EP.39
ゆらゆらゆらゆら。

流される感覚と身に奔る寒さによって目を開ければ、体が傾むいて溺れ始める。慌てて足掻くと手が岩にぶつかり、驚きと同時に我に返れば足が川底に着く深さしかなかった。

自らの状況を認識した途端、ともに歩んできた二人の事が頭を過ぎる。急いで辺りを見渡すと、川を漂う2人の姿が目に映り焦りに駆られながら大声で名前を叫んだ。

「マッシュ!カイエンさん!」

川の奥を流れるマッシュを先に助ければいいのか、それとも川岸の近くのカイエンさんが先なのか。考えている間にも流れていってしまう状況で不意に視線を陸に移したときだった。なんとそこには、偶然にも1人の男の子が立っていたのだ。

自分はその瞬間、藁にも縋る思いで、男の子に頼み込んでいた。

「お願い!!あの2人を絶対に助けたいの!だからどうかお願い、手伝って!!」

必死の願いが届いたのか、その男の子は川岸近くのカイエンさんを助けようと岸から手を伸ばす。自分はマッシュを助けようと腰まである水位を懸命に掻き分けるようにして進み、頭の方から脇の間に自分の腕を通し両方の手で引っ張っていく。

浮力のお陰でどうにか動かすことが出来たけれど陸に上がった途端、体重差のある彼の大きな体を引き上げることが出来なくなる。

「…んんーーーッ!!!」

力いっぱい引っ張って、どうにか彼の体の半分以上を草地まで運んだが、そこで力尽きてベタンと座り込んでしまった。

「っ…ハァ……ハァ……」

目を瞑ったままのマッシュの顔色は悪い。
不安になって首元の脈を測ると、きちんと鼓動を感じられた。念のため口元に手をかざせば濡れた手に呼吸が掛かるのが分かって安心する。

「…良かっ…た・・・・・」

膝枕をしたような状態のまま、濡れているマッシュの頬を優しく拭っていた。ふと我に返ってカイエンさんの方を見ると、男の子がこっちをじっと見つめていることに気付く。

「本当にありがとう。あなたのお陰で大事な2人を助けられた…」

返事もせず、ただ見つめる視線。
もしかすると警戒しているのだろうか。

「あの…君の名前は?どこから…」

そんな事を話し掛けた途端、男の子は物凄い速さで何処かへと駆けていった。

「あ!!・・・・・・行っちゃった…」

一体あの子は誰だったんだろう。
そう思っているとカイエンさんから呻き声が聞こえた。
確認しようと慌てて立ち上がったせいで、マッシュの頭がゴンと音をたてて地面に当たってしまった。

「…イッ……てぇええ!!」
「ご、ごめんマッシュ!!!あ!!カイエンさん大丈夫ですか!?」

2人同時に目が覚めたところで、アイテムの調達や今後のルート、情報収集を兼ねてモブリズの村を目的地とした私達。

濡れたままの服を身に纏い歩く大平原。
果てしなく広大なその土地を東に向かう途中で、モンスターとの戦闘が起きた。戦闘自体は今までにもあるが、その戦闘が終わった後にまさかの再会が待っていたのだ。

「ねぇ!!!2人ともあそこ見て!!」
「何だ?いきなり」
「ほらあそこ!あの子がいる!!」
「ん??あの子??」

モンスターが消え去った後に突如現れたのは川岸で遭遇した男の子だった。

「川で助けてくれた子なの!話しかけたら逃げちゃって。もう一回話しかけてみる!」
「おい、ユカ!!」

うずくまった状態の男の子の所に走って駆け寄っていくと、こちらに気付いたのか猛然とジャンプするように消え去ってしまった。
きちんと話は出来なかったけど、あの子が何かを言っていたのだけは分かった。

「…はらへったって聞こえた……かも」

そんな記憶が残る中、到着したモブリズの村。
村に入って早々、おじいさんが私達を見て驚いていた。

「もしやお前さん達、バレンの滝を通ってきたのか?」
「あ、はい。そうですけど…。どうかしましたか?」
「信じられん。今年はいつにも増して水量が多いので誰もこの土地には入って来れないのに…」
「で…ですよねぇ。私も信じられないくらいです」

やっぱりではないか。今でも鮮明に蘇る滝を落下していく恐怖を思い出して、隣にいたマッシュの事を八つ当たりと称して肘でどついてやった。

「って…!なにすんだよ!」
「改めなさい」
「またそれか!だから何がだよ!!」

二度目のやり取りをしたのちに、目の前にあった宿屋に入り部屋を手配する。
それから荷物を置いた後、買い物に行きたい事を二人に話した。

「アイテムもそうだけど換えの服がどうしても欲しくて…」
「そりゃいいけど金はあるのか?」
「大丈夫。レテ川でイカダに乗る前にエドガーさんが旅支度の資金をくれたから」
「まじかよ!?俺にはくれなかったぞ!!」
「え?!じゃあ皆で使えって事だったんだ…。ごめんなさい、私…っ」
「いや、兄貴の事だから間違いなく“ユカの為だけ”に渡したんだ」
「でも、私より二人の方が必要だし…。どうしても必要な物だけ買ったら後は全部マッシュに渡す」
「いや、そのままユカが持っててくれよ。その方が安心だしな」
「いいの?」
「ああ。俺も多少は蓄えがあるし」
「じゃあ、必要な時は2人とも教えてね。それじゃあちょっと買い物に行ってきます!」
「気をつけて行くでござるよ」
「はーい、分かりました」

宿屋を出て右手にある二件並んだ建物の右側。
盾のマークが描かれてるのが防具屋だというのは承知していた。

濡れたままの服を着続けるのも、汚れてるのも気になっていたから村に来れた事は本当に嬉しい。久しぶりの買い物に1人ワクワクしながら店の中をウロウロした。

「あ!これいいかも。でも、これもいいなぁ」

何だかんだと入り用なのは女だからかもしれないが、色々と備えが必要なのも事実。着替えの服や旅を続ける為の軽装の防具を買った後、今度はアイテムを買おうと道具屋を探して村の中を歩いていく。

すると道具屋の前に居た男性が村人とこんな事を話していた。

「この前『ほしにく』をモンスターの群れにやったら、人間の子供が出てきて、それをもっていっちまったんだ」

それを聞いた瞬間、頭に浮かんだのは平原で出会ったあの男の子の顔だった。
人間の子供で、しかもほしにくを持っていった。
だとしたらあの時“はらへった”って聞こえたのも間違いじゃなくなる。

「あの、すみません!“ほしにく”は何処に行けばありますか?」

話していた村人に詳しく聞き、道具屋に行って“ほしにく”をたくさん買ってから宿屋へと戻った。すると、それを見たマッシュが聞いてくる。

「そんなに腹減ってんのか??」
「違うよ」
「そうなのか?じゃあ俺達だけで飯食いに行ってもいいのか?」
「私も行く!お腹空いてるもん」
「ほらやっぱな。腹減ってるのに我慢すんなって」
「そうじゃなくて!もう…っ」

着替えをするから2人には先に行って貰い、少し遅れて食堂で合流すると注文をしてくれていたようでテーブルには色々な食事が並んでいた。

「うわぁ、凄く美味しそう」
「適当に頼んだけど良かったか?」
「うん、全然。ありがとう、マッシュ。カイエンさん」
「いやいや、拙者は何もしておらぬでござるよ」
「さ!あったかいうちに食べようぜ」

いただきますと三人で手を合わせ、それから思い思いに食事に手を伸ばした。どれもこれも美味しくて、久しぶりのしっかりとした量の食事に笑みがこぼれる。

「ユカ、これ結構美味いぞ」
「これ?……わ、ほんとだ。初めて食べた味だけど美味しい」
「だろ」

楽しい会話をしながら食事をしていると、パスタを食べようとしていたカイエンさんが四苦八苦してるのに気がつく。

「カイエンさんどうしました?」
「ぬう…。それが、この麺がなかなかフォークとやらで取れずに困ってるでござる」
「それなら麺に縦に刺してからグルグルッてすれば」
「おお!なんと巧みな技!」

巻いたパスタを無事に食べることが出来て満足しているカイエンさんだったが、フォークが苦手なようで、アレがあればいいのにと口にした物の名前が妙に懐かしく感じた。

「こんな時、箸があれば楽勝でござったのに」
「確かに。箸なら万能ですよね」

うんうんと頷きあっていた私とカイエンさんの会話にマッシュが突っ込む。

「ハシって何だ??」
「「え」」

まさかの異文化交流に短い声が出てしまう。
だけど、考えてみればお師匠様の家でも、旅をしてる間もずっとフォークかスプーンを使っていた。だからこそ懐かしく感じてしまったのかもしれない。

「ユカ、知ってるのか?」
「うん。普通に使ってたから」
「ふーん。それと思ったんだけどよ、ユカとカイエンってちょっと雰囲気似てないか?」
「い、いきなり!?」
「だって、髪の色とかさ。それに言葉使いというか2人とも丁寧な喋り方するだろ?」
「……ちょっとだけ自分もそう思ったけど」
「もしかしたら他にもあるんじゃないか?共通点みたいなのがさ」

それがキッカケで食事をしながら質疑応答が始まっていった。

「カイエンは職業とかそういうのあるのか?」
「拙者はドマ城に仕える“サムライ”でござる」
「お侍さん!?だから刀を持ってるんですね」
「左様。そしてこの刀の名は阿修羅と申す」
「阿修羅って聞いた事あります。詳しくはないんですけど」

聞けば聞くほど聞いた事のある話がカイエンさんから飛び出してくる。
それを横で聞いていたマッシュが今度は私に聞いてきた。

「なぁ、ユカの国の名前は何ていうんだ?」
「私が住んでいた国は日本っていうの。あとはジャパンとか。昔は日の本って呼んでた時代もあったよ」
「どうだカイエン。聞いたこと無いか??」
「日本…日の本…ジャパン。ううむ、ドマで今まで生きてきたが初めて耳にした名でござるな」
「そうですか・・・・」
「すまぬ、ユカ殿。力になれず」
「そんな事無いです!沢山話が出来たし、何だか日本を思い出してとっても嬉しい気持ちになれましたから」

気遣ってくれるカイエンさんにお礼を言って食事を続けていると、マッシュが肩をバシッと叩く。

「これだけ共通点があるなら、もしかしたら近いのかもしれないぜ?日本とドマってさ」
「だけど…」
「まだ大陸を全部見たワケじゃないんだし、諦めることないだろ。まだまだこれからだ」
「そうだね。こんなに似てるのは初めてだし、もしかしたら近いかもしれないよね」
「だろ?だから落ち込んだりすんなよ」
「分かってる。そんなに神経は細くないから」
「だよな。図太いもんな、ユカは」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ん?どうした?いきなり黙って」
「マッシュ殿…それでは意味が全く違うでござる」
「ごちそうさまでした。私お風呂にいってきますから。さようなら」
「おい!ちょっと間違えただけだろ」
「オナゴとは男と対岸の存在。マッシュ殿もその辺についてはまだまだ修行が必要なようでござるな」
「どういう事だよカイエン」
「いいでござるか。オナゴというのはウンチク…ウンチクで…」

説教めいた説明が始まったのを背中で聞きながら1人でクスクスと笑う。
久しぶりに穏やかな気持ちになれたのが嬉しくて、足取りも軽くお風呂場へと向かっていった。


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