EP.29
進むイカダの前方。
流れる川の波間に、ありえない形が出来上がっていく。
盛り上がる水が大きく丸みを帯びて、それは突然姿を現した。

色は生物らしからぬ紫、足には吸盤、三日月を逆さまにした様な黄色い目、鮫を思わせるような幾重にも連なった鋭い歯と大きな口。
しかも人と同じく言葉を喋るのだから驚かない筈がない。

「うひょひょ!ここは、とおせんぼ!とおさないよー。イジワルイジワル?」

喋り終えたその瞬間、いきなり相手に攻撃を仕掛けたのはティナだった。今まで見たことのない火力のファイヤを放つティナの顔は如実に相手を拒絶していた。
だけど、それが災いして目をつけられたのか、タコはウネウネと足を動かしながら喋りだす。

「アッチッチーー!ゆでだこ!?ゆでだこ!?かわいい女の子…わいの好みや。ポッ」

モンスターにも好みがあるという事実と、狙われてしまったティナ。水中から飛び出してきたタコ足をくらい、ティナは後方にいた自分の所まで押し飛ばされてきた。

「大丈夫!?ティナ!!!」
「…っぅ…」

ティナがやられた事に怒りエドガーさんとマッシュがタコに攻撃をしかける。放ったオートボウガンの矢が相手に刺さり、マッシュの攻撃が連激のように追い討ちを掛ける。
すると、何故かタコの敵意は完全にマッシュにだけ向けられた。

「きんにくモリモリ……きらいだー!」

見た目を拒絶しながらマッシュめがけてタコ足が繰り出される。
攻撃を受け止めそのまま反撃に出ると、いきなり敵は水中へと姿を消していった。

「やったのか!?」
「いや、手応えがなかった……水中に潜っただけかも…?!」

皆それぞれ敵の存在を確かめようとイカダの淵に寄って水中を覗き込む。自分もティナと一緒に覗き込んだのだが、足に突然何かが巻きつき引きずり込もうとしてきた。

「キャア!!」
「ッあ…ッ!」

2人して声を上げると、すかさず助けてくれたのはエドガーさんだった。
自分達を脇に抱えるように支えて、絡むタコ足から救出してくれた。

「ティナ、ユカこっちだ!」
「ありがとうございます、エドガーさん」
「当然の事だよ。…しかし厄介だな。水の中にいては手出しが出来ない」

眉を顰め思案しているエドガーさんの後方で、マッシュが急に声を張りあげた。

「ふざけやがって!必殺技でばらばらにしてやる!」
「よせ!マッシュ!!」
「止めるな、兄貴!」

エドガーさんの制止を無視して、何を思ったのかマッシュは川の中へと勢い良く飛び込んでいってしまった。

「嘘…………」
「無茶しやがって……」

この激流の中で、しかも水中生物と水中で戦うなんて、どう考えても無謀でしかない。なのにバナン様が心配ないと力強く口にするからエドガーさんが疑問を投げかける。

「本当ですか、バナン……様……?」

疑うように尋ねると、たらい回しの様な答えが返ってきた。

「何を言っておる、そのことは兄弟のおぬしが、一番よく知ってるはずじゃ」

そのうち元気良く飛び出してくるじゃろう!なんて観測をしたバナン様。だけど全然上がってくる気配がしない。不安にって名前を呼ぼうとした時、何かが物凄い勢いで川から飛び出してきたではないか。

「あ!マッシュ!!!!!」
「元気良すぎたって感じかな……ははっ」

イカダの遥か上を宙を舞って飛んでいくマッシュ。
自分達がいる場所と離れた所に盛大な水飛沫を立てて着水し、川に浮かんだままどんどんと流されていく。

「え…。え、え…っ嘘でしょ!?!?!」

信じられない光景の中、隣でもっと信じられない事を言う人が居た。

「マッシューーー!!!後は自分で何とかしろーーー!!!」
「ッええ!?嘘ですよね!?エドガーさんッ!!」
「何がだい??」

怖いほど落ち着いた口調にこっちが恐ろしくなる。
これが大丈夫な訳もないし、どうにかしろっていっても浮いて流れるマッシュがどうにか出来る状態でもない。

「薄情過ぎます!!!」
「大丈夫だ、マッシュなら。信用してる」
「でも…ッ!!!」

兄弟だからこそ分かる感覚なのかもしれないけれど、自分にはそうは見えなかった。

もしも、意識が戻らないまま溺れたら?
もしも、今モンスターに襲われたら?
もしも、このまま流されて全然違う場所に行ったら?

安心出来る要素なんてこれっぽちもなくて、想像は全部不安にしかならない。

本当に、このまま…。
もしこのまま離れて万が一があったら―――。

「・・・・・そんなのヤダ…」

この世界に来て、マッシュにどれだけ助けて貰ったことか。
一緒に旅をしてくれる約束も、仲間だって言ってくれた事も。

今このまま別々になって後で会えなくなったら、どうしてあの時追いかけなかったんだって絶対に後悔すると思ったから。

“行こう”そう決心した。

イカダの後方まで下がり、それから勢いをつけて荒れる川の中へと身を投じる。潜る寸前にティナとエドガーさんの声が聞こえた気がしたけど、今は自分よりもマッシュが先で。

思い通りに動けないくらいの流れに飲まれながら、必死になってどうにか彼のいる方へと近づいていく。伸ばす腕があと少しで届きそうなのに掴む事が出来ず流される体。

「ッ……マッ…シュ!!!」

冷たい水の影響で手の感覚が薄くなる中、水を蹴ってどうにか掴んだ彼の腕。だけど、掴んだ後に突然水の中に引きずり込まれ、意識は遠のいていった---。


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