
「決意が足りてぬようだな」

そんなの分かってる、全てが中途半端なんだ、何もかもが…。
本当は、ここに居る様な人間じゃないのに。
皆が許してくれるから置いてもらえてるだけなのに。

皆が優しいだけなのかもしれない。
邪魔だって思われてるかもしれない。
何処かに行けって言えないだけで、本当はそう思っているのかもしれない…。
なのに……わきまえてるフリをして、優しさに漬け込んで甘えてるんだ。

「今から人が死ぬ事になるだろう」
「・・・・・・・・・・」
「もしそれが、仲間ならばどう思う?」
「嫌です!そうなって欲しくありません、絶対に…ッ」
「普通ならばそうだろうな。だが今からここに攻めてくるものは違う」

ナルシェの街の方角から現れた多くの帝国兵の姿。
そこには、あのケフカの姿があった。

「ッあの男!!・・あいつがドマの人たちを…!」
「今あるもので満足せず他国を攻め、自らに取り込む。今のあやつらが力を手に入れれば世界はどうなると思う?」

自分の浅はかな考えでは全く先を見通すことはできない。
それでも分かる事が少しだけある。

「悲しい事や苦しいことが起きて…きっと、誰かが泣く……。カイエンさんみたいに辛い思いをする人が必ずいる」
「だからこそ、止めねばならん。それを知り、戦う覚悟を持った我々が」

戦いを間近に控え、立ち竦んでいた私をバナン様は傍にいる事を命じた。そして、ついに迫り来る帝国を防衛ラインに捉え、バナン様がより一層大きく声を張りあげる。

「来るぞ!!!」

幻獣を守るため。
だけど、もしかしたら自分の大事だと思うものを守るための戦いなんじゃないだろうか。
ナルシェの街を、平和を、大事な人を、自分の思いを……。

「戦いの形は人によって違う。戦えないなら戦えない者の、力ではない耐えるという戦いをするんじゃ」
「耐える……?」
「剣を握れぬなら仲間の帰りを待ってやるといい。傷つけば癒してやればいい。そして歯痒さに耐え、今を見届けよ」
「・・・・・・はい」


帝国と戦う皆の背中。

それを見つめながら、ただじっと今を見続けた---。

武器と武器がぶつかり合う金属音。
怒号と悲鳴。
狂喜に満ちた甲高い笑い声。
叫び声と呻き声。

そして雪に飛び散る赤い血が、じわじわと白い大地を染めていく…。

戦争がこういうものなんだと、今初めて知った気がした。
テレビやネットで見たことがあったのに、分かってはいたけど、きちんと理解してはいなかったんだ。死んだ人間は動かなくなるんだっていう当たり前の事実ですらも。

恐怖を感じて自分の手足が小刻みに震え始め、余りに酷な情景に血の気が引いていくのが分かる。それでもどうにかして目の前の現実と自分との間に出来た溝を埋めようと必死になっていた。
けれどそのせいで、特攻してきた帝国兵が目の前まで差し迫っていた事に私は気付きもしなかった。

危険だと理解したときには、最早逃げ出すにはあまりに遅くて、剣を振り下ろそうとする兵士の腕が、頭上高く上げられているのが目に映った。

もう自分は助からない。
死んでしまう。

現実を直視出来ず、目を瞑ろうとした瞬間だった。突然、対峙していた筈の帝国兵は体を硬直させ、私に剣を振り下ろす事なく倒れこんできたのだ。

自分の目の前でうつ伏せに倒れた帝国兵は、呻き声を上げ、苦しそうに顔を歪ませると、それきりピクリとも動かなくなった。

「ユカ!!!大丈夫かッ!?!?」

帝国兵を倒し、私を窮地から救ってくれたのは戦いの最中にいるはずのマッシュだった。
私を気にかけながら息を切らして駆け寄ってくるマッシュに目を向けると、彼が装備している武器からポタポタと無数の血が滴り、雪の上に赤い雫となって落ちていくのが見えた。

自分は--------。

彼に、こんなことを約束させてしまったんだと、今になってようやく気付く。

今までは戦う相手がモンスターだったから、そこまで考えもしなかったんだろう。
罪悪感を感じなかったのは戦う相手が人ではなかったからだ。
言葉を喋らないから、見た目が違うから。

だけど今、戦っているのは帝国兵で、それは自分と同じ人間。本当はモンスターだって殺してることには変わらない。

…結局は同じだ、殺しているんだから。

こんな事を彼にさせてまで、自分のしたい事をする程の意味も価値もあるだろうか?
マッシュの戦う理由の全てがそうじゃないとしても、今は間違いなく私を助ける為に手を下した。
私なんかの為にさせるような事なんかじゃないって思ってしまったんだ。

「っ…ご…めん…なさ…い……」

あの時、聞かれた筈だ。
リターナー本部でエドガーさんから“覚悟が必要だ”って。
その覚悟が今なんだ。
自分の心構えは結局…彼と対等なんかじゃ無かった。なれる訳がなかった。

マッシュが話しかけようと私の名前を呼んだ気がした。けれど、それをかき消す程の奇異な奇声が戦場に木霊する。

「クウァァアアアア!!!覚えていろよ!!」

あの特異な声は間違いなくケフカのもので、ティナやロックそしてセリス将軍がいる場所から、街へと下っていく帝国軍の姿が見えた。

「勝ったようだな…」

バナン様の声にようやく戦いが収束したと理解出来て、ほんの僅かだが緊張が解ける。だけど目の前にいるマッシュの体に出来た傷を見て、また苦しくなった。

今度は自分から彼に話しかけようとしたけど、すぐさま崖の上にある幻獣の場所まで移動することになった。その道中、傷だらけの皆をティナが魔法で癒していて、ロックの隣にいたセリス将軍まで、当たり前のように魔法を使い、手当てをしているのが目に留まった。

“こんな時、魔法が使えたなら…”

溜息を漏らし陰る思いに俯いていると、不意にマッシュが肩をトンと叩いてきた。

「ポーション持ってるか?」
「あるけど…でも」
「あるならくれないか?もう使っちまったんだ」

差し出してきた彼の大きな手に乗せた小さな青い瓶。蓋を取って一気に中身を煽ると、腕や脚にあった傷が見る間に癒えていった。

「・・・やっぱマズいな」
「…変な顔…」
「ひどいヤツだな。ほら、さっさと行くぞ」

彼に背中を叩かれて、押し出されるように歩かされる凍える大地。
幻獣の元へ続く雪道を進んでいくと、橋が掛けられたその奥に、巨大な氷の中に閉じ込められている見たこともない生物が存在していた。

「幻獣……これが…」
「それにしても…生きているようでござるな…」
「まさか…?」

近くにいたカイエンさんとマッシュが話を交わしていると、その幻獣を目の前にしたティナの様子が明らかに変わった。

「!?…ティナ、大丈夫?」
「ティナ!!どうした!!!」

話しかけても答えてくれない彼女。
その彼女が、突然前触れもなく声を荒げた。

「いやああああ!!!」

一斉に皆がティナを心配し駆け寄るが、彼女は誰かと話をするように、まるで問いかけるようにして前へと進んでいく。
そしてその会話の相手が幻獣だと知るのに、時間は掛からなかった。

恐ろしい光と風圧が巻き起こり、その衝撃で体が弾き飛ばされる。雪の上を滑るように崖に向かう自分を助けてくれたのはマッシュだった。

「大丈夫か?!」

受けた衝撃のせいで、頷き答えるのが精一杯だった。それでも冷たい大地に身を伏せながら、吹き荒れる雪を凌いで視線を前に向ける。
まるで幻獣とティナが呼応しているかのような状況に、誰もが今を見守ることしか出来ずにいた。

理解し難い現象に包まれる中で、彼女は幻獣に自ら歩み寄り、苦しそうな表情をしながらあることを問い質し始める。
“自分は一体何なのか、一体誰なのか。”
それは記憶を失ったティナが、人知れず抱いていた深い疑問だったのかもしれない。

記憶を取り戻せるかもしれない大事な局面に差し掛かった時、場の雰囲気が一気に言い表せない恐々とした雰囲気に変化していくことに気付く。皆が危険を感じて声を掛けるけれど、その声は一つとして届かなかった。

ティナと幻獣の間に得体の知れないプラズマの様な光が現れ、バチバチと音を立て段々と彼女を包んでいく。
そして、大きな光の塊となって弾けたあと、その場所には淡い光のようなものを纏った見たこともない誰かが居た。

「ティナ…は?ティナ……!」

キイィィンという耳鳴りの様な高い音が鳴り響き、光を纏った不思議な存在が宙へと高く舞い上がっていく。
そして雪が降るナルシェから空を裂くように何処かへと飛び去っていった…。

あれは一体何だったんだろう。

だけど、もしかしたらあの存在はティナなんじゃないだろうか。
そんな考えを胸に抱えながら、居なくなってしまった彼女と光が飛び去っていった方角をただただ見つめるしかなかった。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -