温かい気持ちに包まれた心で進む歩みは軽やかで。
強い日差しと砂の風を受けながら山沿いを北上していくと、段々と足場には緑が広がり始めていた。
どうやら砂漠地帯は抜けたようで、行く手には森が見えている。
後ろを見れば砂、前には生い茂る森。
突如として景色が変化すると、まるで違う場所に飛ばされた感じになる。
とはいえ元々自分もここではない何処かから飛ばされてきたようなものだから、そっちの方が不可思議かもしれない。
森を見ながらそんな事を考えてると、ナルシェに入る前に装備確認も踏まえて小休憩を取ろうという事になった。拾った枝をまとめ、火を起こす準備をしていると、私を見ていたマッシュが独り言のように呟く。
「上手くなったよな」
「え?」
「火おこしとかさ」
「上達したかな?」
「ああ、最初の時なんて大変そうだったもんな」
「・・・まあ、うん。酷かったよね」
「飯もそうだった」
「私だって思ってたのに言わないでよ…!」
「だから、今は上手だって話」
「でもやっぱりマッシュの方が上手」
「そりゃそうだ。野宿歴長いからな」
「確かにね。でも何か最近追い越せる気がしてるんだ」
「なに!?」
「マッシュのこと追い越してやる」
「やれるもんならやってみろ」
「あっという間だよ、きっと」
他愛のないやり取りをしながら休憩を終え、皆で森の中を進んでいく。
北へ向かえば向かうほど徐々に気温が下がっていくのを感じて、首元をしっかりと閉めて歩いていった。
左右に山が見え始めると、狭まっていく道。
その前方に見えてきたのは、白い雪が降り積もる大きな谷だった。
「あれがナルシェだ」
話しているマッシュの息が、白い雲のようになって空へと消えていく。
山から吹き下ろしてくる冷たい風は、肌を切るように冷たかった。身を縮めながら街の中へと進んでいくと、あちこちから蒸気の様なものが噴き出していることに気づく。
「マッシュ、あれは?」
「ストーブの事か?」
「え?あんな大きいのが?」
「この街は年中こんな気候だから、ストーブの蒸気で寒さを和らげてんだ」
「へー、それで街の中は外より暖かいんだ」
「炭鉱で栄えた都市だから、石炭貿易とかもしてる。その上、自治力も高いからこの街は独立した都市国家なんだ」
「そうなんだ…。凄く勉強になる。詳しいね、マッシュ」
「まーな。一応俺も王族だし立場的に勉学は強要させられたしな。そのお陰」
マッシュは時々、私が尋ねた事を分かりやすく説明してくれる。
きっと知識がない自分に合わせてくれているんだろうなって思うと、本当に優しい人だなって感じる。
「さーて、アニキ達は何処だ?」
気さくな雰囲気を纏うマッシュが町の人に話しかけると、すぐに色々と答えてもらえる。だから旅をしていて困るような状況にならなかったのは、彼のお陰というのが大きかった。
「場所分かったぞ。長老の所にいるらしい」
中央通りの十字路を西に向かい、武器屋とアクセサリ屋を抜けた階段を上がった先の建物。その家の前には警護が立っていたが、マッシュが名前を口にすると何事も無く入る事が出来た。
扉を開けて部屋へ入ると、マッシュがエドガーさんを見つけて直ぐに大きな声を掛けた。
振り返ったエドガーさんもマッシュとの再会に笑顔を見せている。
「マッシュ!それにユカ!2人とも無事だったか!!」
私のことまで心配してくれる気遣いに嬉しさを感じて、元気な声で“はい”と応えた。エドガーさんはその流れで初対面となるカイエンさんとガウと言葉を交わし、マッシュはドマで起こった惨劇を言葉少なく語った。
「ドマ王国は帝国よって皆殺しに……」
「ケフカによって、皆……毒殺され……」
あの時の思いが蘇ったのか、カイエンさんの握られた拳が震えていた。エドガーさんも、そしてこの場に居た全員が苦しみに満ちた事実に胸を痛めていることだろう。
皆の表情に陰りが差す中、バナン様はその話を聞いて長老と話をし始めた。
内容から察するに、ナルシェの人たちはまだ帝国と戦うことを良しとしていないようだ。
リターナー側とナルシェの人たちの考えが纏まらず、話がこう着状態になりかけたとき、家の正面扉が大きく開け放たれ、険しい表情をしたロックが勢い良く姿を現した。
「そんなことはないぞ!!」
「ロック!」
「帝国はもうすぐここにやってくる!」
「何ッ!!」
皆が一様に驚いている中、バナン様がその情報源をロックに確かめる。すると、ロックが部屋の外にいる人物を呼び寄せると1人の綺麗な女性が現れた。
すらりと伸びた背。金色の長い髪。腰に剣を差し、緑色のタイトな服が目を引く人だ。
「このセリスが…元、帝国の将……」
「そうであったか!どこかで見た顔だと思ったら…!」
突然声を荒げたカイエンさんは、ガウを押し飛ばし前に出ていく。すると、何を思ったのか、刀に手を掛けセリス将軍を激しく睨みつけていた。
「この帝国のイヌめ!そこに直れ!成敗してくれよう!」
カイエンさんが帝国に対して怒りを抱くのはもっともだった。それは目の前で起きた惨劇を自分も見て、知っているからだ。
沢山の人が…カイエンさんの大切な人が死んでいった。たとえそれがこの女性のせいじゃないとしても……。
今にも刀を抜かんとするカイエンさんの前に、ロックは両手を広げながら身を挺して立ち塞がった。
「待ってくれ!セリスはもう帝国を出てリターナーに協力する事を約束してくれたんだ」
「しかし!」
「俺はこいつを守ると約束した!俺は一度守るといった女を、決して見捨てたりはしないッ!!!」
ロックから感じる強い思いが、言葉と重なり部屋の中に木霊していく。
エドガーさんはそんなロックが過去の出来事に悔いている事を悲しそうな表情で語っていた。皆の視線がセリス将軍に向くと、ティナが一歩踏み出し自らの存在を語った。
「私も帝国の兵士でした…」
確かにティナは帝国側にいた人間。
けど、今は違う。
皆と一緒に戦っているティナは仲間であって、敵は帝国だ。
昔からの仲間なら許されて、新しい仲間は許されないなんてそんな事はないのに。
だけど帝国の残忍さを知ってしまってから、あの時とは違う目で見てしまう自分が僅かにいるのも本当だった。
「帝国は悪だ。だが、そこにいた者全てが悪ではない」
エドガーさんの言葉がここに居る皆の耳に届く。
その時、帝国軍軍地で見たレオ将軍の事を思い出した。
あの人もまた帝国の人間として敵国と戦っているだけ。そこにはきっと今の皆と同じように自らの立場や国のことを考えている人もいるんだろう。
ティナ、そしてセリス将軍。
2人の帝国にいた人物を見てカイエンさんはどう思ったんだろうか…。
気持ちを汲み取れないまま、目の前の出来事を見ているだけしか出来い自分。
すると刀の柄を握り続けていたカイエンさんの手を止めたのは、今まで共に旅をしてきたマッシュだった。
「兄貴に免じてここは……」
マッシュの言葉に力なく手を下ろしたカイエンさん。その表情には葛藤が表れていて、幾ら言葉を探しても何も言えるような様子ではなかった。
重い沈黙が流れる中、その均衡を破ったのはまたも大きな音を立てて開かれる扉だった。
「大変だ!帝国が攻めてくる!!!」
緊迫した状況に置かれたナルシェの長老は、急遽戦うことを了承せざるを得なかった。
帝国の目的は、谷の上に置かれている幻獣。
そしてそれを帝国に奪われる事を阻止するのが皆の目的だった。
「よし、死守するぞ!」
エドガーさんの言葉に頷き、皆が谷を目指して部屋を出て行く。
これから……帝国との戦いが始まる---。