EP.40
買ったばかりの着替えを持って目指すはお風呂。
服を脱いで温かいお湯をその身に掛けた後、モコモコになるくらい泡立てた石鹸で全身を包めば自然と鼻歌が漏れた。

汚れた髪も何度も綺麗に流して同じように泡で包めば、自分自身がいい匂いに変化する。綺麗さっぱりしたところで、大きな湯船にザブンと浸かれば長い長い息が出ていった。

「はぁ〜…きもちいい〜」

よくよく考えてみればいつ振りのお風呂だろう。
リターナー本部を出て、川に流され、陸を歩き、そしてまた川に流され…。
ゆっくりとお風呂に入る暇も無く、まるで洗濯物のような状態だったのを思い出した。

「お湯って素晴らしい」

冷たい水ばかり浴びていたせいか、温かいという状況が有り難く感じてしまう。それに、この世界に来る前は毎日当たり前のようにお風呂に入る事ができたんだから、恵まれていたんだなと改めて思ってしまった。

食事の時はカイエンさんから自分が居た世界を彷彿とさせる話を聞けたし、もしかしたら本当にこの先のどこかに、帰る場所があるのかもしれないと僅かだけど望みが持てた気がする。

前向きな気持ちを抱えつつ、以前から少し痛んでいた足首を入念にマッサージする。ゆっくりと時間を掛けてお風呂を堪能したあと、髪を拭きながら皆がいる部屋へと戻っていった。

「はぁ、いいお湯だった〜」
「ぅお!?まさか今までずっと風呂入ってたのか!?」
「ん?そうだよ」
「よくゆでダコにならないな」
「だって気持ちよかったから、つい」

へへへと笑って答えるとマッシュはティーポットを持ったままフリーズしていた。
相手が持っている茶器から、ほのかに漂ってくる香り。まるで誘われるかのように、彼の方へと近寄っていった。

「いい匂い」
「……っ!?は…ぁ!?な、な何がだ!?」
「お茶のこと。もしかしてあのお茶??」
「あ……ああ、お茶な。茶葉があったから貰ってきたんだ」
「じゃあ今からなんだ!私も飲みたいです!」
「いいけどよ」
「やった!」

ウキウキしながら椅子に腰掛け、テーブルにカップを置いて出来上がりを待つ。
ティーポットを包むように巻いていた布を取り、マッシュが手馴れた様子でゆっくりと中身を注いでいく。

「マッシュ」
「ん?」
「いっぱい入れて…溢れるくらい」
「お、おう」

そしたらホントに溢れて受け皿まで水没してしまったではないか。

「うわ!もーー、マッシュ!」
「わりぃ…ちょっと入れすぎた」
「まぁいっか。カイエンさん、一緒に飲みませんか?マッシュの淹れてくれるお茶、とても美味しいんですよ」

武器の手入れをしていたカイエンさんも呼んで、三人で仲良くお茶を飲んでいると、会話の流れで今後の行動予定について話しが進んでいった。

「問題はここからどうやってナルシェまで行けばいいかだよな」
「拙者が村の方に聞いた所によると、南部にある三日月山から続く蛇の道を通れば“ニケア”まで行けるようでござる」
「港町ニケアか!そこまで行ければナルシェは目と鼻の先だ」

頭の中に大体の地図が入ってる二人は辿りつくまでのルートが出来上がっているようだったが、情報の無い自分は何が何だかさっぱりだった。

「でも、蛇の道っていう名前を聞くと何だか出てきそうだよね」
「蛇か??」
「どちらにしろ、モンスターは出るでござろうな」

はははと笑う二人は蛇ごときでは全く動じないようだ。
そんな頼もしい仲間の横で自分は地名のニュアンスから勝手に想像を膨らませ、毒蛇に齧られないように用心が必要だなと1人考えながらお茶を啜っていた。
すると、少しだけ小難しそうな表情をしたカイエンさんがこんなことを質問してきた。

「そういえばユカ殿。1つ聞いても構わぬか?」
「はい、何ですか?」
「部屋の事でござるが拙者達と同室ではなく別々の方が良いのではござらぬか?」
「それがモンスターを狩りに長期滞在してる人が多いみたいで。それに別だとお金も掛かりますし」
「そうは言ってもでござるな…」

眉を八の字にするカイエンさんを説得しきれない私の代わりに、横から入ってきたマッシュが話をしてくれる。

「それなら大丈夫だって。俺とユカは同じ家に住んでたしな」
「あ、そっか。そうだよね!」

これで解決。
そう思っていたのだが隣に居たカイエンさんが目を大きく見開きながら驚嘆なことを口にする。

「な…ッなんと!?!?2人は恋人同士の仲でござったかッ!!!」
「ブーーーーーーーーーーーーッ」

カイエンさんの言葉を聞いた瞬間、私は飲んでいた紅茶を盛大に噴き出してしまった。しかも咳き込んでいるのを尻目にマッシュは大声で、なぜか楽しそうに否定している。

「だはははッ!んなワケないって!」
「しかし、家が同じと聞けばそう思うに決まってるでござる!!」
「色々あって普通とは違うんです!だから恋人なんて絶対ないですから!」

三人がそれぞれ喋るせいで話がごちゃごちゃだ。
濡らしてしまった床を拭きながら、それについて詳しく順を追って話をすればカイエンさんも納得してくれたようだった。

「なる程…そうでござったか」
「言葉足らずだったから仕方が無いですよね」
「ユカだって納得してたろ」
「それは確かにっていう意味でだよ」

このままだと話しの終わりが見えないから、これにて雑談はお終いにしよう。
そう思ったとき丁度、柱時計の音が鳴り響き程よい時間になったのを知って、そのまま就寝の流れになった。

小さなライトだけを点けて、それぞれがベッドに入る。
柔らかな布団に真新しい服。
お風呂にも入り綺麗さっぱりした心地良さも相まって直ぐに眠気が襲ってきた。

「おやすみなさい、マッシュ。カイエンさん」
「おやすみ」
「おやすみでござる」

眠る前の挨拶を交わし、程なくして閉じる瞼。
きっと自分は2人よりも先に寝たのは間違いなさそうだ---。


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